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第3話 d

「威勢がよかった割には、酷い有り様だな。副隊長と言えど、その程度か」

 聴いているだけでイライラしてくる、どこか威圧的な物言い。

 マイティは後ろを振り向いた。同時に強力な光が目を射してきたので、左腕を目の上にかざした。そこには一基の大型ライトを右肩に担いだ人影が……。ただライトの光が眩しすぎて、顔が見えない。が、誰なのかおおよその見当はつく。

「オルカか?」

 人影はマイティを鼻でフンと笑う。

「俺以外に誰がいる」

 オルカはライトを担いだまま、こちらへ歩いてきた。さすがは異能力“怪力(パワー)”。直径一メートルほどの大型ライトは重さで揺れ動くことなく、まるで肩に固定されているかのように静止している。ライトの基部からはケーブルのようなものが延びていた。

「――通常の数倍ものの明度。そんなものに当てられていたのでは、目が暗闇に慣れることはない。“暗がりからの攻撃”を“闇からの見えない攻撃”と錯覚するのも無理はないな」

 彼はマイティのいる、照らされた光の円には入らず、一歩手前で足を止めた。

 オルカはライトを肩から下ろす。ライトはガチャンと乱暴な音を立てて、彼の足下に落ちた。ライトはまだ忍者を照射している。

 待ちかねた囮の到着に内心ホッとしながらも、マイティはオルカの言葉に疑問を覚える。

「通常の数倍?」

「そうだ。ここに設置されているライトは規定の数倍に設定されている」

「何でそんな事が?」

 マイティの間抜けな質問にオルカは心底呆れた顔をする。

「まだ気付かないのか? これはそこの忍者みたいな奴の罠だ。強い光を当てることで相手の視界を奪い、かつ自分の姿を消しながら攻撃するためのな。お前はそれにまんまと掛かったわけだ!」

 罠? そんなショボい仕掛けが罠? じゃあ、何だ。俺は追っているつもりだったが、実は誘き寄せられていたって事か!?

 オルカは続ける。

「しかしサングラスを掛けたのは正解だったな。それが無ければ、眩しさでろくに回避することも出来なかっただろう」

 ご丁寧に四方から浴びかせているしな、とオルカは未だ顕在している三基のライトに目を向ける。

「わざわざ解説してくれるとはな。随分と頼もしい仲間じゃないか」

 それまで黙って話を聴いていた忍者が言った。

「だが、これしきの事がわかったくらいで天狗になるなよ。貴様等ごとき、この俺一人で充分」

「……そうは思わないな」

 オルカは拳銃――マイティのものと同型の護身拳銃を取り出すと、不敵な笑みを浮かべた。


「俺は“そいつ”とは違う」


 マイティは思わず、傷口を押さえている右手に力を入れてしまう。止まりかけていた血がじわりと染みる。

 オルカは銃口を斜め上に向け、残っている三基の内、二基に引き金を続けざまに引く。

 二度響く銃声。

 そして、銃声と同時に消えるライトの光。ただおかしいことに、ライトが破壊されたような音は聞こえてこない。

 ライトが消えたことによりマイティが立つ光の円が一気に暗くなる。マイティは暗闇に早急に慣れるべく、目を凝らした。

 ライトは、やはり破壊されてはいない。

「なかなかの腕だな。ライト本体を破壊するのではなく、送電ケーブルを狙うとは。実に効率的だ」

 忍者が感心したかのように言った。

「暗闇により慣れておくことで、俺の動きを見ようと言うわけか」

 だが、と忍者は刀を構えた。刀の切っ先は目の前のマイティよりもやや左に、オルカに向けられている。忍者は右手で持っている刀に左手を添え、

「見えたところで何が出来る!」

 ――突進した。

 攻撃の軌道上に立っていたマイティは、とばっちりを避けるべく、斜め後ろに跳んだ。無論、普通の跳躍だ。

「あぐッ」

 それでも傷口に再度走る激痛に頭が一瞬、スパークする。その時、思わず手を離してしまい――

 圧縮された血が忍者へ噴き出された。

 タイミングが上手く合ったと言うべきか。傷口から噴き出た血は、偶然にも蟻のマスク左半分、左肩に付着した。

 忍者はそれを気にも留めずに、オルカへ向かう!

 オルカは、動かない。

 ただ銃口を忍者に向けている。

 忍者がどんどんと間合いを詰めていくが、彼は引き金を引こうともしない。

「オルカ、狙いを定める暇があるなら、とにかく撃て!」

 出血で頭が朦朧とする中、マイティは叫んだ。

 しかし、ここでオルカは上司の考えてもいなかった行動に出る。

 彼は銃口をそれまで狙いを定めていた忍者から外し、そのまま忍者目掛け拳銃を――

「投げた!?」

 オルカの行動にマイティは呆気に取られた。拳銃は回転しながら、真っ直ぐに忍者へ向かう。

 何故だ? 何故、撃たなかった? 引き金を引くこともなく銃を投げるなんて……。まったくの自殺行為だ!

