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第4話 d

 三人は薄暗い礼拝堂の中へ入る。夜分遅くの冷気のせいで、礼拝堂内は身を刺すような寒さだ。今思えば、ホールもここ同様に寒かったかもしれない。それをあまり気にしなかったのは、あの時は戦闘で気分が高揚していたからだろう。

 誰一人座っていない、全四十席の長椅子。キールが言っていた、人質を監視する修道僧もいなければ、装置とやらも見当たらない。人らしきものといえば、祭壇の木像くらいだ。

「キール、一体これをどう説明するつもりなんだ?」

 マイティはキールへ非難の矛先を向ける。オルカもそれに倣う。

 二人の視線を受けているキールは何も言わない。いや、言えなかった。彼女自身もこの事態を想定していなかったようで、ただ一言、呟きを漏らした。

「こんなはずは……」

「こんなはず?」

 マイティは側にある長椅子に近付いて、乱暴に蹴りつけた。蹴った音が冷たい壁を反響していく。

 部下の二人は驚いてマイティを見た。

「ふざけるなよ。何が、盗視(スニーク)だ。人質? 白い仮面? 女? ……誰もいないじゃないか! 装置なんてものも見当たらない。礼拝堂の様子を盗視するどころか、ありもしない幻を見るなんて、それじゃあ薬でラリった狂人と同じじゃないか!」

 マイティは吐き捨てるように言った。それに対し、キールは何か言いかけたが、口にすることはなかった。

 それをいいことに、マイティは感情に任せて、さらに続ける。

「さすが、かつて仲間に手をかけただけの事はある。ほんと見事な狂人っぷりだな」

 皮肉たっぷりのその言葉に、キールがマイティをキッと睨み付けた。

「……それ、どういう意味?」

「そのまんまの意味さ」

 マイティは小馬鹿にするように肩を竦める。

「資料に書いてあったぞ。お前は所属部隊の隊員を殺した過去がある、とな。かなりの数だったらしいじゃないか」

「あれは……」

「あれは、殺人を楽しむような狂人がやることだ。違うか?」

 前はそんな危険な部下に喧嘩を売るようなことは言えなかったマイティ。だが、ここへ来るまでの疲労と、赤の他人と任務に赴くことによる苛つきが、彼を饒舌にした。

 そのマイティの言葉にキールは押し黙った。そして、一言だけ呟く。

「……あんな連中、死んで当然のクズよ」

 睨み合う二人。

 一方はただ感情を爆発させているだけ。中々上手くいかない現状に不平や不満をぶつけて、支離滅裂な八つ当たりをしているに過ぎない。しかも(たち)の悪いことに、感情をあまり出さない相手を選んでいる。

 もう一方は上司による過去の暴露への憤り。何とか感情を抑えてはいるものの、殺すような目を上司へ向けていた。その様子から、その過去は彼女にとって触れられたくないものだと、わかる。

 二人とも、この一瞬だけは任務のことを頭の片隅に押し退けていた。


「いい加減にしろ、二人とも!」

 二人の間にオルカが割って入る。

「今は任務中だ。しかも人質まで取られている。こんな“下らない”ことで言い争っている時間は無いはずだ!」

 “下らない”――二人にとっては大きな問題を、彼はそう評した。

「だがオルカ、その貴重な時間がこの女の“せい”で消し飛んだんだぞ!」

 マイティはキールに指を突き付ける。が、その手をオルカが払い除ける。

「よせ。副隊長が仲間割れを起こすようなことをしてどうする」

 キールを庇うようにして立つオルカに、マイティは舌打ちをした。

「仲間と言ったって、どうせこの任務の間だけだ。これが終わればめでたく解散、それっきりだ。信頼関係も糞もない。金で繋がっているに過ぎない」

「……なら、せめてその間だけでも“仲間ごっこ”していろ」

 その方が効率的だ、とオルカは付け加えた。

 キールはしばらくマイティを睨んでいたが、「……ええ、その通り、ね」とポツリと言って、彼から視線を反らした。

 そしてマイティは――、

「この状況……」

 脳裏にオルカとキールに初めて会った日の光景が浮かんだ。小隊長主催の食事会で小隊長とキールにより気まずい雰囲気になった時の光景を。あの時、オルカの介入で何事も起きずに上手く収まった。そして副隊長に任命されたばかりの自分は、一人その場から逃げようとしていた。その時、小隊長が自分に向けた目が――、今、目の前にいるオルカの目と重なって見えた。

