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JOAT -何でも屋-  作者: 多岐川暁
Chapter.III:失くしたものは
10/30

Act.01

「あー、くそっ! 逃げられたか。確かあそこに……」

 一人ぼやきながら電話機横にある棚をガサガサと乱暴に漁れば、そこから探していたメモが見つかった。

 メモを見ながら電話を掛ければ、コール三回で相手が出た。

「悪いんだけど、緊急って頼めるかな」

「はい、承っております。どんなご用件でしょうか」

「犬の散歩。四匹いるから二回にわけるか二人で頼みたいんだけど」

「一度お会いして、それでも宜しければご依頼をお受け致します」

 どうやら一度会ってから依頼を受けるタイプの何でも屋らしい。今まで頼んでいたところでもそういう所は何カ所かあったから別におかしいとも思わない。

「時間がなくて夕方に会って、それでよければ散歩をそのまま頼みたい。大体一時間も散歩してくれたらいいからさ」

「畏まりました。何時頃になりますでしょうか?」

「六時に自宅に来て」

「畏まりました」

 落ち着いた丁重な声ではあるが、年齢は結構若い感じがする。一応信頼できる何でも屋と聞いているから、年齢で否定するつもりはない。

 実際、昨日まで頼んでいた何でも屋は六十も越えた親父ばかりだったのに、責任感はどこへいったのか連絡すら取れない。

 こういうのは個人の資質だとわかってるし、昨日まで頼んでいた所にはがっつり違約金を払って貰うつもりだ。

 金額を聞けば思っていたよりも良心的だから、名前と住所を教えて電話を切った。

 とにかく時間がない。十時には社につかないと裁判にも遅れる。今の仕事が好きな訳じゃないが、それでも仕事をしないと食っていけないし養っていけない。

 しかも、来年には結婚する恋人もいる。とにかく働くことで金が必要だった。

 電話を切った後、慌てて犬たちの餌を用意してやると、スーツに着替えるために寝室へとって返した。

 休日や暇な日は、他人に散歩を任せたりしない。何事も自分でやるべきだと思っている。

 ただ、今日みたいにスケジュールが詰まっている時はどうしても手が回らない。きっちりとスーツを着込み鞄を手にすると、四匹の犬たちの頭を撫でて回る。

「今日は有佳が来るから、お前たちも遊んで貰えるぞー」

 つい浮かれた声を犬たちに掛けてしまうのは、恋人の有佳が今晩は泊まりに来る予定だからだ。

 俺も有佳も似たような業界で仕事をしていることもあり、中々一緒に過ごすことができない。

 だからこそ、結婚話が二人の間で上がるようになった。もっと一緒にいたい。この子たちも離れたくない。

 そう言って有佳が抱き締めたのは、うちで飼っている白いマルチーズだ。

 俺も大概だが、有佳も大の犬好きだ。それが高じて付き合うようになったが、結婚までの縁を結んでくれたのも飼い犬たちだった。

「あ、ヤベッ」

 犬を撫でていた手を離すと、ソファの上に投げてあった鞄を掴み玄関を出た。

 職場に到着するとすぐに打ち合わせに入り、そのまま裁判所へ足を運ぶ。この日は二件の弁護をして勝利を勝ち取った。とは言っても、欠席裁判なのだから負ける訳がない。

 山のような書類を手に社に戻ると、やたらといかつく鋭い目をした客人と相対する。

 うちの法律事務所は二流事務所で、はっきり言えばヤクザ専門の法律事務所だ。だから負け戦もあれば、先手打ったヤクザに楽をさせて貰うこともある。

 勿論、楽をさせて貰ったなんて言質を取られるようなヘマはしない。下っ端が気に入らないことがあれば警察にたれ込むからだ。

 そこで下っ端な俺は、そこまで面倒な裁判を任されたことはない。そろそろ転職を考えているが、忙しさ故に転職活動がままならない、というのが現状だ。

 勿論、ここで骨を埋める気はなく、遣る気があるように見せて適度に手を抜いて裁判勝率を上げないようにしている。

 むしろ、首にしてくれるならその方が違う道が開けるんじゃないか、とすら思うこともある。

 今回、上から回された客も借金を取り立てた時に、相手に言質を取られて訴えられたという何とも言いがたいものだ。

 勿論、嫌だと顔に出すことはせず、淡々と仕事をまとめてこなしていく。時折、状況を聞いているだけで激昂するヤクザ者もいるが、今回の相手はかなり冷静に話しができるから打ち合わせもかなり楽だった。

