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断罪シリーズ

3675921回目の断罪

作者: 雨夜 紅葉

断罪シリーズ最新作です!

爽やかなシリアス、のつもりですー。

375回目【金曜日】


「どうしてっ!?なんで、こんな……!」


教室の隅に追い詰められた彼女が

俺の右手に握られた鋏を見て涙を流す。

刃の部分に付いた液体は、間違いなく彼女の血。

先ほど失敗して肩を掠めてしまったときのものだろう。

その、すでに鮮血に濡れた凶器を

怯える彼女を見据えて

【僕】は躊躇いなく振り上げた。


ざん。


そして

血溜まりの中で動かなくなった、彼女だったものに向かって

震える声で言う。


「どうして、なんて【僕】が聞きたいよ」


ーーこうして、俺は、今日もまた

彼女を殺した。




【土曜日】



目を覚ますと、そこは自室のソファの上だった。

とはいっても、別に昨夜のことが夢だった訳ではない。

未だに右手には気持ち悪い感覚が残っているし

血の生温い感触だって覚えている。


すべて現実だ。悪夢のような。


鏡に映った自分の情けない顔を見ないようにして起き上がり、怠さを訴える体を引きずるように毛布から抜き出る。

それから、まだぼやけている両目を擦って時計を見上げた。

現在の時間は9時丁度。

電話が鳴るのは13時07分だから

あと3時間はある。

と、判断した途端

休養を求める脳が、重い体を意思と関係なくソファへ倒れさせた。

ぼす、という何とも表現し難い音が聞こえ、それと同時に意識が遠ざかっていく。


「ねむい、」


そう呟いてみると想像以上に声が枯れていて若干驚いたが

やはりこの激しい眠気の前では無力で。

水を飲む暇も無く、俺は二度寝に移行することにした。

だって、眠い。

などと自分に言い訳しながら。


あの後、きっと三時間が経過して。


時計の針が予定時刻を示したころ、不意に机の上に置きっ放しだった携帯が鳴り響いた。

聞き慣れたその音に起きた俺は渋々毛布から手を出して、手探りで携帯を見つけ画面を操作する。

寝起きの頭には辛い音量の着信音を止めると、いつも通り電話越しに、彼女ーー弥村(みむら) 雪凪(ゆきな)の声が聞こえてきた。

毎週同じ時間、同じ相手からかかってくる電話も、375回目になるともう慣れる。

たとえそれが昨日殺したはずの人間からであっても。


「起きて、周廻(しゅうり)

「、ああ。うん、おはよ」

「……何その反応ー。やっぱりまた寝てたんだ、今日何の日だか覚えてないの?」

「覚えてるよ、買い物行くんだろ。

今行くから」


毎週と同じことを言う雪凪に

俺は先週言ったのとは違う言葉を返す。

こんな違いで【結末】が変わりはしないのはわかりきっているけれど。


「んー。じゃ、公園で待ってるねっ」

「はいはい」


ぷつん、と用件だけ告げて切れた電話に

ため息を吐きつつ、携帯をパーカーのポケットへ突っ込む。

買い物に行く、と言っても

幼馴染であるあいつの買い物に同行するだけだ。

要するに、ただの荷物持ち。

この前なんとなく断ってみた時には3日間口もきいてもらえなかったから

この誘いだけはいくら眠くても断らないようにはしていた。


「今週こそ変わるといいな、」


そう誰に言うでもなく呟いて、俺は玄関へ向かう。


『毎度毎度よく足掻くなぁ、【執行者】』


ドアを開けた途端、風にのせて囁かれた声は

相変わらず飽きもせず、ひたすら愉しそうだった。




「周廻、こっちこっちー!」

「そんな手ぇ振らなくても見えてるって」


焼き尽くすような日差しに息を切らして

やっと雪凪が待つ公園に辿り着くと、真っ先に目に入ったのは、俺の名を読んで犬の尻尾みたいにブンブンと手を振る少女の姿。

やり過ぎなほどのハイテンションに

思わず呆れてしまった。

毎回思うんだが、あいつ本当に俺と同い年なんだよな?あいつの精神年齢が小学生レベルなだけなのか?


