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JOAT -何でも屋-  作者: 多岐川暁
Chapter.II:慈しんで宝を与える
6/30

Act.01

 最初から母には言われていた。覚悟して行きなさいと。

 でも、目の前に広がる惨状は楽天的な私でもさすがにうんざりとした気分になる。

 何でも屋を手配しておいて良かったと思うべきなんだろう。とりあえず、玄関から中に入ると廊下の両側には荷物が山のように積まれている。

 平屋建ての家はいかにも寂れた和風造りで、廊下の両側にある部屋はどちらも和室だ。その和室の片方にはぎっしりと荷物が詰め込まれていてため息をつくしかない。

 もう片側は祖母が日常使うものがしまわれていたのか、それなりに片付いているように見える。ただ、やはりここにも物は多い。

 そして廊下の突き当たりにある扉を開ければ、そこは今風に言えばダイニングキッチンだが、勿論、そんな洒落たものじゃない。

 どこもかしこも薄汚れていて、テーブルの上には小さめのテレビが置かれていた。恐らく祖母はここで日常を過ごしていたのだろう。

 そのため、テーブル横には新聞やら雑誌が積み上げられ、その横には蓋つきのバケツが置いてある。

 何気なくその蓋を開けてみれば、そこに入っていたのは吸い殻の山だった。

 それを見て、無性に喫煙欲が湧いてきて祖母が座っていただろう椅子に腰掛けるとジーンズの尻ポケットからタバコを取り出した。

 友達から親父臭いと言われるそのタバコを口に咥えて火を点ける。吸い込んだ一息目はちょっとした幸福だ。

 ここに住んでいた祖母が亡くなってから一週間が経つ。もっぱら、亡くなる前三ヶ月は病院での入院生活だったが、タバコが吸えないことをぼやいていたことを思い出す。

 喫煙者に冷たい一族の中で祖母は私にとって唯一の一服仲間でもあった。

 それは祖母も同じだったのだろう。新製品が出る度に祖母をタバコを吸っては感想を言ったりした。

 一時期、私が荒れていた時にも根気よく話しを聞いてくれていたのは祖母だった。恩は返せないほどあった祖母だっただけに、失った悲しみはまだ痛みを伴う。

 そんな祖母が遺言を残した。

 家や土地は売って治療代、入院代を払ったうちの家に相続するというものだった。しかし、それだけではなく、私宛にも一つ遺言があった。

 家の中にあるタバコケースを私に相続する、というものだ。

 タバコケースなんてものはピンキリで、それこそビニール製ものだってあるし、ブランド物のお高いやつだってある。

 弁護士から伝えられた瞬間、ずらりとそれらが頭に並んだが、どう考えても相続するような物ではない気がした。

 でも、祖母が残したいと思うものであれば、やはり私も興味は惹かれた。だから、こうしてタバコケース一つを探すために祖母の遺品整理を引き受けた。

 だがしかし、通っていた時には気にもしなかったが、片付けるとなると物の多さにどうしても辟易してしまう。

 母は全て何でも屋に任せてしまえばいいと言ったが、やっぱり郷愁染みたものがあったのだろう。母の反対を押し切って遺品整理を引き受けてしまった。

 私が就職してからはこの家から足が遠のいていたが、こうして見ると懐かしい気持ちになる。

 今は荷物が積まれた椅子に私が座り、祖母とは色々な話しをした。就職相談したのも祖母相手の方が多かったくらいだ。

 そして考えてもいなかった職業に目を向けさせてくれたのも祖母だ。お陰で忙しいけれど、毎日を楽しく過ごしている。

 両親は何でそんなところに、とぼやいていたけど、そんなことが気にならないくらい楽しい。仲間にも恵まれているし、上司にも恵まれた。

 タバコを吸い終え、すぐ近くにある流しでタバコの火を消すとバケツの蓋を開けて吸い殻をバケツに落とした。勿論、蓋を閉め忘れるようなことはしない。

「さてと、やるかー。三日しか休みが取れなかったんだし」

 気合いを入れて袖を捲ると、あちらこちらの窓を開けていく。所々立て付けが悪くて窓が開かない箇所もあったがどうでもよかった。

 来る時に買ってきたやたら大きいゴミ袋を片手に廊下へ戻ると、ダンボールを一つずつ開けていく。

 がらくたみたいな物も多く、大きなゴミ袋はあっという間に隙間をなくす。

 中にはやたら立派な花瓶が入っているダンボールがあったりと、本当に入っている物はさまざまでちょっとした宝探しに似た気分だ。重い花瓶は一旦和室に運び、作業を進めていく。

