I
遮るものがなくなったせいか、強い日差しは直接僕の元へと届いた。
視線の先には突き抜けるように澄んだ蒼空が広がっていて、今や鳥も飛行機も飛んでいない。
重たい身体を起こす。昨日の夜に焚いた薪はいつの間にか火が消えて、炭になっている。
前方には殺伐とした風景が広がり続けていた。
僕はゆっくりとその場に立ち上がる。
喜びのない平和な日常が、今日も始まった。
近くにある小川の水を飲んで、それだけで朝食を終える。
それからあまり間を置かないで、僕はふらふらと当てもなく歩き始めた。
県の特徴か、このあたりには山が多く点在している。
だから前方の山々を眺めながら歩くことになるけれど、正直悪い気分じゃなかった。
どこを見ても破壊された殺風景。痛ましい光景が広がっている。
そんな中でも山には幾分緑が残っていて、そんな些細なことだけど随分気持ちが良かった。
まだ生きていることを教えてくれている光景に、心が癒されるのだ。
だから僕は山の景色に見とれて、時々ひび割れたアスファルトに足をとられそうになったり、本当に転んだりしながらも歩き続けた。
山の中は濃い緑に包まれていた。足元には小さな草花が所々に咲いている。
そんな中を、僕はひたすらに歩き続けていた。
汗が一雫、髪へ頬へと伝っては落ちていく。妙なくすぐったさに、僕は汗を拭いながら空を見上げた。
太陽はもうとっくに、頭のてっぺんまで昇っているようだ。そのためか視界に飛び込んできた木漏れ日が眩しい。
天を仰げば仰ぐほど降り注いでくる光の粒に、僕は思わず目を細めた。
薄っすら開けた視界の中で、そこは確かに金色に輝いている。
何かが満ちていると、ぼんやりとした頭で思った。
ああ、今日も頑張らなくちゃいけないな。
自分に小さく言い聞かせながら、僕は歩みを再会させた。
更に数分同じような道を歩くと、急に開けた場所に出た。
そこは多分展望台か何かだったのだろうか。不自然に綺麗に整った場所だった。
僕はゆっくり歩きながら、その縁に立つ。
そこからは手前に山の自然が、奥に戦争で破壊しつくされた街並みが広がっていた。
小さな自然、大きな傷跡。
小さな場所、大きな世界。
矛盾していて実は隣り合わせなそれらに、僕は複雑な思いに馳せられる。
何でこんなことに、何でこんな事態に……。
他にすべきことはなかったの? 他の方法では解決できなかったの――?
今更なことに僕は疑問をぶつける。何もかもを失った僕が、馬鹿みたいに、取り返しのつかないことに頭を抱える。
ほんと、どうかしているよ。終わった世界を元になんか戻せるわけがないのに。それなのに――
どうしてこんなにも遣りきれないんだ。
足元は今にも崩れそう。比喩じゃなくて本当に。
もしも崩れたら、僕はここから落ちるよね。今まで心の中で抱いていた夢や希望も引き連れて。
……って、何を考えているんだろう、僕。
ため息一つを残して、僕はその場から去る。
風が空しく、僕の背後を掠めていった。
再び森の中を歩き始めた。太陽はまだ、高い所にある。
大して歩いてもいないのに息が切れるほど疲れた僕は、近場にある木に手をついた。
まあ、当たり前といえば当たり前なのかもしれない。
食べるものもないのに、毎日毎日歩き回っている。いつ死んでもおかしくないこの状況で、こんなことをするなど自殺行為に等しい。
そんなことは解っているんだ。十分に。
解っているけれどやめられない。
だってこうでもしていないと、自分が生きているのか死んでいるのか。存在しているのかしていないのかが解らなくなってしまうから。
要するに、僕は臆病なんだよな。
一人になってみて、やっと解ったんだ。
人間って誰かがいないとすぐに駄目になってしまう。そんな当たり前のことにさ。戦争が終わってやっと解ったんだ。
今となってみれば、後の祭りなんだけどね。
歩みを再開させてからそれほどしないのに、息はどんどん荒くなってくる。仕方がないから、僕は木に寄りかかって荒くなった息を落ち着かせた。
無駄に大きな呼気の音が、耳障りだった。
ゼェ……、ゼェ……、ゼェ……
僕は解っていたんだ。いろんなことを。
例えば日に日に体力が落ちていることとか。
例えば日に日に足取りが重くなっていることとか。
ゼェ……、ゼェ……、ゼェ……
例えば――
もう長くはないこととか。
「……っこいしょ…っと……」
まだ吐く息は荒い。けれど僕は寄りかかっていた木から離れると、ふらつく足取りで歩き出した。少しずつ、少しずつ……。
しかしというか、やっぱり僕はそれほど進まないうちに、また別の木に寄りかかってしまう。まるで何キロも全力で走らされたかのように、足は重くて息もできない。
自分の身体を支えるのも億劫になった僕は、木に寄りかかったままズルズルとその場に座り込んだ。
ああ、ヤバイな、俺。今日中に麓まで行けるかな……。
悠長にそんなことを考えてしまう。もっと他にも考えることがあるだろうに……。
天を仰ぐ。木々の合間からキラキラと木漏れ日が輝いていて眩しい。
相当疲れていたのか、細めた瞼はだんだんと下がってくる。
心地良い風を感じながら、僕は眠りについてしまった。




