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II

 こんなことになるとは考えていなかった僕は、小さい時からずっと、将来は何か人の役に立つことができればそれでいいと思っていた。

 本格的に僕の夢が形として成り立ったのは、中学に入ってから。職場体験で保育所に行った時だったっけ……。

 あ。保育士って、こんなに遣り甲斐のある仕事なんだなって思ったのがきっかけで、僕は保育士になりたいと強く願った。

 今から勉強すれば間に合うかなとか、どんなことをすればなれるのかなとか。大きな希望に胸を躍らせて、友達に似合わないと言われて僕は力説しちゃって……。

 でもきっとなれるからって友達は最後にはいつも、言ってくれたんだ。

 僕は単純だから「当たり前だろ!」って満面の笑みを浮かべながら胸を張っていたんだよな。

 そう。僕たちの日々はいつも夢と希望で彩られていた。誰かを支えて支えられて。笑って怒って恥ずかしがって、時に泣いて……。

 毎日が幸せの塊だったんだ。

 でも、今は共に支えあった仲間はいない。共に語って馬鹿にして、力になっていた仲間はいない。

 誰もいないんだ。

 誰もいなくなって、僕の夢は終わりを告げた。

 だって僕の夢は誰かがいない限り、実現することができないものだったから。

 夢も希望も、友達も家族も親戚も、住んでいた場所から何から、全てを僕は失った。……違う。失わされたんだ、戦争に。

 あんなことがなければ、あんなことがなかったら。僕はきっと夢を追いかけていたのだろう。

 大きな希望を胸に抱いて友達には冗談で馬鹿にされつつも応援されて、家族とは何気ない日常を過ごしていて――。

 今更、今更、今更。

 どれだけ繰り返し言い聞かせても、肯定した頭を押し切って、大きな傷を持った胸が否定する。

 今更じゃない。そんな言葉なんかで諦めきれない。

 怒りとも憎悪ともいえる感情が、僕の心に渦巻いている。

 でもそれらをどこへやればいいのか解らない。相談する人もいないから、どうしていいのか解らない。

 当てようのない感情を、だから僕はいつも胸の奥に無理やりに仕舞い込んだ。

 いつかなだれ込んできそうな破裂寸前の思いを抑えながら、仕方がないと無理やりに諦めさせて……。

 酷く寂しかった。

 本当はあの時、僕も皆と一緒に死んでいれば、どれだけ悲しい思いをしないで済んだのだろうと思うと。

 一人だけ取り残されてしまった衝動にかけられると、胸が雑巾絞りをされたみたいに痛くなる。

 ほんと。何で僕だけ生き残ってしまったんだろう。

 夢も希望も何もなくて、生きている意味なんてあるのかも解らないのに。

 ――何で僕だけが生きているんだろう。

 胸がキュッと痛くなる。

 誰か、僕を助けて……。



 後ろでカサカサという音が聞こえ、僕は目を覚ました。それほど長くは寝ていなかったようで、太陽は少ししか傾いていない。

 僕は音がした方へと顔を向けた。

「え…………」

 正直な感想、僕は驚いた。

 そこには鳥でも動物でも虫でもないものがいたんだ。

 ――人間?

 多分そう。いや、きっとそうだ。

 僕は顔だけじゃなくて、身体ごとよじった。

 白いワンピースがふわふわと風に揺らされている。小麦色の髪の毛が肩よりちょっと長いくらいの女の子を、僕の目が捉えた。

 いたんだ。

 僕以外にも生き残っている人間が……!

 僕は力の入らない足で立ち上がると、女の子の方へと一歩だけ足を踏み出した。

「ねえ……」

 女の子は初めて僕に気付いたようだ。

 その大きな瞳は驚きの色を含んでいる。

「君はどこから来たの?」


 女の子には名前がなかった。それどころか、自分が何なのかさえ解らないらしい。

 僕と女の子は木にもたれかかって、そんな話をしていた。

「あなたは誰なの?」

「俺は冬野ふゆの和也かずや

「ふゆのかずや……って?」

 女の子は首を傾げる。

「俺の名前だよ」

「名前って何?」

「名前っていうのは、それぞれの個体を区別するための言葉……って言ったらいいのかな」

 まさか名前を知らない人がいるとは思わなかったから、僕はそれなりに通じそうな単語を並べていく。

 女の子はまた、首を傾げた。

「わたし……そういうのがないの。ねえ、もし良かったら、あなたがわたしの名前を付けてくれる?」

「いいけど、俺にはネーミングセンスないよ?」

「うん。それでもいい」

「じゃあ……美泉みずみとかは? 美しい泉で美泉」

 理由なんてない。ただ何となくだけど……。

「いいよ。じゃあ、わたしは美泉だね」

 美泉が笑ってくれて、嬉しかった。


 本当は美泉の存在自体、僕の見ている幻かもしれない。

 本当は美泉なんていなくて、空気に話しかけているんだとしても、僕はそれでよかった。

 誰かがいる。それだけがただ単に幸せだった。

 幻想だとしても偽りだとしても、誰かの温もりを感じていられる。それだけでもう、十分だ。

 僕は美泉と話している。

 美泉は僕と話している。

 これだけのことで、僕の顔は自然とほころんだ。

 目の前にいる美泉の存在が、他の何よりもいとおしい。

 だって僕は単純だからね。



 世界は今も回っている。

 何かを失っても、空っぽになっても。

 休むことなく回っている。

 そして、

 本当は誰なのかさえ解らない温もりを感じている今も

 この瞬間も、世界は回り続けている。

 僕はもうどうなってもいい。

 この幸せを胸に抱いていられるのならば――。



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