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JOAT -何でも屋-  作者: 多岐川暁
Chapter.I:蝶の羽はもがれる
4/30

Act.03

 ウォークインクローゼットの中で、幾つかのドレスを手にしては戻す行為を繰り返す。原色の赤や青のドレスもあるが、今回目立つことは考えていない。

 それなりの場所で催されるパーティーだから、敷島の立場を考えてもロングドレスを着用するべきだろう。

 幾つか要点を絞って考えて行く内に残ったのは二着のドレスだった。胸元から肩先まで大きく開いたベージュのドレスと、肩を出した淡い藤色のドレスだ。

 ふんわりとした印象のボリュームあるベージュのドレスに比べ、藤色のドレスはストレートなドレープが現れる。

 スタイルはそれなりに強調されて地味なのは藤色のドレスであるのは明白で、それを無造作に棚に置く。次いでストールの中から刺繍の入ったオーガンジーの藤色ショールを取り出すと先ほど置いたドレスを持ってクローゼットを出た。

 リビングに戻れば大きな姿見が用意され、その前にはゆったり座れる一人がけの椅子が用意されている。そして近くには着付け、ヘアメイク、メイクアップアーティストの三人が一礼して並ぶ。

「今日はこれでお願い。髪は全部上げて、メイクは派手すぎない程度に服と合わせて」

 男の前で媚びるのとは違い、横柄な態度になってしまうのは、口が堅く信用している部分もある。

 メイクとヘアメイクを同時進行し、それからドレスの着付けをして貰う。時間にすれば三十分ほどだったが、最後に用意していたアメジストのコームをつけて完成となった。

 姿見の前で確認すれば、地味ながらパーティー映えする自分が鏡の中に映る。三人を帰し鞄を用意してショールを羽織ると岸谷が迎えに来る時間となっていた。

 時計を確認したと同時に部屋のチャイムが鳴る。着付け担当が用意してくれたパンプスを履いて部屋の扉を開ければ、そこには岸谷が立っていた。

 先日、アクアシティで打ち合わせと称したデートもどきをした時とは随分と印象が違う。

 こちらが指定した通り、眼鏡はチタンフレームのものに変わっているし、きちんとグレーのモーニングを着こなしている。

 それにアルマーニではなくキートンを着る辺り趣味は悪くないし、それなりに金は持っているのかもしれない。いや、あの会社のことだから支給されている可能性もある。

 理知的な印象だったが、笑った途端に冷ややかさが消え岸谷本来の明るさが表れた。

「用意はいかがですか?」

「えぇ、大丈夫です」

「それでは会場に向かいましょう。そのドレス、久世さんにとても似合っています」

 廊下に出ればすぐに腰に手を添えてくるあたり、確かにエスコートには慣れているのだろう。事務所では随分謙遜していたが、あの男と仕事しているだけのことはあるのかもしれない。

