第3話「蟻とテロ」a
アークポリスに存在する宗教組織、“教団”。その元祖は「異能者と人間が互いに歩み寄れる世界を創ろう」というスローガンを掲げた理想主義者達の集まりだ。
この団体、初めはただの理想団体として相手にされなかった。しかし幾度も講演会を開いた甲斐あってか、日に日に団員は増えていき、遂には優秀な政治家を多数輩出し、政界や財界の大物達まで取り込んでいった。特務零課を使ったという噂もあるくらい、その成長は目を見張るものだった。
ただ、急激な成長の過程で教団は二つに分かれていった。一方は多数派の「共存派」。こちらは今でも結成当初の理念を掲げており、人間と異能者の共存の架け橋として日々活動している。活動といっても、演説やボランティアくらいだが。
もう一方の少数派は「選民派」、または「過激派」と呼ばれている。その名が示す通り、彼らは異能者の存在を“神に選ばれた新人類”として狂信的に崇めている。過激派と言われる所以は、異能者への差別感情を推進させるような政策を打ち出す政治家に対する、悪質な妨害行動から来ている。講演会への乱入や選挙活動の妨害、ひどい場合は政治家の殺害に至る。この結果、異能力を持たない人間はますます異能者への怖れや劣等感、嫌悪感を強くしていくこととなった。
故に過激派を嫌う者は大勢いる。人間はもちろん、共存派さえも、だ。
アークポリスの首都機能を備えたエリア――中央地区。その隣に位置するエリア――ブロックA。中央地区に最も近いエリアの一つで、「オフィス街」に指定されている。中央地区のすぐ側にあるため、他のエリアと違って“役柄”を変更することはそうそう無い。それだけこのエリアには高い社会的重要性と長い伝統がある、ということでもある。ここはアークポリスの第三次産業の中心地とも言われ、多くの高層ビルが林立、また疲れた社会人を癒すための娯楽施設やホテルといったものも設置されている。 中央地区へ向かって真っ直ぐ伸びた“大街道”に沿って建ち並ぶビル群。その根元では、今日も社会人達がせかせかと蠢いている。
「そして今日、ここら一帯で過激派(奴等)がテロをやらかすのか」
ビルとビルの合間の狭い路地にて、マイティは大街道の様子を窺っていた。安物サングラスを掛けて、陰から辺りを見渡すその姿は、まさに不審者……。
今回、R小隊のメンバーは二人一組に分かれて任務を遂行していた。テロが行われるという情報が入ってきたので、過激派に属するテロリストの確保、及び“尋問”が今回の任務だ。この任務は最終目標の殲滅任務への足掛かりでもある。敵の本拠地を知らなければ殲滅もへったくりもない。
夕陽が沈まんとしている、今の時刻は午後六時。ちょうど仕事帰りで賑わう時間帯だ。渋滞を防ぐための四車線もある広い車道では、多くの車が走っている。そして歩道はと言うと、時計を確認しながら早歩きするサラリーマンに、端末の画面とにらめっこしているサラリーマン、楽しそうに通話しながら歩くサラリーマン等々、どこもかしこもサラリーマン。かと思いきや、たまにスラリとしたOL達が歩いていることもある。そんな彼女達をマイティはしげしげと眺めては、「顔はいいんだが、体型がなぁ……」や「結構いい感じじゃ――、……何だ、彼氏持ちか」等と物色していた。
「さっきから何をぶつぶつ言っているんだ?」
背後からの声にビクリとするマイティ。振り返るとオルカが壁に寄りかかりながら腕組みをしていた。
「俺達の仕事は大街道の視察。怪しい人物がいれば直ちに確保し情報を吐かせる、だったよな?」
「そ、そうだ。急にどうした?」
まさかノウハウを教えてくれとでも言うのだろうか? 有り得るな。オルカ(こいつ)はかつては超ボンボンの御曹司だった奴だ。いきなり視察等という汚れ仕事をやれと言われても正直無理がある。
上司として教えてやらねばな、とマイティが思ったその時、オルカが蔑むような目をこちらに向けてきた。 「どうしてスリーサイズやら顔が好みじゃないやら、任務に関係のない事を口にしているんだ?」
そこを聞いてくるのか、お前は……。なるほど、腐っても貴族。真面目ないい子ちゃんに育てられたわけか。
「オルカよ。この手の任務で、そんなに糞真面目になっては駄目だ。もっとリラックスしろ」
「リラックス?」
怪訝そうに言うオルカ。
「そうだ。過度な緊張感は任務に支障をきたす。常に平常心でいろ」
ようやく副隊長らしいことが言えたことに、マイティは何故だかホッとした。隊舎では情けない醜態を晒してしまったが、これで少しは見直してもらえるのではないか、と思ったりした。
だが、そんなマイティにオルカはこう言い放った。
「俺は、常に冷静だ。いつだって平常心でいられる。女性を見る度に鼻の下伸ばすような奴とは違うんだ」
