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JOAT -何でも屋-  作者: 多岐川暁
Chapter.III:失くしたものは
11/30

Act.02

 警察署についたものの、どうしようかと悩む。既に夜を周り、受付に座る警官にはうさんくさい視線で見られている。

 名刺にあった携帯番号に連絡しようかと携帯を取り出したところで、声を掛けられた。

「篠崎さん!」

「岸谷さん」

 相変わらずニコニコと笑顔で近づいてきた岸谷は、頭を下げて謝罪してきた。岸谷の後ろから制服警官がついてきていて、まだ事情聴取の途中だということはわかる。

「すみません、こんなことになってしまって。犬は預かって貰っているんで、一緒に来て頂けますか?」

「分かりました」

 俺が答えると岸谷は制服警官に「お願いします」と声を掛ける。けれども、数歩進んだところで足を止めることになった。

「岸谷くん、だったかな」

 その声に歩いていた岸谷が歩みを停め、釣られたように俺と警官も足を止める。

「あ、えっと……西垣さん! 捜査一課の西垣さんですね。その節はお世話になりました」

「いや、私は何もしてない。今回の件で少しだけ話しを聞いてもいいか?」

「や、えっと……」

 岸谷はあからさまに困ったという顔をして西垣刑事から俺へと視線を向けてくる。

「一分でいい」

「……分かりました。すみません、少し待ってて下さい」

 岸谷に声を掛けられ、俺と警官は軽く頷くことで答えた。西垣刑事と岸谷は少し離れると二人でぼそぼそと話し出す。

 空調の低い音と共に会話は僅かに聞き取れる。

「館石有佳という女性は?」

 西垣刑事の言葉に周りを何気なく見ていた俺は視線を戻した。真剣な顔をする西垣刑事と笑みを消した岸谷がそこにはいる。

「いえ、少なくとも知人にも依頼人にもいません。もしかして、それが今回発見された遺体の」

「あぁ、そうだ。少し離れた場所に鞄が落ちていた。その中にあった免許証から身元が確認された」

 そんな馬鹿な偶然はありえない。ありえないが、有佳は時間通りに部屋に来なかった。電話も繋がらなかった。何かあったのではないかと思ったが、まさか————。

「あ、あの!」

 落ち着いてなんていられない。緊張のままに言葉を発したら声が裏返ったが、そんなことは気にもならない。

 途端に二人の視線が俺に向けられる。

 まさかと思うけど、確認せずにはいられない。

「その、館石有佳って髪がこれくらいで……指輪! 指輪つけていませんか?」

 髪の長さを示した後に、慌てて声を上げるが西垣刑事は緩く首を振った。

「髪の長さは合ってるが、指輪はなかった。指輪どころか貴金属類は一切つけていなかった。仏さんの知り合いなのか?」

「……同姓同名の別人でなければ婚約者です」

 途端に西垣刑事の眼光が鋭くなり、ポケットから一枚の写真を取り出した。すぐに俺の近くまで歩いてくるとその写真をつきつけてくる。

 それは免許証を写したもので、その写真を見た途端、俺は酷い目眩に襲われた。ぐらつく身体を横から警官と岸谷が押さえてくれる。

「……俺の婚約者です」

 まさかと思っていたのに、現実に打ちのめされる。今日は家に来る予定だった有佳が近くで殺されているなんてことは考えもしなかった。

 足下がグラグラして、西垣刑事が何かを言っているが上手く聞き取れない。円城寺は遺体を発見したと言っていた。だとしたら……。

「彼女……どんなだった……」

 仄暗い目をしている自覚はある。見上げた先にいる岸谷はギョッとした顔をして俺を見たが、すぐに正面にいる西垣へと視線を向けた。

「それは事情聴取の時に私の方から話しをしましょう」

「彼女は……本当に死んだのか……」

「今は検視を待っている状態です」

「…………」

 続く言葉は何も浮かばない。ただ、呆然と頭が白くなる。

 記憶の空白の後、気づけば小さな会議室のような場所で椅子に座り、目の前には湯気を立てる温かなお茶が置かれている。

 視線を巡らせると、部屋には西垣ともう一人スーツ姿の男、そして制服警官がいた。