「一応、三十分ほどで抜ける予定です」

「えぇ、大丈夫です。あなたの傍に必ずついていますから」

 にこやかに笑うその顔には自信が溢れていて、先日のように荒い口調も出てこない。

 そして何よりも岸本の目が優しく、やはり自分に好意があるものだとわかるから気分は上々ともいえる。

 思っていたよりも使える様子に関係を続けるのも悪くないと思ったが、バックにいる円城寺の顔を思い出してすぐさま却下した。

 廊下からエレベーターを降り会場に到着すると、会場前の扉は既に人で溢れかえっていた。扉の前で招待状を差し出せば、中身を確認した男性が笑顔で扉を開ける。

 途端に生演奏の音楽が耳に届き、目の前には色とりどりのドレスを着た女性や、正装した男性がゆったりと談笑している姿が目に入る。

 今まで出てきたパーティーとは格が違うことは一目でわかった。適度に辺りを観察していれば、名前を呼ばれて足を止める。

 隣を見れば、岸本がいつの間にか手にしたグラスを差し出してくる。

「シャンパンですけど大丈夫ですか?」

「えぇ、頂きます」

 小さく笑みを浮かべてお礼を言えば、岸本も笑顔を浮かべる。そして岸本自身もグラスを持つと、持っているグラスに小さく当てた。

 涼やかな音とグラスの縁の薄さから、グラス自体も一級品だと分かる。口にしたシャンパンも上品で奥行きある甘さと僅かな酸味が美味しいものだ。

「何だか、ここまで格式ばってると肩凝りますね」

 耳元に密やかに落とされた本音に思わず笑ってしまえば岸本も楽しげに笑う。

 視界の端、少し離れたところから男性が一人歩いてくる。どうにも流している雰囲気ではなく、明らかに目的はこちらだと言わんばかりのしっかりとした歩調だ。

 一瞬、どこかで出会った男かと頭の片隅で照合してみたが、その男の顔に見覚えはない。

「岸本くんだね」

 目の前に立ち止まった男が知り合いではないことに内心安堵の息をついた。

「えぇ、そうですが、失礼ですが」

 男はこの場になれた紳士然としていたが、岸谷も笑顔で緊張を見せるようなことはない。若干、警戒したピリピリとした空気は伝わってくる。

「あぁ、すまない。徹くんが君と一緒に会社を立ち上げたと聞いてね。どうだい、彼は元気かな?」

 途端に岸谷の表情がホッとしたものになった。

「えぇ、とても元気にしていますよ。残念ながら今日はこちらに来ておりませんが」

「そうか……とても残念だよ。彼に宜しく伝えておいてくれ」

「分かりました。お名前を頂いても宜しいですか?」

「あぁ、新しいと書いてシンと言います。また今度お会いしましょう」

 そう言って男は私の手をとり挨拶をするとウインクを一つ残して目の前から立ち去った。

「円城寺さんのお知り合いですか?」

「そうみたいですね。とりあえず、声を大きく職業を言われなくて良かったですよ。どこで聞かれているか分からないですから」

 お互いに密やかに会話を交わしていれば、今度こそ名前が呼ばれて振り返る。

「敷島さん」

 岸谷にも相手が分かるように名前を呼べば、岸谷は笑顔を浮かべた。

「来てくれたんだね」

「えぇ、お誘い頂いたんですから。こちら、大学の後輩の岸谷さん」

「この度は招待状を頂いて有難うございます」

 笑顔で岸谷が手を差し出せば、数拍あってから敷島も岸谷の手を握り替えした。

「いえいえ、久世さんからお話しを聞いていおり会うのが楽しみでした」

「それにしても凄いパーティーですね。顔ぶれが豪華です。あちらにいらっしゃるのは銀行の仲居山頭取ではありませんか?」

「えぇ、よく知っていますね」

 敷島も驚いた顔をしていたが、聞いていた私も驚いた。正直、岸谷がここにいる人間の顔を知っているとは思ってもいなかった。

「実は一緒にいらっしゃる外資のエバートン氏が友人の両親と知人なので。私の機知ではないのでお恥ずかしい限りですが」

 そう言って照れ笑いをする岸谷に敷島も僅かに笑う。少なくとも、岸谷に対して悪い印象はないらしい。

 ただ、岸谷が言う友人というのは円城寺のことなのか、それとも口からの出任せなのかわからなくなる。

 円城寺は間違いなくこの場にいて埋もれるタイプではないが、岸谷もこの場にいて物怖じした様子はない。

 もしかしたら、岸谷自身も後ろ盾がある人間なのではないかと考えると歯噛みしたい気分になった。

 たかが何でも屋と思っていたこともあり裏付けもせずに近付いたが、仕事という理由でもっと踏み込める可能性を不意にしたのではないかという気持ちが湧いてくる。

「久世さんから聞いたのですが、敷島さんも鉄鋼関係で幾つか特許を持っていると聞きました。何もない私から見ると本当に凄い方だと思います」

 そんな話しはしていない。むしろ、そんなこと初耳だった。だが言われた敷島は気にした様子もなく穏やかな笑みを浮かべる。

「いえいえ、あれは偶然の産物ですよ」

「そんなことありませんよ。そうでなければあんなに幾つも特許を取ることはできません。私も機械工学を囓っていたので、敷島さんの発明された鋼材にはお世話になっているんです」

