第4話 f
「お前はあの時の……!」
忍者は降り立つと、オルカが言い終わるよりも早く、キールに蹴りを見舞う。キールは咄嗟に狙撃銃を盾にしてこれを防ぐものの、衝撃が強く、狙撃銃が彼女の手から弾き飛ばされる。音を立てて転がる狙撃銃。
が、彼女は顔色一つ変えない。さすがは外人部隊出身といったところか。キールはコートから、全長二十センチ程のダガーナイフを引き抜くと、忍者に素早く斬りかかる。
忍者も自身の懐から、菱形状のクナイを取り出し、これに応じる。
斬り結ぶ白銀と漆黒の刃。
「女にしてはなかなかだ。だが……」
直後キールが顔をしかめると、少しずつ、少しずつ、ダガーナイフがクナイに押されていく。どうやら力は互角ではなさそうだ。忍者の方に分がある。
そこへオルカが援護に入る。彼は忍者の側面に強烈な一撃を打ち込もうと、拳を振り上げる。
忍者は強引にキールを押し返すと、そのまま彼女の宙に逃げて、オルカの攻撃をかわす。そして二人から距離を取りつつ、クルリと宙で一転しながら、手裏剣を二枚投げ付けた。
「どいてっ!」
キールはオルカを強引に押し退けると、飛んできた二枚の手裏剣をダガーナイフで叩き落とす。見事なナイフさばきだ。
音もなく軽やかに着地する忍者。
キールは床の狙撃銃を拾わずに、護身拳銃を左手で取り出し、忍者へ向けて続けざまに発射する――。
「そんなに仲間が心配か?」
司祭の声に、マイティは視線を白い仮面へと戻す。
まさか、と肩を竦めてみせるマイティ。
「……アント、とか言ったな。お前達が雇ったあの忍者は、一体何者なんだ?」
司祭は、答えない。代わりに今度はマイティの腹を踏みつけた。
激しい苦痛に顔を歪めるマイティ。
司祭は鼻を鳴らすと、周りで待機している修道僧達に言う。
「同志達よ、何をボサッとしている。早く人質達と共に聖地へ行け!」
修道僧達は慌てて指示に従う。彼らは長椅子に座らせている人質達を立ち上がらせると、銃口を突き付けながら転送装置へと連行していく。しかし、
「嫌だッ!」
その途中で一人の若い男性が叫び、銃口を押し退けて逃げ出した。修道僧が彼の背中を狙うが、司祭がそれを片手で制する。
「いい機会だ。見ているがいい、異教の信者達よ。我々に逆らう愚者の末路を」
司祭が女神の方へ目をやると、彼女は微かに頷いて、先程焼死した老婆の方向へ右手をかざす。その瞬間――
びくり、びくり、と老婆の黒焦げの死体が震えだした。パラパラと落ちる、黒い粉末。息を呑む人質達。燻っている亡骸に何かが潜んでいるようだ。そして――
三羽の焔の鳥が中から食い破って、その姿を晒した。
甲高い鳴き声と共に、広げる紅蓮の翼。
焔の鳥達は一斉に羽ばたき、逃げ出した男性との距離を一気に詰めていく。途中、男性は椅子につまずき、転倒。自身を追撃してくる鳥達の存在に気付いて、悲鳴を上げるが、鳥達は容赦無く襲い掛かった。
あっという間に男性の身体から炎が燃え上がる。男性は灼熱に泣き叫ぶが、炎の勢いはさらに増す。やがて男性は絶命し、地面に倒れる。倒れても尚メラメラと揺らめく炎は、死体に群がるハゲタカの翼を連想させた。
「……おわかりいただけただろうか」
司祭が人質達に向き直る。その際、またマイティの腹を勢いよく踏んづけた。
「……ッ!」
腹部に再び襲った激痛に汗を浮かべながらも、マイティは司祭の背中を睨み付ける。あの背中に一発撃ち込んでやりたいところだが、あいにく拳銃は目の前の標的に奪われている。武器が無ければどうしようもない。マイティは丸腰同然と言える状態だった。
一方、人質達は今の“見せしめ”で逃げだす気力や希望を完全に失い、拉致されるという現状に絶望していた。
屠殺場へ連れていかれる家畜のように、彼らは生気の無い顔で修道僧達にただただ付き従って、転送装置の光の中へ一人ずつ消えていった……。
「お前達も早く行け。ここからは我々に任せてもらおう」
まだ残っている数人の修道僧達に司祭が言う。
「……ジーン司祭、よろしいのですか?」
「何が、だ?」
一人の修道僧がマイティを、そして今も忍者と戦闘を繰り広げているキールとオルカを、憂いを含んだ瞳で見る。
なるほど、と司祭は修道僧が言わんとしていることを理解する。
「……構わん。その者達は異能者と言えども、神に選ばれた民ではない。金に魂を売り渡した下劣な畜生に過ぎん」
ようやく司祭はマイティから離れ、――と思いきやだめ押しでもう一度、勢いよく踏みつけた。不意の一撃に、身体を海老のように丸めるマイティ。
この間にそそくさと、修道僧達は転送装置で撤退していき、大会議室に残っている者は司祭と女神、そして忍者だけとなった。
司祭は床に転がった彼を一瞥すると、興味が無くなったかのように背を向けて、転送装置の方へ歩き出す。
「ま、待て……」
マイティは身を捩りながら、歯をくいしばる。
「好き勝手言いやがって……!」
ズキズキと痛む腹を押さえながら、マイティは何とか立ち上がる。しかし、そんな彼には見向きもせず、司祭は足を進めていく。
何とかして、一矢報いたい……!
