IV
鼻腔をくすぐる甘い香りで、僕は目を覚ました。
柔らかな感触を背中に受けながら、ゆっくり瞼を上げる。
「おはよ、和也」
すると聞こえてきたのは、美泉の優しい声色。
寝ぼけ眼には眩しい澄んだ蒼空の中、それでも僕は美泉の姿を見つけることができた。
今僕の目の前で、美泉は柔らかに微笑んでいる。
それは昨日のことなんてなかったとばかりの、そんないつもどおりの美泉の姿だった。
僕は胸が再び締め付けられるのを嫌というほど感じた。
どうしようもないことかもしれないのに、すごい悲しみを感じた。
それでも僕は、できる限りの笑顔を美泉に向けてやる。
心配なんて拭いきれないけど、僕が落ち込んでいたら話にならないだろ。
だから一生懸命に笑った。
今もてる限りの笑顔を、美泉のために浮かべた。
「ん。おはよう、美泉」
その時だった。
起き上がるためについた掌に、ふわりとした何かを感じる。
しっとりとしたような、僅かな感触。
「……え…………?」
一層強くなった香りに包まれるのを感じながら、僕はすぅっと起き上がった。
――――と。
そこには荒れ果てた大地を覆いつくす、限りない花畑が続いていた。
呆然とした僕は、しばらく何も言うことができなかった。
ただ、限りなく続いている花畑に目を奪われてしまって。
幻のような美しい光景に、圧倒されてしまって……。
美泉が僕の隣に腰を下ろす。
彼女からはこの花畑と同じ、甘い香りが微かに漂ってきた。
すると細い美泉の肩が、僕の肩と触れ合う。
控えめに僕に寄りかかった美泉が初々しくて、僕はちょっと緊張した。
「花、綺麗だね」
やさしい風に花は撫でられ、その身を揺らした。そよそよと通りすぎる風で、甘い香りは一面に広がる。
ぎこちない僕の言葉も、そんな甘さに包まれてしまうかのようだった。
「ありがと」
くすっと笑う美泉の声は、どこまでも澄み切っていた。
荒れた地には光と花束を与えてください。
誰もが求める平和のために、美しい花束を届けてください。
暖かな陽光を受けながら、
僕はゆっくり、目を閉じた――――