錆びたブランコが風に揺れて僅かに軋み

軽く前後に揺れ続けている。

土曜日といえど、古いこの公園で遊ぶ子どもはほとんどいない。

だから俺たちが待ち合わせる際には、必ずこの場所を使っているのだ。

静かだし、なにより人目を気にせずに済む。


「もしかしなくても周廻、機嫌悪い?」


などと、公園に思いを馳せていたため

雪凪が近寄ってきても無言を貫く俺を

さっきまで嬉しそうだったのに、今度は少し不安そうに、その黒い目が覗き込む。

そうやって感情の浮き沈みが激しいのも、こいつらしくて不思議と笑えた。


「いや。まだちょっと眠いだけ」

「そっか、良かったぁ。じゃあ行こっか!」


その答えに安心したのか、再び笑顔を取り戻した雪凪はしっかりとつかんだ俺の袖を

軽く引くように歩き出す。

抵抗するのも逆に面倒で、ただされるがままについて行っていると、どこか気分を良くした雪凪が何気無く

大した意味も込めずに言う。


「ずっとこんな関係が続くといいねぇ」


それがどこまで本気で、真剣なのかは今に至っても確信を持てないけれど


「そうだな、」


結末を知った上でそう誤魔化した俺は

そうとう滑稽だっただろう。



それから。



公園を出た俺たちは、ショッピングセンターへ歩いて行った。

その道中

何一つ変わらない光景を目にしながら。

寸分違わず、ただ繰り返される時間。

同じ人とすれ違って、同じ空気を吸って

時間にただ流されていく。

どうすれば前に進めるのか、教えてくれないまま。


「周廻、今日は付き合ってもらってごめんね」


俺なりに、必死に足掻いたはずだけど

いつの間にか、当たり前のように日は沈みかけていて。

また駄目だったんだと、思い知らされて。

諦めて流されてしまえば楽なのは、とっくに気づいているから、もうなにも考えたくないと思っても。


「でもすっごく楽しかった!ありがとう」


そうやって君が笑うから、俺は。


「俺も楽しかったよ、雪凪」


何度だって繰り返す。

いつか答えが見つかると、信じて。





【火曜日】



『あと3日。どう頑張っても変えられねぇんじゃねぇの?』


朝、7時8分。

例の声が、俺を叩き起こした。

耳を塞いだって聞こえるあの声は、今日も愉しそうで。


『有罪判決はどうしたって覆らねぇって、何度も教えてやっただろうに』


俺は、答えない。

どうせ返答なんかしてくれないんだから問うだけ無駄なのも、経験済みだ。


たびたび聞こえるこの声が誰のものなのか

俺には皆目見当もつかない

だが何なのか、は最初から知っている。

そう、この悪趣味な声は

どこかに居る【判決者】の。


『ほらさっさと行けよ。高校生は学校の時間だぜ』


ーーなんて、自分勝手に吐き捨てて。

【判決者】は

抑えきれていない笑い声をこぼしたきり何も言わなくなった。

学校。

そういえば、前回は行かなかった。

なら今回は行くことにしようか。


思い立ったら行動も自然と早くなり

着慣れた学生服の上着を適当に羽織って

ついでにポケットに入れっぱなしだったカッターナイフの刃を全て叩き折っておいた。

それでもまだ安心は出来なくて

残骸をばらばらとゴミ箱に放り込む。

この世界への、せめてもの、抵抗。


「行ってきます」


この程度しか出来ない俺を

今頃【判決者(あいつ)】は、嘲笑っているのだろう。



「えー、まずは素因数分解を先に……」


内容も、先生の雑談さえ暗記してしまった授業を聞き流す。

変わる可能性を上げるためだけに来た学校とはいえ、同じ授業を聞くほどつまらないものはない。

この授業では俺に問題を出されないことなど熟知しているし

万が一出されたとしても完璧に答える自信はあるのだ。

なんせ、100回以上も聞いたのだから。


俺は欠伸(あくび)を噛み殺し、視線だけを黒板に移す。

今日の授業はこれで終わり、後は放課後教室で雪凪の勉強を見るだけだ。

抗うチャンスがあるとすれば、そこぐらいだとも思う。

例えば

約束を破って放課後残らなかったりだとか

例えば

勉強する場所を別の教室にしたりとか

ーー……例えば

何もかも打ち明けてみるとか。

この世界のことも、俺の気持ちも

全部、全部、全部。

今まで隠してきたもの全てを話して

「殺したくないんだ」と

子どものように喚き散らして

そうすれば、何かが変わるだろうか。


そうすれば


「教科書43ページを開いてー。問2と問3宿題にするから、必ずやってくるように」


俺はもう君を、殺さなくて済む?