「気でも狂ったか!」

 忍者は勝利を確信したかのように一気に踏み込み、刀を斬り上げた。

 弾き飛ばされる拳銃。

 もう、終わりだ。くるくると宙を飛んでいく拳銃を見ながら、マイティは思った。これで、いや銃を投げた時点でオルカは丸腰だ。いかに異能力があると言えど、所詮は生身の人間。刀には敵わない。

「……悪いが、すぐには殺さない」

 忍者はオルカのもう目の前だ。武器の無いオルカは既に左腕で防御体制をとっている。

 忍者がオルカへ刀を振り下ろした。振り下ろされた刃は、オルカの左腕へ――

 やられた……!

 飛び散る火花。

 辺りに響き渡る金属音。

 ……金属音?

 マイティは目の前の事態に目を見張る。

 オルカの左腕は、斬られていない。どういうことだ? 忍者は刀を振り下ろしたはず。いかに特殊な防弾繊維で出来ているとは言え、あの斬撃ならばコートは完全に断ち切られてしまってもおかしくはない。が、現実は違った。

「下層階級風情が、」

 オルカは左腕で刀を払う。そして、

「――舐めるなッ!」

 それまで構えていた右手で強烈なストレートを忍者の腹に食らわせた!

 声を上げる暇さえ与えられずに、忍者の身体が吹っ飛ぶ。そして、エレベーターへ続く小さな建物の壁へ……。忍者の本体だけでなく四肢さえもがまるで張り付くように、壁に叩き付けられた。壁に亀裂が走る。

 めり込む忍者の身体。忍者は断末魔の声さえ上げなかった。

「フン、悪くない」

 オルカは壁にめり込んだ忍者を、次に右腕を見て、言った。

 その右腕では数秒前までは無かったはずの、籠手(ガントレット)が金属の鈍い光沢を放っていた。

 右腕だけでなく左腕にも、籠手(ガントレット)が。そして両肩、両足にはプロテクターがいつの間にか装着されている。

「もしかして“あれ”が、あいつの相棒――“専用武具(アームズ)”か?!」

 マイティは疼く傷口を押さえる。

 専用武具(アームズ)――それは特務零課に所属する隊員が持つ、自分の戦闘スタイル、扱う任務の種類、そして異能力に合わせた、個人専用の特殊武器の総称だ。これらは決められた型を持たず、隊員一人一人において、見た目や性能、、質量、用途まで含め、全てが異なる。

 オルカの“あれ”も彼の戦闘スタイル、もしくは異能力に合わせたものだろう。鋼の(ナックル)には拳骨に合わせて、丸い突起が五つ付いている。あんなもので殴られたら、ひとたまりもない……。超接近戦向きの専用武具(アームズ)だ。

 オルカの元へ駆け寄るマイティ。

「大丈夫か?」

「……人の心配をするより、自分の心配をしたらどうだ?」

 マイティの横をオルカは通り過ぎる。

「情報を訊き出すぞ」

 そう言って、オルカは忍者がめり込んだ壁へ向かう。マイティもその背を追い掛ける。

 出来る部下の背を追い掛ける上司って、何かイマイチだな。

 そんなことを考えていると、ふと靴が何かに当たった気がした。

「何だ?」

 マイティは足下を見る。

 そこには、忍者の刀が転がっていた。オルカに殴られた際、持ち主の手から離れたに違いない。先程、靴に当たったのは、刀の柄だろう、きっと。

 マイティは刀を拾い上げる。……思ったよりも、重い。刀の重さが手のひらを伝って、ズシリと感じられる。ライトの光に反射し、刃が銀に美しく煌めいた。その刃には、赤黒い血糊が少しこびりついている。

 紛れもなく、自分の血だ……。

「……おっと、こんなことをしている場合ではない」

 今は忍者の素性、背後関係を訊き出さねばならないというのに……。モタモタしていたら、全ての情報が部下に持っていかれる。刀なんかに構っている場合ではないのだ。

 マイティは刀を投げ捨てた。ガシャンと淋しい音が辺りに響く。


「――そんな乱暴に扱っては困るな」


 すぐ側から聞こえてきた、マスク越しのくぐもった声……。

 マイティはハッと顔を上げる。

 誰もいない……。

「空耳、か」

 だよな。あの怪力(パワー)のストレートを食らって無事で済むわけがない。むしろ生きている方が不思議だ。しかしオルカの「情報を訊き出すぞ」の発言から、殺さない程度には手加減されたに違いない。どの道、動けるような身体では無いはずだ。

 まあ、いい。取り合えずオルカの所へ行かなければ――。

 マイティが歩こうとした時だった。

「気を付けろ、奴はお前のすぐ側だ!」

 オルカが血相を変え、こちらへ走ってくるのが見える。

 俺のすぐ側に、誰が?

