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第2話 d

「遅いじゃないか、マイティ。今まで何処へ行っていた」

それはこっちの台詞だ!

本棟のロビーで腹ペコのマイティを待っていたのは、三日間行方がわからなかったランドルフ、と若い男女が二名。一人は暗褐色のコートを着たショートカットの少女、もう一人は紺色のコートを纏った威圧的な態度の青年。

 キールにオルカ。本日付で小隊に配属された、異能者達だ。なるほど、資料通りの美男美女である。

「キール、オルカ、彼が我が小隊の副隊長――マイティだ」

 ランドルフが揚々とマイティを二人に紹介した。

 どうやら俺が来る前にランドルフさんは自己紹介を済ませたらしい。ならば、俺がやるべき事は――

 マイティはまず相手に警戒感を持たせないように、サングラスを内ポケットにしまう。そして胸を張って、二人の前に出た。

「副隊長のマイティだ。どうも、よろしく」

 その場のノリで二人にマイティは手を差し伸べる。 だが、二人は握手どころか、“よろしくお願いします”の返事さえしない。

 キールはマイティの手を冷めた視線で見下ろしており、オルカに至っては腕組みをしたまま顔をこちらに向けようともしない。

こいつら、上司への礼儀と言うものを知らないのか。

彼らにあまり良くない印象を抱いたマイティは、用済みになった手を引っ込めた。その時、ぐう、とくぐもったような音がマイティの腹から鳴り響く。

 やってしまった……。

 あまりのタイミングの良さに、いや、悪さにマイティの身体が硬直する。

“カッコ悪い”。そんな言葉がマイティの頭に浮かんだ。羞恥心が無いと自称する彼と言えども、カッコ悪いことには我慢ならない。これでは折角買ったサングラスが台無しではないか。

 どうして、ここで腹が鳴るんだ? きっと馬鹿にされる……。

 だが、幸か不幸かマイティを笑う者はこの場にいなかった。キールは相変わらず冷めた視線を向けているだけ。オルカは少しだけこちらを見て、また顔を背けた。そんな仲間達にマイティは苦笑する気にすらなれない。苦笑できるような間柄でもない。誰も笑う気は無い。……唯一人、失笑を堪えているランドルフを除いて。

「ふむ、そろそろ昼飯時だな」

よし、と言ってランドルフは手をパンパンと叩く。

「諸君。今までにどんな経緯があるにしろ、小隊を組んだ以上我々はこれから長い期間生死を共にする、“かも”しれない仲間だ。小隊を組まねばならない任務は危険なものが多い。任務を生きて完遂するためには仲間内でのチームワークを強固にしておく必要がある。だが、初対面の相手と仲良くしろといきなり言われても、正直無理があるだろう」

 そこで、と一旦区切る。

「どうだろう? 互いの親睦を深め合うためにも、今から皆で昼食を食べようと思うのだが――」

 当然、来るよな?

 異論は認めないとでも言うように、ランドルフは最後に付け足す。

 ランドルフの突然の提案に三人共、唖然としたわけではない。キールとオルカの二名は已然として冷めた表情を変えることはなかった。反対する理由が無いからだ。

 対して、マイティだけがこの提案に唖然とした。理由は、一人で昼食を摂る方が気楽だからである。一人ならばマナーに気を遣うどころか考える必要もない。

「あの、ランドルフさ――」

「マイティ、現時刻から私のことは“小隊長”と呼べ」

 あーすっかり隊長気取りだな。

「……小隊長」

 慣れない呼び名をマイティは口にする。

「何だ?」

「昼食のことなんだが――」

「もちろん全員参加だ。これは“命令”だ」

早速、小隊長という地位を振りかざしてきたランドルフに、マイティはもう何も言えなかった。


ランドルフ率いる小隊メンバーは食堂に着いた頃、そこにはほとんど人がいなかった。食堂はおよそ二十五メートルの競泳プールと同等の面積を有し、多くの六人テーブルやカウンター席がゆとりを持って配置されている。しかし百席以上あるにも関わらず、着席している人数は僅か八人。ある者は端末の画面を睨みながら、ある者はヘッドホンで音楽を聴きながら、ある者はただ黙々と昼食を摂っていた。

四人は適当なテーブルに着くと、ランドルフは財布から千テラン紙幣を二枚取り出し、新入隊員二名に配る。

「今日は私の奢りだ。これで好きなものを頼むといい」

渡された紙幣を一方は興味深そうに、もう一方はつまらなそうに見つめた。そして、二人が手にしている紙幣を物欲しげに眺めるマイティ……。

「……あの、小隊長? 彼の分は」

一早くマイティの視線を察知したキールがランドルフに訊ねる。ランドルフはマイティの視線にようやく気付き、呆れた。

「マイティ、仮にも副隊長なのだから、自分の食事代ぐらい自分で払え」

何てこった……。自腹か。

 マイティは財布を開ける。中にはしわくちゃになった六枚の紙幣。それを見て、マイティはバーでの騒動を思い出す。

そういえば、あのバーはどうなったのだろうか? だが、ランドルフはマイティに考える間を与えなかった。

「マイティ、この二人を販売機まで案内してやってくれ」

 何で俺が……、と思いながらマイティは疑問を頭の片隅に追いやり、席を立つ。

「あー、キールにオルカ、だったかな? 俺が利用法を教えてやるから、付いてこい」

 仮にも副隊長なんだから、俺だって彼らに命令をしてもいい、はずだ。

マイティは席に着いている二人に手招きをする。キールとオルカが立ち上がるのを確認すると、マイティは販売機へさっさと向かう。

 販売機とは、内部に搭載された転送装置を用いて、別の場所で作られた料理を瞬時に呼び出す便利な機械のことだ。最近導入されたばかりの機械で、特務零課ではそれなりに好評である。

