第4話 c
「司祭は、」
痛みで小刻みに震えながらも、修道僧はホールの二階に続く階段を指差す。
「二階のフロアの奥にある、大きな礼拝堂――先程までそこにいらっしゃった。異教徒達も一緒だ」
異教徒とは、おそらくキールが言っていた連中のことだろう。ミサだか何だかでここに集まり過激派に捕らわれた、というわけか。
だが、そんなことより……、ジーン・シュワルベが、この教会内にいるということには正直驚いた。今回の任務は過激派のアジトの所在を突き止めるため、つまりは標的であるジーン・シュワルベの居所を特定するための、いわば足掛かりの一つに過ぎなかったのに。
「まさか、いきなり当たりを引くとはな」
思ったよりも早く終わりそうだ。このまま行けば、あと数時間で任務は完遂。小隊という煩わしい関係からも解放される。
今日は、ついている。
「末端の私が知っているのは、これくらいだ」
「だろうな」
だが、お陰で教会内をしらみ潰しに探す必要は無くなった。こいつの言う通り、まずは礼拝堂から探し出すとするか。まだいる可能性は高いし、いなかったとしても礼拝堂の周辺を探し廻ればいい。さっそく行くとしよう。
マイティは立ち上がるとホールの階段へ向かう。
「もしかして、見逃してくれるのか……?」
後ろから聞こえてきた、弱々しくも希望を含んだ声に、マイティは足を止める。そして――
「忘れてたよ」
銃声が一発、ホール内に鳴り響いた――。
「馬鹿が。生かしておくわけがないだろ」
眉間に穴が空いた修道僧の死体を見ながら、マイティはキールがやっていたみたいに拳銃を回してみる。しかし回転させるのに一苦労で、拳銃はすぐに床に落ちてしまった。
「……こりゃ練習が必要だな」
マイティは拳銃を拾い上げる。手にしているのは、特務零課のような非正規任務を取り扱う部署に配備されている、特殊な拳銃だ。威力を殺さず、かつ携帯性や取り回しも重視しているため、使い勝手はかなり良い。大きさも掌に何とか収まるほどなので、護身用には最適だ。で、この大きさなら難なく出来るはずなんだがな……。
むう、と拳銃に唸るマイティ。
「――よく平然としていられるな。お前も、キールも」
ふと視線を横にずらすと、少し離れた所からオルカがこちらを睨んでいた。銃声を聞いて、駆け付けてきたらしい。黙って巡回していればいいものを……。
「慣れているからな。俺は特務零課では暗殺や偵察、破壊工作とかを扱っているから、こんなことは日常茶飯事さ」
拳銃を片手で弄りながら答える。日常茶飯事というのはかなり大袈裟な言い方だが、その方がオルカも反論しづらいだろう。偵察はともかく、暗殺や破壊工作の依頼は年に一、二回あるかないかだ。
「なら、キールは……」
何故か、とでも聞きたいだろう。彼女はこいつと年も近いし、顔“だけ”は可愛いからな。気になるのも当然か。
「あいつは外人部隊出身だから、俺以上に慣れているだろう。というより、あいつの場合、殺人はライフワークなんじゃないのか? 」
「……なるほどな」
オルカは納得したかのように言う。
新米隊員には、隊員の資料なんてものは渡されない。こいつはキールのことを、ただの年が近い同僚だと今日まで思っていたんだろう。
マイティは続ける。
「俺みたいにビジネスで“仕方無く”殺すんじゃなくて、ただ悦楽のために殺す、みたいな感じだと思う。外人部隊ではかなりの腕利きの兵士だったらしいし、なによりあいつは自分の仲間を――」
「人の陰口を叩いている暇があるなら、早く行動したら?」
突然、ホールに反響する、口調がやや強めの声。見上げると、二階のフロアからキールがこちらを見下ろしていた。……見下しているように見えるのは、きっと気のせいだろう。
「キール、そっちの様子は」
「すぐにこっちへ来て。話はそれから……」
彼女はくるりと踵をかえして、あっという間に視界から消えていった。
……怒っているのか? じゃなければ上司の話を聞かずに要件だけ伝えて去る、なんて事するわけがない。よくよく考えてみれば、さっきのは彼女のプライバシーを少し侵害していたような気も……。
「まあ、いいか」
こんなこと、考えるだけ無駄だ。
それよりも、まずは二階に行かなければいけない。先程殺した修道僧が言っていた礼拝堂はそこにある。ジーン・シュワルベもおそらく……。
すぐにマイティ達は階段へ向かう。あれだけの騒ぎがあったにも関わらず、誰一人ホールに現れる様子はない。過激派にとって、あの三人は捨て駒だったのか。忍者が言っていた言葉の真意は?
