第5話 c
猶予?
マイティは眉をひそめる。
この婆は一体、何を言っているのだろうか? あの任務はランドルフさんに依頼されたものであって、自分ではない。
依頼を受けた本人が拉致されたという今、一体何の猶予があるというのだ?
シュミットはマイティを拘束している椅子の周りをゆっくり歩き始める。
「あなたの身柄を治安維持課から引き渡してもらうのは、とても苦労しました。難なく済んだ新規配属の二人と違い、あなたには公務執行妨害の罪までありましたから。出来れば、治安維持課へ出向くのは、これを最後にしたいですね」
はた、と足を止める。
「……その顔は“まるでわからない”といった感じですね」
いいですか、とシュミット。
「あなたの知人であるランドルフへ依頼した方は現在、非常に立腹しています。その方はこれまでにも彼へ依頼したことがあり、今回の任務は特に期待をしていた、と仰っています」
今回の任務、とはもちろん、“ジーン・シュワルベ、及び関係者の抹殺”。
しかしジーン・シュワルベを抹殺するどころか、依頼を受けたランドルフさんが拉致され、任務は失敗に終わった。
そう、終わったのだ。
ただ、とシュミットが続ける。
「幸いにもランドルフは小隊制を採っていてくれました」
マイティの背筋を嫌な予感が走る。
「小隊制を採っていた場合、小隊長が何らかの形で欠けると、副隊長が任務を引き続けることになっています」
「何だって?」
「小隊制を申請した際、ランドルフは自身を小隊長、そしてあなたを副隊長として登録していました。――つまり、任務は終わっていません。あなたが“隊長”として、続行してください」
数秒の沈黙。
「……なんで」
「はい?」
「なんで俺が他人の任務を引き受けなければいけないんだ!」
マイティの声が室内に響く。
「確かに俺は副隊長に“強制的”に任命された。だけど、ただそれだけだ。俺の意思でなった訳じゃない! 俺には関係ない! だから……」
「だから、何ですか?」
「だから……、だから、」
返事に困るマイティ。早い話が面倒事から、とっとと手を引きたいのだ。小隊における、煩わしい人間関係からも――。そして、何より自分に責任が降り掛かるのが嫌なのだ。
責任逃れを正当化しようとしてもなかなか思うようにいかないマイティに、シュミットは蔑むように言う。
「先程から支離滅裂なことを喚いていますが、自分の意思ではない、自分には関係ない、などとよく言えますね。男の癖に、みっともない」
“みっともない”――その言葉がマイティに突き刺ささる。
「それにランドルフが標的に拉致された、と聞きました。あなたは助けたいとか思わないのですか?」
「それは……」
拉致……。それまで自分の保身のことばかり考えてきたマイティに、改めてその事実がのし掛かってきた。
特務零課内で唯一、気を許せる知り合いが今、拉致されている――。どうして、助けようとは思わなかったのだろうか……。
「あなたとランドルフの関係がどのようなものかは私の知ったところではありませんが、あなたが副隊長として登録されていることに変わりはありません。任務を続行しなさい。でなければ、あなたの命がありません」
マイティの目が見開く。
「……どういう意味だ?」
シュミットはマイティの質問に答えない。代わりに、自分が入ってきた扉へ目だけ向ける。
「Come On(来なさい)!」
呼ぶと同時に、四人の男女が室内に入ってきた。全員サングラスを着けており、マイティのものと同型の暗色系のバトルコートを着用している。
四人はマイティの椅子をぐるりと取り囲むようにして立った。
「何をするつもりだ?」
「依頼主には、あなたが隊長となって任務を続行する旨を伝えておきました。ただ、今回の失敗で半信半疑のようで、あなたに“首輪”をつけることを要求してきました」
マイティは聞き慣れない単語に首を傾げる。
「首輪?」
「ええ。時限式の、小型爆弾です」
スゥッ、とマイティの顔から血の気が失せていく。
……今、なんと?