司祭のがら空きの背中へ、マイティは走り出した。戦法も何もない、ただの体当たり。武器の無いマイティにとって最後の攻撃手段だ。
だが、その渾身の体当たりも司祭には効かなかった……。
「悪あがき、か。惨めなものだな」
大の字になって倒れるマイティを見下ろして、司祭が言った。結局、一矢報いることは出来なかった。攻撃とほぼ同時に司祭のカウンターパンチがきまってしまったのだ。
「くそ……」
頭がガンガンして、まともに動けない。ふと銃声や刃物がぶつかり合う音が、遠くからぼんやりと聞こえてきた。あの二人は、まだ忍者とやりあっているのか。早くこっちにも来て欲しい。
……よく考えてみれば、自分はどうして敵の得意とする接近戦で攻撃を仕掛けたのだろうか。こうなることくらい予想できたはずなのに。
なんて馬鹿なんだ……。
「――さてと、観客が残っている内に最後のクライマックスと行こうではないか!」
そう声高に言って司祭が裾から取り出したものは、黒い遠隔操作装置。
司祭は遠隔操作装置を高く掲げ、スイッチを押した……!
ズウゥゥン……と、床が微かに震える。
爆発音、それもかなり遠くからだ。
「このブロックAには、プラスチック爆弾がいくつか仕掛けてある」
ズウゥゥン――
「先程スイッチを押したことで、すべての秒読みが開始された」
ズウゥゥン――
「ただ、一斉に爆発してしまっては面白くない。そこで趣向を凝らして、各々、少しずつ時間をずらして、連鎖的に爆発するように仕掛けてみたのだ」
ズウゥン――!
音が、次第に近付いてくる。まるで巨人の足音のように――!
「この方が盛り上がるだろう!」
やや興奮ぎみに司祭が両手を挙げる。右手には奪った拳銃が握られている。
ズウゥン――!
「聞こえるか、この、古き体制を踏み潰す音が! ……新時代の幕開けの音だ!!」
くらくらする頭を押さえながら、マイティは身体を起こす。すると、
ズウゥンッ!
今度のは、かなり近くから聞こえてきた。この教会の周辺に違いない。一体、何個設置したんだ、こいつらは……。
ふと転送装置の方へ目をやると、女神がリングの隣でこちらを見下ろしているのが見えた。
お高く止まりやがって……!
「こいつは返しておこう。……と、その前に」
司祭が右手を高く挙げ、天井へ向けて発砲した。
一回、二回と引き金を引き続ける。それに伴い、銃声が室内を木霊す。……やがてカチ、カチと乾いた音のみが聞こえてくるだけとなった。
司祭は弾切れとなった拳銃を放り投げる。拳銃は大きく放物線を描いて、マイティの足下に――。
「超感覚!」
瞬間、動くもの全てがスローモーションになる。
ゆっくりと落ちていく拳銃と床の間に、マイティは右手を滑り込ませ、拳銃を手にする。そのまま空になった弾倉を取り出し、隠し持っていた予備の弾倉と入れ換える。
そして、感覚は本来のスペックへと戻る――。
司祭との距離は四、五メートル程。この距離なら、外さない!
