The single blow of the scorpion chips meat
所々に街灯が立ち、中央に大きな池のある大広場。
そこで神父とメアーユの2人は、一番明るく光る街灯の横である人物の帰りを待っていた。
待っていた、と言うと2人とも歓喜極まりなく首を長くしている様に聞こえるが、神父に至っては嫌々であり、メアーユはその人物のことすら知らない。
神父は、その場で腕を組みながら小刻みに貧乏ゆすりをする。
話しかけなくても一目で分かる程神父は苛立っている。
そんな者とこの場に2人っきりというのはメアーユはとても心苦しい。
だから、ネロを呼んだ訳なのだがまともに2人は話せる様な空気じゃないと悟る。
「神父なんだか機嫌が悪いようです」
「そ、そうねー。この場はこっそり立ち去るってのが一番だと思うんだけどー」
「そんなことしたら……」
聞こえない様互いの手で壁を作りながら小さな声で話す。
そして、メアーユが舌を出しながら手で首を切るマネをした。
「リアルでそうなりそうだねー」
それだけでなくもしこの場でポイ捨て程度な事でもしている人が居たら、即刻『ゴミ掃除』だ。
だから尚更離れる事は出来ない。
「ギッシシシシシシシ!!隙だらけ隙だらけ」
不快な笑い声が背後で聞こえた。
「おおっと、動いちゃァ駄目だぜェ。首が頭とキレブッパしちまうからなぁ」
この者の言う通り、3人の首元には、湾曲した刃がピッタリと添え付いていた。
さらに湾曲した刃は、鍵爪の様になっており前はおろか右に左に動いても首は切れ、ましてや後ろに下がれば一気に鍵爪が襲ってくるだろう。
「今回は俺様ちゃんの勝ちだな。し、ん、ぷ」
「勝ち、か……お前は本当に馬鹿だな。馬鹿だ馬鹿だ。本当に馬鹿だ」
「あ?馬鹿馬鹿うっせえぞ。俺様ちゃんに一本取られたのがそんなに気に食わないってのかよ」
「良い事を教えてやろう。勝利の舌なめずりは、相手が死んだのを確認してからだ」
直後、神父は首を切れるのを躊躇わず身体を半回転させる。
そして、勢いに乗った身体で思いっきり背後にあった街頭を蹴った。
「うおォおおおお!!?」
街灯は激しく揺れ、上に乗っていた誰かを地面に落とした。
「いってェ……これは卑怯だろ!」
「ひ、きょ、う?お前の言っている卑怯ってのは、人を欺いてする事だ。私のは奇襲」
「っざけんな」と拗ねながら地面に落ちた眼鏡をもう一度しっかりかける。
蠍の尾を彷彿させる様な丸、丸と区切って髪を止めており、肩や胸のあたりを露出させるタンクトップの下には、様々なタトゥーが見え隠れしている。
「アラグラン・ビウスリブナ。任務はちゃんと終えたのか」
「あったりまえよぉー。俺様チャンにかかれば、アンデットドラゴンなんて瞬殺よ瞬殺」
そのモンスターの名前を聞いた瞬間、カンパネーロとメアーユは目を点にした。
「ア、アンデットドラゴン……ですかッッ!?な、何でまたあんな恐ろしい奴を討伐になんか行ってたんです?!」
「おー、聞いてくれるか?俺様チャンの武勇伝を。あれは強い風の吹いていた頃だっ――――」
「この国の近くにアンデットドラゴンが現れたという報告を受けたから行かせていただけだ」
「――――――――おい、神父。俺様チャンの輝きしき武勇伝の邪魔をすんのかよ」
「黙れ、尾ひれ羽ひれ付けられると説明が面倒くさくなるだろうが」
ここでアンデットドラゴンとはどういう生物か説明しておこう。
モンスターの強さをランクで表すと、前回大量出現したグールは、たったのランク1。
そして、アンデットドラゴンの元となるドラゴンのランクは6。
アンデットドラゴンは、ドラゴンの死体が生き返ったモノで一度死んだ肉体はとても硬く重い。よってランクは9。
それを彼は一人で討伐したのだ。
「神父神父神父よぉ。俺様チャンの栄光を邪魔する事だけは許さねえぜ?」
どうやらアラグランは、武勇伝を語れるチャンスを奪われたのが余程気に食わないようだ。
「まさかァ?俺がただただ討伐してただけだと思ってんのかよ、糞神父」
うらァ!!とありきたりな掛け声と共にアラグランは、神父に拳を振るった。
だが、拳は軽々と受け止められる。
漫画やアニメのお決まり定番なら此処で「なにッ!?」と吐くのだろう。
アラグランは違った。
大きく口元を吊りあげ笑う。
何が可笑しいんだ、と言い終える前に神父の拳を受け止めていた手に異変が起きた。