なんと可愛いげの無い奴……。オルカのこの言葉を聞いて、マイティは自身が既に理想の副隊長像から程遠い所にいることを悟った。
信頼を得るというのは、そう簡単なものではないな。
「そりゃ、結構。引き続き任務に従事してくれ」
マイティは半ば投げやりに言った後、再び大街道を見る。サラリーマン達が忙しそうに歩いていく様を呆然と見つめながら、マイティはふと思った。独りの方がマシだな、と。
夕陽が完全に沈んでも、大街道を歩く社会人達の数は一向に減らない。マイティ達は転々と場所を変え、大街道を見張ってはいるが、何も起こる様子はない。このまま何も起こらなかったらどうしようか……。欠伸を噛み殺しつつ、マイティは薄汚れたビルの壁に寄り掛かっていた。
なんとかしないと本当に寝てしまう。ここは退屈しのぎにオルカに些細な質問でもしてみよう。集中力を取り戻せるのなら、馬鹿にされたって構うものか。
「なあ、オルカ」
「何だ?」
目だけを見下すように向けるオルカに、マイティは意を決して訊いてみることにした。資料を見て、少し気にかかっていたことを。
「お前、髪染めたのか?」 途端オルカの表情が険しくなった、かに見えた。
マイティは続ける。
「俺の記憶だと確かお前って、髪は薄いブロンドだったよな」
だが、今のオルカの髪は紺色である。
「何か思うところでもあったのか? 特務零課に来る前に」
オルカは黙ったまま、足元に目を向ける。答えてくれそうな様子は無さそうだ。
参ったなあ。疑問が解決するどころか、退屈しのぎにすらなりゃしない。
「答えたくなきゃ答えなくていい。ちょっと気になっていたのでな。話せる気になったら教えてくれ」
マイティは大街道へ目を向けると、先程とさして変わらない光景が目に入ってくる。この蟻の行列のような光景はこの先もきっと変わらないのだろう。建物の明かりが強いのか、大街道が眩しく見えてきた。
――二時間が経過した。
前よりは人が減ったようだが、大街道は相変わらず賑やかで、特に変わった様子は見受けられない。
賑やかな大街道とは対称的に、二人がいる路地は薄暗く、そして静かだ。大街道では頻繁に人が、路地では時折蟻が歩いている。稀にネズミが足下を走っていくこともあった。
「暇だな」
「……」
本当にテロ行為が起きるのか、段々疑わしくなってきた。そもそも「テロが行われる」という情報は一体何処から来たのか? そしてその情報は信用するに足るものなのか?
そんな事を考えていると、不意にコートのポケットがブルブルと震えた。中の端末に通信が来たに違いない。
マイティは端末をポケットから急いで引っ張り出す。ほぼ同時に、オルカも端末をスッと取り出す。どうやら一斉通信らしい。
「二人とも、ちゃんと仕事やっているか?」
画面に現れた上司は朗らかに言った。どうやらあちらはそんなに退屈してはいないらしい。早速、マイティはランドルフに訊いてみる。
「小隊長、テロの起こる気配が全く無いんだが、本当に起きるのか?」
「私の手に入れた情報によれば、起こるはずなんだが……」
「その情報は本当に信用できるのか? ガセだったりしないのか?」
「さあ、どうだか」
マイティの問いにランドルフは肩を竦めた。
仮にも隊長とあろうものがこんなことでいいのだろうか? 開いた口が塞がらないとは、まさにこの事だ。
「そんな事で大丈夫なのか?」
「だが、他に情報は無いんだ。なら信じるしかないだろう」
それも、そうだな。
「一応、今回は日付が変わるまで張り込む予定だ」
マイティは腕時計を見る。今、時計の短針は八を指そうとしている。
「日付が変わるまでって事は、あと四時間ほどか」
「そうだ。長いからって気を抜くなよ。特にマイティ、退屈だからってガールウォッチングする事が無いように」
じゃあそういう事で、とランドルフから一方的に通信を切られた。
あと四時間もこんな事をしなければならないかと思うと、だんだん気分が滅入ってきた。呆然と大街道の人の流れを眺めているだけならまだしも、今回は部下という面倒なオマケまで……。
再度、マイティは時刻を確認する。時計の長針は通信前と比べて、大して動いていない。あの通信はほんの数分程度のものだったという事を示していた。
「四時間、か」
秒針が音もなくゆったりと回っている。
あと四時間。
あと四時間だ。
あと四時間、耐えればいい。
あと四時間耐えれば、俺はこの苦行から取り合えず解放されるんだ。
マイティは腕時計から目を離す。彼にとって、こんなに楽で退屈で、そして“窮屈”な任務は、特務零課に入って以来初めての事だった。
もっとも、あと四時間、“何も起こらなければ”の話だが……。




