第4話「司祭、そして拉致」a
忍者の出現は、時間稼ぎだった……。疼く傷口の痛みを我慢しつつ、マイティ達はビルの林の中を走る。
急がなければならない。あれが時間稼ぎというのなら今頃、小隊長達の身に何か起きている、もしくは起きようとしているはずだ。
小隊長達の安否を知りたいが、忍者という得体の知れない刺客が現れた以上、こちらの行動は過激派に知られていると考えた方がよい。通信をジャックされているかもしれない。必要以上に連絡するのは危険だ。
取り合えず合流地点の教会まで全力疾走するしかない。傷口は一時的に塞がったらしく、血が流れ落ちる様子は無い。
「さっさと俺に場所だけを伝えておけばいいものを」
後ろでオルカが言うが、マイティは聞こえないフリをしながら走る。副隊長である以上、部下に指図されるわけにはいかない。それに、今向かっている所では戦闘が予想される。感情的になりやすい部下を一人先行させるのは、リスクが高い。
ちなみに今のオルカは専用武具を外して走っている。どういう原理かは判らないが、マイティの専用武具とは違って、オルカの物は必要なときに自由に呼び出せるらしい。
二人が向かっているのは、大街道から少し離れた異教徒の教会。“異教”とわざわざ言うのは、アークポリス最大の宗教組織“教団”と区別するためだ。一見、差別用語に聞こえるが、アークポリス内の評価は“教団”よりも高い。特に異能力を持たない人間達から……。人種差別から生まれた新宗教“教団”とは違い、こちらは太古の昔から存在する、歴史ある宗教なのだ。その集会場となっているのが今向かっている教会である。築五、六十年は経っているはずだ。
そこが小隊長達との合流地点……。小隊長達は過激派の連中を追跡すると言っていた。ならば、おそらく敵はそこに集結しているのだろう。
「周りに気を配れよ。既に敵のテリトリーの中かもしれないから」
マイティは言うが、オルカは返事をしない。黙って後ろを走っている。
忍者との戦闘中の失言はまずかった……。本人が一番気にしていると知っておきながら、感情に任せて言ってしまった。忍者にオルカを挑発させる材料をみすみす渡してしまったようなものだ。そしてオルカには、間違いなく嫌われただろう。
「……何やってんだ、俺」
副隊長として隊をまとめていかなければいけないのに、早速部下との間に亀裂を作ってしまった。こんな状態で合流して大丈夫なのか? ……大丈夫なわけない。
ふと、小隊長の言葉が頭に浮かぶ。
“いいか、マイティ。任務中はとにかく任務のことだけを考えろ。失敗をいつまでも引きずるな。失敗は任務に活かせ。そして――”
ブルブル、と端末の振動がマイティの思考を中止させる。マイティは走りながら端末を取り出した。
「こちら、マイティ。小隊長か?」
「――いえ、小隊長じゃない」
画面に現れたのは、無表情な少女。
「キールか」
「……そう、私。今どこ?」
「俺とオルカは合流地点の教会へ向かっている所だ。お前はもう合流地点にいるのか?」
「いえ、……私はビジネスホテル“ラヴェル”の屋上にいる」
「ラヴェル?」
マイティは端末から一旦目を離す。視界の隅に「Ravel」と書かれた、黄色く光るネオンサインを掲げたビルが……。
現在地からはそう遠くもないが、合流地点の教会からはかなり離れている。
「キール、何しているんだ! 合流地点は教会だぞ」
「知ってる。だから、これから三人で合流するんじゃない。オルカもあなたと一緒なんでしょ」
これから、合流? 三人で?
「キール、お前、小隊長と一緒じゃないのか?」
「ええ。屋上は私一人だけ。小隊長とはそっちでテロが起きたすぐ後で別れたから。その方が効率的だからって」
「なるほど。それでキール、そこで何をしている?」
「……教会周辺の監視」
「監視? なんで?」
「教会へ向かう、過激派の一味と思われる白装束の連中を私が発見したら小隊長が“自分は彼らを直接追跡するから、お前は教会に増援が来ないかどうか監視しろ”って言ったの。そして副隊長が来るまでここで監視を続け、増援が来たら連絡し、そして撃ち殺すように、と。今のところ増援は来ていないから安心して」
「ちょっと待て。まさか小隊長は――」
「既に教会へ侵入した」
安心なんて出来るか。まずい、かなりまずいぞ。小隊長が危険だ!
「キール、今すぐにホテルを出ろ! そうすれば俺達とタイミングよく合流出来るかもしれない」
「……わかった」
「俺は小隊長に連絡を――」
「やるだけ無駄。教会の中から妨害電波が出ているみたい。教会の敷地内に小隊長が侵入したと同時に、連絡が取れなくなったから」
「妨害電波だと?」
「――罠、かも」
マイティは辺りを見渡す。今のところ、特に怪しい人影は見当たらない。だが教会には小隊長と、過激派がいて、妨害電波が敷かれている。そして忍者の言葉――
「有意義な時間を稼げた」
どうやら自分達の存在は向こうに知られているらしい。そして、過激派はこちらを待ち構えているようにも思える。キールの言う通り、これは罠かもしれない……!
「あ、」
不意にキールが言う。
「どうした、増援が来たのか?」
「いえ、そうじゃなくて……。さっき、噂で聞いたのだけど」
「何を?」
「今日はあの教会でミサが行われたらしいの」
聞き慣れない言葉にマイティは眉を潜める。ミサ? ミサって何だ?
