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第2話「R小隊」a

 果てしなく広がる山岳地帯のど真ん中に林立している高層ビル群。内陸部、それも山脈に囲まれた盆地のような地形に位置するにもかかわらず、国内総生産は先進国レベルに相当、いや凌駕していた。こんな辺鄙な場所によくこれほどまでの大都市を築き上げたものだ、と訪れた誰もが感嘆する。狭い耕地面積を補えるだけの効率化と高度な技術力により、自給率も百パーセントを切ることがない。国内総生産も他国に大きく差を付けている。故に――


 超巨大都市国家アークポリスは世界中から注目されている近未来都市なのだ。


 遥か昔、この国がアークポリスと改名する前――すなわち都市国家ではなかった頃、この国は世界でも有数の発展途上国であった。内陸部に位置する農業立国だったため他国との交流は乏しく、国内総生産も低めで、他国からは見向きもされなかった。国連での発言力も無きに等しい。発展途上国の代表例として他国の教科書に紹介されるという屈辱を受けつつ、ほそぼそとやってきた。

 そんな時だった。この国に過去最大最悪の天災が降り注いだのは。

 他国から邪険に扱われ、惨めな思いをしているところへ追い討ちをかけるように飛来してきたのは、一つの隕石。

 隕石は貧しい農業立国に破壊の牙を突き立てた。その被害は凄まじいものだった。隕石が墜ちたことで生じた衝撃波で山々は吹き飛び、地面は抉られた。かろうじて首都は生き残ったものの、国土の四分の三が消失。住民の大半は衝撃波や土砂崩れで還らぬ人となった。

 あまりに不幸な出来事だった。そのため、それまで見向きもしなかった国々がこの国へ援助を申し入れたのだ。先進国、発展途上国問わずである。そこには思想や宗教も無い。ただ、同じ地球に住む同族を助けようとしていた。

 こうして周りから膨大な援助を受けることになったのだが、隕石が残した爪痕はあまりにも深く、援助でどうにかなるものではなかった。国が滅んでもおかしくない程の損害を被ったのだ。復興の見通しは絶望的だった。

 しかしある日を境に、その時代は終わる。任意で物体を目的地へ瞬時に送る、SFに登場するような夢の輸送機器――「転送装置(ワープ・デバイス)」の開発によって。

 この報せが全世界を驚かせたのは言うまでもない。何しろ貧しい農業立国が、それも天災により存亡の危機に晒されているような国が、どこの先進国でも研究中の物を完成させたのだから。

 無論、初めは誰も信じなかった。何かの間違いではないか、と。しかし復興支援活動へ出かけていた技術者達は口を揃えて言った。

「噂は本当だった。我々が開発に行き詰まっている間に、彼等はいとも容易く開発してしまった」と。

 この後、技術者達は妻子を連れてこの国へ移住したとも聞く。

 ともあれ、他の先進国よりも先んじて画期的な輸送装置を開発したことで、この国は内陸部にいながらして、他国との貿易が可能になった。天災により駄目になってしまった農作物の代わりに、この国が輸出しているのは「転送装置」。貨物専用や緊急時の脱出用という用途で他国へ高価格で売り付けた。

 需要はいくらでもあった。世界中から注文の波が押し寄せ、多額の貿易黒字がこの国を急速に豊かにしていった。技術力も年々発展していき、遂には発展途上国から先進国へと返り咲いたのだ。






――アークポリス・エリアブロックD「スラム街」


茶色くくすんだ、老朽化が進んだビルの林。その中に一本だけ周りの景観にそぐわない大木がそびえ立っていた。大木は精魂尽きかけた枯木達とは違い、荘厳で重々しい空気を辺りに漂わせている。そして寒々としたダークグレーの外壁から放たれているのは、圧倒的な存在感。

ここは国の暗部を司る政府直轄の特殊部隊の本部。主な任務は、「他国のコンピューターへのサイバー攻撃や情報操作」と表向きではそう公表している。が、実際はそうではない。主な任務は暗殺や裏工作等の非正規任務(ブラックオプス)がほとんどである。また他の部隊とは違い、個々の隊員に秘密裏に「依頼」を申し込むことが出来る、唯一の部隊。多額の報酬金で好きなように利用出来るため、政治家と癒着関係にある隊員も少なくない。

そう、少なくないからこそ、こうした情報が「噂」となって世間の間に広まった。噂の厄介なところは、話し手によって内容が幾分か誇張されてしまう事である。ただでさえマズい内容が更に酷い内容に変わってしまう。事実そうなってしまった。そのため世論の風当たりが一層厳しくなってしまい、この「スラム街」のエリアブロックに移設されたのだ。