と、そこまで考えたところで。

授業の終了を告げるチャイムが鳴った。

周りの生徒たちはぞろぞろと立ち上がり、帰宅なり部活なりの準備を始めている。

そんな中、俺は黒板をぼんやりと見上げ

重大な事実に額を押さえた。


余計なこと考えてたせいで、結局どうするかまだ決めてないんだが。





「周廻、本当に来てくれたの!?」

「どうせ暇だからな」


なんだかんだ言いつつ、足は素直に雪凪の元へ向かっていて

来てしまった以上、流れに沿うしかなくなった。

どうしようもない自分にため息が漏れる。


「いつもありがとねっ」


ーーまぁ、いいか。


緩んだ雪凪の笑顔。

この先の結末すら忘れさせてくれるそれは

俺にとって薬ようで、毒でもあった。

彼女が笑えば笑うだけ

罪悪感と後悔に押し潰されそうになる。

何百回繰り返しても、ずっと。


「で、どこ?」

「えっとね、共通集合のとこなんだけど……」


指で示された問題を眺め

前回は雪凪の隣に座ったはずだからと、今度は机を挟んで正面にしゃがみ込んだ。

右側から射し込む太陽の光が、少し邪魔ではあったけれど。


一つ一つ、出来るだけわかりやすく説明していけば

理解したようなしていないような、どちらとも言えない表情で、ゆっくりと雪凪は首を縦に振る。


「……わかった?」

「なんとなく、は」


要するにあまりわかってはいない、と。

毎度のこととはいえ、予想通りの返答。

一時間ぐらい教えなきゃ理解してもらえないんだよな、確か。

だから俺は半分諦めているのだが

それを知らない雪凪の、数字の羅列を見つめる姿はまさに真剣そのものだ。


「ご、ごめん周廻。もっかいお願いします」

「はいはい」


一生の頼みとでも言わんばかりの態度で頭を下げる雪凪に内心苦笑して、もう一度

噛み砕いて説明する。


小さな勉強会が終わったのはそれから丁度1時間10分後のこと。





【木曜日】


『もうすぐ時間だぜ?』


学校帰りに寄ったいつもの公園。

ジャングルジムの一番上に座った雪凪と、

同じその遊具に背を預けて話していた俺に突然あいつがそう囁いた。

吐き気がしそうなくらいの不快感を覚え

俺は、雪凪からは見えないように頭を押さえる。

もう猶予がないことくらい

言われなくてもわかっているんだ。


『だから教えてやったのに。「お前じゃどうせ変えられねぇ」って。【断罪の金曜日】は必ずやって来るんだよ』


【判決者】は、他人事みたいにケタケタ嗤う。

俺がずっと求めている答えを

全部、もっているくせに。

何一つ教えないまま嘲笑って。


「ねぇ、」


反射的に煩い、と心中で呟いた後

最後の声は、頭上から聞こえたことに気づく。

そうして視線をあげれば、こちらを見下ろしている雪凪と目が合った。

彼女は言う。


「周廻って、好きな人いる?」

「……え?」

「どんな人が好きなのかな、と思って。

参考までに?」


【判決者】の声がピタリと止んで

俺の意識はまた、引き戻される。

静かで静かな古びた公園。

薄く朱色に染まる空。

何も知らない、雪凪の笑顔。

変わらない風景のどれもこれもが、俺を焦らせた。


「で、どんな人がタイプなのっ?」

「さぁ?特に無いな」


溢れる動揺を隠して答えると

不満だったらしい雪凪が、少し悩ましげに顔を逸らす。

どう話しかけていいかわからない俺も黙るしかなくて

静寂が、辺り一帯を包み込んだ。

唯一聞こえる風の音は、草花を揺らして足元を駆け抜ける。


「……雪凪?」


しばらくお互い黙り込んでいたけれど

先にいたたまれなくなったのは、やっぱり俺の方で。

前回のように訊き返すのではなく、ただ名前を呼ぶと

覚悟を決めた表情で、雪凪は振り返って


「、周廻。

私ね、周廻のこと好きだよ」


ありったけの笑顔で、言った。


「遠回しに言おうと思ってたのに、周廻全然気付いてくれないからさ。直接言っちゃった」


正直なところ、こうやって告白されるのも375回目ではあるが

今だに信じられなくて硬直した俺は

素早くジャングルジムから下りる雪凪を見ているしかなくて。

公園の出口に向かって走り出した彼女の背を慌てて追う。

歩幅があまりにも違うから追いつくことは簡単に出来たし、ここで言わなきゃいけない言葉も、何度言いそびれたかも、わかっていて。

そして、その右手を掴もうとした瞬間


ーーカウントダウンが、始まった。


『判決は絶対、有罪は死刑!

殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!コロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセーーーー殺せ。

死なないなら死ぬまで殺せ!』


「っ!」


高らかに叫ばれるあいつの命令が

痛いほど脳内に響いて意識を手放しそうになった。

霞んでいく視界。

まともに立っているのかさえ、わからない。

それでも、手を伸ばせばまだ届くと

淡い希望に縋って

俺は、必死に彼女の名を呼んだ。


「雪凪っ、!」


すると彼女は立ち止まって

まるで決められているように

『いつもと同じ言葉を答え』を口にする。

その頬を、少しだけ赤らめて。


「ばいばい、また明日ねっ!」


やけに早口で言い、夕焼けの向こうへ走り去った彼女を、引き止めることも出来ずに

俺は痛いほど思い知らされた。


ーー今回も

何も変えられはしなかったのだと。


【断罪の金曜日】は、また。




376回目【金曜日】


早朝。

命令通り学校へ行き、教室に入った【僕】は

窓際に立ち尽くす人影に目もくれず、黒板の正面に立った。


『判決!

有罪、終身刑!!