青ざめるマイティに、シュミットは説明を続けていく。
「あの方は何でも一ヶ月で依頼を果たしてほしい、とのことです。先程言った“猶予”とはそのことです。爆弾のタイマーは“744”にセットしておきます。残り時間は手持ちの端末で確認できますから」
「ちょっと待て! どうして俺がそんなもの着けなきゃならないんだ?!」
淡々と説明するシュミットに、マイティは抗議の声を上げる。
「任務は引き受けよう。本当だ。だけど、爆弾は御免だ! ちゃんと一ヶ月以内に――」
「あなた達、そこの男に“首輪”を着けてあげなさい」
了解の「り」の字も言わずに四人の男女が一斉に、マイティの身体を押さえ付ける。
「離せ、離せ!」
喚くマイティ。
椅子に拘束され、かつ、身体を押さえ付けられては、為す術もない。最後の抵抗とばかりに、唯一拘束されていない頭をぶんぶんと振り回す。が、一人の女性隊員に髪をぐわしと掴まれ、動きが全く取れなくなってしまった。
「いいかげん諦めなさい」
マイティの髪を掴んでいる女性隊員が、どこからかチョーカーのようなものを取り出した。チョーカーは真っ黒なゴム製のよう。中央に金属製のバックルのようなものが取り付けられている。おそらくこの中に……。
「そのチョーカーには、現在位置を伝える発信器と、人一人を殺すのに充分過ぎる爆薬が搭載されています。万が一、あなたが依頼主を裏切るようなことがあれば、即爆発してしまうので。また勝手に取り外そうとするとセンサーが反応して、やはり爆発します。くれぐれも気をつけて下さい」
女性隊員が手慣れた手つきでマイティにチョーカーを着けた。
四人は同時にマイティから手を離し、彼を解放する。とはいっても椅子の拘束具はそのままだが。
「そのチョーカーは防水性、耐熱性、伸縮性に富んでおり、任務に支障が出ないように設計されています。安心して任務に臨んでいって下さい」
シュミットは、彼の顎の下で輝くバックルを見て言った。一方でマイティは顔を真っ青にして、床に目を落としている。半ば放心状態だ。
「彼を部屋へ運んであげなさい」
シュミットが命じると、隊員の一人が、呆然自失のマイティの後頭部目掛けて、手刀を振り下ろした。
「うう、……ん?」
目を開けると、見慣れた天井が広がっていた。
「俺の部屋、か」
懐かしい、淀んだ空気だ。マイティは肺を膨らませて深呼吸する。ゆっくりと息を吐いた瞬間、どっと疲れが沸いてきた。
ふと、左腕に妙な違和感を感じる。見てみると、忍者に斬られた部位にガーゼが丁寧に貼られていた。彼らの内の誰かが治療してくれたのだろうか?
「親切なこった」
未だにズキズキと痛む頭を押さえて、マイティは起き上がる。そして、今まで自分が寝転がっていたベッドの皺だらけのシーツに目を向けた。
シーツの上には、綺麗に畳まれたバトルコートとウェットスーツ、拳銃が置かれている。
「……」
連中の一人がここまで運んでくれたのだろうか。
だとしたら、恥ずかしいものを見せてしまったことになる。
マイティは頭をポリポリと掻いて、――今度は、騒然としている床を見渡す。
転がっているペットボトルに、散乱している雑誌類。開けっぱなしのスナック菓子の袋、さらには洗ってない服まで……。
とても綺麗で整理された部屋、とは言えない有り様である。でも、そんな有り様でも自分の部屋だ。こうしてベッドに腰掛けているだけで、気持ちが安らぐ。
マイティは不意にチョーカーのバックルへ右手を運ぶ。
――冷たい。
金属製のバックルはひやりと冷たかった。これが自分の首を引き裂くかと思うと、背筋がぞっとする。
今度はバトルコートへ手を伸ばし、端末を取り出すマイティ。
「……やっぱり繋がらないか」
ランドルフへ何度か呼び掛けてみるものの、何の応答もない。電波の届かないところにいるのか、それとも端末の電源を切っているかのどちらかだ。いや、端末そのものを破壊されているかもしれない。
とにかくランドルフの安否はまだわからない。
マイティはある画面を開いた。
背景は墨で塗り潰されたように黒く、その上にデジタル表記された、真っ赤な数字がマイティの目を引いた。
――742
「悪趣味だな」
赤く光る数字を指でなぞって、マイティは苦笑いを浮かべた。
どうやらあれから二時間が経っていたらしい。
残り七四二時間、どうやって時間を使っていこうか。無論、ジーン・シュワルベ及び過激派関係者の抹殺に全力を尽くすことくらいはわかっている。
ただ、困ったことに情報が全く、無い。
これではどこから手を着けていけばいいか見当も付かないではないか。
この際、北から南までアークポリス全土をしらみ潰しで探していくか。それなら、もしかすればギリギリ一ヶ月で済むかもしれない。不眠不休で頑張れば、の話だが……。
「どうすりゃいいんだ!」
端末を壁に投げつけると、頭を抱えて再度ベッドの上に寝っ転がる。
ゴロゴロしている間、この一ヶ月思い切り遊ぶのはどうか、などと馬鹿な考えが頭にふわふわと浮かんでは、消えていった。
このチョーカーには発信器が付いているのだ。遊んでいるのが向こうに知れた瞬間、ジ・エンドである。
とはいっても情報がなければ、何も出来ない。
どうする?