 客が帰った後は今回の打ち合わせ内容を書類にまとめて上司に提出する。時計を見れば、既に五時を回っていてデスクを片付けて上司に挨拶をしてから慌てて事務所を出た。

 途中、スーパーで食材を買い家に帰ると、着替えて何かをする前にチャイムが鳴り、慌ててインターフォンに対応する。

「はい」

「JOATから来ました岸谷と申します」

 モニターに映る男は何が楽しいのかニコニコと笑顔だ。その後ろには男がもう一人いて軽く頭を下げた。

「円城寺です」

 やたら顔の整った男だ。だが無表情で商売に向いてないな、などと思いながら一階にあるオートロックを解除した。

 それから一分もしない内に玄関に到着した二人は、代わる代わるに名刺を差し出してきた。まさか無表情の円城寺が社長ということに驚いたが、さもありなんとも思った。

 天は二物を与えずと言うが、そんなものはクソ食らえだ。少なくとも、二物も三物も持っている奴が何人か知人にいる。恐らく、円城寺も似たような者だろう。

 名刺を渡されたこともあり、俺も一旦奥へと引っ込むと二枚の名刺を二人に渡した。

「え、ヤクザさんじゃないんだ」

 それは唐突ともいえる呟きで、呟いた岸谷の視線は足下へと向いている。その視線の先、俺の短パンから覗く太腿から膝下までは赤と青の炎の入れ墨が描かれていた。

「トオル」

 諫めるような声で円城寺が呼べば、岸谷は途端に我に返ったのか慌てて顔を上げると酷くばつの悪い顔をする。

「すみません。初めて入れ墨を見たものだから興奮しちゃって……」

 とりあえず、岸谷という男は馬鹿なんだなと結論付けた。大抵の人間は入れ墨を見れば見なかったことにする。そして距離を空けるのが普通だ。

 まさかそれを口にする馬鹿がいるとは思ってもいなかった。だが、こういう素直な馬鹿は嫌いじゃない。まず、自分が騙されることがないからだ。

「別にいいよ。近い内に消すつもりだしな。元々好きで入れた訳でもないし」

「すみません。うちの馬鹿が」

「本当にすみません」

 二人揃って頭を下げる様に軽く笑うと部屋に上がって貰う。四匹の犬にリードをつけて二匹ずつ渡すと、続いて糞を片付けるための道具も渡してやる。

「家を出て右に曲がると五百メートルほど行った所で川にぶつかる。川沿いに遊歩道があるからそこら辺を散歩させて」

「分かりました」

「前払い?」

「いえ、後払いで結構です」

 そつなく答える円城寺の横で、岸谷は既に犬の頭を撫でたり、転がった犬の腹を撫でたりと笑顔だ。どうやら動物はかなり好きらしい。例え馬鹿だったとしても、それならそれで安心ではある。