「そうなんですか。どういう物をお作りに?」

「主に手掛けているのはロボット系なんですけれども、あのC-55素材には本当に助けられています」

 二人の間で会話が弾む。けれども、その中に一人だけ入れずに辛うじて笑みを保つ。

 確かに敷島のことは伝えたが、敷島自身が特許を持っていることなど知らなかったし、社内で思っていた以上に実権を持っているらしいこと知り目眩がしそうだった。

 色々会社の愚痴を聞くこともあったが、ただの気の弱い二世役員だと思って聞き流していた。これは予想以上に大きな金蔓だったと気づいたが今さら元には戻れない。

 二人の笑い声で我に返ると、不意に岸本がこちらを向いた。

「違う飲み物を用意しましょうか?」

「……いいえ、大丈夫よ」

 笑顔で答えれば納得したように岸本は再び敷島へと視線を向ける。

 そこから最近の経済やら輸入などについて五分ほど話すと、敷島はおもむろにこちらへと視線を向けてきた。

「随分、いい後輩のようだね」

「いえ、そんなことありませんよ。むしろ久世さんの方が本当にいい先輩で。私が学生の頃には本当にお世話になりました。実は学生の頃、余りいい生活ができなくて、その頃料理研究サークルに入っていた久世さんには本当に色々よくして貰って……」

 そう言って言葉を溜める様子は、本当に感謝して言葉に詰まっているようにも見える。

「君も苦労してきたんだね」

「いえ、私の苦労など大したことありませんよ」

 謙遜する岸谷にやはり敷島は穏やかに笑っている。恐らく、敷島から見ても岸谷は人の良い青年に見えるのだろう。少なくとも、隣にいる私にも岸谷は良い青年に見える。

 これが仕事じゃないと知っていれば——。

「長居してしまったね。私も他に挨拶に伺わないとならないが、君たちはゆっくり楽しんで行くといいよ」

「はい、本当に有難うございます」

 全く気負いのない岸谷の言葉にやはり目を細めた敷島は、次に私に目を向けると微笑んだ。それは幸せを願っているよ、という言葉が聞こえてきそうな程穏やかなものだった。

 勿論、そう仕向けたのは自分だから同じように微笑み返すしかない。

「それじゃあ、僕は行くよ」

「えぇ、有難うございます」

 お礼を言えば敷島は笑みを深くし、それから背を向けて歩き出した。ふくよかな身体が離れ人波に消えると、隣に立つ岸谷を見上げる。

「……どこまで調べたの?」

「まぁ、色々と。おかしな話しはできませんから、それなりに下調べはしますよ」

 そう言ってしらじらしく視線を逸らすとぽりぽりと頬を掻く。

 決して褒めた訳ではない。だが、岸谷の反応を見る限り悪意はなく、本当に仕事として調べたのだろうことがわかる。だからこそ、腹立たしさは倍増だった。

 けれども、こちらに向き直ると私が持っていたグラスを手に取りボーイへと渡す。

「目的は果たしましたけど、これからどうします? まだここにいるならお付き合いしますよ」

「いえ……もう帰るわ」

「お部屋まで送ります」

 腰に当てた腕に促されてパーティー会場を出ると、言葉通り岸谷はホテルの一室まで送ってくれた。

「少し待っていて下さい」

 扉前で岸谷を待たせると、最初から用意してあった現金入り封筒を鞄から取りだす。そこで一旦立ち止まると大きくため息をついた。

 恐らく敷島にとって、二千万くらいは端金だったに違いない。恐らく倍は引っ張れた筈だと思えば苛立ちも募る。

 自分の手落ちだと分かっているが、逃がした魚は大きいと自覚せざるおえない。だが、既に終わってしまったことを悔いていても仕方ない。既に次のターゲットを数人見つけてある。