「死にさらせ!」
マイティが引き金を引こうとした時に、
ズゥンッ!
またしても爆発音。先程と同じ、この建物周辺からだ。
ここで異能力の連続使用と慣れない任務へのストレスによって疲弊していた、マイティは一瞬、不意をつかれる。
そして、その一瞬が任務の成否を左右させるものになってしまった……!
マイティが怯んだのと同時に、司祭は後方に大きく跳んで、転送装置の元へ。
慌てて狙いを定める頃には、もう遅い。
司祭の身体は蒼白い光の中へ溶け込んでいった……。
「そんな……ッ!」
マイティは愕然とする。
何てことだ……。まさか、この俺がみすみす標的を逃がしてしまうことがあるなんて……!
――いや、まだ終わらない。終わらせない。
すぐに思考を切り換え、今度は女神を狙うマイティ。本当は自分も司祭の後を追って、転送装置の中へ飛び込んで行きたいところだが、連中のことだ。何か罠を張っているに違いない。ハイリスク・ローリターンだ。
それならば、向こうにとって重要な人物を生け捕りにするまでだ。運がいいことに、女神は転送装置に、まだ入っていない! こちらに背を向ける前に――
マイティはスラリとした美しい脚へ向けて、引き金を絞った!
「あうッ!」
澄ました顔が一変にして、泣きそうな顔になる。純白のスカートの腿の辺りから、真っ赤な染みが瞬く間に広がっていく。女神は傷口を両手で押さえつつ、こちらを睨み付ける。それはそれは鋭い視線だった。
……やや後ろめたい気もするが、これも仕事だ。仕方ない。俺は悪くない!
そう自分に言い聞かせて、マイティは急いで女神の元へ。
女神は激痛で顔をしかめながらも、転送装置の光の中へ逃れようとする。
しかし、マイティがそれを許さない。
彼は頭から勢いよく滑り込んで、女神の足首をなんとか掴むことに成功した。
「離せっ!」
「離せ、と言われて素直に離す馬鹿がどこにいる!」
屁理屈を言うと、女神は被弾していない方の脚でマイティの顔を蹴りつけてきた。ハイヒールの踵が彼の額に直撃する。
「くっ、やりやがったな!」
マイティは女神の足を思い切り引っ張り、転倒させる。そして彼女のこめかみに銃口を押し当てた。
「不審なことを一つでもしてみろ。すぐに殺すぞ」
マイティは脅しつつ、その視線は先程の焼死体に注がれていた。死体にたかる、焔の鳥達はその数を増やして、再び宙に舞い上がる。
その数、五羽。
「鳥がおかしな動きを見せても殺すからな。気を付けろよ」
女神は何も言わずに、鳥達を黙って見ている。
よしよし、物分かりが良くて助かる。標的は逃がしたが、それに準ずる重要人物の身柄の確保。これで取り合えずは良しとしよう。
後は忍者と戦っている二人を――
「キールッ!」
思考を遮ったのは、オルカの悲鳴に近い叫び声だった。
何があった?
大会議室の隅へ視線を向けたその時――、右手に激痛が走った。
「いっ……!」
見てみると、革手袋をはめた手の甲に、手裏剣が深々と突き刺さっていた。
痛さでマイティは、思わず拳銃を床に落としてしまう。
この瞬間を、鳥達は見逃さない。
五羽の鳥達は一斉にマイティ目掛け、滑空しながら迫ってきた。
マイティは後方へ飛び退く。
その時、鳥達に続いて黒い影が、マイティの目の前で、女神を横からかっさらっていった。
「しまった……!」と思ったところで、もう遅い。
忍者は両手で女神の身体を抱きかかえたまま、転送装置の前に音もなく降り立った。
まずい!
マイティはその場で声を上げた。
「待て! その女を返せ!!」
忍者はこちらに背を向けたまま、何も言わない。代わりに女神が、彼に抱きかかえられたまま、こう答えた。
「……待てと言われて素直に待つ愚か者はいない」
あの女……!