「大丈夫か?」

 低い声で問い掛けられて、力なく頷いた。ゆっくりと思考が戻ってきたが、いつもの半分も頭が働いていない気がする。

「名前をお聞きして宜しいですか」

「……岸谷さんに聞いただろ」

「残念ながら名前は本人に聞いて下さいの一点張りでした」

「思ってたよりも真面目だったんだな……」

 てっきり俺が呆然としている間に全てをペラペラ話しているかと思っていたが、そこまでは馬鹿じゃなかったらしい。

「まぁ、ああいう職業ですから客については口を開きませんよ。勿論、簡単にゲロッてくれる人もいるが……あぁ、失礼、言葉が悪かった。それで、改めて名前を聞いても?」

 余り口を開きたい気分でもなかったため、ポケットから財布を取り出すと免許証を机の上で滑らした。丁度西垣刑事の目の前で停まり、西垣は免許を見て軽く頷いた。

「篠崎さん、調書を取る前に幾つか質問をさせて下さい」

 丁寧な口調だが、否とは言わせない強さがある。息苦しさを覚えるような、そんな上から押さえつける問い掛け方は会社の上司と似ている。

 鋭い眼光や、威圧感のある風格も上司に重なり、話す相手としては気分が悪い。そもそも、自分のことを聞かれたい訳ではなく、俺が聞きたいのは有佳のことだ。

「……有佳は殺されたのか?」

「篠崎さん、まずはあなたのお話がさきです。それから答えられることはきちんと答えていきます」

 仕方なく餌を与えてやるから、とっとと話せという雰囲気が解せないが、ここで押し問答しても状況は引っ繰り返らない。

 改めて名前から生年月日、住所やら職業を聞かれてうんざりした気分になる。

「もういいだろ! それより有佳のことだ! あいつは……本当に死んだのか?」

「既に警察が駆けつけた時には死亡が確認されました。……すみませんが、少々お時間を下さい」

 その言葉で西垣は記録をつけていた警官から用紙を貰うと出て行ってしまう。部屋に残されたのは俺と警官、そして若い刑事だった。

「あの……篠崎さんと岸谷さんのご関係はどういったものですか?」

「会社と客ってだけだよ」

「どれくらいのお付き合いがありますか?」

「今日、初めて合った。……世話、犬の世話頼んだんだよ。今日は色々時間がなかったから。有佳がうちに来るから……」

 あの河原にいたのであれば、間違いなく俺の家に来る予定だったのだろう。

「……どうやって殺されたんだ。何で! どうして!!」

 徐々に感情が抑えきれなくなり声が大きくなる。悪いのがこの刑事ではないことが分かっていても、湧き上がった怒りが抑えきれない。

「犯人についてはまだ見つかっていません。今のところ、貴金属や財布などがないので、今のところは物取りの犯行説が強いです」

「なんであいつが……」

 悔しい。犯人をこの手で殺してやりたいとすら思う。暗い憎しみに嗚咽を耐えながら掌を握りしめる。俯いた顔からは涙が机の上に落ちていく。

 丸い水溜まりは徐々に形を変えて広がっていく。それを眺めながら唇を噛みしめた。

「何でだよっ!!」

 椅子から立ち上がり机を挟んで目の前にいる刑事の胸倉を掴む。

「何してるんだ!」

 椅子が倒れる派手な音と怒鳴り声。胸倉を握り締めていた手を離されて、刑事二人が出て行く。警官と共に取り残された俺は、どうしていいかわkらずに床に座り込んだ。

 もう立ち上がる気力すらない。涙が流れるままにぼんやりと床を眺めていれば、腕を引かれる。抗う気力もなく椅子に座らされると、目の前には新たなお茶が置かれた。

「うちの若いのが余計なこと言ってすまなかった……。犯人は必ず捕まえる」

 力強く西垣啓治は言ってくれたが、俺はそれを冷めた目で見ていた。

 下手にヤクザの弁護士なんてしているもんだから、警察がどれだけ当てにならないか知っている。それはこっちが用意する金や女で、被害者の証言をころりと変えさせるくらいのことはする。

 確かにこの西垣刑事は本当に犯人を捕まえたいと思っているかもしれない。だが、上がノーと言えばノーだ。警察というのはそういう縦割り社会だから上司に逆らうことはできない。

