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JOAT -何でも屋-  作者: 多岐川暁
Chapter.VI:シンデレラ症候群
22/30

Act.01

 優雅に流れる音楽は花のワルツ。ワルツの中では華やかで好きな曲だ。多分、子どもの頃からくるみ割り人形を毎年見に行ってる影響もあるのかもしれない。

 目の前に並ぶのは美味しい紅茶とケーキスタンド。勿論、ケーキスタンドの上にはサンドウィッチやスコーン、色とりどりのプチケーキが並んでいるけど、今はそれを楽しむ余裕もない。

 そのケーキスタンドの向こう側には、先ほど紹介して貰った円城寺と岸谷が並んで座っている。

 ふわふわした気分で落ち着かないのは、両親がいない席で男の人と対面するのが初めてだからだ。

 スーツを着た二人に対して、自分の格好が浮いてないかそれだけが気になる。

 ふわりと裾の広がる淡いピンクのワンピースと白いボレロ。胸元のダリアのコサージュで奇抜さはないから多分大丈夫だと思う。

 先ほど頂いてテーブルに置いてある名刺に視線を落とせば、その名刺はとてもシンプルなものだ。白い紙に社名と名前、そして肩書きがあるだけだ。

 ちらりと正面に座る二人を見れば、円城寺は先ほど私が記入した書類に視線を落としているし、その隣に座る岸谷は目元を綻ばせて紅茶を楽しんでいる。

 円城寺が書類を捲る。その度にさらりと黒髪が揺れて、顔立ちと相まってドキドキする。お父様に紹介されて色々な男の人に会ってきたけど、円城寺ほど顔立ちの整った男の人に会ったことはない。

 不意に円城寺の視線が上がり視線が交わる。それが恥ずかしくて勢いよく俯いた。

「ご依頼内容の家を出たいということは理解しましたが、どのような理由かお聞きしても宜しいですか?」

「結婚したくないんです」

「結婚をご予定されているんですか?」

「はい……。両親が決めた結婚で、私自身はまだ一度もその方とお会いしたことがないんです」

「え? 結婚っていつなんです?」

 円城寺の冷静な態度とは逆に酷く驚いた顔でこちらを見るめる岸谷に、僅かに視線を反らせるとぽつりと言葉を落とした。

「一週間後です」

「……は? え、一週間後に結婚する相手の顔すら知らないの?」

「いえ、お顔は拝見したことがあります。写真ですけど」

「うーん? コウ、そういうことってありなの?」

 ひそりと岸谷が円城寺に声を掛けたけれども、その声は私にも聞こえている。返す円城寺の声はさらに密やかで聞こえなかったが、岸谷の反応からありえることが伝えられたのだろう。

「えっと、両親に反対したりしないの?」

「そんなこと……できません。今まで好きなことはさせて頂きましたから」

「えー、でも、突然娘が消える方が両親にとってショックじゃないの? それに、結婚式直前に花嫁が消えちゃうことの方がずっと迷惑が掛かるんじゃないの?」

「それは……」

 それは私も考えた。けれども、喜ぶ両親を目の前にしたら、どうしても言い出すことができなかった。

 結婚まで一週間、忙しいことを理由にあの人は一度も私に会いにきたことがない。仕事が忙しい男性の元に私から行くこともできず、結局一週間前になってしまった。

 私としては、やはり結婚するのであれば愛している人と結婚をしたい。このままの状態で結婚すれば、ないがしろにされて一生を過ごすことになるのだろう。

 それを考えれば、今すぐにでも逃げ出したい気持ちだった。

 確かに両親のことは気になるけど、愛のない結婚だけはどうしても受け入れられない。

「理由はわかりました。それで具体的にはどのようにしたいと考えていますか?」

「結婚式が終わる一週間後まで匿って欲しいんです」

 ギョッとした顔をした岸谷の横で、円城寺は冷静だった。それどころか、自信ありげに口元に笑みを掃く。

 その顔が本当に綺麗で、自信のある様子が格好よくて、頭がぼんやりしそうになる。

「それは可能ですが、六条さんはどのような生活でも覚悟ができていますか?」

 例えどんな生活だったとしても期限は一週間。それで結婚しなくて済むならそれで良かった。だから頷きで返事をすれば、円城寺も同じように頷き返してくれる。

 その優しげな微笑みが嬉しくて、自然と口元に笑みが浮かんでいる自分に驚いた。

 物心ついた頃から女性ばかりの環境で過ごしていたことで、どうしても男性に対してぎこちなくなってしまうのは昔からだった。

 でも、円城寺相手であれば自然と笑みも浮かべることもできる。しかも、苦しい生活から助け出してくれる。私にとっては少しだけ特別な相手でもあった。

 何よりも見ているだけでドキドキする。

「あの……それで何を用意すれば」

「主に着替えです。必ずトランクケース一つにまとめてきて下さい」

 その言葉に頷くと、円城寺と今後の予定について話し合う。トントン拍子に話しは進み、決行日は明日となった。

 テーブルから離れると、すぐに近くで待機していたボディーガード二人が背後につく。

 離れた場所で待機していたから話しは聞かれていないと思う。少し浮き足立つ気持ちでホテルを出れば、正面に送迎の車が待機している。

 その車に乗り込むと、自然とため息が零れた。でも、それは疲れではなく、ほわほわと浮き立つ心から零れたものだ。

「どうかされましたか、お嬢様」

 向かいに座る爺やの声に慌てて首を横に振ると、先ほどの円城寺の姿を思い返す。今まで会ってきた男性に比べたらいやらしさも、謙るような態度もなく、私に対してとても普通だった。