お疲れ様でしたー!(^O^)/』


でかでかと描かれた、鮮やかな赤い文字は

人を小馬鹿にしたような

笑えない冗談で、泣きたくなる現実。

そう、これは

彼女に向けて記された有罪判決で。

俺へ下された

逆らえない命令でもあって。


「雪凪、」


そこで初めて、【僕】は彼女を見た。


「え、っと……これ、何なのかなぁ?」


苦笑を浮かべて首をかしげる雪凪に

机を避けながら、一歩一歩近づいていく。

もう、誰の声も

自分(おれ)の声すらも。

【僕】には聞こえていないのだろう。

つまり誰も止められないし

なにも、とまらない。


そんな

【僕】の様子を不思議に思ったのか、彼女は少しだけ後ずさって、背後の窓ガラスにぶつかった。

とん、という

逃げ場の無さを表す軽い音が、理由もなくただ愉快で愉快で。

【僕】は、思わず笑う。

それから恐怖と困惑に揺れるその両目と目を合わせて、覗き込んで


彼女の、白く細い首に手を伸ばした。



「うぁ、っ」


悲鳴にも嗚咽にも思える声を上げた彼女を

手加減無しに締め上げる。

もがき苦しむ彼女の手は、【僕】の手を握りしめたり引っ掻いたり必死に動き回っていた。

おかげで爪の跡が手の甲に残ったけれど

どうせ明日には元通りだ、特に気にも止めない。


「なんで、ぇ……?」


焦点の合わない、涙で濡れた瞳が

醜い【僕】を映して揺れる。

他の何を言われたって平気なのに

なぜか

ときどき聞こえる、その問いかけだけは酷く不満で。

「早く死ね」と、【僕】は彼女の体を

窓に押し付けて吊り上げた。

それから

増した首への圧迫に、小さく喘いだ彼女は

ゆっくり、ゆっくりと


静かに息を止める。


【僕】は嗤って。

微笑(わら)って嘲笑(わら)って

冷笑(わら)って高笑(わら)って

まだ殺した感覚が残っている、自分の手のひらを見下ろして。


その瞬間、【僕】の中で何かが壊れた。


「ーーっあああああ!」


ずるずると座り込んで、雪凪だったものから目を逸らすように頭を抱える。

情けなく震える両手。

そうだ。俺は、また。


「畜生っ……」


現実から逃げて、麻痺し始めた

心が、思考が叫ぶ。


『もう嫌だ』『もう嫌だ』と。


いっそ、俺も死ねたなら楽になれるんだろうか。


ーーなんて、理想論を吐き捨てて

376回目の【断罪の金曜日】を終えた。


いや、まだ

終わってはいないのだろうけど。




3479回目【金曜日】


彼女を刺殺(ころ)した。




3653回目【金曜日】


彼女を絞殺(ころ)した。




3879回目【金曜日】


彼女を謀殺(ころ)した。


全ては、【判決者】の意のままに。




44444回目【金曜日】


彼女を惨殺(ころ)した。




5666回目【金曜日】


彼女を撲殺(ころ)した。






ーーーー回目【金曜日】


【俺】は、【僕】は、【俺】は、【僕】は。


彼女(きみ)を。


何度も、何度も殺して。

いつからか、涙さえ流せなくなった俺は

もうとっくに壊れていた。


苦しいな。

辛いよ。

君を、殺したくなんてないのに

どうして俺は、俺たちは

前に進めないのか。


そんなことばかりを考えて

毎日足早に日が沈んだ。





3675920回目【木曜日】



「、周廻。

私ね、周廻のこと好きだよ」


ありったけの笑顔で、雪凪は言う。

彼女にとっては一世一代の

俺にとっては、100万回以上聞いた告白を。


「遠回しに言おうと思ってたのに、周廻全然気付いてくれないからさ。直接言っちゃった」


照れ臭そうに笑う彼女を

俺はどこか他人事みたいに眺めていた。

変えよう、なんて足掻いたのは

否、足掻けたのは

5000回目ぐらいまでで。

心の何処かでは、諦めてしまっていたんだ。

金曜日から目を背けさえすれば、心臓の奥が痛まないから。


逃げるように走り出す君を

追いかけて、でも途中で止めて

いつものように頭の中で喚き散らす声を享受する。


『判決は絶対、有罪は死刑!

殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!コロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセーーーー殺せ。