 ある意味、俺のいる会社と似たような状況で分かりやすくもあった。

 また話しを聞くことになることと、幾つかのことを説明されて部屋に沈黙が落ちる。俺は返事もせず、ただ西垣刑事の会話を聞いていただけだ。

「家まで送ろうか」

「いえ……歩いて帰ります……」

「そうか」

 それ以上西垣刑事は何も言わなかった。ただ、扉を開けて待っていて、俺は促されるように部屋を出た。廊下を進んで階段を下りる。

 警察署の出入り口近くまで西垣刑事に見送りされると警察署を出た。生温かい風が吹き、泣きすぎて頭がぼんやりする。ゆっくりと数段しかない階段を下りていると、犬の鳴き声が聞こえる。

 視線を少し先に向ければ、そこにはペットである犬が四匹。そして、そのリードを持つ岸谷がいた。

「何で……」

「え? だって預かってたのに勝手に放り出す訳にいかないじゃないですか」

 何でもないという顔で言う岸谷は歩道に屈み込み一匹の犬の背を撫でている。そんな岸谷の様子を見ていたら何だか肩の力が抜けた。

「……悪いけど、家まで付き合って貰っていいか?」

 その問い掛けに岸谷は軽く頷く。その返事を待って、俺はリードを二つ預かると岸谷と二人歩き出した。

 既に十一時を回っている。恐らく、岸谷や円城寺の事情聴取は早々に終わった筈だ。

「そういえば、もう一人は?」

「あー……すみません、実は次の仕事があって」

「そうか。岸谷さんもあったんじゃあないの?」

「何て言うか、女性の相手なんであいつが適任っていうか」

 そう言って笑う岸谷に卑屈さはない。確かに円城寺は顔立ちの整った男だから女受けもいいだろう。

「岸谷さんは、恋人いる?」

「こういう商売してると恋人なんてできないですよ……まぁ、作れない言い訳ですけど」

 岸谷はそれこそ笑うけど、恐らく現在は必要としていないのだろう。もしかしたら、恋人がいたことがないのかもしれない。

「彼女さ、俺と似たような環境で仕事をしてたんだよ。まぁ、弁護士じゃないけど……上に逆らえない感じの仕事」

「そうなんですか?」

「あぁ。でも、最近酷く疲れてるみたいでさ。今日は久しぶりにゆっくりさせてやりたくて……なぁ、……有佳の……発見した時の状況を教えてくれないか?」

 問い掛けにはすぐ答えがなかった。お互いに黙ったまま、ただ歩く。足下を歩く犬たちは散歩だと思っているのかご機嫌だ。

「……聞いたら余計に辛くなりません?」

「でも、知らない方がイヤだ。殺された、はい、そうですかで納得できもんじゃない」

「……彼女の遺体に気づいたのはリリでした」

 一旦足を止めた岸谷は屈み込むと、白いフワフワの毛を纏うリリを撫でる。

「川辺を走っていたんですけど、急にリリが吠えだしてリードを引っ張るものだから、そっちの方向へ。そしたらランも吠えだして二匹で草むらに駆け込んで行ったんです」

「あいつの匂いか……」

「恐らく。犬の鼻は嗅覚が鋭いので、もし有佳さんがこの子たちを可愛がっていたなら、匂いに反応したんだと思います」

「……好きだったよ。一緒に住みたいと言ってくれるくらいには」

 岸谷からの言葉はない。でも、それでいいと思う。同じように立ち止まっていた俺も屈み込むとランの頭を撫でてやる。

「……暴行された様子はありませんでした。首を絞めて殺害した後、色々持ち去ったんだと思います。鞄も少し離れたところに中身をばらまくようにして放置されていました」

「……そうか」

 恐らく殺されたことは紛れもない事実なんだろう。ただ、警察が犯人を捕まえられるとは限らない。

「なぁ……犯人捜し、頼めないか?」

「それは……」

 そのまま黙ってしまった岸谷に視線を向ければ、困った顔をしていた。けれども、頼れるところなんて数多くはない。

「どうしても犯人が知りたいんだ」

「一応、社長に聞いてみますけど……恐らく難しいと思います」

「なんで?」

「基本的に捜査中の案件には乗り出さないことにしてるので……」