それからしばらくが経ち、マイティはゴロゴロするのを止めた。
やはり、ここは――
「しらみ潰しで、行くしかない」
そう、まずは行動だ。どうせくよくよ考えてたって、ろくな案が浮かんでくるとは思えない。
それによくよく考えれば、自分は一人ではないのだ。一応、部下と呼べる人が二人ほどいる。シュミットという婆が言うには、二人は俺よりも早く身柄を引き渡してもらったそうだから、今頃自室でおとなしくしているのだろう。
よし、とマイティが立ち上がる。
と、突然、床に落ちた端末がブルブルと震えた。
マイティは慌てて端末を拾い、画面を見る。
“受信メール 一件”
差出人は、不明。
「まさか……」
心臓が高鳴る。すぐにメールを開くマイティ。彼の目に文面が飛び込んできた。
“明後日、帝都ホテルで開催される建国記念式典にて、教団が参加する可能性あり”
「……これだけだよな?」
痕跡を残さないために、基本このようなメールは開いてから十数秒で自動消去されるように設定されている。そのため、受信者はメールの内容を覚えなくてはならない。読み落としなど、言語道断である。
マイティはもう一度読み直す。明後日、帝都ホテルで開催される建国記念式典にて、教団が参加する可能性あり――これだけだ。他に文章は見当たらない。
ふう、と息を吐く。
「帝都ホテル、か」
これで取り合えずやるべきことは決まった。帝都ホテル――ここに連中がやってくる話が本当なら、一気に叩くチャンスである。そして、あの仮面司祭の居場所を奴等から訊き出し、奴の仮面を俺の専用武具で吹き飛ばして――あ、
「そうだ、専用武具探さないと」
前回、部屋に置いてきたままにするという前代未聞なことをやらかしたため、護身拳銃のみで戦う羽目になった。任務中はいつ、何が起きるかわからない。これからは常に持ち歩いていた方がいいだろう。
帝都ホテル、帝都ホテルとマイティは繰り返し呟きながら、床の雑誌やら服やらの海を掻き分けていく。
確かこの辺だったんだがなあ、と探すこと数分――
ようやく目当ての物が、数日前に脱ぎ捨てたシャツの下から見つかった。
鈍い光沢を放つ、二本の漆黒の銃身。
拾い上げると、ズシリと両手に重さが伝わっていく。この重量が俺の命を守ってくれることを保証しているのだ、とマイティは改めて感じた。
それの外見は、まさに銃そのもの。大昔の散弾銃をモデルにしており、俗に水平二連銃と言われるものだ。接近時での取り回しを考慮して、銃身を四十五センチという短さに切り詰めてある。
外見こそ散弾銃だが、中身は最新の光線銃。エネルギーを外部から受信する型式の為、リロードは要らない。通常の実弾兵器を扱う者にとって、これはかなりの脅威だ。
これが彼が特務零課に入隊してからずっと生死を共にしてきた相棒――近中距離戦に特化したマイティの専用武具である。
目当ての物を見つけたマイティ。取り合えず散弾銃をベッドへ放り投げて、出発の準備を始めた。
上半身裸のままだった彼は、ウェットスーツを手早く着用、その上に黒のバトルコートを羽織る。携帯端末と護身拳銃を内ポケットに入れ、予備弾倉ベルトに二つほど装着。両手に革手袋をはめる。
「……ランドルフさん、力を貸してくれ」
そう呟いて、彼は、教会で拾ったベレー帽を左胸の内ポケットに入れた。御守り代わりだ。
「あとは……」
マイティは視線を、先程放り投げた散弾銃へ向ける。
前回は部屋に置き忘れたが、今回は忘れない。
彼は散弾銃を手に取り、銃身をぎゅっと握り締めた。
「こんどは、今度は、しっかりやらないと……!」
そう、今度は失敗が許されない。失敗したが最後、本当に首が飛ぶのだ。
深く深く息を吸って、マイティは散弾銃をゆっくりと、腰のベルトに挟んだ。
数字が742から741へ変わる。
一ヶ月――時間があるようで、実はそんなに無かったりするのが現実だろう。
あまりグダグダしている暇はない。
節電のため部屋の照明を全て消した後、玄関に向かい、脇にある鏡の前に立った。
鏡に全身黒ずくめの男が映る。その目は僅かだが、以前よりも鋭さを増している。
鏡に映る自分へ、彼は言い聞かせるように呟いた。
「俺が……俺が、副隊長だ!」
覚悟は、決まった。
彼はサングラスを掛けると、颯爽とした足取りで自室を後にした。
かち、かち、と顎の下から聞こえてくる、微かな駆動音。
彼の首へ、死神の鎌が振り下ろされるまで、あと七四一時間――
次話
「一人ぼっちの副隊長(仮)」




