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第5話 b

「はあ?」

 何を言っているんだと言わんばかりに、マイティはオルカの顔を見る。

 キールもまた目を丸くして、彼の横顔を見る。

「そんなことはさせない……。今度は、俺が、戦う」

 振り絞るようにして、彼は言った。何故、そのような事を言うのか、マイティはすぐにわかった。

 ちらとしか見ていないが、先の戦闘で忍者と戦った二人だが、実質キール一人で戦っていたようなものだ。オルカは彼女にとってアシスタントというよりは、助けてもらってばかりの足手まといのように見えた。おそらくオルカ本人もそう感じたのだろう。そして彼の為にキールは傷を負った。おそらく今の彼の心中はキールに対する罪悪感と後ろめたさが占めているのではないか?

 ……馬鹿馬鹿しい。そして、くだらない。

 上手く逃げ延びれば、これからも特務零課の隊員として活動出来る。捕まれば、下手したら一生独房で過ごすことになる――この生きるか(社会的に)死ぬかの状況でよくそんなことが言えるものだ、と彼は内心呆れた。

「何だ、オルカ。じゃあ、お前がキールの代わりに治安隊と一発やらかすってのか?」

「そうだ!」

「相手は、お前の大好きな“法”の番人だぞ。この国の“正義”の尖兵とも言ってもいい連中だぞ。そんな連中相手に、お前は戦えるのか?」

「……ッ」

 強調された“正義”という言葉に、オルカは言葉を失う。

 そんな彼をマイティは鼻で笑った。

 所詮、元・貴族のお坊っちゃんなんて、こんなものだ。度胸は確かにあるが、それを実行出来るだけの力を持ち合わせていない。そして自分より権力のある者には逆らえない。

 それでも、とオルカはキールの顔を見下ろす。

「彼女だけを残していくわけには……」


「どうして?」


 キールが不思議そうに首をかしげる。今度はオルカが目を丸くする番だった。

 彼女はもう一度言った。

「どうして私だけが残っちゃいけないの?」

 そんなこともわからないのか、とマイティは思わず言いかける。

 彼女はオルカの言葉の真意を全く理解していないようだ。傷ついた仲間を心配している発言、ということくらい子供でもわかる。彼女(こいつ)は一体これまでどのようにして日常を過ごしてきたんだ?

 オルカも返事に困った。

「どうしてって、それは……」

 真っ直ぐと自分を見つめる彼女の視線に、オルカが何か言おうとした時だった――。

 バンッ、と大きくドアを蹴破る音が三人の耳に届く。

 まさかと思い、マイティは後ろを振り向く。そして、そのまさかだった。

「動くな、治安維持課だ!」

 完全武装した隊員達が次々と礼拝堂内に入ってくる。

 馬鹿な、いくらなんでも早すぎる……!

 三人はあっという間に治安隊員達に包囲された。

 複数のシールドと電撃棒(スタンスティック)に囲まれ、マイティ達は身動きが取れない。

 三人の前に一人の隊員が近付く。ヘルメットで顔は見えないが、全身から強い覇気が滲み出ている。おそらく突撃部隊の班長か何かだろう。

「武器を捨てろ!」

 その男が言う。その野太い声からして先程のスピーカーの主に違いない。

 マイティは手持ちの拳銃を捨てるか否か躊躇する。捨ててしまえば、丸腰だ。この包囲を突破するのに、超感覚(オーバー・センス)だけでは心許ない。どうする?

「……了解した」

 背後の返事にマイティは我が耳を疑った。

「俺のコートの中に拳銃が一丁入っている。取り出したいのはやまやまだが、」

 今ちょっと手が離さなくてな、とオルカは抱き抱えたキールへ視線を送った。

 キールは溜め息一つ吐き、左手をオルカのコートの中へ。拳銃を取り出すと、それを治安隊員の足元へ放り投げる。

「キール、お前の拳銃も、だ」

 キールは一瞬迷うが、すぐに拳銃とダガーナイフを放り投げた。ナイフが放物線を描きながら、煌めく。拳銃と共に、そのまま床にカラン、と落ちた。

「何、勝手に了承しているんだ、お前ら!」

 マイティは叫ぶ。部下の勝手な行動に腹を立てる副隊長だが、オルカはそれを全く意に介さない。

 自分を警戒している男のヘルメットを真っ直ぐに見て、こう言った。

「彼女の手当てを、早急に頼む」

 これをすぐ側で聞いていたキールは、やはり理解できていないようだ。目をぱちくりさせている。

 男はオルカに抱き抱えられたキールへ目を向ける。

「なるほど。階段から続いていた血痕はそのお嬢ちゃんのものか」

 血痕――その言葉にマイティはハッとする。そして冷たい床へ目を向けた。

 そこにこびりついていたのは、二、三滴の黒ずんだ血。

 そうか……。だから、連中はすぐに礼拝堂(ここ)へやって来たのか!