マイティは手の甲に突き刺さった手裏剣を引き抜こうとする。が、鳥達が再度襲い掛かってきた。
そばに落ちている拳銃をチラリと見て、マイティは超感覚を使う。 途端、右手に走る激痛がさらにひどいものとなる。また治りかけていた、忍者にやられた傷も疼き出した。
超感覚は感覚を過敏にして驚異的な身体能力を得るものだが、同時に痛覚も過敏にしてしまうため、諸刃の剣とも言える異能力だ。
引き裂かれそうな痛みにマイティは歯を食い縛り、拳銃をなんとか拾い上げる。
同時に鳥達の攻撃を避け、長椅子の陰に。
超感覚解除。手の甲に突き刺さっている手裏剣を無理矢理引き抜く。傷口から血が垂れ落ちるが、気にしていられない。
マイティはさっと長椅子の陰から出て、二人へ銃口を向ける。
女神が忍者にしがみついた。
「アント」
「ご安心を……」
女神を生け捕りにするため、マイティは忍者へ向け発砲する。が――
放たれた二発の弾丸に彼等は慌てたりはしなかった。
忍者は女神を抱きかかえたまま、バレエのように華麗な動きで、弾丸をかわした……!
目の前の光景にマイティは驚きを隠せない。なぜなら、今の忍者の動きは……。
「……超感覚」
今、何て言った……?
困惑するマイティを他所に、忍者は女神を抱えたまま、転送装置の光の中へ消えていく。そして――
リングいっぱいに広がっていた光が一瞬にして萎んだ。
マイティは無理矢理思考を切り換えて、転送装置へ駆け寄る。側にあるコンソールのありとあらゆるボタンを押すが、装置はうんともすんとも言わない。
……打つ手無し。まんまと逃げられたのだ。
「ちくしょうッ!」
マイティは拳銃を持ったまま、思いっきりコンソールを殴る。コンソールが微かに揺れた。
任務失敗だ。
小隊任務とはいえ、自分の戦歴になることには間違いはない。特務零課において戦歴とは自身の広告のようなものだ。この失敗は戦歴に傷をつけることになるだろう。しかも聞いたところによると、依頼主は政界の大物。並みの任務の比ではない。
失敗は許されないのだ。
それなのに、失敗した。
ランドルフさん、……済まん。
コンソールにもたれかかってマイティは、天井を仰ぐ。鳥達は既に姿を消していた。
「小隊を組まなければ……、部下なんていなければ……」
こんな事にはならなかったかもしれない……。
ピー、ピー、ピー、……。
……何の音だ?
微かに聞こえてきた電子音に、マイティは耳を傾ける。
ピー、ピー、ピー、……。
転送装置からだ。
すぐにマイティは巨大なリングの陰にまわる。床とリングの接合部に光点が紅く点滅しているのが見える。
張り巡らせたコードの中心にあるそれには、小さな液晶が付けられている。
そこには紅く「14」と表示されていた。
脳裏に司祭の言葉が甦る。
“そこで趣向を凝らして、各々、少しずつ時間をずらして、連鎖的に爆発するように仕掛けてみたのだ”
「野郎ッ……!」
ずいぶんと迷惑な趣向だ。証拠隠滅のために転送装置そのものを爆発させるつもりか……!
マイティは急いでリングから離れる。
あと十秒……!
頭の中でカウントダウンしながら、長椅子の列と列の間を走る。
元々、礼拝堂だったためか室内が広すぎる。これでは教会を出る前に、いや大会議室を出る前に爆風に炙られることになる。
ならば、爆風から身を隠すしかない!
マイティは声を張り上げる。
「全員、椅子の陰に隠れろ!」
あと、六秒……!
マイティは粉砕された扉に最も近い、そして転送装置から最も離れた長椅子の陰影に飛び込んだ。すると――
「副隊長……」
先客がいた。キールと、オルカだ。……様子からして、手負いの彼女を彼が介抱してやっていたのだろう。
「いいか、お前ら。絶対に椅子の陰から出るなよ!」
マイティ並みならぬ気迫を見て、二人は理由も聞かずに素直に頷く。
「来るぞ!」
あと三、
二、
一、
零――!!