 洋服などが詰まったダンボールは、恐らくバザーにでも出そうと思っていたのだろう。だが、既に虫に食われて穴の開いた洋服に用はない。

 ザクザクと片付けていれば、玄関から女性が一人顔を覗かせた。

「あらぁ、綾ちゃん来てたの?」

 顔を出したのは隣に住むお婆ちゃんで、祖母と昔から仲良しだった一人だ。

「こんにちは、挨拶もしないですみません」

「いいのよー。一人で片付けに?」

「いえ、午後からは業者が来るんです。それまでに自分にできることがあれば少しでもやっておこうかと」

「偉いわねぇ。さすがキヨちゃん自慢の孫ね」

 キヨは私の祖母だ。だが自慢されるほどの素行ではなかったので、私としては笑うしかない。

「自慢するには出来が悪すぎて、自慢にならないですよ」

「そんなことないわよ。キヨちゃん、喜んでいたわ。綾ちゃんが顔を出すの。本当に……」

 最後はしみじみとした口調で言われ、本当にこの人が祖母を好きだったことがわかる。

「そろそろお昼の時間よ。もし良かったらうちでご飯食べない? 今日はおうどんなの」

「え? いいんですか?」

「いいのよー。どうせ一人で食べても美味しくないし、綾ちゃんなら歓迎よ」

 子どもの頃から顔を出しては私がいるとお菓子を持ってきてくれたりしたお婆ちゃんは、にこやかな笑顔だった。

 勿論、その申し出を断るだけの遠慮した関係でもなく、しっかりとご相伴にあずかることとなった。

 出汁から作った汁はお婆ちゃんが作り、うどんを茹でザルに上げるのは私が手伝った。手伝ったというのはおこがましいが、年配がやるには熱湯は危うい。

 二人で作ったお昼をお婆ちゃんの家のちゃぶ台で正座して食べる。用意された麦茶はペットボトルのものよりも濃く、片付けるために動いた後だったから非常に美味しいものだった。

「そういえばね、キヨちゃんのところに最近、男の人が来ていたのよ」

 昼食を終え、二人でようかんを突ついているところで、お婆ちゃんは唐突に切り出した。

「え? もしかしてセールスマン?」

「そうじゃなくて男の人。遠目で見た時は綾ちゃんのお父さんかと思ったんだけど、お父さんよりも若い感じでね」

 その言葉を聞いて、危うく口に含んでいたほうじ茶を噴き出すところだった。

 祖母は九十を越えていた。そして父よりも若いとなれば恐らく五十代くらいの男性が訪れていたのだろう。

 まさか恋? などと考えたが、祖母の祖父好きは筋金入りで、それこそ何回なれそめ話を聞かされたかわからない。

 そんな祖母が若い、とはいっても私から見れば充分おじさんだが、男の人を家に招き入れることは想像できない。

「まさか騙されてたとか……」

「そんなんじゃないわよ。私も一緒にお茶したことがあるけど、本当にそんなんじゃないのよ。名前は聞いてないんだけど、ユキさんって呼んでいたわ」

 お婆ちゃんは楽しそうに話してるが、聞いている私としては気が気ではない。そんな感情が表情に出ていたのか、お婆ちゃんが慌てたように口を開く。

「本当に詐欺とか騙されたとかそういうのじゃないの。ただキヨちゃんとか私の話しを聞いてくれて、キヨちゃんの家の庭の手入れをしたり、柵を直したりしてくれてたの。キヨちゃんが言うには、ご飯を与えたら時折来るようになった、なんて笑ってたけど」

 基本的に田舎町だから、よそ者が来れば視線は冷たい。恐らく、こうしてお婆ちゃんが笑って話すくらいだから何度も足を運んだのだろう。

 確かに騙すにしても、祖母はそれほどお金があった訳でもない。それこそ、両親が負担した入院費などは家と土地を売ってと書いてあったくらいだ。

 それに、前回ここへ来た時に相続は争いを産むから私は何も残さないなどと言っていた。暮らしぶりからも財産があったとは思えない。そもそも祖母の暮らしは質素なもので、祖父が亡くなってからは、より一層質素になっていった。