 酷く言いにくそうにしているところを見ると、他にも色々あるのだろう。実際、何でも屋といっても危ない橋を渡るようなことだってあるのだろう。

 そう考えれば、できるだけ警察に関わるような案件は受けたくないという心情はわからなくもない。だが、自分一人で調べられる筈もない。

「頼むよ!」

「えっと……とにかく社長に確認だけはしてみます」

 丁寧な口調で体よくお断りされて、俺は大きくため息をついた。

 そこでふと、岸谷の口調がしっかり敬語であることに気づく。それに、最初に会った時のようなアホな言動をしていない。

「……馬鹿なふりでこっちの様子を伺った訳か」

「は? あ……」

 岸谷自身も指摘されたことに気づいたのか、すぐに口を噤むと気まずげに視線を逸らした。清々しい程の馬鹿ではなかったけど、顔に出やすいタイプではあるのだろう。

「お前、弁護士舐めるなよ」

「すみません……一応ヤクザさんもお断りしているんで」

「あーあ、だったらどっちにしても俺の依頼はお断りだな」

 途端に岸谷の顔には疑問符が浮かび、そのわかりやすさに思わず笑う。

「俺の会社、ヤクザ専門の弁護士事務所。だから俺のことを調べたらあの綺麗な兄ちゃんは絶対に仕事受けないよ」

「すみません……」

 それは完全なるお断りでもあった。一層のこと探偵事務所に駆け込むことを考えた方がいいのかもしれない。そんなことを考えていれば、目の前の岸谷が何か考えている様子を見せる。

「結婚……会社で反対されなかったんですか?」

「いや、反対も何も結婚の話しなんて言ってないし。一層のこと、結婚のことが決まってから報告しようと思ってたくらいだ。でも、あいつもいなくなったから辞めちまおうかな、とも思ってる」

「フリーでやってくつもりですか?」

「いや、もう弁護士はいいかな、ってさ。今は弁護士っていうのは凄い人数いるんだよ。だから、俺みたいな出来の悪いタイプはいい弁護士事務所なんて入れないんだよ」

 だが俺の言葉に岸谷からの答えはない。それどころか黙り込んでしまい、小さくため息をついた。

 まとわりついてくる犬四匹を順番に撫でてやると、座り込んでいた場所から立ち上がった。その動作で岸谷は我に返ったらしく慌てて立ち上がる。

「もしかして、彼女もそのヤクザ関係の……」

「有佳は税理士だった。ヤクザお膝元のな」

 気まずそうに視線を逸らした岸谷だったが、次の瞬間にはグッと視線を上げて改めて俺を見つめてくる。

「あの……本当に協力できなくてすみません」

 勢いよく頭を下げる岸谷に緩く笑うしかない。

「いや、仕方ないだろ」

「そうですけど……どう言えばいいのか分からないけど、篠崎さんも気をつけて下さい」

「なにに?」

 それは何気なく問い掛けた言葉だった。だが、岸谷は真剣な顔のまま口元をモゴモゴと動かした。そして結局、それに対する言葉を口にすることはなかった。

 マンション前に到着すると、岸谷のリードを受け取ると財布を取り出す。それを見た岸谷が慌てた様子で数歩下がる。

「悪かったな、色々聞かせて。今日の分、これで足りるか?」

「いや、今日は貰わないことになってるんです。だから気にしないで下さい」

「だって、この時間まで付き合って貰ったんだから貰っとけって」

「でも、時間通りに戻れなかったのはこっちの手落ちだから本当にいいんです! それじゃあ!」

 それだけ言って踵を返した岸谷は走り去ってしまい、その背中を呆然と見送った後、俺は手にしていた金を財布に戻した。

「それじゃあ儲からないだろ」

 まるでお人好しを同情するような台詞を呟いて、その台詞が俺自身には似合わないことに気づいて自分を嗤った。

 そして部屋の鍵を開けて扉を開いた途端、ビーフシチューの香りが身体にまとわりつく。有佳に食べさせようと作ったビーフシチューは二度と彼女に食べさせることはできない。

 指先からするりとリードが抜けていき、俺はその場にうずくまり、ただひたすら泣くことしかできなかった。

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