 テーブルから販売機までそう離れてはいない。販売機は食堂の中央にサークル状に設置されている。カウンターの前に着くとマイティは二人に向き直る。

 まずはこういった場面で副隊長らしいところを見せなきゃな。マイティは気を引き締める。

「二人共、これから俺がこの機械の使い方を実演してみせる。はっきり言って使い方はすごく簡単だ。猿でも出来る」

よく見ておけ、とマイティは販売機のモニターに軽く触れた。するとオムライスやニッポン風定食といった品名がモニター上にズラリと表示される。

「次に、自分の食いたいものを選ぶ」

マイティが“オムライス”の品名をタッチする。タッチするや否や、“三百テラン”と料金が表示された。

「最後は金を入れるだけ」

 マイティは紙幣を財布から取り出し、モニター下部に設置された支払い口に挿し込む。挿し込むのだが――

「あれ? おかしいな」

もう一度、と紙幣を再度差し込むが、またも押し戻されてしまう。何度差し込んでも結果は変わらない。 何故だ? どうして今日に限って上手く作動しない。いい加減、背後からの視線が痛くなってきた。早く済まさねば。

 待てよ。もしや故障しているのでは? なら、納得だ。いや、納得している場合ではない。もし故障なら、早く隣の販売機で――

「おい、猿でも出来るんじゃなかったのか?」

呆れと嘲笑を含んだオルカの冷やかしにマイティは冷や汗を流す。頼りになる副隊長を演じようとしたが、これでは逆ではないか。

こんなはずでは……。

「ちょっと貸して」

相手の返事を聞くこと無く、キールはマイティの手から紙幣を引ったくる。突然のことにマイティは驚きを隠せない。

「あ、俺の貴重な千テランを――」

「黙って」

キールがほんの一瞬だけマイティを一睨みする。その鋭い眼光にマイティは怯んだ。相手はただの小娘だと言うのに。いや、“ただの”ではない。“仲間殺しの”小娘だ。

マイティが見ている前で、キールはクシャクシャの紙幣を几帳面に折り畳んでいく。三、四回ほど折ると、皺を伸ばすようにして再び紙幣(それ)を開いていく。最後に折り目を伸ばし、それなりに真っ直ぐとした紙幣が出来上がった。

「これで大丈夫、だと思う」

無表情のまま、キールは紙幣をマイティに手渡す。

「……どうも」

何とも情けない返事をし、マイティは受け取った紙幣を早速販売機に挿し込む。すると先程までの苦闘が嘘だったかのように、紙幣はスルリと機械に吸い込まれていった。どうやら故障していたわけではなく、単に紙幣がクシャクシャだったために機械が読み取れなかっただけのようだ。

 “毎度ありがとうございます”の文字がモニター上に浮かび上がると同時に、下部の取り出し口の空間がぐにゃりと曲がる。その瞬間、チン、とベルの軽快な音と共に取り出し口から湯気が昇った。マイティは取り出し口から、オムライスが盛られた、金属の容器を取り出した。

「ほら、簡単だろ……」

副隊長らしさを演じる気力はもはや無い。彼らが自分を副隊長どころか、同じ隊の仲間として対等に見ているのかどうかも疑わしい。もう内心では、俺を見下しているのではないか?

 あまり人付き合いが苦手なだけに、マイティはつまらないことを心配していた。挙げ句の果てには皿に盛られた黄色いオムライスを見て、「まるでケチャップかけた檸檬(レモン)みたい」などと馬鹿なことを考えて、現実から逃避しようとした。

すっかり覇気を無くしたマイティが檸檬を見ている間、キールとオルカは早速“上司”が教えてくれた通りに販売機を作動させる。モニターに表示された料理名を選んで、お金を入れるだけ。なるほど、確かに簡単だ。猿でも出来るかどうかは置いといて。

 ベルが二回鳴り、料理が二人の前に現れた。取り出し口に現れた、赤いミートソースがたっぷりとかけられたスパゲッティに、キールは思わず目を奪われる。

「美味しそう……」

 少し前まで外人部隊として各国の紛争地帯を渡り歩いてきたので、ここに来るまでに彼女は現地の生物や非常食くらいしか食べていない。スパゲッティのようなものを食べる機会にあまり恵まれなかったため、感動もひとしおなのだろう。

 久々に見るスパゲッティに感激するキールのすぐ隣の販売機には、肉汁ほとばしるステーキがジリジリと音をたてている。香ばしい匂いにキール同様の反応を示すかと思いきや、オルカは違った。彼はステーキを見ると、がっかりしたかのようにチッ、と舌打ちをする。

「……何だ、冷凍食品か」

 ステーキを見下ろしながら、彼はそう呟いた。


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