その答えは、じきにわかる。
二人は階段へ着くと、そのまま一段飛ばしで一気に二階へと駆け上がった。
二階のフロアは、一階ほどではないがそれなりに広く、奥に大きな扉が一つだけ取り付けられている。他に扉が見当たらないところや修道僧の証言から考えて、おそらくあの奥が礼拝堂なのだろう。
床や壁、天井までもが真っ白だというのに、この扉は黒一色。それだけでこのフロアを緊張した空間に造り上げていた。まるで神へ祈る際、気を引き締めるようにと戒めているようだ。
扉からだいぶ離れた階段の手前で、キールが淡々と状況報告をしてくれた。
「教会の神父様やシスター、それに一般人――たぶんミサに参加した信者達、合わせて三十人弱が幾つかの長椅子に座ってる。そして、その周りで過激派の修道僧達が見張ってるのが見えた。あれは人質として扱われていると見ていいと思う」
……今回の任務がいつもより面倒なことはわかった。過激派が今までも犯罪行為を行うことはあったが、いずれも規模が小さい。人質を取って建物内に立て籠るようなことをしたという話は聞いたことがない。
大掛かりなテロでも起こすつもりか。人質は交渉のエサとして――。
で、幾つか疑問点が……。
「どうやって調べた?」
先にオルカが聞いた。
まずはそれだ。人質がいる礼拝堂の中の様子を一体こいつはどうやって調査したんだ?
「別に、大したことじゃない。巡回中にちょっと覗いただけ」
覗いた?
マイティは礼拝堂へ続く扉へ目を向ける。
遠くから見て、黒い扉は重厚な印象をこちらに与える。当然のことながら、扉はしっかりと閉じてある……。
わけがわからないよ、とマイティは顔で訴える。
「……異能力を使ったの」
「ちから、て異能力のことか?」
マイティとオルカの前で、キールは人差し指で自分の目を指差して――
「盗視」
と、はっきり言った。
「私の目は近くにいる人の視界を盗み見ることが出来る。だから、今、礼拝堂がどんな様子かも、中にいる人の目を通してわかるというわけ」
「ほう」
相手の視界を盗み見ることが出来る――汚れ仕事にはかなり便利な異能力だ。俺なら更衣室前で迷わず使う。
感心しているマイティをキールはジト目で見る。
「というのは、私の資料に書いてあったはずなんだけど、……その様子じゃ読んでいなかったようね」
これには苦笑するしかなかった。まさか「顔写真とスリーサイズにしか目が行きませんでした」とは言えまい……。
「――お前の異能力はわかった。それで、過激派の連中はどんな様子だった? あの騒ぎで警戒を強めていると思うんだが」
「ちょっと待って」
キールは目を瞑る。
「……あまり、変わったことはない。さっきみたいに人質達に銃を向けていて、――あ、誰かに呼ばれたみたい」
ブツブツと呟くキール。負担が大きいのか、彼女の眉間にしわが寄る。少し恐いが、マイティ達は注意深く聞いた。
「……白い仮面を被った人、黒髪の女、……数人で何かを組み立てている。あれは、装置?」
ここで、キールは目を開いた。彼女は圧迫から解放されたかのように、息を吐く。
「大丈夫か?」オルカがキールに言う。
「……ええ、大丈夫」
彼女はやや疲労の色を浮かべながらも、素っ気なく答えた。
……いよいよ、て感じだな。
マイティは目の前にある扉を見る。間近で見ると、やはり迫力が違う。随所に施された細かい装飾も含めて、全て漆黒。漆を塗りたくったような光沢により、際立つ存在感。この扉の向こうが、こことは格が違う世界であるということを明示しているようだ。
マイティは一旦、ここで後ろにいる二人の部下達に振り返った。
「最後の確認だ」
マイティは呟くように言って、まずはオルカの方へ目を向けた。
オルカは右腕を突きだし、袖を手前に引いた。すると、それまで袖に隠れていた鉛色のブレスレットのようなものが現れた。ブレスレットには細長い六角形のプレートが取り付けられている。
「転送」
オルカが“パスワード”を言う。すると、オルカの腕部、両肩、脚部が一瞬光を放ち――――、籠手とプロテクターが装着された!
