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JOAT -何でも屋-  作者: 多岐川暁
Chapter.V:心から幸せを願う(intermission)
19/30

Act.02

 職場の建物から出て少し離れた場所にある古びた喫茶店に入ると、お互いに何か話すこともなく店員にランチをお願いする。

 タバコを取り出した堀口は、私が何も取り出さないのを見て忘れたとでも思ったのだろう。タバコの口を向けられて、私は緩く首を横に振った。

「止めたのか?」

「まぁ、いつまで持つか分からないがな」

「そうか……俺もやめないとな」

 そう言いつつもタバコの先に火を点けると深く吸い込んだ。白い煙がお互いの間に緩やか漂う。

「なぁ……一体どういうつもりだ」

 堀口に苛立った様子はない。どちらかといえば心配しているのだろう。

「何がだ?」

「お前と山口だ。何でさき助けなかった」

 相変わらずストレートな男だと思うが、そのストレートさに私も瑶子も何度か助けられていることを本人だけが知らない。

「瑶子なら自分でどうにかすると思っていただけだよ」

「あれは本気で困ってただろ。なぁ、お前ら……いや、いい」

 これ以上口を挟むのは悪いと思ったのだろう。だが、そんな堀口に対して僅かに微笑んだ。

「最近、余りうまくいってないんだ。私も例の企画で忙しいのもあるんだけど……どう言えばいいんだろうなぁ。ちょっとした違和感をお互いに感じているんだろうな」

 驚いた顔をして私を見る堀口の指先から、タバコの灰がぼろりと落ちた。それで我に返ったのか、慌てた様子で出されたおしぼりでテーブルを拭く。

「そんなに驚くことか?」

「……いつから」

「もう半年以上前になるよ。この年になって五年の付き合いだが、結婚もせずにずるずるときたから、お互いに半端な状態になってるんだろうな」

「そうか……。なぁ、結婚しないのか?」

 やっぱりストレートな問い掛けは堀口らしい。むしろ、堀口自身は望んでいないだろうに、それでも私の気持ちが気になるのだろう。

 打算やずるさは多少あっても、友人としての気遣いがそこにあることは知っている。そもそも、大人になって打算やずるさがない人間なんて者はいない。そういう私もずるい大人だと自覚している。

 だが、そういうずるさの中にも友人として気遣いを見せてくれる堀口に対して私は穏やかな顔で笑う。

「正直言うと、結婚は誰ともする気がないんだ」

「でも、それじゃあ山口は」

 正直言えば、指輪は用意してあったのだ。もうかなり前から。ただ、渡すことに躊躇して結局渡さないままだった。だが、それは良かったのかもしれない。

「私は酷い男なんだろうね。結婚すら考えていなかったんだから」

「……別れるのか?」

「私は今の距離でも満足だよ。だから瑶子次第だろうね」

 タイミング良く届いたコーヒーに一旦会話が途切れる。

 もう心が離れたとか、好きじゃないと言えたら物事はもっと早いのだろう。ただ、嘘だけは口にしたくなかった。

「乾、まだ内定で正式発表されていないんだが……俺、来年から海外への出向が決まったんだ」

「凄いな、栄転じゃないか。おめでとう」

 友人の栄転は素直に喜べる。でも、実はその話は別口から聞いていて既に知っていた。だからこそ、私はこんな姑息な手を思いついたとも言える。

「……山口を連れて行きたいと思っているんだ」

 そう言った堀口の顔は真剣なもので、その顔を見ていたら十年前のことを不意に思い出した。

 五年前、付き合っていた彼女と結婚する時、同じ顔をして私と瑶子に切り出してきた。おめでとう、と言った私の横で瑶子は同じ言葉を言いながら、膝の上で掌を握り締めていた。