「……幸せそうでした?」

「えぇ、とても楽しそうだったわ。何よりもユキさんに綾ちゃんのことを話している時が一番楽しそうだった」

「そうですか……」

 前回ここに訪れたのは就職して二年目の秋だった。一週間の休暇の内、五日間をここで過ごした。

 春が過ぎ、就職して三年目になりようやく秋口になった今、こうして再びこの家に来たが、もうここに祖母はいない。

 もっと顔を出すべきだったと思うが、それは後の祭りだ。

「会えなくても電話くらいすれば良かった……」

 ぽつりと呟けば、お婆ちゃんの骨張った手が頭を撫でてくれる。それが優しいからこそ、祖母を思い出して涙が止まらない。

 しばらくグズグズと泣いていたが、携帯の呼び出し音で我に返る。慌てて電話に出れば、何でも屋が祖母の家に到着したという連絡だった。

 時計を見れば確かに約束の一時半を回っていて、慌てて立ち上がる。

「あの、本当に有難うございます! 凄く美味しかったです」

「いいのよ。私も楽しかったから。またキヨちゃんのことをお話させて頂戴」

「はい、必ず!」

 しっかりと約束してからお婆ちゃんの家を飛び出した私は、祖母の家の前に小型トラックが止まっていることに気づく。

 そしてトラックの横に立つ二人に声を掛けた。

「あの、もしかして」

「えっと、安住綾さん?」

「えぇ、そうです。あなた方が何でも屋」

「はい、何でも屋JOACです。このたびは依頼を有難うございます。私が岸本、こちらが円城寺と申します。今日は宜しくお願いします」

 元気溌剌という勢いに飲まれて、私も慌ただしく挨拶を交わす。二人とも笑顔ではあるが、何とも対照的な笑顔だと思う。

 客商売だからその笑顔が本物か偽物かなんてすぐに分かる。そして偽物の笑顔を張りつけた円城寺は、隣に立つ岸本には申し訳ないが優美な男に見えた。

「仮見積もりをしたいので家の中へ上がらせて頂いても宜しいですか?」

 声を掛けてきた円城寺に返事をすると、すぐに玄関の扉を開けた。先ほどまで片付けていた名残もありパンパンに詰まったゴミ袋が散らばる。

 二人とも礼儀正しく靴を脱いで三和土を上がると、その二人を率いてそれぞれの部屋を回る。

「この家は遺品整理が終わった後は取り壊すので、貴重品や思い出の品以外は廃棄して貰って構わないです」

 これは母に言われた言葉で、やはり実の母の遺品はある程度手元に残したいと考えている様子でホッとした。正直、母と祖母は余り仲が良い親子ではなかった。

 恐らく原因の一つは私だった可能性はあるが……。

「依頼にあった捜し物は何ですか?」

「実は祖母の遺言でタバコケースを探しているんです」

「タバコケース、ですか。えっと、形状とかわかります?」

 岸谷の言葉に詳しいことを聞いていない私としては首を横に振るしかない。そもそも、祖母がタバコケースを愛用していた記憶がないから何も言えない。

「うーん……」

 腕を組んで悩み出した岸谷に対し、円城寺は何でもない顔で話し掛けてきた。

「一通り見せて頂きましたが、家具などを買い取り業者に依頼しても値がつかない状態だと思われます。この場合でしたら、いらないものを廃棄して家具などは取り壊しの時に一緒に壊して頂いた方が金額はお安くなると思いますが如何でしょうか?」

 てっきり決定権は岸谷にあるのかと思ったが、どうやら円城寺に決定権があるらしい。人当たりは悪くないが客商売に余り向いていなさそうだな円城寺が意外に思えた。

「それでいいです」

「それでしたら、早速作業に取り掛かりたいと思います。安住様はその間どうされますか?」

「手伝います」

「え?」

 驚いた顔を向けてきた岸谷にニッコリと笑顔を向けた。

「これでも運送業をしているのでそれなりに手は動きます。お邪魔はしないようにするので、お手伝いさせて下さい」

 その言葉に岸谷と円城寺は顔を見合わせ複雑な顔をした。

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