死なないなら死ぬまで殺せ!』


「……煩いよ」


届きもしないのにそう吐き捨てて

これから来る未来を呪った。

ーーそして、不意に


「ーーーーっ!」


俺は、答えに触れかけた。


「まて、ちょっと待てよ。

『死ぬまで殺せ』?」


焦りと期待で高鳴りだす鼓動を抑えつけて

微かに見える『答え』に手を伸ばす。


『死なないなら死ぬまで殺せ』

今までずっと聞き流してきた言葉。

それは、雪凪が本当に死ぬまで殺し尽くせという意味なんだと思うし、実際そうなんだろう。

俺に下された命令だ。

だけど今、死刑判決に近かったその言葉が

探し求めた『答え』へと代わる。

もしもこれが正しい答えなら

俺がするべきことは一つ。

そう、決断するより先に

体は目の前の可能性に飛び付いていて。


「雪凪っ!」


気付けば俺は、走り出していた。

何度も見送った、雪凪の小さな背中に向かって。



まだ届く。

まだ間に合う。なんて

自分に言い聞かせて、公園を出た俺は

ただただ足を動かす。

諦めたら終わってしまうとわかっていた。

もうこれが最後の【木曜日】であることも

ちゃんとわかっていた。


大通りを抜けて、桜並木を横切って

勢いを緩めることなく人混みの中を駆け抜ける。

多すぎる人の中から、見慣れた後ろ姿を必死に探して

ざわめく音と鳴り止まない『命令』を振り払った。

頭が痛い。

でも、そんなことだってどうでも良い。

ついに人混みも抜け

人通りの少ない道に入ってしまって

いっそのこと名前でも叫んでやろうか

と割と本気で思って息を吸い込んだ。


それから、声を出そうと口を開いた

途端に、視界の隅に捉えたのは

風に揺れる茶色がかった髪。

図ったようなタイミング。

もしかしたら真実【判決者(あいつ)】が仕組んだのかもしれなかった。

だったら少しだけ、感謝する。


「ーー雪凪」


考えていたより比較的静かな口調で言って、『丁度』曲がり角から出てきた雪凪の手首を掴む。

咄嗟のことで反応出来なかったのか、雪凪は自身の手首を見つめ

現状を理解した瞬間すぐさま顔を赤らめた。


「え、ちょ、え、ええ!?な、なななんで周廻がここに……!?」


わたわたと視線を彷徨わせる雪凪に

俺は苦笑いを返して

たった一言、自分の気持ちを紡ぐ。

最初で最後の、告白。


「俺も好きだよ、」


ほら、充分だよ。

とんでもなく不器用だけど

今ならなんだって出来る。


君が何処かで笑っていてくれるなら

最悪の明日だって、最高の明日に思えるって


やっと、知ったから。


これでこの物語はお終い。

丸く完結だ。なぜなら

次の【断罪】は、みっともないお遊戯でしかないのだから。




3675921回目【金曜日】


早朝。

