木の下で先輩と
一年前の作品です
初めての恋愛モノでした
今日までの二年間は、本当に楽しかった。
この高校に入学して、先輩と出会って、新聞部に入部させられて。
新聞部には、僕と先輩の二人だけしかいなかったのは正直驚いたんだよな。その上、「部」とは言っても非公認の団体だったし。
それでも僕が新聞部に入ったのは、単に「先輩が美人だったから」という下心からに過ぎないのは秘密である。
「毎週、私たちの新聞を発行しようではないか」
僕にカメラを押し付け、そう言い放った先輩の眩しいくらいの笑顔は、恋に落ちるには十分だった。
休日の度に「取材に行くぞ」と電話で呼び出され、文句を言いつつも結局は毎回必ず自転車で駆け出してしまっていた僕は若かった。
もっとも、今だって大して変わってないけれど。
取材の内容は心霊スポットの調査やUFOを追跡したりだとか、全く下らないものばかりだったが、なんだかんだ「青春してる」って感じがして気持ちが良かった。
何より、そんなアイデアを持ち出して僕を連れまわす先輩を見ているのが一番好きだった。
でも、そんな日々も今日で終わりなのだ。
なぜなら、今日は卒業式なのだから。
などと考えを巡らしていると、いつの間にか式も終わりを迎え、残すは卒業生退場のみとなってしまっていた。
この学校には面白い伝統がある。卒業生たちが、式の間中隠し持っていたお菓子や色々なものを在校生たちに投げつけるのだ。ちなみに去年は、白滝が僕の頭に降ってきた。
「卒業生、退場」の言葉を受け、続々と歩き出す卒業生たちと飛び交うコンニャクやキャンディ、その他諸々。それに併せて在校生たちから歓声が起こる。
バカ騒ぎの中で、友人たちと一緒にクッキー投げている先輩が目に止まった。しばらく見つめていると、次は大福を宙に放っていた先輩もこちらに気付いたようだ。
自然、目が合う。
僕に向かって心底嬉しそうに手を振りながら微笑む先輩。それを見て、僕はつい目頭が熱くなってしまった。
絶対に泣くまいと、涙をこらえながら上を向くと、無防備になった僕のアゴにいきなり、固い何かがクリーンヒットしてきた。
「ふごっ」
我ながら情けない声を漏らしてしまった。
ジンジンと軽く痛むアゴをさすりながら、飛んできたそれを拾った。足元に落ちてしまっていたそれは、果たしてカロリーメイトだった。しかも先輩の好きなチーズ味。
飛んできた方向的にもチーズ味的にも、これを投げたのは確実に先輩だろう。そう当たりをつけて顔を上げると目線の先には、野球の華麗な投球フォームを終えた先輩がいた。
それを見てしまった僕は、つい吹き出し声を上げて笑ってしまった。
最後まで先輩らしいな、そう思った。
卒業式も終わり、卒業生たち解散していった。
なぜかむなしくなった僕は、いつまでも学校にいても仕方がないと帰ることにした。
先輩に対する積年の思いを胸中に秘め、ついに打ち明けることもなく帰途に着き、自分の部屋でカロリーメイトを空けた僕は、箱の中に入っていた一枚のメモに気がついた。
「例の木の下に待つ」
そのメモには、先輩らしい綺麗な字で一言だけ書かれていた。
気がつくと、自転車に跨り全力で漕ぎ出している僕がいた。
例の木の下、それは取材に行くときに待ち合わせ場所にしていた所だった。
息を切らしながら例の木がある公園に着くと、しかしそこには誰もいなかった。
当然だ。卒業式が終わってからもう大分時間が経ってしまっているのだ。この寒空の下でそうそう待ってはいられないだろう。
「君にしては遅かったじゃないか」
不意に背後から先輩の声がした。
振り返ると、ちょっと拗ねたような表情で自転車の荷台に座った先輩がいた。
「あまりに君が遅いから、ちょっと暖かい飲み物が欲しくなってな。今ちょうど買ってきたところだったんだ」
これは君の分だ、と言って渡してくれた缶コーヒーはとても温かかった。
「仕方ないじゃないですか、あんな呼び出し方じゃ遅くもなりますって。いつもみたいに電話してくれれば良かったのに」
「しかし、それではロマンがない」
自分の缶コーヒーを開け、一口飲んでから先輩は続ける、。
「今日中にどうしても君に伝えたいことがあったのでね」
僕はドキッとした。
まさか、いや、でもそんなっ……。
「つ、伝えたいことって何ですか?」
顔が熱い。有り得ないとは思っていても期待してしまう。
しかしそんな僕の緊張をよそに先輩は話をそらしてしまう。