 これは本来副隊長であるお前がすべきことだ。目の前の部下にさせることじゃない――、そう彼の目が言っている気がする。

「……新入りのくせに」

 どうしてランドルフさんは、オルカじゃなくて俺に副隊長をやらせたんだろうか? こいつの方がリーダーシップあるのに……。

 目の前で眉をひそめるオルカを見て、マイティは足下から落ちていくような錯覚を覚えた。


「一旦、状況を整理するぞ」

 オルカ主導の下、三人は今までの状況をまとめていく。

「まず俺達は教会へ侵入。そしてホールで三人の修道僧に遭遇。マイティが修道僧の一人に怪我を負わせ、キールが残りの二人を射殺。その後、マイティが俺とキールに巡回を命じた。俺が一階、キールが二階だ。それで、しばらくしたら銃声が聞こえてきた」

 オルカがここでマイティに目を向ける。バトンタッチの合図だ。

 マイティが口を開いた。

「それは、俺が瀕死の修道僧を撃ち殺した時のものだ。強情だったから、少々痛め付けてやったら、吐いてくれたよ。奴が言うには、過激派の本拠地は“聖地”と呼ばれるところにあるらしい」

「聖地?」

「ああ。だが、共存派や、元であるかつての教団に、そんなものは存在しない。おそらく過激派の妄言だろう。異能者を“神に選ばれし民族”と恥ずかしげもなくほざくような連中だ。ありもしない聖地とやらを創っていてもおかしくはない。それと、ジーン・シュワルベがここ――、二階の礼拝堂にいると言っていた。人質も一緒だと」

「なるほど。で、キールは?」

 オルカがキールに顔を向ける。

「二階を巡回していた私は盗視(スニーク)を使って敵の様子を覗いていた。礼拝堂とおぼしき場所に修道僧と人質の姿が見えたから、巡回中に見つけたパンフレットの地図で礼拝堂の位置を確認して――」

「俺達を呼んだと言うわけか」

 キールがコクリと頷いた。

 オルカはしばらく考えて、マイティに言った。

「マイティ、お前が聞いた情報って、実は嘘なんじゃないか?」

「なに……?」

 どういうことだ?

「その修道僧は嘘の情報を与えて俺達を混乱させようとした、と考えられないか? 例えば司祭や人質は二階の礼拝堂にはいない、とか」

 そんな馬鹿な、とマイティは否定しようとする。

 いや、待て。何故否定出来る? 修道僧が言った言葉が真実だという根拠は何だ? いたぶった末に訊き出せた情報だから信じられるのか? だが、今となっては真偽の確かめようがない。なぜなら、その修道僧は……。

 マイティの首筋に汗が一滴流れた。

「それとキール。お前が見た過激派の様子なんだが、本当に奴等は礼拝堂にいたのか?」

 この言葉にキールだけでなくマイティも「え?」と口を揃えた。

「俺も巡回中に見つけたんだ。この教会の地図をな」

 コートの中から取り出したのは、イエズス何とかと書かれた白い冊子。オルカは冊子を広げた。そこには教会の見取り図が書かれている。

「ここが今、俺達がいる所だ」

 オルカが“CHAPEL(礼拝堂)”を指差す。

「そして、一階の……、この礼拝堂の真下に」

 指が一階の地図へ動く。指が止まった場所は、一階ホールの真上――、何も書かれていない空白だ。

 ……何か不自然だ。これほど広い礼拝堂の階下に何もないというのは。

 オルカは二人の表情を見て、話を続ける。

「この空白、不自然だろ。一応扉らしきものがあったが溶接されていた。それで、一体何の部屋なのか調べてきたんだ」

「調べた、……ってどこで?」

「ホールのすぐ近くの書斎で」

 オルカがその位置を指し示し、再び空白に指を戻す。

「記録によれば、この辺りは昔、礼拝堂だったらしい。教会の改築時に閉鎖して、礼拝堂としての機能は増築された二階――つまり、ここに移した」

「元・礼拝堂はどうなったの?」

「礼拝堂だった部屋は、今は“大会議室”と名を改めている」

「大会議室?」

「ああ。文字通り聖職者達が話し合う場として設けられたようだ。この国では異端の宗教だからな。そういうのも必要なのだろう。ちなみに、関係者以外立入禁止だ」

「オルカ、大会議室はかつて礼拝堂だった部屋を再利用しているんだよな?」

「そうだ」

「中の造りもあまり礼拝堂(ここ)と違いはないのか?」

「新たに裏口を増設したくらいしか、わからない。ただ、キールがここを盗視(スニーク)していた可能性がある」

 マイティは思わず「なるほど」と呟いた。

 確かに、それならば合点がいく。何故キールが盗視していた場所に何も無いのか。――答えは簡単。彼女が見ていたのは、別の部屋だったからだ。加えて修道僧が言った嘘の情報に惑わされて、俺達はまんまと二階に誘導されたわけか。