 封筒を手にしたまま再び扉を開ければ、岸谷は既にネクタイを緩めた状態でそこに立っていた。

「これ、残りの代金です。本当に有難うございました」

「あ、すみません。後日振込でも構わなかったのに」

 既に口調も砕けていて、先ほどとはまるで別人のようだ。

「いえ、本当に助けられたので……」

「それは良かったです」

 笑顔の岸谷に対して面白い気分ではなかったが、男好きのする笑みを浮かべた。途端に岸谷がさらに目を細める。恐らくこの好意は本物だ。

 それに先ほど大きな魚を逃したこともあって、年下の男を弄んでみたい気分になったのかもしれない。

「もし良かったらお茶でもどうですか?」

 その問い掛けに一瞬顔を輝かせた岸谷だったが、瞬く間に眉尻を下げた。

「すみません、基本的に異性の依頼主とは密室に入らないことになっているので。もの凄く嬉しいお誘いなんですけど」

「少しもダメかしら?」

 上目遣いで問い掛けても岸谷は頑なに首を横に振るばかりで、猫の皮が剥がれる前に誘いを引くしかなかった。

「ご依頼有難うございました! また何かあればご連絡下さい」

「えぇ、本当に有難うございました」

 笑顔の岸谷にお礼を言えば、岸谷の姿は早々にエレベーターホールへと消えた。

 部屋に入るなり、敷島からもっと金を引き出せたこと、そして岸谷が誘いに乗らなかった苛立ちで手にしていたバッグをソファへと叩きつけた。

 乱雑にショールや服を脱ぎ捨てると、その足でバスルームに向かう。鏡に映る自分の顔は酷い表情で、それを見て少し冷静になると深呼吸してからコームを外し髪をほどく。

 鏡に映る自分は疲れた顔をしていて、お風呂の後にはエステを頼むことを予定に組み込む。

 逃がした魚は確かに大きかったが、いつまでも後ろを見ても仕方がない。次のターゲットに近付くために、しばらくはパーティーが続くからここでひとときの休憩を取るのは悪くない。

 苛立ちはまだ燻っていたが、用意された風呂に浸かる頃にはエステとショッピングに心奪われつつあった。

 一週間ほど自宅でのんびりと過ごし、次のターゲットに近付くために数人に連絡を取ったがけんもほろろという状況で首を傾げた。

 けれども、その中の一人からようやく状況を聞き出した時、足下が崩れ落ちていく音を聞いた気がした。

「……どういうこと?」

「単刀直入に言うと、名指しで出入り禁止になったんだよ。一体、何を失敗したんだよ」

「知らないわよ。どこから名指しされてるのかわかる?」

「どっかの財閥らしいとは耳にしたけど、はっきりとはしてないな。まぁ、そんな訳でお前を誘う奴は皆無だと思うよ。下手にお前を誘えば自分も出入り禁止になるかなら。お前、引き出しすぎたんじゃないのか?」

「そんなヘマしないわよ!」

 笑う男の声が腹立たしくて電話をたたき切るとイライラと爪を噛む。すぐに思いついたのは一週間ほど前に別れた敷島だが、敷島に財閥との繋がりがあるとは思えない。

 財閥と言えば、思い出すのは四年ほど前に別れた九条財閥の末息子だ。あの頃はまだ上手く別れられないこともあり、結局、夜逃げをして九条の前から姿を消した。

 引き出した額も軽く億を超えていたし、結婚を餌にしたところもあるから目の敵にされても仕方ない。もしかしたら、先週のパーティーにいた可能性もある。

 どちらにしても、九条の差し金であれば今後数年、質の高いパーティーに顔を出すことはできないだろう。

 だが三年経、いや五年だったら老いもくる。老いがくれば現在の容姿を保っていることは難しい。幾らエステに費やしても肌はくすみ、求めなくても皺が各所に現れる。

 その時になって、初めてこの生活を失うかもしれないことに愕然とした。

「いやよ……そんなの……」

 震える声で呟いてみたが、その声に誰かが応える声はない。

 静かな空間の中でチャイムが響き、その音に驚き身体を震わせるとふらつく足で近づきどうにかインターフォンを手に取った。

「はい」

「警視庁捜査二課の三井と申します。久世小鳩さんに詐欺の容疑が掛かっており少しお話を聞かせて頂きたいのですが」

「詐欺? 何かの勘違いでは」

「信販会社から被害届が出ております。お話、伺えますか?」

 信販会社といえばクレジットカード系だ。少なくとも支払いが滞ったことは一度たりともない。詐欺で訴えられる理由がわからない。

「……弁護士に連絡します」

「どうぞ」

 どこか呑気ともいえる声に一旦インターフォンを着ると、すぐさま弁護士に電話をするべく携帯を手にした。

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