第4話 e
破壊音が室内を反響していく中、扉だった破片はおがくずを撒き散らしながら、バラバラと床に落ちていく。
大会議室はかつて礼拝堂だっただけに、内部構造は礼拝堂とよく似ていた。唯一の違いは鮮やかなステンドグラスと祭壇が設置されていないくらいだ。そして祭壇の代わりに設置されているのが、直径三メートルほどの太いリング状の機具――転送装置。
突然現れた闖入者に、長椅子に座らされた残り僅かの人質達がホッと安堵の息を吐く。治安隊が自分達を助けに来たのだ、と思って、歓喜の表情を浮かべる者までいた。
「動くなッ! 少しでも怪しい動きを見せたら、人質もろとも撃ち殺すぞ!!」
マイティのこの言葉を聞くまでは……。
すぐさま人質の周囲に立っている修道僧達のマシンガンが火を吹く。
人質達の悲鳴とともに、大会議室を響き渡る銃声。
断続的に走る閃光をマイティは超感覚でかわす。そして順に一人一人、狙いを定め、引き金を引いていく。一発、二発、と発射される弾丸。
……五発目。それまでに四人が手足に撃たれて負傷。そして今、撃ったばかりの弾丸は一人の左胸を突き刺し、一瞬であの世へ送った。
パタリ、と止む銃声。
無傷で済んだ残り十数人の修道僧達は銃口を向けたまま、マイティを睨んでいる。
「おい、さっさと銃を下ろせ。今のでわかっただろ? 俺に銃は効かん!」
また一人の修道僧がマイティ目掛け、引き金を引く。がその直後、頭部が弾けた。
マイティが振り返ると、そこには狙撃銃を構えるキールと、震える腕で拳銃を握っているオルカ……。
「さっきまでの威勢はどこに行ったのやら……」
人を撃ったことも無いような奴に拳銃を握らせるほど、無駄なことはない。
マイティは肩を竦めて、また修道僧達の方へ目を戻す。
「いい加減理解しただろ」
マイティは声を張り上げた。
「そうとも、俺達はお前達が崇拝している異能者“様”だ! 俺達三人の戦闘力はお前達“ただの人間”が束になった所で、敵いっこない!」
修道僧達の間に僅かに動揺が走る。
単純な奴等め……。
マイティはニヤリと笑みを浮かべる。
「さあ、銃を下ろせ、下等人種共! 俺達異能者を選んだ神とやらに楯突く気か!」
この言葉でほんの僅かだが、修道僧達が次々と銃口をマイティ達から外す。その様子は、まるで神の威光に屈していくかのよう。そんな錯覚にマイティは少し酔いしれた。
「物分かりが良くて助かる。あ、変な気は起こすなよ。こちらも犠牲はなるべく少なくしたいからな。――で一つ、訊きたいんだが……」
マイティが修道僧、人質達をぐるりと見渡した。修道僧達は似たような白装束の格好で、人質達は老若男女様々だ。この中に目当ての人間がいる。
「ジーン・シュワルベって奴はどいつだ?」
無言でこちらを睨む修道僧達。
「は、だんまり、か」
親切に教えてくれるような奴はこの中にはいない。仕方無いなぁとマイティは近くの長椅子に近付く。そして、端に座っている上品な格好をした老婆の白髪をむんずと掴みあげた!
