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第1話 d

 急に強気になったマイティを不審に思いながらも、マスターは冷静に対処しようとした。

「あ、もしかしてカードか小切手でもお持ちなのですか? そうですよね、十万テランを現金で持ち歩いているわけが――」

「いや、現金払いだ」

 この場でな、とマイティは右手を財布に突っ込む。 突然の行動にマスターは呆気に取られた。こんな安物コートを着るような身分の男が多額の現金を持ち歩いているとは、正直信じられないのだ。

 マイティは財布から全ての紙幣を鷲掴みして取り出す。

「そんなに乱暴に扱うと破れてしまいますよ」

紙幣を握り締めているマイティに、マスターは苦笑しながら言った。マスターの言う通り、マイティの手からは紙幣がミシミシと悲鳴を上げていた。

「まあ、いいでしょう。ではその十万テラン、頂きましょうか」

 マスターはマイティの右手へ手を伸ばす。だが、マイティは握り締めたまま。当然、このままでは紙幣を受け取れない。

「どうしたんですか?」

 先程「現金払いだ」と言ったにも関わらず、目の前の男は現金は出したものの、払おうとする素振りを見せない。マスターとしては渡すか、渡さないか、ハッキリしてほしい心境だ。

 しかしマイティは何も言わない。それどころか、より一層、紙幣を握り締めた。

 マスターはどう対処すべきかと考えながら、目の前で悲鳴を上げている「十万テラン」を見る。

「……おや?」

 マスターは眉を潜め、マイティの拳からはみ出ている紙幣を見る。はみ出ている部分に書かれていたのは数字。零が四つ、ではなく三つ。これは、千テラン紙幣?

 確認のためマスターが腰を屈めようとしたその時、マイティの眼光がギラリと煌めく。そして――

「そら、受けとれ!!」

 マイティは紙幣を握り締めた右拳をマスターの鼻っ柱に思いきり叩き込んだ! ゴキリ――相手の鼻の骨が折れた感触がマイティの手にじかに伝わる。予期しなかった攻撃にマスターが対応出来るはずもなく、彼の身体は後ろに吹っ飛ぶ。そしてカウンターに後頭部を強く打ちつけてしまい、マスターの意識はそこで途絶えた。

 カウンターにぶつかった衝撃でマスターの眼鏡がずり落ちる。彼の鼻からはボタボタと血が滴り落ち、服に真紅の染みを作り始めた。

 マイティが右手を開くと、そこにはクシャクシャになった六枚の千テラン紙幣。そう、十万テランを払うつもりなど毛頭無い。初めから相手が目を離した隙に逃げ出すつもりだったのだ。いや、正確には目を離させてからと言うべきか。

 それにしても、何という達成感であろう。

 意識の無いマスターを見下ろしながら、マイティは一矢報いた余韻に浸った。


 やってやったぜ……


 このまま余韻に浸っているのも悪くないが、その前にまだやるべきことが彼にはあった。マイティは深呼吸をし、気合いを入れ直す。緊張感を持った彼は“ある場所”を探し始めた。

 その場所とは――

「やっぱここしかないだろ」

 「関係者以外立ち入り禁止」と書かれたプレートが掛けられているドア。マイティの予想通りなら、彼の目的地はこのドアの向こうにあるはずなのだ。

「さて、とっとと用事を済ませますかね」

 マイティはドアノブに手を掛け、ゆっくりと回した。


 思った通りだ。


 ドアの向こうは、六つのモニターが壁に設置された、スタッフ室兼セキュリティ室だった。

 店員がいる気配は無い。あの騒ぎで逃げ出してしまったのか、それとも単に人手不足で店員が配置されなかったか。どちらにしろマイティにとって、これは好都合だった。

 部屋に入るとマイティはすぐにモニターに向かい、側にある操作パネルを手慣れた手つきで操作する。しばらくしてから六つのモニターから銃声や怒鳴り声が発せられた。

 どれどれ、とマイティはモニターを確認する。

 モニターに映っているのは、床に転んだ禿げ頭の男と驚きのあまり立ち尽くすノッポ、そしてその二人の前で余裕綽々の態度でコートの埃を払う“振り”をしている自分。あの時の騒動の映像である。

