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JOAT -何でも屋-  作者: 多岐川暁
Chapter.IV:どうしても欲しいもの
14/30

Act.01

 目の前のビルを見て呆然と見上げる。オフィス街の一角にあるビルは、正直言うと私には場違いだと突きつけられている気分になる。

 それでも、意を決するとビルの中へと入った。受付で電話で言われた通りに伝えれば、受付の女の人がすぐに口頭で案内してくれた。

 ガラス張りのエレベーターに落ち着かない気分で乗り、エレベーターを降りたところでちょっとだけ後悔した。

 足下のフカフカした感じが、とにかく場違いな気分にさせられて帰りたくなる。でも、大丈夫だと言い聞かせて廊下を歩く。

 ネットでホテルのカーペットがフカフカとか見ると憧れたりもしたけど、こうして歩いてみると歩きにくい。

 裸足で歩いたら気持ちいいんだろうな、などと思いながら扉の前に立つと、深呼吸を一回。

 それから恐る恐る扉を開けば、そこはやたら広い事務所だった。

「手嶋利香さんですか?」

「……あ、は、はい」

 思わず言葉に詰まったのは、こちらを向いて立つ男性が綺麗で見惚れたからだ。

「どうぞこちらへ」

 促されて慌ててソファに腰掛けたけど、このソファもクッションが凄くて埋もれそうになる。もう、本当に帰りたい気分になってきた。

 でも、目の前に座った男の人は格好イイ。文句なしに格好いい。さらっさらな黒い髪も清潔そうだし、無表情さが高級そうなスーツと合っている。

 手にしていた紙をテーブル越しに差し出された。それはシンプルな名刺で、この目の前の格好イイ人が社長だと知って驚いた。

「それで今回はチケット取りということでしたが」

「は、はい。明日発売のチケットの購入のために、列に並ぶのをお願いしたいです。本来十時から発売なんですが、恐らく始発から並んでしまうので」

 慌てて鞄からプリントした物を取り出すとテーブルの上に置いた。やたら綺麗な指がその紙を取り上げた。視線が紙の上を滑る。その目元がたまらなく好みだ。

 カチャリと音がして、我に返れば目の前にアイスティーが置かれる。持ってきた男の人を見れば、ダサい黒縁眼鏡をした男の人だ。ラフな服装から恐らくバイトか何かだろう。

 軽く会釈すると、再び目の前の円城寺に視線を向ける。恐らく俳優だと紹介されても私は信じたに違いない。

「トオル」

 顔を上げた円城寺が名前を呼べば、先ほどアイスティーを持ってきた男の人がプリント用紙を一枚円城寺に渡す。

 そして円城寺は受け取った紙をテーブルの上に置いた。

「チケット取りは三十分単位になります。金額はこちらになりますが宜しいですか?」

 正直言おう。もう、この時点で金額なんてどうでも良かった。

「はい、お願いします!」

 答えるなり鞄から財布を取り出すと、円城寺はすぐに口を開いた。

「代金はチケットと交換する時にお願いします」

「あ、そうなんですか。すみません」

 手にしていた財布を鞄にしまうと改めて円城寺へと視線を向けた。

「それで枚数は何枚になりますか?」

「友人の分を合わせて四枚お願いします」

 基本的に動いているのはここにいる二人だと聞いてる。もし二枚だけ頼めば、あっちに座ってる男の人が行くのかもしれない。それじゃあもう一度会う機会はないかもしれない。

 ちょっとした散財だけど、それでも良かった。もしかしたら、ここから恋愛に繋がるかもしれない。そうだ、交代する時には差し入れも持って行こう。

 そんなことを考えながら円城寺を見れば、何やら書類を書き込んでいる。

 でも、こんな美形、今回だけというのは勿体ない。だったら何か……。

「あの、もし宜しければ別件なんですけど、庭の草刈りをお願いできませんか?」

 その言葉で顔を上げた円城寺は初めて微笑んだ。薄い笑みではあったけど、それはもう至福の時間だ。

「申し訳ないのですが、一度依頼を完了してからお伺いしたいと思います」

 てっきり受けてくれたと思ったけど、どうやら一回は様子見ということらしい。別に明日には終わることだから、明日もう一度頼めば問題はない。

「わかりました」

 良い子の返事をして契約書類を促されるままに書くと、そのまま確保して欲しいチケットの席などについて打ち合わせをする。

 打ち合わせが終われば、そのまま長居することなくお礼を言って事務所を出た。最初からグダグダしてたら印象が悪い。

 その足で明日の差し入れを買うべくデパ地下に足を運ぶ。安い給料の中からデパ地下のお菓子を買うのはかなり痛手だったけど、取り入るにはやっぱり貢ぎ物は必須だ。

 二人分のお菓子を買ったけど、別に円城寺が明日いなければ自分で持って帰って食べても構わない。

「あー、本当にあんな美形に会えるなんてラッキー」

 一人呟きながら明日着るための服を見るためにショップに寄る。明日、円城寺たちと合流する前に写真くらい撮れないかと算段しながら服を手に取った。

 途中、友達の浩美から電話が入って円城寺の話しをして、明日は九時半の待ち合わせ時間を決めると電話を切った。

 明日のためにデジカメの充電もしておかないと。スマホじゃ望遠あまりきかないし。

 鼻歌を歌う勢いで鞄に荷物を詰め込んでいく。そして、メイクが乗らないとまずいから、その日は早くベッドに入った。

 翌日は七時から起きてむくみを取ると朝食をきっちり取る。

 円城寺ともし上手くいけば手に入るのは美形の恋人ってだけじゃない。あんな場所に事務所を構えているのだから、恐らくそれなりにお金持ちの筈だ。

 ——お金持ちで美形の恋人って最高−!

