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JOAT -何でも屋-  作者: 多岐川暁
Chapter.III:失くしたものは
12/30

Act.03

 有佳が殺されてから、一週間の休暇を取った。最初こそ文句を言っていた上司だったが、恋人が殺されたことを伝えれば、それ以上文句を言うことはなかった。どうやら思っていたよりも人としての思いやりはあったらしい。

 翌日も事情聴取として西垣刑事と若い刑事が来た。だが、質問されても答えられることは少なく、そのことに愕然とした。

 電話を切った後はぼんやりと部屋で過ごし、夕方になると、意外な人物が部屋を訪れた。インターフォン越しに見た顔は、男臭さがなく整った綺麗な顔立ちをしていた。

「JOATの円城寺です」

「あぁ、見ればわかる」

「犬の散歩に来ました」

「……は? 今日は頼んでないけど」

「岸本から今日の犬の散歩を頼まれたと前金を頂いていますが」

 勿論、岸本に頼んだ記憶もなければ、前金を払った記憶もない。

 円城寺の言葉を最後にお互いの間で沈黙が落ちる。そして、インターフォン向こうで円城寺が軽く眉をしかめたことで、ようやく俺にも事態が理解できた。

「……社長であるあんたに社員の悪口言うのも何だが馬鹿だな、あいつ」

「馬鹿なんです。まぁ、前金は頂いていますし、本日はどうされますか?」

「いや、あいつに返しておいてよ」

 そう伝えたが、円城寺は少し考えるそぶりを見せた後、軽く手を上げた。そこにあるのは手提げ袋だ。

「もし可能であれば、これだけお渡ししても宜しいですか?」

「なにそれ」

「馬鹿からの差し入れです」

 既に取り繕う気もないのか、憮然と言い放つ円城寺にブフッと噴き出すと、俺はオートロックを解除した。

 エレベーターで円城寺が上がってくるまでにペットのご飯を用意していると、玄関のチャイムが鳴る。

 すぐに玄関の扉を開ければ、円城寺はエレベーターホールの方を見ていた。円城寺が見ている物が気になって身を乗り出そうとしたところで、円城寺が俺へ視線を向けた。

「これ、うちの馬鹿からです」

 円城寺が差し出してきた紙袋を受け取れば、そこには電子レンジで温めて食べられる鳥粥が入っていた。

 恐らく、岸谷は恋人を亡くした俺が食事すら取らないと踏んでいたのだろう。実際、昨晩から何も食べていなかった。

「お礼、伝えておいてくれ」

「分かりました。実は気づいたことがあって……少しお話させて頂いても宜しいですか?」

 先ほどの投げやり感とは違う円城寺の真剣な表情を見て、少し考えた挙げ句、家の中へと促した。

「悪いけど茶出す元気もないからな」

「必要ないです。篠崎さんのことを探っている方がいます。恐らく雇われ探偵だと思いますが……」

 唐突とも言えるその言葉に俺としては首を傾げるしかない。少なくとも、探偵に探られるような物は何もない。

「警察じゃなくて?」

「警察ではないですね。既に篠崎さんのアリバイは証明されていますから」

「あ、そうなの?」

「警察から電話がありませんでしたか?」

「あー、取る気がしなくて音量下げて放置してる」

 ちらりと電話機に視線を向ければ、確かに留守電が入っているのかライトがチカチカと光っている。

 ソファから手を伸ばして再生ボタンを押せば、確かに西垣刑事からの伝言でアリバイが証明されたことが録音されていた。

「で? 岸本さんは言わなかったけど、ヤクザ関係と関わり合うのは得策じゃないって思ってるって聞いたけど、今さら忠告染みた話しをするのは何のためだ?」

 こちらの注文は聞いて貰えないのに、聞きたくもない話しをされるのは面白くない。

「この質問は好奇心でするので、別に答えなくても構わないです。あなたは有佳さんから何か預かっていませんか?」

「なにかって、何だよ」

「分かりません。ただ、相手はあなたを監視している。……有佳さんが殺された。彼女から捜し物が出て来なかったから恋人である篠崎さんを監視していると見ています」

