第4話 b
「ふぅん、挟み撃ちか」
コートの下から護身拳銃を取り出すと、ショートカットの少女はガンマンの如く、くるくるとそれを回す。
彼女の顔は無表情のままだが、これから起こす惨事に気分が高揚しているのだろう。さすがは、外人部隊出身の女といったところか。仲間にまで手を出す程の殺人狂だから、とにかく殺したくてウズウズしているに違いない。
一方、貴族出身のオルカの顔にはやはり拒絶の色が浮かんでいた。特務零課での初仕事で、人様の命を奪うことになるとは、考えてもいなかったに違いない。
おい、とマイティを呼んで、オルカはためらいがちにこう訊く。
「……どうしても殺さなくてはいけないのか?」
「嫌か?」
マイティの問いに、オルカは、「当たり前だ」と答えた。
「自分達と敵対する立場の人に危害を加える過激派は、確かに罰するに値する。が、全員が全員そうであるとは限らないし、そうであったとしても殺しては駄目だ。法の下でしっかりと裁くべきだ!」
それまで度々、上司を小馬鹿にしてきたオルカが真剣に言う。
そんな彼をサングラス越しに見ていた、マイティは目をぱちくりさせた。呆れて何も言えないとは、この事か。
「あのなあ、オルカ。小隊長宛の依頼の内容を憶えているか?」
数秒経て、マイティは言う。オルカに対し、もう引け目を感じていなかった。 特務零課の事だけなら、自分の方が上なんだと、先輩なんだと、教えて“あげる”立場なんだと、ようやく心から理解した。
「小隊長の、いや俺達の任務は宗教団体“教団”の過激派リーダー、ジーン・シュワルベ及び関係者達の“抹殺”だ」
「だからなぜ殺す必要があるんだ? どうして裁判にかけないんだ」
「そんな事、知るか! 俺達は依頼通り、連中を殺しゃいいんだよ。……いや、殺さなくちゃいけないんだ!」
「お前の言い方だと、過激派は見つけ次第殺せとしか聞こえない」
「まあ、そうだな。依頼には“及び関係者”とも書いてあるしな」
「それを国家は容認するのか?」
「するわけないだろ」
だから“依頼”なんだ、とマイティは強く言った。
「……ねぇ、いつまで講義するつもり?」
キールがマイティ達の会話を中断させる。
「小隊長が既に潜入しているんだから、私達も早く行動しないと」
キールは教会に目を向けた。口喧嘩していた二人と違い、既に臨戦態勢に入っている。
マイティは、話に夢中になり過ぎたなと反省した。キールの言う通り、早いとこ行動を起こさなければ……!
「オルカ、この続きは後で話してやる。取り合えず今日は、実戦の空気を感じていろ」
マイティがそう言うと、オルカは不服そうな顔を浮かべた。
正面口のゲートは既に解放されていたので、三人はすんなりと敷地内に入れた。
正面口からは教会へ向かって、真っ直ぐと道が延びており、道の左右には十数台入れる駐車場が設置されている。今は左右合わせて七台ほどが駐車。持ち主は神父か信者だろう。
マイティ達は周囲を警戒しつつ、教会の扉へ向かう。
扉を前にして、マイティはゴクリと唾を呑んだ。自分が先程出した指示――正面口から突入、で本当に良いのだろうか。小隊長が裏から仕掛けるなら、相手を混乱させるためにも正面から突破した方がいいと思ったが……本当にそれでいいのか?
マイティはつい、後ろを振り向いた。これでいいかどうかの言質が欲しいためか、ただ単に背中を押してもらいたかっただけなのかは、自分自身でもわからない。無論、そんな心中を二人の部下が知るわけが無いことくらいわかっている。 振り向いた上司に、オルカは苦々しい顔で頷く。彼はマイティの今の行動が「覚悟しろ」みたいな、作戦開始の合図か何かだと思ったらしい。
一方のキールは……目を、瞑っている?
彼女はこめかみに人差し指を当てており、やや表情が強ばっている。
「キール?」
呼び掛けてみるが、返答は無い。彼女の額に汗がうっすらと浮かんでいる。
オルカもキールの異変に気付いて、彼女の左肩を叩こうと、右手を伸ばした。彼の手が彼女の肩に触れようとしたその時――、
「触らないでッ!」
今まで聞いたことの無い、彼女の鋭い声。
それまで瞑っていた目はクワッと見開いて、キールは素早い動きでオルカの手を叩いた!
オルカの手が力なくぶら下がる。
予想もしていなかった反応に、オルカとマイティはしばし呆気に取られる。特に彼女の表情に。――普段、無表情な彼女の顔に、ほんの一瞬だが、表情らしきものが現れていたのだ。それも汚ならしいものを拒絶するかのような、侮蔑の表情……。
「あ……」
叩いた直後、キールはハッと我に返り、自分の手を見て、オルカを見る。この時、彼女の顔は少しばかり戸惑っているようにも見えた。自分が何をしたのか、わかっていないようだ。
「わ、私……」
謝罪の言葉か、それとも……。いずれにせよ、彼女が何らかの言葉を言おうとした時には、もう遅かった。
「誰だッ!」
扉の向こうから聞こえてきた男の声。
まずい、気付かれたか!
「オルカ、今すぐこの扉をぶち抜けッ!!」
マイティが指示を飛ばすとや否や、オルカが扉に掌底を打ち込んだ。
彼の異能力・怪力による、破壊の一撃が美しい木製の扉を木っ端微塵に吹き飛ばす!