部隊の名称は第零特別公務課――通称「特務零課」


そしてこの「特務零課」には、ある噂があった。その内容は以下の通り。

「特務零課は、行き場の無い異能者共の吹き溜まりである」






「――でな、俺はこう言ってやったんだ。“俺が異能者なら、お前達は無能者だ”ってな」

誇張されるのは何も噂に限ったことではない。自分の武勇伝を語るときでも内容は誇張されるものだ。

ダークグレー一色の殺風景な休憩ホールにてマイティはバーでの出来事を語っていた。異能力を使用して黒服の男達を撃退したことを面白おかしく話していたのだ。そんなマイティの話を相手の男は黙って聞く。ブロンドの山羊髭を生やした彼は少し複雑な表情を浮かべていた。

「口ほどにも無い奴等だったぜ。ま、それも当然か。所詮あいつらは“ただの人間”だ。異能者である俺にかなうわけが――」

「マイティ」

男は低い声でマイティの話を中断させる。

「な、何だよ、ランドルフさん」

 ランドルフと呼ばれた男は呆れたように溜め息をつく。

「お前って奴は、一体どこまで馬鹿なんだ」

「……馬鹿? 俺が?」

「ああ、そうだ。この前、美人局に“また”引っ掛かった挙げ句に多額の慰謝料を請求されたばかりなのに、今度はバーでセクハラ行為をした後に乱闘だ? 一体何を考えている」

「いや、考えるも何も。ただ俺は正当防衛をしただけだ。悪いのは――」

「やれやれ、またお前の大好きな責任転嫁か。全く……」

ランドルフは肩をすくめる。彼はこの男のことをよく知っている。女癖が悪いことや他人に責任を押し付けたがる性格であることも……。

 ちなみに美人局の件は既に解決済みだ。つい先日、二人は相手の拠点へ殴り込みに行き、結果的に慰謝料の話は無かったことになったのだ。まあ、受けとる相手がもういないのだから、当然だが……。

「まあいい。こんなことを話すためにお前を呼んだわけではないしな」

ランドルフの表情が一変して険しいものへと変わる。マイティも同様だ。先程のヘラヘラした態度は何処かへ消し飛び、目つきが鋭くなった。

「マイティ、私は小隊を結成することになった」

小隊という言葉にマイティは眉を潜める。

特務零課は単独行動が基本。だから小隊を結成するということは単独では極めて難しい大掛かりな任務、もしくは依頼が舞い込んで来たということを意味する。

「ランドルフさん、厄介な任務(もの)でも頼まれたか」

「いや、そんなに複雑な任務ではない。むしろ極めて単純――ただの殲滅任務さ」

“殲滅”……まあ、確かに単純と言えば単純だが、それはそれで……

「大変だなぁ」

マイティはランドルフに同情した。小隊を結成しなければならないほど危険な任務なのだろう。しかも殲滅とは……。おそらく熾烈な戦闘が展開されるに違いない。

もしかしたら彼は自分に別れを言いに来たのではないか。こんな風に馬鹿話で盛り上がったりするのも、これが最後である、と。

マイティは今まで彼に何かと世話になっている。日常的な事から、自分がしでかしたことの尻拭いなど様々だ。

 だからこそ、この場において今までの礼が言いたくなった。いや、言わなくてはならない。この機会を逃したら、次に会うのは彼の墓の前になりかねない。

 マイティは立ち上がると、背筋を伸ばして――

「ランドルフさん、今まで本当に世話になった」

深々と頭を下げた。

「どうした、急に改まって……」

 マイティの行動が意外だったのか、ランドルフは目を丸くする。

 次にマイティは謝罪を述べた。

「今まで下らないことで迷惑をかけて悪かった」

「……確かに下らないことばかりだったな。わかっているなら、二度とするな」

 せめてこれからはあまり人様に迷惑をかけるなという意味を込めて、ランドルフは言う。が、

「それだけは約束出来ない!」

そうハッキリ断言され、ランドルフは返す言葉がなかった。

 そんなことは気にせず、マイティは更に言葉を続ける。

「ランドルフさん、万が一に死んでしまっても、俺があんたの骨を一つ残らず拾ってやる」

「あ、ああ、それはありがたい、……のか?」

「だから、安心しろ! あんたの留守は俺が守る!!」

我ながらなかなかカッコいい台詞だと思った。

 今まで散々迷惑をかけてきた、せめてもの礼だ。安心して任務に従事して来い!

「……マイティ、お前、何か勘違いしていないか?」

……勘違い?

呆気に取られるマイティに、ランドルフはこう言った。

「お前も行くんだよ。私の部下としてな」

 数秒間の沈黙。そして――

「え?」

話をまるで理解出来ていないとでも言いたいのか、マイティはただ一言発した。


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