 別に有佳から預かった物は何も無い。それに、監視したいなら幾らでも監視すればいい、と思うくらいには投げやりでもあった。

「これといって預かったものはないな。別にどうでもいいよ。監視するなら勝手にすればいい」

「例え殺されたとしても?」

「……は? いや、それはないだろ。何で殺される方向になるんだよ」

「あなたもヤクザの弁護士やってるなら、ヤクザの会計士が握る情報がどんなものだか分かってるはずだ」

「まさか、有佳は経理情報を持ち出したのか?」

「憶測なので分かりません。ただ、あなたが弁護するヤクザと有佳さんが経理をしているヤクザが対立していることは分かっていますよね?」

「それは……」

 勿論、そんなことは知っている。だから、会社にも報告していなかったくらいだ。

 そういえば、最近、有佳は酷く疲れていた様子だった。それは、社内で何かをしでかしたということなのか。

 そこまで考えて、血の気が引いてくるのが分かる。もし、データを持ち出していたのだとしたら、そんな裏切りを連中が許す筈もない。

「まさか……なんのために……」

「……彼女が篠崎さんとの結婚を反対されていたことを知っていましたか?」

「嘘だろ……おい……やめてくれ……」

「恐らくそれに抵抗するために彼女はデータを」

「やめてくれっ!!」

 耳を塞いで身を縮める。ソファに座りながらも屈み込むようにして叫んだ。次の瞬間、静寂が訪れ、酷く自分の息が荒いのがわかる。

「……篠崎さんは、この界隈から、いやできたら海外へ逃げるべきです」

「まさか、本気で俺が殺されると思ってるのか?」

 生きることに投げやりになっていたにも関わらず、殺されるかもしれない恐怖が迫り上がる。ゆっくりと死に絶えるのも殺されるのも同じ死である筈なのに、湧き上がる感情は全く別物だ。

「ないとは言い切れません。ご家族が近くにいないのであれば、あなたは今すぐここを離れるべきです」

「待ってくれ。そんなこと急に言われても……」

「時間がありません。早めに決断されることをお勧めします」

 それだけ言うと、円城寺はソファから腰を上げた。そして、ふと目元を緩めると足下で座る一匹の犬を撫でる。そのまま視界から消えると玄関で扉の閉まる音が聞こえた。

 一人部屋に取り残された俺は、完全に血の気が引き立ち上がれずにいた。

 恐らく有佳からデータを受け取っていないといっても、そんな言葉で許される筈がない。上司たちが受ける仕事の中で、鉄砲玉と言われる連中の弁護をしているのを見ている。

 初めての人間こそ恐怖で震えていることもあるが、前科がつく頃になると殺すことにためらいなんてない人間もいる。

 ザワリと肌が粟立ち、その感覚に腕をさする。

 有佳を殺した人間を殺してやりたいと思っていた。だが、あんな奴らが相手では間違いなく殺されるのは自分だ。

 しかも、疑いを持たれている段階で捕まれば即アウトだ。

 殺されるのは嫌だと思うのに、死はちょっとした甘美な誘惑だ。有佳のいない世界で生きることは辛い。それなら一層……。

 膝に感じた衝撃に反射的に身体が跳ねる。そこには白い毛をしたリリがまるで俺を覗き込むようにして座っている。

 リリは有佳によく懐いていた。恐らく彼女を見つけたのも、リリが懐いていたからこそなのだろう。今ならそう思える。

 もし、自分が死ねばこの子たちはどうなるのだろうか。いや、可愛がっていることを知れば、この子たちを使って嫌がらせくらいはしてくるに違いない。

 膝の上で座るリリを抱き締めると、夕暮れが差し込む部屋で一人立ち上がることもできずにいた。

 まんじりとした夜を過ごし、色々と悩んだ挙げ句、PCからフリーメールを取得すると改めてJOATにメールを送った。

 復讐することを心に秘めつつ、今は時期でないと判断して逃げることにした。最初こそ恐怖に縛られていたが、考えているうちに怒りの比率が上がり、それは憎しみに変わった。

 少なくとも有佳は殺されるような女ではなかった。

 いつか、きっと————。

 そう願いながら、必要な最小限の荷物をまとめ始めた。

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