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第3話 c

「いたぞ……」

 マイティはゆっくりと立ち上がる。煙で再び見えなくなった屋上を凝視しながら。

「――確保だ!」

 そう叫んだ時には、既に走り出していた。オルカも彼の言葉で何が起きたのかを瞬時に理解し、副隊長の後を追う。

 マイティ達はビルの正面玄関、ではなく裏通りへ急いだ。向かう先は外付けされた、螺旋状の非常階段。本当はエレベーターを使いたいところだが、あいにく今の時間帯ではビルの建物内に入ることが出来ない。だが、階段はエレベーターより時間を食うだけでなく、体力も消耗する。エレベーターと違い、メリットは何一つ無い。

 しかし階段を使用する以外に道は――

「――いや、もっといい方法がある」

 ここでマイティはふと、ある方法を思い付いた――体力と時間を削らない効率的な方法を。場合によってはエレベーターよりも早く到着できるかもしれない。

 屋上まで続く非常階段を前にして、マイティは手招きでオルカを呼んだ。

「どうした、早く登らないのか?」

「オルカ」

 危険すぎる行為だが、これに賭けてみよう。マイティはオルカに言った。

「ちょっと屋上まで俺を放り投げてくれ」

「は?」

 とんでもなく無茶苦茶でイカれた要求である。当然のことながら、オルカは顔をしかめた。

「……ふざけているのか、お前は」

「ふざけてなんかいない。これが屋上へ辿り着く、最も効率的な方法だ!」

 同時に、最も危険な方法でもある。上手く軌道が屋上まで達すればいいのだが、下手をすると屋上に引っ掛かることなく、そのまま落下してしまう。

 それ故、オルカはそんなリスクの高い方法を取りたくはない。確かに彼の異能力を持ってすれば、屋上ほどの“高さ”までは上司を飛ばすことくらいは容易い。だが、軌道を屋上まで届かせるとなると話は別だ。もし失敗したら――。いくら尊敬するに値しない、むしろ軽蔑する上司とは言えども、死んでもらってはそれはそれで後味が悪い。

 そんなオルカの懸念を他所に、マイティは偉そうに彼に人差し指を突き付けた。

「オルカ、副隊長として命ずる。お前の異能力を使って、俺を屋上目掛け放り投げろ」

 こんな所でぐずぐずしていは、相手に逃げられる。マイティは副隊長としての権力を振りかざすことにしたのだ。

 さすがに命令ならば、どんなにプライドが高くとも無視するわけにはいきまい。

 マイティの思い通り、初めこそは躊躇っていたものの、オルカは観念したかのように「わかった」と低く呟いた。

「よし、さっさと飛ばしてくれ」

 そう言って、マイティは屋上をキッと睨み付ける。間もなくして、自分の両足のふくらはぎを掴まれる感覚がやってくる。顔を上に向けているので、オルカがどんな体勢でいるのかわからない。わかる必要もない。今は一刻も早く屋上へ向かう。それだけだ。

「投げるぞ」

 そう言ってオルカが自身の両腕に力を加えた瞬間、マイティは空へ放り投げられた。


 一階、二階、三階、四、五、六、七、八、九、十、……そして屋上へ。

 上昇速度が空気抵抗と重力で完全に相殺された時、マイティの身体は屋上より数メートル高い空中にいた。

 そこから見下ろすと、屋上にはフェンスらしきものが見当たらない。屋上はヘリポートとして機能するらしく、中央に大きな白い(サークル)が描かれており、角に設置された四基の大型ライトが円を明るく照らしている。

 マイティは屋上の端っこに何とか降り立った。テロの騒ぎが下から小さく聞こえてくる。パトカーのサイレン音も一緒だ。どうやら“本物”の治安隊が到着したらしい。

 マイティは辺りを見渡すが、ライトが強すぎて円以外、目に入ってこない。円の外は闇だ。

 取り合えず、さっき人影がいたところまで移動することにする。その位置は、円を挟んだ向こう側の(へり)