「――教会で行われる儀式のことだ」
後ろからオルカが教えてくれたが、マイティは礼を言わなかった。言ったら負けな気がしたからだ。
「それが、どうかしたか?」
「二、三十人ほどの信者達が参加したらしいんだけど……」
「だけど?」
「……戻ってきていない」
マイティの頭に嫌な予感がよぎる。
「つまりそいつらは――」
「おそらく、人質ね」
しばらくしてマイティとオルカはビジネスホテル“ラヴェル”の前に着く。ホテルのエントランスゲートには既にキールが待っていた。
彼女は連結した鉄パイプのような鉄棒を担いでいる。
「それは?」
「簡易狙撃銃よ。このタイプは持ち運びが便利だから」
なるほど。それを使って、屋上から監視していたわけか。過激派の増援を見つけ次第、撃ち殺すために。
「それがお前の専用武具か?」
「いえ、これは只の即席で造った使い捨ての銃。私の専用武具はまだ開発中だから……」
キールは銃身を三本に分割して、腰に下げた。少しばかり重そうだが、彼女はそれを気にも留めない。慣れているみたいだ。
「行きましょう、副隊長さん」
キールは無表情のまま言った。
ビルの林の中にある、石造りの塀で囲まれた敷地。その中に教会は建っていた。
夜の教会ほど不気味なものはない。
西洋風の建築様式で建立された教会の壁には天使の彫刻が施されており、築数十年も経っているため、その一部が風化している。急な屋根の頂点には教会のシンボルである十字架が立てられている。
目的地に着くや否やマイティ達は、三人各々で塀の陰に隠れて敷地内の様子を伺うことにした。
今回は過激派の一味を捕らえ、本拠地の場所を吐かせる予定だった。しかし教会では過激派の一味が複数名ほど立て籠り、妨害電波を敷いている。小隊長とは音信不通……。異教の信者達が人質に取られている可能性もある。
この任務、簡単には終わってはくれないらしい……。
マイティは敷地の正面口へ向かった。
「間近で見るとかなりでかいな」
マイティは唸る。
ビルの林の合間から射し込む月光を背に、教会はその存在を誇示していた。特に十字架に至っては、こちらを見下ろしているようにも見える。
……さて、これから教会へ突入するわけだが、果たして上手くいくのだろうか……。キールから聞いた話では、過激派達は正面口から入り、小隊長は裏門からこっそりと潜入したそうだ。正直、小隊長が羨ましい。彼は独りで行動できるからだ。だが、俺は違う。俺には二人の、部下がいる。一人の場合に比べ、複数人は問題が多い。任務中に部下が負傷したときはどうすればいいのか、潜入中もしくは戦闘中どのように指揮をしていけばいいのか、考えなくてはいけないことが増える。……もしかして、そうなることがわかっていたからこそ、小隊長は俺に二人を“押し付けた”のか?
数分後、マイティの元にキールとオルカが調査を報告しに来る。
「二人共、どうだった?」
訊ねるマイティにキールは首を横に振る。
「駄目。全ての雨戸が閉じられている。教会内の様子を見るのは不可能よ」
向こうは既に籠城態勢を取っているようだ。
「そうか。で、……オルカの方は?」
失言の罪悪感もあってか、マイティはつい上目遣いがちになってしまった。
対し、オルカは淡々と答える。眼はこちらを射殺すように鋭いままだが……。
「その女……キールの言う通り、妨害電波は教会から発信されていると見て間違いはない。それとさっき小隊長が使ったと聞いた裏門方面を見てきたが、教会の裏口が三つほどあった」
「キール、小隊長が使ったのはその三つの内どれかわかるか?」
マイティはキールに訊ねる。キールは自分達が来るまで狙撃銃を構えながら教会周辺を監視していたのなら、当然知っているはず。
だが、キールは首を振った。
「……ホテルから見えていたのは教会の正面だから、小隊長が三つの内のどの裏口を使ったかまではわからない」
「そうか。しかし、なんたってそんな所で監視を……」
「小隊長にここで監視をしていろ、と命令されたから」
「お前は、だろ。俺が聞きたいのは、小隊長はどういう考えだったのか、て事なんだが」
「“ここは見張らしも良くて、何より自分のお気に入りだから”と小隊長が言っていた」
じゃあ、どうしようもないな。キールに非は無い。
三人でどうやって教会へ侵入するか、とマイティが考えようとした時、オルカが偉そうに口を開いた。
「……で、これからどうするつもりなんだ? 副隊長なんだから作戦プランの一つや二つ、出来上がっているだろう?」
全くどうしてこいつは上司に対して、そんな上から目線で物が言えるのだろうか。
文句を言いたい気持ちを抑えつつ、マイティは教会に目を向けた。
「……俺達の任務は過激派の連中を取り押さえ、奴等の本拠地を訊き出すことだ」
作戦プランの構築も兼ねて、マイティはゆっくりと任務を確認する。
「全ては最終目標である殲滅のためだ。そのためにも俺達は何としても情報を手に入れなければいけない。それさえ訊き出してしまえば、奴等は用済みだ。いずれ殲滅するのだから、この際、殺しておいた方がいい」
だから、とマイティは振り返り、二人の顔を交互に見る。キールは無表情だが、オルカは釈然としないといった感じだ。おそらく“殺し”に対する反発心から来ているのだろう。かといって、そんな事を考慮してやるつもりはない。
作戦は、だいたい決まった。あとは二人にそれを伝えるだけ……。
一度深呼吸をしてから、マイティは言う。
「小隊長が裏口から侵入しているならば、俺達は」
彼は右手で教会をスッと指差す。そして低く呟いた。
「――正面突破だ」