 あの頃の瑶子は堀口が好きで、結婚することを知り落ち込んだ瑶子を慰めて私は恋人となった。まさに私は弱っているところを優しくして瑶子を手に入れた状態でもあった。

 三年前に堀口が離婚した時、瑶子の気持ちは揺らぐことなく私に注がれていて、お互いに恋人を謳歌していた。

 その瑶子とぎくしゃくしだしたのは、もう八ヶ月前になる。原因は自分にあると自覚しつつも、それを認めることはしなかった。そして、今も認めるつもりはない。

「堀口のそういうストレートに宣戦布告するようなところ、実は嫌いじゃないよ」

「乾、俺は本気で」

「わかってる。でも、それは私が決めることじゃないだろ」

「お前はいいのか?」

「堀口が言って瑶子が決める。そこに私の意見は必要なのか?」

 逆に問い掛ければ、堀口はそのまま黙ってしまう。

 本当に構わないのだ。お互いが本気であるなら、本当にそれで構わないし幸せになって欲しいと思う。

 そして、二人並んで幸せそうな顔をきちんと見せて欲しいとすら思っている。

「乾の手で幸せにしてやるっていう選択はないのか……」

 勿論、そう思っていた時期もあった。でも、もうそういう時期は過ぎ去ってしまった。だが、それを言葉にするには苦く、私は堀口に曖昧に笑うことしかできなかった。

 その日の晩、再び円城寺たちと打ち合わせをし、堀口の反応を伝えれば円城寺は黙り込んでしまう。恐らく何か考えているのだろう。

「それにしても、岸谷さんは凄いですね。一気に室内の注目を集めましたし」

「別に特別なことはしていないんですけど、声が大きかったのかな?」

 どうやらあれは彼にとって特段目を集めようという意図があった訳ではなかったらしい。首を傾げる岸谷の反応がおかしくて、控えめに笑えば岸谷もつられたように笑う。

「でも、山口さんは乾さんの方を見てましたよ。まぁ、堀口さんにも助けを求めていましたけど」

「そうですか」

「本当にいいんですか?」

「トオル」

 諫めるように響いた円城寺の声に、岸谷は見事な程不満げな顔を見せた。

「だってさぁ」

「もう最終確認は済んでいるんだ。お前が口出すことじゃないだろ」

「でもさ」

 まだ言葉を続けようとした岸谷に円城寺が一睨みすれば、岸谷は不機嫌さを隠そうともせずアイスティーに刺さるストローへ口をつけた。

 社長と従業員と思っていたが、どうやらこの二人は遠慮なく物が言える友人なのだとようやく気づく。

「君たち二人はどれくらいの付き合いがあるんですか?」

「えーっと、大学入ってからだからもう六年になるかな?」

「そうですか」

 それなら遠慮がないのも道理だろう。それだけ長い付き合いになれば遠慮などなくなってくる。

「乾さんは堀口さんと山口さんとの付き合いはどれくらいになるんですか?」

「そうだね、私と堀口の付き合いは八年になる。瑶子とは六年になるね」

「長いんですねぇ。そういえば、山口さん、写真よりもずっと綺麗な方ですね。正直、実物見てびっくりしました」

 それは私にとっても嬉しい褒め言葉だ。やはり自分が好きな相手を褒められるというのは嬉しいものがある。

「えぇ、あの年頃の女性と比べると随分若々しく綺麗だと思います」

 嬉しさを隠すことなく笑顔で答えれば、やっぱり岸谷は複雑な顔をする。恐らく、彼には好きな相手を手放す理由が分からないのだろう。

「乾さん」

 二人だけの会話に円城寺の落ち着いた声が割って入り、私の円城寺へと視線を向けた。

「少し様子を見ましょう。もしかしたら、私たちがこれ以上何もしなくても物事が動く可能性があります。少し様子を見て、物事を少しずつ軌道修正する方がいいと思います」

 確かに円城寺が言うように、堀口は昼の会話で覚悟を決めたかもしれない。だとしたら、今は下手な横やりは軌道を逸らすことにもなりかねない。

「分かりました。それで私は今後どうすれば宜しいですか?」

「電話で構わないので、二日に一度は報告をお願いできますか? もし、緊急に事が動いた場合には、すぐに電話して頂いても構わないです」

「わかりました。それでは電話で連絡いれさせて頂きます」

「まぁ、正直言うと、これ以上は何もしなくても乾さんが望んだ通りに物事が進む気がしますけどね」

 そう言った円城寺は手元にある紅茶のカップへ手を伸ばすと優雅に口をつけた。

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