 それは一緒にいた岸谷も同じで、言葉は荒いものの友人たちと同じような普通の感覚で話してくれた。それは私にとって特別なことでもあった。

 パーティーなどで会う男性は、踏み込んでくる感じが苦手だった。勿論、円城寺たちは仕事だからだと分かっていても、その距離感が凄く心地よかった。

 家に帰るとお母様に挨拶をして部屋に戻る。しばらくふわふわとした気分でベッドに座り込んでいたけど、やるべきことを思い出して慌てて爺やにトランクケースを出すようにお願いする。

「ご旅行でもお考えなのですか?」

「そうなの」

 嘘をつくのは心苦しい。けれども、他に言い訳も思いつかない。だからさらりと流そうとしたけど、爺やは渋い顔をする。

「お嬢様、結婚式も近いですし、余り遠出は」

「大丈夫、一泊で戻ってくる予定よ」

「ですが」

「でも、こうして旅行するのも今回で最後だから」

 本当は結婚するつもりもないのに、そんな嘘をつくのは心が痛む。でも、こうでも言わないと爺やは納得しない。

 実際、それを聞いた爺やは、それ以上何か言うこともなくトランクを差し出してきた。それを受け取り礼を言うとトランクケースを部屋に入れる。

 蓋を開ければ爺やから話しを聞いたのか、婆やが荷物を詰めるのを手伝うと言ってきたが、少しは自分のことを出来るようにならないといけない、と言って手伝いを断った。

 でも、その心遣いは嬉しかったからお礼だけは忘れない。

 部屋で一人、一週間分の荷物を用意してみたものの、その荷物は莫大すぎてとてもトランクケースには入りきらない。

 でも、円城寺はトランクケース一つでないと、見つかってしまう可能性が高いと言っていた。だから、用意した全てを持って行ける筈もない。

 二時間悩んだ挙げ句、一週間分の着替えと大好きなマイフェアレディの原作である小説をトランクケースに仕舞い込んだ。

 翌日、約束通り夜九時、敷地の裏門にトランクケースと共に立てば、少し離れたところに黒いバンが停まる。その車から円城寺と岸谷が降りてきて、円城寺が私の傍に近づいてきた。

「荷物はこれだけですか?」

 円城寺の言葉に頷きで返すと、私の傍らに置いてあるトランクケースを手にした。

「コウ!!」

 辺りに響いた声にそちらへ顔を向ければ、岸谷が棒を持った男に殴りかかられていた。それを手に持っていた鞄で岸谷が辛うじて防いでいる。

「ここに!」

 それだけ言うと円城寺は岸谷の傍に駆け寄ると、横になぎ払われた棒を避けて男の懐に潜りこむと、握り締めた拳を男のお腹に埋めた。

 男の身体が傾ぎ、そのまま呻きながら通りに倒れ込む。

 その光景はまるで映画のようだった。見慣れない光景に身動ぎ一つできない。けれども、円城寺はそれでも冷静だった。

「悪い、助かった……つか、何だ、こいつ……」

「……とりあえず、依頼優先だ。トオルが六条さんを連れて行け。こっちはやっておく」

「じゃあ、そっちは頼むわ」

 少し離れていることもあってかろうじて聞こえる会話だったが、岸谷がこちらに駆け寄ってくる姿を見て我に返る。

「すみません、お待たせしました」

「いえ。あの、お怪我は」

「ん? あぁ、大丈夫。別に怪我なんてしてないから。とりあえず車に乗って貰ってもいいかな」

「円城寺さんは?」

「あとで合流するよ。でも、ここにいつまでもいると家の人に気づかれちゃうから」

 そう言って岸谷は辺りの様子を伺う。確かにここで家の人間に見つかれば、もう二度と逃げ出すことなんて出来なくなる可能性もある。

 トランクケースを岸谷が車に乗せ、私も車へと乗り込むと運転席に岸谷が乗り込んだ。

「荒い運転をするつもりはないけど、一応、シートベルトつけておいてね」

 その言葉に慌ててシートベルトをつけると、車がゆっくりと走り出す。

 何とも不吉な幸先で、思わず岸本に問い掛けた。

「あの、もしかして婚約者に気づかれたとかありえますか?」

「それはないと思うよ」

「じゃあ、うちの人間が」

「それもないから。うん、大丈夫。余り気にしない方がいいよ。もしかしたら、六条さんとは全く関係ない話しかもしれないから」

「そうなんですか?」

「そうなんです」

 ミラー越しに笑顔を見せる岸谷の顔は満面の笑みで、僅かに不安を拭ってくれた。

 岸谷と二人きりの車内。最初こそ緊張していた筈なのに、気づけば夜も更けてきたこともあり徐々に瞼が重くなっていった。

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