命令通り学校へ行き、教室に入った【僕】は

窓際に立ち尽くす人影に緩く笑いかけて、黒板の正面に立った。


『判決!

有罪、終身刑!!

お疲れ様でしたー!(^O^)/』


でかでかと描かれた、鮮やかな赤い文字は

人を小馬鹿にしたような

笑えない冗談で、泣きたくなる現実。

そう、これは

彼女に向けて記された有罪判決で。

俺へ下された

逆らえない命令でもあって。


何より、希望なんだ。


「あ、の……周廻」


躊躇いがちに声をかけた雪凪は

いつも通りの困惑と

気まずさの混ざった表情をしていた。

そりゃあ

あんな風に告白したらなぁ。

でもあれしか思いつかなかったんだ、しょうがない。


「雪凪、ごめん」

「へ?」


今からすることを思うと雪凪に申し訳なくて、先に謝罪の言葉を口にする。

そして、ポケットの中のカッターナイフを握った。

静まり返る教室。

あんなに喧しかった脳内の声ももう聞こえない。


俺は覚悟を決めて雪凪に近づき

黙って俺を見上げたまま動かない彼女にカッターナイフを晒した。

彼女はびく、と一度体を跳ねさせ

怯えた目つきでまた俺を見る。


「大丈夫。


今度こそ救ってあげられるから」


雪凪にも、【判決者】にも、自分自身にも俺は言う。

俺なりの覚悟と、勇気をかざしたつもりで。


断罪の時刻まで、あと少し。


「周廻ーー?」


「今までたくさん傷つけて、たくさん苦しませて。でもこれで、終わらせられる」


目を見開く彼女の前で

俺はカッターナイフを振り上げる。

一瞬躊躇って

迷いや後悔と決別して。


そして

鋭いカッターナイフの刃が、簡単に柔らかい肉を貫いた。

彼女の体ではなく、俺の腹部を。

そう、つまり正しい答えの正体は

俺が選んだ結末とは

何の事は無い

ただの、自殺。


「え、?」


呆然と一連の動作を見ていた雪凪が

素っ頓狂な声を漏らす。

痛みの中で見たその姿は

なんだか、今にも消えてしまいそうだったけれど


「ごめん」


そう言うのが精一杯で、手を伸ばす間も無く

俺は床へ倒れこんだ。



いつからか俺たちは

二人では前に進めなくなったみたいだ。

前に進めるのは一人だけ。

だから、二人が一人になるまで

足踏みするかのように同じ日々を繰り返した。


そしておそらく

『死ぬまで殺せ』

【判決者】の思い描いた未来では

俺が雪凪を殺し尽くすことで、前に進むんだろう。

この世界は、一人だけが生き残るゲームなのだから。

だが、そこで気付いた。

『死ぬまで殺せ』を逆手に取れば

俺が生き残る結末ではなく、雪凪が生き残る結末も用意できると。


『雪凪を殺し尽くせ』という命令を

『俺が死ぬまで雪凪を殺せ』と間違える。

それなら

俺が死ねば、雪凪を殺さずに済むだろう?

