第2話 e
三人がテーブルに戻って来てみると、自分達が料理を買ってくるのを待っていたはずのランドルフが、何時購入したかわからない拉麺を前に腕組みをしていた。この様子からして随分と待っていたようだ。
「三人とも遅かったじゃないか。危うく拉麺が温くなってしまうところだったぞ。何やら、販売機の辺りでやたらと苦労していたようだが――」
ニヤニヤと笑いながら向けてくる視線に、マイティは罰が悪そうに目を背ける。いつものように自己正当化したいところだが、今回はそうもいかない。もし「俺は悪くない。悪いのは販売機だ」などと言ってしまえば、後ろの二人に軽蔑されるのは明白である。目を背ける他無かった。
「あの、小隊長」
キールが少し不思議そうに拉麺を見る。
「いつ、それを買いに行ったのですか? 販売機で買ったにしては、少し早すぎる気がするのですが……」
「さあ? いつだろうな」
ランドルフは肩をすくめる。
「異能力でも使ったのですか?」
「かもな」
上司のあからさまにからかっている様子に、キールは少しムッとする。それを見て、マイティは「これはまずい」と感じた。
ランドルフさん、頼むからそいつをあまり挑発しないでくれ。下手したら、皆殺しにされるぞ!
内心ヒヤヒヤしながら、マイティは二人を交互に見る。キールはランドルフを納得がいかないような目で睨み付け、ランドルフはやり取りを面白がっているような表情を浮かべている。一人は外人部隊で仲間を皆殺しにした少女、もう一人は特務零課でかなりの実力者と噂されている小隊長。そして二人は異能者。もし戦闘になれば、二人とも無傷で済む筈がなく、こちらも巻き添えを食らいかねない。
……しょうがない。ここは高みの見物とでも行きますか。
保身の為、マイティは二人から上半身が少しずつ遠ざかっていき、右足が一歩後ろに下がる。こうして二、三歩下がった時、オルカの鋭利な声がマイティの耳に届いた。
「――おい」
まるで金縛りにあったかのように、マイティの動きが止まる。この時、彼は自らの保身の為に逃げようとした事を後悔した。
副隊長に任命されて早々、部下にみっともないところ――自己中心的なところを見られた。今、オルカは自分のことをどう思ったのだろうか? 頼れない上司か、もしくは部下を平気で見捨てる上司か、その両方か。いやいやいや、これはあくまで危険を察知したから距離を取ったまでであって、決して保身の為で逃げようとしたのではなく――
「下らない事をしていないで、いい加減早く食べないか? ステーキが不味くなる」
それだけ言うと、オルカはさっさと席についた。
……どうやら先程のあれは自分ではなく、小隊長ら二人に言ったようだった。 オルカの言葉が一理あると思ったのか、それとも早く食べたいからか、キールは諦めて椅子に座る。ランドルフは感心したかのように頷き、そしてマイティの方へ顔を向ける。その顔は先程と違い真剣なもので、「本来なら、副隊長であるお前がやるべきだったんだ」と言っていた。
確かにその通り、だな。
苦い唾を飲んでから、マイティも椅子に座り込んだ。椅子はいつもより固かった。
少し遅れて始まった昼食会は四人の親睦を深めるものになる、ことは無かった。ランドルフを除き、三人ともただ黙々と昼食を食べていた。薄暗い食堂に黙々と昼食を食べる三人。はっきり言って、暗い。あまりにも黙々とした雰囲気だったので、小隊長としてランドルフはこれを払拭すべく、常に話題を振っていた。自分の失敗談や最近の時事問題についての意見等々。そこまでつまらない内容では無かったが、三人とも目の前の食事を片付けることに集中していたため、誰も聞いてはくれなかった。
「……皆、聞いてくれ」
皆の食事が終わった頃、ランドルフが頃合いを見計らって、話を切り出す。いつになく真剣な表情だ。
「今回、我々は小隊を結成することになったが、そもそも小隊を結成することとなったきっかけは、とある依頼によるものだ。依頼主の名は……、いや、今はまだお前達には話せない」
話せない、という事は依頼主はそこいらの役人のような小物ではないのだろう。政界や財界に顔が利く、かなりの大物という事か。
ランドルフが全員の顔を見渡す。
「知っての通り、特務零課には政府からの任務もあれば、個人への依頼もある。今回は私個人への依頼だ」
個人依頼、という言葉にキールとオルカが眉を潜める。ま、当然か。彼らは今日ここへ来たばかりだ。
仕方無いな。ここは副隊長として用語解説を――
「……お金で買える、都合のいい使い捨ての駒」
「要は汚れ役に選ばれたということか」
……するまでも無かったようだ。
「二人とも、勉強してきたようだな。そう、我々は今回汚れ役だ。それも、規模が大きめのな」
規模が大きめ? それはもしかして、この前ランドルフさんが言っていた――
「殲滅任務、の事か?」
マイティはランドルフに確認を取ろうとするも、オルカが先に反応した。
「……殲滅、だと?」
“殲滅”という単語が衝撃的だったのか、オルカは動揺を隠しきれない。顔が次第に青ざめていく。
無理もないか。今までは大企業の御曹司という、こんな役職とは縁がない立場にいたのだからな。
マイティ自身、殲滅任務にはほとんど参加した事が無い。が、特務零課にいる以上、いずれは従事することもあるだろうと日頃から考えてはいた。こんな感じに特務零課にいると“殲滅”という言葉はそこそこに身近なものとなる。むしろ、ここではオルカのような反応を示すこと自体が異常なのだ。現に先程からキールがオルカの顔を不思議そうに見ていた。
「オルカ、そう驚くな。殲滅といっても何も罪の無い一般市民を虐殺するわけではない」
ランドルフは立ちあがると、部下達を見下ろして言い放つ。
「今回、我々――“R小隊”の任務はアークポリスの宗教団体“教団”の過激派の指導者、ジーン・シュワルベ、及び関係者達の抹殺だ。かなり危険度の高い任務だが、その分報酬は弾む。皆、気を引き締めていくぞ!」
なるほど、相手はあの教団、それも過激派の連中か。やはり依頼主はかなりの地位にある人物。それに比例して報酬もかなりの額となるはずだ!
マイティもここで立ち上がった。
「了解だ、小隊長!」
全ては金のため、自分のためだ。
ふと辺りを見渡すと、食堂には自分達以外誰もいなかった。ここに来て、かなりの時間が経っていたのだ。
キールが自分達を見上げている事にマイティは気付いた。やはり、とても外人部隊出身とは思えない。こんな少女が戦場で敵を殺し、仲間を殺したと言うのか。
彼女と目が合う。にもかかわらず、彼女は何の反応も示さない。彼女の目は人形のように暗い。まるであの男の目とそっくりだ。あの、スラム街で見た、底無しの虚無と。
――見透かされている。具体的に何を見透かされているのかはわからない。でも、見透かされている。そんな感じだ。キールの視線が次第に不愉快に思えてきた。
マイティはとりあえず目を背ける。一時的にだが、これでキールの目を見なくて済む。同時に、今度はオルカの姿が目に入った。彼は空になった食器をじっと見ている。先程、販売機で自分を嘲笑した時とは違って、彼の顔は少しばかり途方にくれているように見える。
「……やっていけるのか、俺は」
彼がそう呟いた、ような気がした。
「ところで小隊長。R小隊の“R”って何だ?」
「決まっているだろ。ランドルフ(RANDOLPH)の“R”さ」
次話
第3話「蟻とテロ」