 忍者の襲撃、ホールでの戦闘、虚偽の情報による撹乱――、過激派にはかなりの時間をくれてしまった。 一体、奴等は何のために時間を稼いでいる? よく考えろ。何故奴等はわざわざ“溶接”したんだ? 溶接したのは間違いなくホールの三人の修道僧だろう。溶接をすれば確かに時間は稼げる。と同時に中の修道僧や人質達の逃げ場は無くなる。

 いや先程オルカが裏口を増設したと言っていたな。なら、逃げ場はある。だが、それにしても警護の数もたった三人とは、無駄に少ない。大会議室に大勢で立て籠った所で、催眠手榴弾でも投げられたらイチコロだ。また、これまでの事が裏口から脱出するための時間稼ぎだとしても、数が多すぎて、脱出中に近隣の一般人に気付かれる恐れもある。

 ――待てよ。あるじゃないか。誰にも気付かれる事無く脱出するための方法が! さっきの話でキールの異能力が本当だとしたら、奴等が組み立てている装置とやらは、おそらくそれだ。

 それは――

「……転送装置ワープ・デバイスか」

 二人がマイティの顔を見る。

「奴等、転送装置ワープ・デバイスで逃げるつもりだ」

 なら、一刻も早く行かなければならない。これまでの苦労が骨折り損のくたびれ儲けになる前に――!

 マイティは走り出した。


「もしかしたら、小隊長も捕らえられているかもしれない」

 階段を降りる途中でキールがそんなことを言い出した。

「本人を確認出来たのか?」

「ううん、小隊長がいつも被っている黒いベレー帽が床に落ちているのが見えたから」

 キールが左目だけで盗視(スニーク)しながら言った。

 何てこった……。あの、特務零課の実力者と言われた小隊長が……。今回の敵は相当な奴に違いない。

 一階ホールに着くと、血塗れの三体の修道僧の死体が目に入った。それらを尻目で見ながら、そのまま奥にある溶接された扉へ向かう。

「かなり注意しないとな。敵がここまで仕掛けてくるということは、俺達の行動が外部に漏れているとしか考えられない」

 オルカの言う事には一理ある。俺達の前に現れた忍者は、自身の事をこう言っていた。“貴様と同じ、ただの雇われ兵さ”と。奴はただのテロの実行犯として雇われてはいない。でなければ、俺達と戦うことで時間を稼ぐ必要は無いからだ。

 しかも忍者は俺達の事を雇われ兵――特務零課だと気付いていた。あの様子だと、今回の俺達が行動することを前以て知らされていたようだ。

 しかし、それを知った所でどうにかなるものでもない。

「オルカ、仮にそうだとしても俺達は行動しなければいけないんだ。何故なら――」

「特務零課だから?」

 なぜかこの時、マイティはキールに答える気が起きなかった。


「さあ、オルカ。この扉をぶち抜いてやれ」

 溶接された金属製の扉へ、オルカが掌底を打ち込んだ。扉がベコリと大きく凹んで、そのまま接合部から外れる。

 凹んだ扉は摩擦で甲高い音を立てながら、大理石の廊下の上を滑っていった。その先には、やや剥げてはいるものの、二階のとよく似た漆黒の扉が……。

「ビンゴ、みたい。今ので人質達がびっくりしてる。それと、」

「何だ?」

「人数がかなり減ってる。副隊長の言う通り、あれは転送装置ワープ・デバイスのようね。――また、数人が転送された」

 まだ間に合う!

 三人は廊下を走る。

「オルカ、このままあの扉をぶっ飛ばせ!!」

 マイティが叫ぶ。

 扉まであと僅かというところで、オルカが二人よりも先に出る。 オルカは大きく右肘を下げ、そして――

「はあッ!」

 ありったけの力が込められた掌底が、堅牢な扉を粉々に破壊した!!


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