 すぐ後ろで、刀を拾い上げる音がマイティの耳に入る。

 まずい……!

(オーバー)――」

「遅いッ!」

 振り返った瞬間にマイティが見たのは、黒い具足。

 直後、マイティの身体は固いコンクリート上へ蹴り飛ばされる。衝撃でサングラスが外れ、二、三度マイティの身体は転がる。その途中で鼻っ柱を思いきりコンクリートにぶつけた!

 トンカチで叩かれたような激痛が鼻を襲う。

「だから自分の心配をしろ、と……」

 鼻を押さえながら顔を上げると、オルカがこちらを見下ろすのが見えた。その表情は呆れと言うより、侮蔑。

 瞬間、マイティは自分の頭に血が昇っていくのがわかった。一体こいつは何様だ? さっきから自分の方が出来るからって調子に乗りやがって……!!

 マイティは立ち上がって、言った。

「黙れよ、この没落貴族ッ!」

 あっ……。

 しまったと思った時にはもう遅い。オルカは何も反論してはこない。冷たい目でマイティを一瞥して……、彼の背後に目を移す。

 その視線の先には、刀を手に持つ忍者が。

「……もういいだろう」

 パチン、と忍者は刀を鞘に納めた。

「まさかすり変わっていたとはな……。あれが“変わり身の術”と言う奴か?」

 オルカが憎々しげに言う。

「そういうものだと捉えてくれて構わない。どうだ、人形を殴った感想は?」

 人形だって!?

 マイティはひび割れた壁に目を向ける。しかし辺りが暗いため、あまりはっきりとは見えない。黒い人影がめり込んでいるのがわかる程度だ。

「お前ごときに一杯食わされたかと思うと吐き気がする……!」

 オルカが拳を強く握りしめる。忍者は鼻で笑う。

「やれやれ……。やけにプライドの高い奴だな。そこの男の言う通りだ。上流貴族からは程遠い立ち振舞い。スマートさが足りない。冷静に対処しきれず、感情を表に出してしまう。まるで没落していった、成り上がりの輩みたいだ!」

 忍者は喩えのつもりで言ったのだろうが、偶然にも、オルカの境遇にいくつか合致している。だから余計にオルカは逆上していく……。

 マイティは舌打ちをする。

 このままでは相手のペースに呑まれる! それはオルカだってわかっているはずだ。問題は、オルカがどれだけ冷静でいられるか、どれだけプライドに拘らないか、だ。

「いい加減に……!」

 言うや否や、オルカは忍者に飛び掛かる。駆け出す衝撃でコンクリートの破片が辺りに飛び散る。

「オルカ、よせ!」

 と、言ってみたがもう遅いだろう。オルカは怒りで我を忘れている!

 忍者との距離は、あと僅か。

 オルカは右拳を振り上げ、忍者のマスク目掛け――!

 突如、忍者のバイザーの口部から、黒煙が弾けるように噴き出した。黒煙は急速にオルカの周辺、いや、忍者自身をも覆い隠していく。

 マイティから見て、二人とも黒煙にあっという間に呑み込まれていった。

「く、煙幕か!?」

 煙はどんどん広がっていき、ついにはマイティまでも呑み込む。

 マイティは拳銃を構えつつ、周囲に注意を払う。

 すぐ側からオルカの声が聞こえてくる。冷静さを欠いた彼は、がむしゃらに拳を振り回しているに違いない。近付くだけ危険だ。出来るだけ距離を置いておこう。

 突然、高笑いが聞こえてきた。忍者だ。

「随分と有意義な時間を稼げた。礼を言おう!」

 忍者に言われて初めてマイティは気付く。どうして敵は暗闇や煙幕を用いたにもかかわらず自分達をさっさと殺さなかったのか……。

「全ては、時間稼ぎだった……!?」

 それも何のための時間稼ぎだ? 何のためにわざわざビルの屋上に誘き寄せたのか。何のためにリムジンを破壊したのか。


 何のために、戦力を分断させたのか……?!


「……小隊長達が危ない!」

 小隊長達が現在追っているのは、過激派の一味と思われる連中。過激派の名の通り、武装している可能性は高く、何より向こうにも異能者がいる恐れがある……。

 二人だけでは、危険だ!!

 とはいえ、今の状況ではどうすることも出来ない……!

 結局、マイティは煙が晴れるまで待つことにした。下手に動いたところで、体力を無駄に消耗してしまうだけだ。

 小隊長は特務零課でもかなりの実力者、キールは少女とはいえ外人部隊出身の猛者。あの二人ならもしかしたら、と期待したいところだが、向こうの戦力がはっきりするまで楽観はできない……。

 どうか俺達が合流するまで無事でいてくれ!




 数分後、煙は晴れたが、忍者の姿はもうなかった……。


次話


第4話「司祭、そして拉致」

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