ひいい、としわがれた悲鳴を上げる老婆。
「おい!」
暴行を制止しようと声を上げるオルカを、マイティは「邪魔をするな」とアイコンタクトを送る。
それでもオルカは止めに入ろうとするが、キールに右肩を掴まれる。何故止めると言わんばかりに振り返ると、彼女は無表情な顔でこう言った。
「……取り合えず、黙って見ていた方がいいと思う」
そう提案するキールにオルカは釈然としない様子だったが、今日が初任務の彼に出来ることは限られている。結局、後学の為と思ってマイティの行動を見ることにしたのだった。
「おい婆、お前は見ていたんだろう!」
老婆を長椅子から乱暴に引きずり下ろすマイティ。左手袋の指の間から数本の白髪が揺れる。
引きずり下ろされても尚、弱々しく抵抗する老婆にマイティは銃口を向けた。
「さあ、ここにいる修道僧達の一体誰がジーン・シュワルベなのか、正直に吐け!」
これにはさすがに修道僧達は慌てる、ような素振りを見せなかった。皆平然としている。マイティは内心イライラしながらも、老婆の様子に注目した。
老婆は恐怖でしわだらけの顔をフルフルと震わせているだけだ。マイティは老婆の頭頂部を銃口でトントンと軽く突っつく。
「さっさと言わないと、頭ん中身、ぶちまけ――」
「あ、あそこです!」
半狂乱に叫ぶ老婆。バネ仕掛けの玩具のように腕を震わせながらもまっすぐに指差した。
その指先にあるのは――
「転送装置?」
マイティが呟いた途端、リングの向こうにある大会議室の壁がゆっくりと渦巻いて見えてきた。
リング内の空間が軋み、螺旋を描くように捻れ、歪んでいく。その際、螺旋の中心から鼓膜が擦れていくような耳障りな金属音がキリキリと鳴り響いてきた。
転送開始の兆候――。この大会議室の空間とどこか別の場所の空間を強引に繋ごうとしている音だ。
耳を塞ぎたい気持ちを我慢しながら、マイティは捻れる空間へ拳銃を向ける。その足元で老婆が頭を抱えて、うずくまっていた。邪魔なので蹴って脇へどかす。
歪みの渦はリングいっぱいに広がり、そして渦の中心に一点の蒼白い光が現れる。
「来るか」
光が、一瞬でリング全体に膨らむ。
サングラスを拾っておけばよかった、と思いながらマイティは左腕で光から目を防護しようとした。
――その時、光の向こうから鷹の、澄みきった鳴き声が響き渡った。
鷹?
驚く間もなく、光の中から鳥の型を為した焔が猛禽類の如く、こちらへ一直線に翔んでくる!
マイティはすぐさま超感覚で側の長椅子へ飛び込む。結果、座っている人質達の膝の上に、頭から突っ込むような形になってしまった。
「あ、あああ、助け……!」
老婆の、妖怪のような呻き声。人質達が皆、悲鳴を上げて、席を立つ。
マイティも態勢を整え、振り向くと――、老婆が全身火だるまとなって、助けを求めていた。チリチリと白髪が、上品な衣類が黒い炭素へ変わっていく。燃える身体は背を丸めるようにうずくまり、やがて……それきり動く様子は見られなかった。それでも尚、焔は老婆を火種として燃え上がる。
あまりに惨い死に方だ。これ以上直視出来ずに、マイティは転送装置へ顔を向ける。と、
「どうやら、獲物を取り逃がしたらしいな」
まず光の中から現れたのは、ハイヒールを履いたスラリと長い右足。優雅な足取りでふわりとはためく、長いスカート。身体のラインを強調した白いドレス。腰まで垂らした、光沢を放つ黒い髪。氷のように冷たい美貌。そして、全身から放つ神々しいオーラ。
まるで神話に登場するような女神が、そこにいた。
予想していなかったこの幻想的な光景に、マイティは動けない。人質達も息を詰まらせる。
そんな中、修道僧達だけが女神へ恭しく跪いた。女神は室内をつまらないものを見るかのように一望した。
「お前がジーン・シュワルベか!」
自らを奮い立たせるように、大声で怒鳴るマイティ。この時になって、周りの修道僧達がどよめいた。何と無礼で野蛮な態度であるか、と。
マイティの問いに女神は何も答えない。彼女は転送装置の側に立てられている燭台へ近付き、まるで眼中には無いと言わんばかりに燭台の火を撫でる。
「答えろ!!」
銃口との距離が一メートル切る。修道僧達がマシンガンをマイティへ再度向けるが、女神への誤射を恐れて、引き金を引かない。
マイティは拳銃を構えたまま、質問を重ねる。
「お前達の本拠地はどこだ? “聖地”とは何だ?」
ようやく女神はマイティに冷たい顔を見せた。
「……騒がしい奴だな」
「なっ」
……抑えろ、ここで感情的になったら負けだ。
マイティは頭に血が昇っていくのを感じながらも、何とか冷静でいようとする。
その様子を見て、女神が蔑むように言う。
「お前は女にも銃を向けるのだな」
「……質問に答えろ。お前はジーン・シュワルベか? YESか、NOか、はっきりしろ」
女神は答えない。これは無言の肯定、という奴か?