 マイティはコートの下から護身用の自動拳銃を取り出すと、足を踏み出す。この際サングラスを外すか迷ったが、ライトが眩しいため、掛けたままにした。

 一歩、二歩と前進し、光に照らされた円の中心まで歩いた時、何かが足元の地面に突き刺る。

 カーン、と冷たい音が辺りに響き渡った。

 突き刺さったそれは、手裏剣だった。

「いるな……」

 この円の外の闇の中に、手裏剣を扱う誰かが。

 マイティは目を閉じ、感覚を研ぎ澄ます。

 今のは警告だ。次は確実に自分を狙ってくる。


 そして、背後から空を斬る音が聞こえた。


超感覚(オーバー・センス)

 異能力を発動するや否や、マイティは瞬時にサイドステップ。同時に、振り返りながら拳銃を構える。

 闇の中から一枚の手裏剣が“ゆっくり”と飛んでいくのが見える。この軌道のゴールは先程までいた自分の後頭部付近。そしてそこから逆算すると、軌道のスタート地点は――

 バン、バン、とマイティは闇に向かって弾丸を撃ち込む。空の薬莢が二発、足元に転がる。

「やったか」

 しかし向こうからは呻き声や倒れた音といったものが何も聞こえてこない。しんと静まり返っている。命中したかさえ、わからない。

 何とも言えない不気味さと背中合わせに、マイティは拳銃を構えたまま、周囲に銃口を向けていく。

 オルカが来るまでに何とかしなくては。プライドが高いだけの実戦経験ゼロの部下など、この状況ではただの足手纏いだ。

 今度は前方から手裏剣の音が。マイティは超感覚(オーバー・センス)で左方向に跳んで、これを避ける。こちらは身軽さを潰すためか、脚部を狙う軌道だった。

 右から、左から、時には上からと手裏剣の攻撃が続く。マイティは異能力を使用して、これらをかわした。

「そう簡単に当たってたまるか」

 そう口で言ってはいても、額には汗が浮かんでいる。連続使用は負担が掛かる。それでも虚勢で余裕そうに笑みを浮かべるマイティ。だが、ここで相手からの反応が来た。


「――ならば、直接斬るとしよう」


 左。すぐ側から聞こえてきた、男のくぐもった声にマイティはビクリとする。

 地を蹴る音、そして抜刀で生ずる金属音にマイティは思わず、左腕で防御体勢を取ってしまった。

 闇から刃だけが現れる。刃はライトの光を反射し、銀色に煌めく。ニッポンの刀のような美しい刃だ。防御体勢で構えている左腕に、刃はそのまま振り下ろされた。

 ざくり――。

 肉を切り裂かれる感覚。瞬間、左腕全体に走る激痛にマイティは悲鳴を上げる。

 だが、彼はそれで終わらない。悲鳴を上げながらも、目は見えない敵を捉え、右手に握られた拳銃は敵の本体があると思われる空間へ銃口を向けていた。

「この、忍者野郎がッ!」

 拳銃が火を吹いた。

 それと同時に刃も腕から離れ、闇に消えた。離れた直後、切り傷からパッと血飛沫が飛び散る。

 歯を食い縛って、マイティは拳銃を左手に持ち替え、空いた右手で傷口を押さえる。腕を斬り落とされる事態は辛うじて免れたが、この分だと骨まで届いたかもしれない。

 その時、闇の向こうから笑い声が聞こえてきた。

「今の斬撃を防ぐとはな。そのコート、何やら特殊な防弾繊維で作られていると見た。しかし――」

 ポタリ、ポタリと血の滴る音。傷口を押さえている右手袋の指と指の間からは血が滲み出ている。コートの下に着ているウェットスーツのお陰で出血をある程度押さえてはいるが、傷口は深い。