「迂闊だった……」

 蚊のような小さな声で呟くマイティ。

 オルカの申し出に、男はしばらく考え、側にいる隊員を呼ぶ。

「おい、その坊主を護送車へ連れていけ」

「護送車?」

 オルカが顔をしかめた。

「何だ、不服か?」

「いや……、感謝する」

 すぐにキールを抱えたオルカを、数人の隊員達が連れていく。

 オルカが男の横を通りすぎようとした時、

「おい、小僧、どこかで会ったことあるか?」

 男に呼び止められて、オルカの足がはた、と止まる。彼の瞳孔が開く。

「その顔、前に見たことあるような気がするんだがなあ」

 男の言葉を聞いて、オルカの額に一筋の汗が流れていく。

 数秒の沈黙――を経て、オルカは息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。

「……いや、初対面、だ」

 男は「そうか」と軽く頷いただけで、それ以上追及しようとはしなかった。


「――で、お前はどうするんだ?」

 一人残された副隊長に、男は訊く。三百六十度全てを治安隊に囲まれている今でも、マイティは拳銃を捨てること無く、懐に隠し持っている。この場を脱する際に必要になるはずだと思ってはいるものの、囮になりそうな、いや、戦力になりそうな部下がいなくなってしまった現状では、包囲網を突破すること自体が無理な話ではないかと思い始めていた。

 このような時、一人ではなく複数人ならば心強い気がする。だが、今はいない。

 マイティは一人だけ置いてきぼりにされたような心境であった。

「あいつら、勝手なことしやがって……」

 寂しさの裏返しからか、この場にいない部下を毒づくような言葉が自然と口から出てきた。

「そう責めるな。聞き分けの良い仲間じゃないか」

 男はマイティを諫めると、彼に近づき、真っ黒なコートの裾を擦る。

 かなり強い力で擦ってきたため、マイティは気持ち悪さのあまり、男の手を払った。

 男は払われた手の指をしげしげと眺める。

「この繊維の感触……、バトルコートのものか」

 男の口調がやや低くなる。彼は手を下ろすと、今度は今まで以上にドスを利かせた声でマイティに訊いた。

「お前ら、特務零課だな?」

 治安隊相手に何も嘘を言う必要は無い。嘘をつくと、捜査撹乱の罪などでかえってややこしいことになる。マイティは正直に答えることにした。

「ああ、そうだ。それがどうかしたか?」

 男は電撃棒(スタンスティック)をマイティに突き付ける。

「今回は一体誰に雇われたんだ?」

「何?」

「一体、誰に雇われて今回のテロを仕掛けたんだ?」

 やはり思った通りだ。連中は俺達がテロを仕掛けた、と疑っている。

「どうして“俺”がテロを仕掛けたことになる?」

「違うのか? お前らみたいなハイエナ集団は金さえ貰えれば、どんな汚いことでもすると思ったんだがな」

 男はなお続ける。

「そしてフィリップ議員の殺害現場付近の防犯カメラにもしっかりとお前達の姿が映っていた。さっきのお嬢ちゃんは見掛けなかったが、近くにでもいたんだろう」

 フィリップ議員――、たぶん忍者(アント)に手裏剣で殺された、あのおっさんの事か。

「過激派辺りにでも大金積まれたんじゃないか?」

「ちょっと待て! お前達は見なかったのか、ホールに転がった修道僧達の死体を。俺が仮に奴等と契約していた場合、どうして依頼主の仲間を殺す必要があるんだ?!」

 この言葉を聞いて、男が待ってましたとばかりにほくそえんだ、ような気がした。

「そうか! やはりあの三人を殺したのは、お前達か」

「あ」

 しまった……。

 奴等、これを言わせたかったのか。

 金で汚れ仕事を引き受ける特務零課は仕事上、治安隊と衝突することは多い。彼らにしてみれば特務零課のような存在は、屍肉を(あさ)るハイエナのようなものだ。

 当然のことながら、好意的な感情を抱いている者は殆どいない。むしろ“その存在を許せない”と思う隊員が大多数だろう。経験を積んだ年長者はなおさらだ。

 この隊長格の男にとって、マイティ達がテロを犯したかどうかはもはや問題ではなかった。特務零課の隊員を監獄に収容させるための理由が欲しかったのだ。

「アークポリスにおけるテロ行為、および殺人の容疑でお前達を逮捕する」

「逮捕?」

 マイティの口から乾いた笑い声が漏れてきた。

 逮捕? 冗談ではない。一生をブタ箱で過ごすなんて、まっぴら御免である。

 マイティは考えた。“逃げるチャンスは、今しかない”と。

 忍者に斬られた左腕の傷が、疼きだす。

 警棒を持つ男の右腕が、シールドの裏へ動かされる。


 ――今だ!