耳をつんざく大音響と共に、長椅子の横を炎が、その陰に身を隠した三人の上を爆風が、走った。
転送装置が許容ラインを超える、膨大な熱エネルギーに耐えきれなくなったのだ。リングが引きちぎれ、木っ端微塵に吹き飛ぶ。
かなり重量があるお陰で、連なる長椅子の列は一種のバリケードとして機能してくれた。リングの手前の幾つかはそれでも次々と吹き飛ばされていったが、三人の所にまで危害が及ぶことは無かった。
もし椅子に隠れずに、教会の出口に真っ直ぐに向かっていたら、間違いなく命を落としていただろう。
それだけ爆発の威力はすさまじかった。目立ちにくさゆえに三人に気付かれなかった裏口は、長椅子によるバリケードが無かったため、炎を纏った爆風に扉を打ち破られる。圧力でやや凹んだ扉は教会の外へ吹き飛ばされ、教会を囲む石の塀が熱風に晒された。
十秒にも満たない、ほんの僅か数秒の出来事だった。
「やっと静かになったな」
マイティは長椅子の陰から顔を出す。爆発によって、大会議室の至る所に火が燃え移っていた。吹き飛ばされた長椅子も燃えている。
いつまでも安全、とは言えないな。早いとこ教会から離れなくては――!
「キール、済まない」
マイティが振り返ってみると、キールがオルカの手を払ったところだった。
「私は、大丈夫だから……」
胸を右手で押さえながら、苦しそうに言うキール。
彼女はふらつきながらも、なんとか立ち上がる。同時にマイティはハッと息を呑む。彼の目に入ったのは、彼女の指の合間から流れ出る血だった。かなりの量だ。
忍者にやられたものに違いない。
「応急措置は自分で何とかしたから、走るくらいは……ッ!」
痛さで顔をしかめて、彼女の身体は後ろにふらつく。それをオルカが後ろから受け止める。
「無理するな」
困ったな。キールがこんな状態では、さっさと退散という訳にもいかない。歩く度に血痕を残していくようなものだ。
さて、どうしたものかな。
「別に、これくらい……」 どうってことない、と肩で息をするキール。
そんな強情な彼女を――、オルカはそのままひょい、と抱き上げた。そう、傷付いたヒロインを横抱きするエージェントのように。
「――え、ちょっと!」
予期していなかった行動にキールは慌てるが、オルカは無視する。
「なるほど、その手があったか」
マイティは感心した。
怪我人を歩かせるのではなく、運んでしまえばいいのだ。なぜ、こんな簡単なことに気付かなかったのだろう。
キールはオルカの腕から身を捩って、離れようとする。だが、オルカはそれを許さない。加えて彼女は忍者との戦闘で体力をかなり消耗しているため、結局おとなしくする他なかった。
オルカのお陰で怪我人の運搬の件は解決された。
取り合えず隊舎へ戻り、今後の策を練らなくてはならない。いや、それよりまず――、
依頼を引き受けた張本人である、小隊長が不在になった場合、任務は続行すべきなのか。
そして副隊長にはどのような責が降り掛かってくるのか、を確認しなくては――。
ふと床に目をやると、燃えている長椅子の側に、小隊長のベレー帽が落ちているのが見えた。マイティは近寄って、これを拾い上げる。おそらく先の爆風でここまで飛ばされたのだろう。奇跡的なことに傷一つ付いていない。
マイティはベレー帽をコートの内ポケットに押し込む。
「……二人とも、とっととここを離れるぞ」
これ以上の長居は無用。マイティが走り出す。オルカもキールを抱えながら、その後を追う。
粉砕された扉の破片を踏みつけ、廊下を走る三人。
やがてエントランスホールに辿り着く。ホールの床には三人の修道僧達の死体が転がったままだ。
ここを抜ければ出口だ。
マイティは死体を避けることなく、その上を跨いでいく。一方、オルカは跨ぐことなく、死体の脇を通っていった。
目の前にポッカリと空いた風穴が広がる。突入時にオルカに破壊してもらった扉の跡だ。
出口は目前……!
マイティは足を速め――、そして足を止めた。
「どうした。急に止まっ……」
オルカも足を止めた。
二人共、風穴の向こうの光景に言葉を失っていた――。
それまでオルカの腕の中で俯いていたキールが顔を上げる。
「間に合わなかった、ようね」
風穴の向こうに、教会の正面ゲートがここから見える。それは当然だ。
ただ、当然ではないことが一つ。
ゲートの向こうに、警光灯の紅い光が横一列に展開していた。数台の車が出入口を完全に塞いでいた。
その正体は言うまでもない。
都民を凶悪な連続テロから護る為、テロの実行犯を捕える為に出動したアークポリスにおける警察組織――
「治安維持課」、別称「治安隊」のお出ましである。
次話
第5話「一ヶ月のリミット(仮)」