「その様子だと、さすがに我が刀の斬れ味には敵わなかったようだな」

 声が聞こえてくる方向からして、敵は目の前にいる。だが、目の前は闇だ。

「お前、一体何者だ?」マイティが言った。

「何者、か。貴様と同じ、ただの雇われ兵さ」

 マイティは拳銃で目の前の空間を撃つ。だが――

「そんな闇雲に撃ったところで、この俺には当たらん」

 実際当たっていないのだろう。向こうはそう言ってマイティを嘲笑う。同時に一枚の手裏剣がマイティの頬を掠めた。頬に一筋の紅い線が流れる。

 相手の姿を見極めるため、マイティは目を凝らす。しかしどんなに目を凝らしても、闇と同化しているからか相手の姿は一向に見えてこない。しかもライトの強烈な光がマイティ自身を照らしているため、マイティは相手が見えないが、相手にはマイティがハッキリと見えている。

 自らの形勢が不利だと悟って、マイティは舌打ちをした。

「選択を誤ったな……」

 こんなことに時間を食われるくらいなら、小隊長との合流の件を優先すればよかった。そんな考えが浮かばなかった事自体、不思議だ。せめてオルカだけでも合流させるべきだった。

「……オルカ?」

 そう言えば、あいつはどうしたんだ? そろそろ着いていてもおかしくないのに。足手纏いとはいえオルカが来れば、相手の注意があいつに移って、何らかの突破口を見出だせるかもしれないのに……。

 要は部下を囮に使おうという、上司としてあるまじき考えである。ただ囮が来ない以上、実行に移すことは出来ない。つまり彼が来るまでは、この状態が続くということだ。

 新たに手裏剣が心臓目掛けて飛んできた。マイティは異能力でかわす。が、その直後に傷口から血が吹き出した。

「そろそろ何とかしないと、ホントにやばい」

 ボタボタと流れ落ちる血を横目で見つつ、マイティは呟いた。下には既に血溜まりが出来上がっていた。今、異能力を使えば傷口が悪化するのは間違いないだろう。かといって全く使わなければ、敵に狙い撃ちにされる。

 どうすりゃいいんだ!

 頭をかきむしりたいところだが、生憎両手が塞がっているので、それは出来ない。

 こんな時、“相棒”があれば……。しかし、こういう時に限って自室に置いてきている。仮にあったとしても、見えない敵とどの程度戦えるかはわからない。だが、無いよりはマシだ。

“任務はいつ何が起きるかわからない”

 そう小隊長に言われ続けたにもかかわらず、今回のこの有り様。拳銃程度で充分だろうと甘く考えていた自分が馬鹿だった。

「そろそろ頃合いか」

 闇の中からカチャリと、敵が刀を構える音が聞こえてきた。

 おそらく次の一撃で決めるつもりなのだろう。何とかしたいが、(オルカ)が来るまで何も出来そうにない。それどころか、

 ――気がだんだんと遠くなっていた。脚もふらついてきている。たぶん貧血だ。

 これではまともに戦えない。

「打つ手無し、か」

 自嘲めいた笑みを浮かべて、マイティは呟いた。


 ちょうどその時、屋上を照らす四基のライトの内、一基が突然マイティの目の前を照射した。

「何ッ!?」

 敵は驚愕の声を上げ、突然の光から目を保護するため、左腕で顔を覆う。

 同時にその姿を白日の下に晒した。


 その男は、全身黒装束の、まさに忍者だった。


 ビニール地のような光沢を放つ黒い具足。右手には一本の鋭利な刀。左腰に下げているのは、刀をしまう鞘。ここまでは、ほぼイメージ通りだ。だが、イメージと違う点が一つだけ。

「……なるほど、どうやら仲間が来たようだな」

 光に目が慣れてきたのか、忍者は光を遮っていた左腕を払う。

 腕を払って現れたのは、黒い頭巾ではなく、頭部全体を覆う漆黒のマスク。

 両頬から突き出た二本の牙。額部からは触角のようなものが二本、まっすぐに生えている。そして特に目を引いたのは、頭部前面に浮き出た、歪んだY字の白いバイザー。バイザーはよく見る半透明なものではなく、昆虫の複眼のように小さなレンズが密集した不透明なものだ。

 そう、このマスク、まるで蟻だ。

 蟻を彷彿させるようなマスクをこの忍者は装備している。


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