超感覚(オーバー・センス)!」

 疲労困憊の身体に鞭を打って、無理矢理、異能力を発動させるマイティ。

 途端、治癒しかけていた左腕の傷口に大きな負荷がかかり、傷口が開く。超感覚(オーバー・センス)使用中の為、痛覚が倍増される。

 肉を抉られるような激痛に歯を食い縛り、マイティは男に瞬時に飛び掛かる。

 男が何らかの行動を起こすこの瞬間を彼は待っていた。シールドを構えた、周囲の武装隊員達を撃退することは、超感覚(オーバー・センス)を使ったとしても不可能だろう。超感覚(オーバー・センス)は攻撃のための異能力ではないからだ。ならば、敵のほんの僅かな隙を突いて、活路を拓くしかない。

 そして男が(おそらく)手錠を取り出そうと、構えをやや崩したその時が隙を突く絶好の機会だ、とマイティは瞬時に悟った。

「なっ――」

 声を上げる暇を与えず、マイティは左腕で男の腕を掴み、引っ張る。男の身体の重心が傾いた瞬間、今度は右脚を用いて、男の片足を大きく払う。同時に、空いている右腕で男のヘルメットを強く殴る。

 男の身体がバランスを崩し、仰向けに倒れる。

 マイティは押し倒した男の身体を乗り越えた。

 目の前にホールへ続く、通路の扉が見える。

 よし、行ける――!

「や、奴を、取り押さえろ!」

 すぐ後ろから発せられる、男の怒声。

 マイティは、走り出す。

 逃げられるかもしれない!

 僅かに浮かんできた希望が、腕の痛みを押さえ付ける。ガタガタの身体に力を与える。

 このまま行けば――!


「え……っ」

 急に、脚が動かなくなった。そのことにマイティの思考が追い付かない。脚がもつれて、彼は前のめりに倒れる。倒れる際、反射的に手が前に出、ることはなかった。

 度重なる異能力の使用の反動が、今になってマイティに襲い掛かってきたのだ。

 彼は鼻から床に思いきりぶつかった。

「く、くそっ」

 痺れる身体を動かし、何とか前進しようと、芋虫のように身体を捩る。その間、どくどくと流れる鼻血が顔を汚していく。

 彼の周りに治安隊員がわらわらと集まってきた。電撃棒(スタンスティック)を携えて――。

「さっきはよくもやってくれたな」

 先程、押し倒した男が怒りを露にしてやって来た。

「このハイエナ野郎がッ!!」

 男がマイティの身体に電撃棒(スタンスティック)を叩き込んだッ!

 瞬時に、目の奥が真っ白にスパークする。声にも鳴らない、掠れ声を上げるマイティ。

 だが、それでは終わらない。

 一撃、また一撃と隊員達がマイティへ電撃棒(スタンスティック)を次々と叩き込む。

 一方的にマイティを打ちのめしていく治安隊員達。その心境は国の治安の為の使命感か、特務零課への憎悪かは定かではない。

 重い一撃と、神経を焼くような電撃の波状攻撃がマイティを襲う。一瞬、一瞬が永遠に続くような痛みだ。


 こんなところで終わるのか、俺は……。


「ちくしょう……っ」

 小隊なんか、副隊長なんか引き受けるんじゃなかった……。

 頭に男の電撃棒(スタンスティック)が降り下ろされたのを最後に、マイティの意識は途絶えた。






 椅子に拘束されたまま、マイティは先日のことを思い返していた。

 そう、自分はあの時、取り押さえられて、結局逃げられなかったのだ。

 となると――、

 マイティは自分と椅子以外、真っ暗な室内を見渡す。

「ここは治安維持課の建物の中か?」


「いいえ。ここは特務零課です」


 突然、室内を凍りつかせるような声が響き渡る。

 同時に、部屋のどこかの扉が開け放たれ、眩い光が室内を射してきた。

 マイティは目を凝らしつつ、ドアへ目を向ける。

 逆光でよく見えないが、光の中からスーツ姿の女性がこちらに向かって、歩いてくる。

 カツン、カツン、と硬く響く足音。

 女性はマイティのすぐ目の前のところまで来ると、足を止めた。

 明るさに何とか慣れたマイティは顔を上げて、女性の顔を見る。

 白髪の混じった黒髪で、顔にはすでに数本のシワが走っている。おそらく五十代後半か、六十代前半だろう。それにも関わらず、その目は鷹のように鋭く、マイティを見下ろしていた。


「私は特務零課における業務の監査を担当する、監査官シュミット」


 罪人に判決を言い渡す裁判官のように、彼女(シュミット)はマイティにこう言い放つ。




「コードネーム・マイティ、あなたに一ヶ月の“猶予”を与えます」


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