「さすがは監視カメラ。余計な映像まで録画してあるか」

 そのための監視カメラ、である。

 マイティは操作パネルにあるボタンの一つを押した。するとモニターの画面が次々と消えていき、最後の一つが消えた後、操作パネルの脇から黒色の小さなメモリーカードが現れた。

「これに少なくとも今日一日分の映像が入っているわけだ」

 マイティはメモリーカードを抜き取ると、今度は店員専用のお手洗いへ向かった。


 ――それから数時間後。


 日はすっかり暮れ、月光が街を冷たく照らし続ける。トタン屋根のみすぼらしいバラックや、ひびだらけの薄汚れた廃ビル。容赦なく照らす月光に抗う術はなく、街は一層惨めに醜態を晒している。

「あー、スッキリした」

 コートとは対照的に白い車体のバイクを走らせながら、マイティは安堵の息を漏らす。きっと今ごろ、メモリーカードはどこかの下水道をさ迷っていることだろう。

 こうして、マイティはある意味で肉体と精神、共にスッキリしたのである。

 ちなみにマイティが今いる場所は先程のバーから数キロ離れた、隣のエリア――ブロックD。かつてはニュータウンとして再開発された活気あるエリアだった。しかし年が経るに従い高齢層の人口が増え、若年層は新たに再開発されたブロックCへ流出。以前の活気さは失われ、老人だらけの街へとなり、遂に数年前、中央地区(セントラルエリア)から「スラム街」に指定された。そして現在、かつてのニュータウンの面影はもう無く、今はバラックや廃ビルが林立している、ただのスラム街へと化してしまった。

 マイティが何故こんな場所を走っているのかと言うと、彼の職場の本部がこの先にあるからである。彼の職業は主として非正規任務(ブラック・オプス)を扱うため、世論の風当たりが厳しい。そのため当初、中央地区に位置していた本部は「スラム街」通告と同時期にこのブロックDへ移設されたのだ。

 信号機が青から黄、赤へと点滅するが、マイティは気にも留めない。むしろ速度を更に上げて、信号機の下を通過した。ここでは信号機などあっても無いようなものなのだ。

「今頃、あのバーは大騒ぎになっているだろうな」

 おそらくそうだろう。監視カメラの記録映像はメモリーカードごと抹消され、騒動の原因を作った張本人はマスターに怪我を負わせ、そのまま逃亡。大騒ぎにならないわけがない。もしかしたら治安隊、正式名称「治安維持課」の連中も動くかもしれない。また、今回の騒ぎで人間達の異能者に対するイメージが大幅に下がるに違いない。

 これが目先の刹那的な利益を優先した結果かと思うと、我ながら少々情けなくなってきた。とは言え、今更後悔したところで何か改善されるわけでもない。

 だからマイティが取った行動はただ一つ。

「まあ、ああしなければ俺が危なかったんだ。俺は何も間違っちゃいない。ただ運が悪かっただけなんだ」

 自分がしでかした行いを正当化することだった。






 既存の物理法則を無視した、人間の新たな力――“異能力”の存在が認知されてから、百年近くが経った。異能力を有する者、異能者は「新人類」としてもてはやされていた。しかし異能力を持たない人間達――「旧人類」が抱える異能者への劣等感は年々増加傾向にあり、それに呼応するかのように異能者が人間に対して抱く優越感も年々増加、さらには選民思想を抱く集団まで現れてしまった。両者の間に修復しようの無いほどの亀裂が生じているのだ。

 周囲を険しい山脈地帯で囲んだ、人口五千万人ほどの超巨大都市国家――アークポリス。そこは一見、人間と異能者が共存している国だが、水面下では各々のイデオロギーが渦巻いていた。


次話


第2話「R小隊」

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