「篠崎さん、名前! 犬の名前教えて下さい!」

 屈み込んでいた岸谷が楽しげな笑顔で問い掛けてくる。勿論、その手は先ほどから犬の腹を撫でたままだ。

 自分のペットを楽しげに構ってくれるなら、やはり飼い主としては嬉しいものがある。

 だから素直に四匹の名前を教えると、岸谷は満足そうな顔でそれぞれの名前を呼んでいる。反応があればぐりぐりと頭を撫でていて本当に動物が好きなのだとわかる。

「今が六時十五分なので、戻りは七時十五分から三十分ということで宜しいですか?」

「あぁ、それでいいよ。んじゃ頼むわ」

「承りました」

 頭を下げる円城寺の横で、やはりニコニコと岸谷は犬を構い倒していた。

 二人が散歩に出て行った後は、一風呂浴びてからキッチンに立つ。昨日の電話で有佳の声は随分疲れていて、少しでも精のつくものを食べさせてやりたかった。

 そうは言っても凝ったものは作れない。八時には有佳が来るから、それまでにできるものだ。

 最初はカレーを考えていたけど、疲れているなら胃が荒れている可能性もあるからスパイスの利いたものは避けたい。

 そういう流れから今日の夕飯は圧力鍋で作るビーフシチューとサラダ、それに買ってきたパンの予定だ。

 元々外食が多いだけに手際がいい訳ではない。肉に下味をつけてから四苦八苦しながら野菜類を切っていく。切り終えたら肉を軽く炒めて材料の全てを圧力鍋に入れてスイッチを入れる。

 サラダにするレタスは手で千切り、キャベツの千切りは市販のものだ。勿論、ビーフシチューのルーも市販のものを使っている。

 それでも有佳が喜んでくれるから、もう少し良い物をを食べさせたいと思うけど、中々料理をゆっくり作るだけの時間は作れないのが現状だ。

 切った野菜を水につけておき、その間にゆで卵を作る。時計を見れば既に六時を回っていて、そろそろ犬も帰ってくるな、と思っていた。

 それから冷やしたゆで卵やら切ったトマトを用意すると、水につけてあった野菜類と共にサラダボールに盛りつける。

 少し経つとビーフシチューもいい感じに出来上がり、満足しながら一旦休憩するためにコーヒーを片手にリビングへと戻った。

 時計を見れば既に二十分を過ぎている。だが約束の時間は三十分までだから問題はない。そのままソファに座り込むとテレビをつける。

 下らない番組を長めながらコーヒーを飲んでいれば、不意に電話が鳴った。何事かと電話を見れば、見慣れない携帯の番号で眉をしかめる。

 だが職業上出ないという選択肢はない。渋々電話に出れば、相手は円城寺だった。時計を見れば既に四十五分を回ろうとしている。

「何かあったのか?」

「申し訳ありません。実は散歩中に女性の遺体を発見して警察で足止めされています」

「遺体? 人間のか?」

「えぇ。これから事情聴取がある関係で戻りが九時を回ってしまうと思います」

 それは何ともコメントに困るものだ。それに八時になれば有佳も来る。

「犬たちはどうしてる?」

「今は警察署の方が預かって下さっている状態です」

「どこの警察署?」

 円城寺が告げた警察署は確かに河原からほど近い警察署でもあった。恐らく警察署であれば無茶な対応をしない筈だが、それでも大切なペットだから心配になる。

 十五分もすれば有佳も来るから、有佳と一緒に警察署に犬たちだけ受け取りに行けば八時十五分には到着するだろう。

 そこまで短い時間で単純計算すると改めて受話器向こうの円城寺に声を掛けた。

「それなら八時半頃までに犬たちを引き取りに行くよ」

「こんなことになってしまって申し訳ありません」

 勿論、ここで文句を言うこともできたが、こんなこと普通にあることじゃない。そして普通じゃないことを責められる理不尽さを知っているだけに責めきれない。

「いいよ。仕方ないだろ」

 そこから再び謝罪されて、二言、三言会話を交わしてから電話を切った。

 少し落ち着かない気分ではあったが、八時を過ぎると本格的にソワソワと落ち着かない気分になってきた。

 基本的に有佳は少しでも遅れる場合には連絡を入れてくる。だが、有佳からの連絡はない。そして円城寺と約束した時間も迫っている。

 一度有佳に電話をしてみたが、電源が切れているらしく電話は繋がらない。

 少し悩んだ挙げ句、手近にあるメモ帳に事情を書いてすぐに目につくテーブルの上に置くと、ジーンズに履き替えてから部屋を出た。

 いつもとは違う日常に酷く胸騒ぎを覚えながら警察署に向かう足を速めた。

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