ボンッと小さな音を立てながら拳を受け止めている部分だけ見えない何かに貫かれ、押し出され、掌から抜けていた。
ポッカリと掌に穴が空いた。
ビチャリと街灯に離れた肉が張り付く。
「神父、お前まじウゼエ!」
ようやく放された手で神父の腹部に思いっきり上から突き上げた。
2mを超える巨体の神父の身体が前のめりになり、少し浮いた。
先程とは違うもっと大きく鈍い音が殴られた所からする。
「いくぜいくぜいくぜええええ!!俺様チャンの最強コンボ!!」
鈍い音の止まないラッシュが始まった。
次第に鈍い音は鋭くなっていく。
空気を切る音と腹に突き刺さる音だ。
普通殴ればこんな音はしない。
「フィイイイイイイイイイイイイイイニッシュ!!」
最早身体は水平になりかけていた神父の顔を思いっきり左側へと殴り飛ばす。
「す、すごいです……神父がボッコボコに」
「な?すっげえだろ?俺様チャン。俺様チャンの魔法はさ、この身体のタトゥーを刃元にして刃を出す事が出来るんだよね。しかも聞いて驚けこの野郎!刃の形は自由自在!さっきの鍵爪状にも出来るしィ?槍の様な円錐型にも出来ちゃうんだぜ」
アラグランの両手には、確かに槍の様な形の円錐形が2つ出来ていた。
これで先程の奇妙な斬撃音の正体が分かった。
「へっへェー!これで神父の負け確定だ――――――ナッッ?!」
勝ち誇っていたアラグランの姿が、2人の目の前から消えた。
代わりに現れたのは血だらけの神父。
そして、遠くの方で何かが壁にぶつかる破壊音。
「……クカァーーー。かなり強くなっている。それは認めよう。何せ久しぶりに包帯を無理矢理引き剥がされたからな」
地面に口に含んでいた血を吐き捨てる神父の顔は確かに包帯が外れ、血みどろの素顔を曝け出していた。
「こいつはお前の武勇伝に加えておくといい」
「そいつァ、光栄だァ」
右手の刃を槍から3つの爪の様な形をした刃に変えたアラグランが拳を振るう。
だが、アラグランは空中に居る為か体勢を変える事は出来ない。
その為、神父に懐へ飛びこまれた。
「ゼエエエエエエエエエエエエエエエエエイイイッッ!!」
左肩を押し出しタックルをする鉄山靠と呼ばれるこの技で神父は、アラグランの口から何も出なくなるほどの力で押し通す。
だが、ただ飛ばされるのも何だと思ったアラグランは、飛ばされながらも右手を下へと振る。
すると、空を切りながら3つの飛ぶ斬撃が神父の左肩から下を斬り落とした。
鮮血が飛び散る。
「……………痛いな。痛いじゃないか。とォ………っても痛いぞ、アラグラン」
肉が軋む音が地面から落ちた左腕から聞こえる。
左腕の切り口から細い管が何本も伸びた。
まるで1つの生き物のように神父の左肩にその管はひっつくと、一気に左腕を持ち上げまた左肩の所にくっつけた。
「本当お前グロイキモイウザイ。見ろよ、2人ともドン引きだぜ。まァ?俺様チャンはァ、慣れてるから引かないけど。感謝しろよな。大体よ、報酬も少ないんだよ、もっとくれよな。俺様チャンがわざわざ!!行ってやったんだからよぉ。イヴちゃんももうちょい俺様チャンに敬意を込めて報酬を跳ねあげるべきなんだよ。うん、まったくその通り」
神父の頭の中で何かが切れた。
「今……何と言った。アラグラン。まさか王を軽蔑するようなことは言っていないよなぁ」
踏んではいけない地雷をあると分かっているのに踏んでいる様なものだ。
アラグランがようやく自分の言った言葉の内容に焦りだす。
「い、いや、なに冗談の1つだぜ?もうちょっとお金欲しかったなぁ。って愚痴なだけだからよ」
「愚痴。愚痴というのは心の不満なのだろう?その不満がいつか王に牙剥く。今此処でその芽を取っておくか」
「お前は何だ?さしずめ神話の蠍のつもりか。命令通り動けば動く。だが、結局向けるのは猛毒のみ。その主すら殺しかねない猛毒しか持たない。祀りあげられようと生を奪うだけ――――――舐めるなよ、アラグラン。お前が蠍なら私は蜘蛛だ。お前の足元に糸を吐き、この国を巣とし、獲物をかかるのをただ待つ蜘蛛だ。一度踏み込めば逃れられんぞ」
「だ、だから悪かったって……」
「次は……無いぞ」
「わ、分かったよ」
溜息を吐きながら神父は替えの包帯を取り出し、また頭を巻き始めた。
そこへアラグランがよろよろと歩きながら神父に一つ吐く。
「それで……もうちょい報酬上げてくんない?」
この後、また暴れ出した神父を止めるのに必死だったのは言うまでもない。