 踊りたいくらいの勢いで化粧をすると、涼やかなアクアマリンが施されたバングルを左の二の腕につける。

 腕の細さはある意味私にとってセールスポイントでもある。実際、セールスポイントになるからとこのバングルを貰った。

 二の腕につけると聞いた時には驚いたけど、確かに目を引きやすくなるのか褒められることが多くなった。

 涼やかなアクアマリンを散りばめた細工の細かいバングルは、腕にぴったりとフィットしてそれだけで上品にも見える。

 ピアスを最後につけて、昨日買ってきたお菓子を鞄に入れると部屋を後にした。

 朝九時半時、友達の浩美と合流すると、早速円城寺の話で盛り上がる。駅に到着するとすぐにデジカメをスタンバイさせると、チケット売り場から少し離れた場所で立ち止まる。

 前から順に確認していけば、円城寺は確かにいた。昨日のスーツ姿とは違いラフな格好だけど、それはそれで凄く似合っていた。

 ラフな格好なのに、凄く高級な物を身につけているように見える。いや、もしかしたらどこかのブランド物なのかもしれない。

「前から三番目の二人組」

「あ、左側でしょ利香が狙ってるの」

「そう! もう凄い美形じゃない?」

「うーん、確かに美形だけど……私は右側の方がいいなぁ。だって、あんな美形が隣にいたらコンプレックス刺激されまくり!」

 確かに浩美の言葉も一理ある。でも、それよりもあの美形をいつでも見られる特典の方がずっといい。

 二人は会話することもなく隣同士で立ち、スマホを弄っているように見える。こちらに気づいた様子はなく、私はカメラを構えると円城寺のアップをカメラに収めた。

 一応、浩美のためにもう片方の男もカメラに収めておいた。確かにそれなりに無難な顔をしているけど、どうしてもあのダサい眼鏡が許せない。

「右側の人も撮っておいて!」

「撮った。一応、ツーショットも撮っておこうかなぁ」

「そうしなよ! それも後でデータ頂戴!」

「分かったってば、揺らさないで」

 浩美に注意をしてからコソコソと二人のツーショットも収めると、それからもしばらく円城寺の姿をカメラに収めていく。

 カメラでアップにしていると、円城寺が僅かに目を細めると大きく口を開け欠伸をする。それが可愛くてばっちりと写真に撮る。

 不意にズームしていたカメラの視界から円城寺の姿が消える。

「あ、何かヒソヒソ話してる。何だろう」

 カメラを降ろせば、浩美の言う通り二人は少し近づいてヒソヒソと何かを話している。時計を見れば、いつの間にか時計は十時を回ろうとしている。

「チケットの販売時間だから確認してるんじゃないかなぁ」

「そっか。あ、シャッター開いた! 今回チケット取れるかな」

「あれだけ前だったら大丈夫だと思う。ここなら窓口五つ開けるし」

 既に係員の誘導で円城寺もダサ眼鏡男も窓口の一番前に並んでいる。間違いなく四枚のチケットをキープできる筈だ。

「余ったチケットどうするの?」

「オークションで売るよ。結構いい席取れると思うし」

「センターなら確実に三倍で売れるね」

「センター外れてる時が怖いけどね」

 たわいのない話しをしている間に受付が始まり、すぐさま窓口の前に人々が流れていく。その姿もしっかりデジカメに収め、そこでようやくデジカメを鞄にしまった。

 約束は店頭で十時十五分と指定している。コンパクトミラーでもう一度化粧と髪型をチェックすると、浩美と共に二人の元へ向かった。

「すみません、今日は有難うございました」

「いえいえ、仕事ですから」

 私の声に答えたのはダサ眼鏡の男だ。ヘラヘラ笑ってるけど、話したいのはあんたじゃない。

 思わず怒鳴りつけそうになったけど、円城寺の前でそんなことをする訳にはいかない。そもそも、円城寺とこの男が親友とかだったら尚更マズい。

「円城寺さんも有難うございました。あの、これ食べて下さい」

 そう言って鞄の中から取りだしたのは箱入りお菓子とペットボトルのお茶だ。

 朝とはいえども、既に日が昇りジリジリと暑い。アスファルトには黒い影が落ちていて、照り返しを肌に感じる。

 円城寺は差し出されたそれを見て、それから隣の男を見てから小さくため息をついた。

「有難うございます」

 笑顔はないが丁重なお礼は好感触だ。隣では浩美がダサ眼鏡男に同じ物を渡していて、男はヘラヘラと笑っている。

「代金はこちらになります。宜しいですか?」

 そう言って差し出された金額は、事務所で聞いていた金額のままだった。お財布にはちょっと痛いけど、最初からわかっていたから笑顔でお金を払う。

「本当に有難うございました。それで」

 不意に円城寺の腕が伸びてくる。肩に腕を回され目を見開いていれば、次の瞬間、僅かに私の肩先をかすめて何かが倒れてきた。かすめたものに押されるように円城寺の胸に抱き締められる。

「え……?」

 それを理解するよりも早く隣にいた浩美が悲鳴を上げた。浩美だけじゃない、次々とあちらこちらから悲鳴が上がる。

「トオル! 救急車!」

 まるで投げ出されるように円城寺の腕から解放される。でも、そんなことも気にならない。ただ、足下に転がっている人から視線を外せない。

 俯せに倒れた男の背中には深々と包丁が刺さっている。徐々に足下に広がる血が、私のサンダルの下を流れていく。

 ぐらりと世界が回った気がした。

「手嶋さん!」

 その声は耳に届いたけど、急激に視界が閉ざされていった。

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