「突っ込むぞ。二人は俺に続け!」
「――待って!」
背後からのキールの制止に耳を貸すことなく、マイティは護身拳銃を片手に、扉にぽっかりと空いた風穴に一人飛び込んだ。
風穴の向こうは、教会のエントランスホールだった。二階まで吹き抜けの大広間で、白い大理石で造られていた。そして一階フロアで侵入者を待ち構えていたのは――サブマシンガンを携えた、三人の白装束の修道僧達。一列に並んだ彼らは全員こちらへ銃口を向けている。教団の、過激派の連中だ!
マシンガンの銃口が一斉に火を吹いた。
「超感覚!」
マイティはすぐさま隣にあった、大木のような柱の影に飛び込む。
修道僧達の放った弾丸はマイティが一瞬前まで立っていた場所を虚しく飛んでいき、風穴の向こうへ――。
柱の影から身体を少し出して、マイティは一番端にいる修道僧へ銃口を向ける。
ここで待機していたということは、奴等は過激派にとってあまり重要ではない、つまりは下っ端だ。下っ端の知っている情報などたかが知れている。情報を訊き出す相手は一人いればいい!
マイティは引き金を引いた。
マシンガンの断続的なものとは違う、単発の重く響く銃声。
修道僧の一人がひっくり返った。隣に並んだ二人が驚いた顔で、仰向けに倒れた仲間を見る。
「チッ」
外したか……。
マイティは舌打ちする。
放った弾はどうやら修道僧の急所を逸れ、肩に命中したらしい。純白の修道衣の左肩が、鮮血で真っ赤に染まっている。苦しそうに呻いているが、命に別状は無いだろう。これで一人リタイアだ。
残り二人が撃たれた仲間を守るような陣形を取り、こちらへ再度攻撃してきた。
マイティは再び柱の影に隠れる。
マシンガン二丁による射撃はマイティの隠れた柱に集中する。数百発の弾丸がドリルのように耳障りな音を立てて柱を削っていく。
敵のリロードタイムが来るまで待つとしよう。あれだけ連射していればすぐにでも弾切れを起こす。その時が反撃のチャンスだ。
マイティは柱にもたれ掛かる。左腕にズキリと痛みが走った。忍者に斬られた傷口だ。マイティは傷口に手を当てる。一定のリズムを刻む脈と共に、傷口からじわりと血が滲み出ているのがわかる。幸い、ある程度自然治癒したのか、噴き出す様子は無い。
生きるか死ぬか。その二択だけの、命の駆け引き。死と隣り合わせの緊張感に背筋が震える。マイティは息を、吐いた。
「――悪くない」
敵の銃声が、止んだ。
リロードさせる時間は、与えない……!
マイティは影から飛び出す。修道僧はやはり弾倉を取り替えようとしている。
その時間が、命取りだ。
残る二人の標的にマイティが狙いを定めたその瞬間――
パァンッ、と標的の一人の頭がザクロのように、血飛沫を撒き散らした。
……え?
考える間もなく、もう一人の頭部にも同じようなことが起きた。撃たれた修道僧の身体がビクン、と大きく痙攣して、二人とも、床にドサリと倒れた――。
「これで二人、ね」
……キールか。
マイティは扉の方へ目をやった。
風穴の向こうから二人の部下が来る。オルカを引き連れて、キールはホールへ入ってきた。彼女の担いだ狙撃銃の銃口から、微かに煙が上がっていた。
「おい、死んだふりをしたって無駄だぞ」
マイティは床に転がった修道僧の腹を蹴った。左肩を血で染めた修道僧が身体をくの字に曲げて、苦痛の呻きを漏らした。
ホールに過激派の増援が来る様子は今のところ、無い。あれだけの銃声を上げたにも関わらず……。念のため、オルカとキールにホール内の巡回を命じた。
「単刀直入に聞こう。お前達のアジトはどこだ?」
拳銃を片手に、マイティは修道僧に訊いた。
「……」
「答えろッ!」
何も話そうとしない修道僧に苛立ちを覚えたマイティは、拳銃の銃口を修道僧の傷口にぐりぐりと押し付けた。傷口から血がさらに滲み出る。
痛みで修道僧の目が大きく開いた。身体を小刻みに震わせながら、口をパクパクさせる。
「話す気になったか」
マイティは口元に耳を寄せる。
修道僧は、苦しげに言った。
「……し、知らん」
マイティは銃口をさらに強く押し付ける。修道僧は肩を走る激痛に身体を弓なりに反らせ、今にも泣き出しそうな顔をする。
「本当に知らん、知らんのだ! 私のような末端には正確な場所は知らされていない。ただ、そこが我々の“聖地”であるとしか伝えられていないッ!」
「……“聖地”?」
これは初耳だ。少数派の「過激派」と多数派の「共存派」――今では全く異なる二つの組織となってはいるものの、元は「人間と異能者が互いに歩み寄れる世界を創ろう」という“素晴らしい”理念を掲げていた、一つの宗教団体だ。だが、それに関する、聖地や伝説といった話は未だかつて聞いたことがない。かなり新しい宗教だ。そんなものがあるとも思えないし、共存派も必要としないだろう。
過激派の妄言か……。
マイティは銃口を傷口から離した。修道僧は助けを乞うような目で、マイティを見上げる。
「なら、もう一つ」
今度は銃口を修道僧の額へ。ヒッ、と小さく声を上げる修道僧。彼の顔が一気に青くなる。出血のせいではない。
引き金に指を掛け直して、マイティは訊ねた。
「……ジーン・シュワルベは、どこだ?」