逆らえない命令に、無理やり抗った訳じゃない。

全て命令通り。ただ意味を間違えただけだ。

なんていう、屁理屈じみた賭け。


それでもその賭けは

どうやら成功したようだ。



「周廻、周廻!」


目に涙を溜めた雪凪の向こうで

びしり、と青い空に亀裂が走る。

はっきりしない意識でも

それだけはよく見えた。


彼女のための、通行権。


「なんでっ、周廻、こんなこと……どうして?」


カッターを握り締めた俺の手に、触れた雪凪の手は暖かくて。

久しぶりに、生きている感覚がした。


「ゆ、きな」


口を開くたびに顎を伝う血が、不愉快ではあるけれど

きっとこれでお別れだから

懸命に舌を動かす。

最期。

最期か。


これでようやく

終われるのか。

そう思うと

……まぁ、こういうのも、悪くないか。


「ありがと、。じゃあ、元気、で」


そして、目の前が深い闇に包まれて


3675921回目の金曜日は

一万年近く繰り返した日常は

当たり前のように終わる。

それは


静かな朝の、出来事だった。




???回目【??曜日)


穏やかな春風が吹きぬける

平凡な一軒家の平凡な一部屋に佇む一人の少女。

彼女ーー雪凪は現在

手の中にある最新型の携帯を、首をかしげて覗き込んでいた。


「これ、誰なんだろ……?」


画面を滑る指先が止まったのは

発信履歴に多く残った『寺山 周廻』という名前の欄。


彼女は、全く見覚えのない人物名に

しばらく怪訝そうな表情を浮べていたが

何故か無視することも出来ず

ただ表示された文字を見つめて考え込んでいた。

そして時計が12時を示したとき

彼女はやっと覚悟を決め、おそるおそる通話ボタンを押した。


しばらくの間コール音が途切れなく続いて

部屋に静寂が満ちる。

まったく出る気配がないその様子に

彼女が諦めかけた頃

不意に

電話の向こうから、無機質な電子音が聞こえてきた。



ーー……この電話は現在使われておりません。

ーー……この電話は現在使われておりません。



持ち主の不在を告げる定型文が鼓膜を震わせる。

たいして珍しくもないその音に

彼女はいつの間にか

一人、涙を零していた。


頬を絶え間無く伝う雫は、一体誰のためのものなのか。

それは、彼女自身も知り得ない。


彼女は、携帯電話を耳に当てたまま

その顔から一切の表情を消し

涙を拭うこともなく、ただ呆然と虚空を見つめていた。


しばらくして

彼女は言葉を噛みしめながら

唐突に呟く。



「駄目だよ。こんなのじゃあまだ」


足りない。


今だに涙を溢れさせているというのに

その口元には、わずかな笑みが確かにあった。


そんな

雪凪の言葉は、誰の記憶にも

彼女自身の記憶にすら残ることはなく

窓から吹き込む風と無機質な電子音に掻き消されていく。


彼女が、彼が願った通り前に進むのは

もう少し先の話だ。

ただ、彼女の道は

彼が予想していたものとは違っていたけれど。




ーー……この電話は現在使われておりません。


ーー……この電話は現在使われておりません。


ーー……この電話は現在……ーー



この、電話は。


読んで下さってありがとうございます!


前作「死ぬべき少女の噺」に続く

断罪シリーズ第四弾、ということで

初の無限ループに挑戦してみました。

いやー…難しい。

某プロジェクトの凄さを実感しましたね。


彼の選んだ結末は『自殺』

いわゆる自己犠牲だった訳ですが

さてさてそれは正しかったのでしょうか?

彼女の様子をみれば、皆さんならお分かりになったでしょう。


そしてもう一つ。

彼女『弥山雪凪』を覚えておいて下さい。

頭の片隅にでも。

彼女の存在は意外と重要でして

私の思い描く断罪シリーズの結末には必要不可欠なキャラなのです。


それでは長々と失礼しました!

紅葉でしたー!


ご意見ご感想、お待ちしております!


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― 新着の感想 ―
[一言] お久しぶりです、翠月です! 短編、読ませていただきました。面白かったです♪ 紅葉さん独特の雰囲気が好きです。 文章のリズムとか、伏線の張り方とか……作品の世界観に惹き込まれます。 最後の…
[良い点] …新作を読むたびに心から「すげぇかっこいい…」と思います。今回もまた心を奪われました。 伏線の張り方がとてもお上手で…!!もう、なんか…感動して何言っていいのか解りません(涙) 切ないのに…
[一言]  無限ループは頭使いますよね(笑)  某プロジェクトの小説版、最新巻が発売されてましたけど、アレ読んだり曲聴くたびに、スゲーなって思ってます。  【僕】と【俺】。一人称の相違には何か意味…
2013/06/01 17:51 退会済み
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