撃つべきか否か。仮に本人ならばすぐに撃ち殺せるが、そうでない場合、下手をすると標的への手掛かりを永久に失うことになる。
ところで、この神々しさ……。とても下っ端とは思えない。過激派の幹部か何かだろう。標的本人でないとしても、何か重要な情報を握っているに違いない。
とはいえ、このままでは埒が明かない。マイティは一旦身体の力を抜いてから、拳銃を持つ右手を振り上げて、女神に殴りかかった――!
周囲の修道僧達の悲鳴に近い叫びが、突然止んだ。人質達は目の前の光景に息を呑む。
マイティも呆気に取られる。視界の隅から現れて、自分の腕を掴んでいる白い手袋に――。
「い、いつのまに……」
マイティはゆっくりと目を動かす。
その主は修道僧達のものより立派な白いローブを纏っていた。袖口には、若草のような金の刺繍が施されている。体格からして、男だ。
さらに目を動かすと、その法衣のフードの陰から白い仮面が覗いているのがわかった。仮面は逆三角の小さな覗き穴が二つついているだけの、シンプルなものだ。シンプル過ぎて、却って不気味に見える。
腕を掴まれたまま、マイティの身体は大きく弧を描いて、地面に叩きつけられる。
「ネズミが……。まだ彷徨いていたか」
仮面の中から聞こえてきた、機械的で歪んだ音声。こいつ、ヴォイスチェンジャーを使っている。
「ジーン司祭!」
修道僧の一人が言った。
ジーン司祭? こいつが、こいつが……標的!!
仰向けになったまま、マイティは銃口を司祭へ向ける。すぐに引き金を引く、――のと同時にその銃身を司祭が蹴る。
狙いよりもやや上に向けて、弾丸が発射される。狙いを外された弾丸は司祭のフードを掠めていった。
「甘いな。これならさっきのドブネズミの方がまだマシだったぞ」
「ドブネズミ?」
司祭が脇へ視線を向ける。それを追うと、床の上に黒いベレー帽が落ちているのが見えた。……小隊長のものだ。
「人質達を連れてくる途中で鉢合わせなったからな。そのまま捕えて、転送した」
キールに先に知らされていたとはいえ、実際に見るまで、小隊長が負けたという事実を心のどこかでは信じていなかった。
あれほど実力がありながら、そして、
あれほど頼りにしていたのに……。
「安心しろ。そいつはまだ生きている。彼は異能者だからな。丁重に扱うことを約束しよう」
司祭はマイティの手から拳銃を奪い取ると、胸板を踏みつけた。
無理矢理、肺を圧迫され、咳き込むマイティ。
だが、“俺”はこのまま負けてやるつもりはない!
「キール、こいつを殺せ!」
掠れ声でマイティは叫んだ。司祭は聖職者でありながらも、近接戦闘に長けていることはわかった。なら、遠距離からの狙撃はどうだ。どんなに接近戦が出来るところで、遠距離からの弾丸には敵うまい。
今にその白い仮面を血で深紅に染めてやる! (部下に殺ってもらって)。
確定してもいない勝利の確信に、マイティは笑みを薄く浮かべると、今まで黙っていた女神がキール達の方向を見て、こう言った。
「行け、アント」
「――仰せのままに」
聞き覚えのある天井からの声に、マイティはゾッとする。
踏みつけられたまま首を何とか動かす。キール達の姿が視界の隅に映った瞬間、天井の隅から彼等のすぐ側へ降り立つ黒い人影。
「あいつは……」
全身黒装束、腰に下げた刀、そして、蟻を模したフルフェイスのマスク。
忍者だ!