「音声入力で瞬時に持ち主へ転送される、専用武具か……。結構カッコいいな、それ」
「最新型だからな」
オルカは腕を組んで、鼻を鳴らした。その偉そうな態度、何とかしてくれないだろうか……。
次はキールだ。
キールには先程から盗視してもらっている。
「キール、連中の様子に何か変化はないか?」
キールは瞑っていた目を開く。
「……特に、ない」
これから殲滅されるというのに、のんきな奴等め。お陰でこちらとしては好都合だ。
マイティは深呼吸して、気分を落ち着かせる。
「よし、打合せ通りにいくぞ」
「――その前に副隊長」とキールが言う。
「教会侵入時のような、部下の命をあえて危険にさらすようなことは止めて」
「え、侵入時?」
“侵入時”とは教会の出入口の扉を破壊した時のことだろう。確かあの時、隊長らしく「二人とも俺に続け」みたいなことを命令したなぁ。
「あの時、あなたの指示通りに動いていたら、私はともかく、オルカの命は無かったはずよ」
「……へ?」
「私は盗視であらかじめ敵の配置を知っていたから、あなたの指示通りに動いたら蜂の巣にされるってことがわかっていた。でもオルカは知らない。あの時、私がいなければ、あのまま彼はあなたの後に付いていって……」
あっけなく殺された、と言いたいんだろうな。うーん、……確かに、あの時の俺の指示は間違っていたかもしれない。勢いで言っていたところがある。それは認める。でも――
「じゃあ、何で言ってくれなかった?」
「言ったけど、あなた“だけ”は聞こえていなかったみたい」
言われた記憶なんて、無いんだが……。
まさか自分だけではないだろうと、マイティはオルカの方へちらりと見る。
だが、オルカは黙って頷いた。この状況で言い逃れはもう出来ない。
「……悪かった」
マイティは軽く頭を下げる。そこで、キールが彼に一歩迫った。
「敵の銃弾をかわせるのは、あなた“だけ”……ってこと、よく覚えておいて」
「やっぱ、鍵は掛けてあるか」
マイティは押したり引いたりするが、扉はびくともしない。
まあ、いくらのんきだとしても、鍵ぐらい掛けるのは当然か……。
「仕方無い。……オルカ、頼む」
マイティと入れ替わりに、今度はオルカが扉の前に立つ。
オルカは扉目掛けて、掌底を放つ。
質が違うのか、侵入時のように扉が木っ端微塵に吹き飛ぶようなことはなかった。叩き付けるような轟音とともに、重い扉がバンと勢いよく開いた。
「え……」
礼拝堂の様子を見て、マイティは驚きのあまり絶句した。二人の部下――特にキールも、普段無表情な顔が僅かながらひきつっていた。
礼拝堂内は薄暗かった。隅にある燭台に灯された火と、ステンドグラスから射し込む淡い月光で、辛うじて視界が得られるといった感じだ。祭壇や説教台、隅にあるオルガン、四列に十席ずつ並んだ長椅子などが月明かりで視界にぼんやりと浮かんでいる。
祭壇に飾られている、十字架に磔にされた木像の男が何も言わずにこちらを見ていた……。
「どういうことだ、これは……。キール!!」
礼拝堂はもぬけの殻だった。