「まぁ、そう急かすな。もしかしたら今日で私たちはもう会うことは無くなってしまうかもしれないのだぞ。少しくらい世間話でもしようじゃないか」
「はぁ」
相変わらずのマイペースっぷりを発揮してくれる先輩だ。
立ち話もなんだから、という先輩の台詞で木の下のベンチに移動する。
先にベンチに座った先輩の横に僕も腰を掛けると、先輩から話を切り出してきた。
「さて、まずは我が新聞部最後の仕事について話そうか。どうだ? 首尾よくやってくれたのかな?」
最後の仕事とは、先週取材し編集印刷した最終号のことである。
「『恋が叶うサクラの木』のことですよね? それなら今朝僕が校内にちゃんと張り出しておきました」
「そのようだな。おかげでここで君を待つ間、何組もの男女が告白をし、泣いたり笑ったりしながら帰っていったぞ」
『恋が叶うサクラの木』というのは、今僕らがいるこの公園のこの木のことなのである。
「でも正直、あの記事ってほとんど捏造じゃないですか。僕らが取材したときには、近所に住む老夫婦が一組ここでプロポーズをしたって話しかなかったですし」
「何を言っているんだね君は。今日でその記事は真実となったではないか。おかげでいいものが見れた。中には私の同級生もいたので、物陰で隠れながら見守っていたんだがな? 君も少し早くくればよかったのに」
「別に、僕は結構ですよ。でも不思議ですね。僕らの作った新聞がそうやって学校のみんなに影響を与えられるなんて。新聞部にいられて良かったです」
一息ついて、少しぬるくなった缶コーヒーを一気に飲み干すと
「僕を新聞部に誘ってくださって、本当にありがとうございました」
そう言って、僕は軽く頭を下げた。
「いやいや、お礼を言うのは私のほうだよ。こんな私に二年間もついてきて来てくれて本当にありがとう」
めずらしく先輩が照れていた。少し顔が紅潮している。ちょっぴり、いやかなり可愛い。
「でも、どうして僕だったんですか? 他にいくらでもいたじゃないですか」
僕が訊ねると、先輩はちょっと困ったような顔をして、
「今だから、君だからこそ言えるんだが、本当は誰でも良かったんだよ。何か特別な答えを期待していたのなら、すまなかったな」
そんな気はしていた。ただ面と向かって言われると、やはりというかそこそこ寂しい。
気持ちが顔色に表れてしまったのだろうか。慌てた声で先輩は付け足した。
「し、しかしだな。今となっては、新聞部に入ってくれたのが君で良かった、と心から感じているよ。この二年間は、君がいて初めて作ることの出来た、最高の時間だったと胸を張って言いたいね」
今度は僕のほうが顔を紅潮させてしまう番だった。
「照れるじゃないですか。そういうこと、さらっと言わないでくださいよ」
「いいじゃないか。私の性格は君が一番知っているだろう? ならばいい加減、心の準備くらいはしておきたまえよ」
「じゃあ先輩も、僕がそういうことに弱いことくらい覚えておいてくださいよ」
「言われなくとも覚えているさ。ただ、そうやってうろたえている君を見るのが、私は大好きなんだ」
「僕は、先輩のそんなS精神が苦手です」
気がつくといつの間にか空は少し赤みをおびはじめていた。三月に入りほとんど春だとはいっても、まだまだ日が落ちるのは早い。
「そうそう。話は変わるのだが、君はこれから新聞部をどうするつもりなのかな」
唐突な質問だった。ただし、この質問はいつかされるだろうという予感があったため、前々から考えていたことではある。
「実は、まだ決めかねているんです。でも今年は受験勉強もありますし、先輩も卒業していなくなってしまうので、やめてしまおうかと思っています」
「そうか。よかった。私も本音を言わせてもらうと、君には続けて欲しくなかったんだ」
意外な返答だった。新聞部が大好きな先輩らしくないと思った。
「え? なぜです?」
「我が新聞部は私が二年生のときに思いつきで発足させ、君を誘い込み活動してきたものだ」
「ええ、それは知ってますけど」
「私にとって新聞部は『私と君の新聞部』なんだ。だから、これから君がまた誰か誘う、もしくは一人で活動し続けるのは癪なんだよ。私がいない新聞部は嫌なんだ。非常に個人的な嫉妬心からの理由で申し訳ない」
「いえ、そういってもらえたことはとても嬉しいです。先輩は本当に新聞部が好きだったんですね。決めました。新聞部は今日で活動終了です」
「ありがとう。君は本当に優しいな」
そう呟いた先輩の目には、儚げに涙が溜まっていた。
「なっ、泣かないでくださいよ」
「それはそうと、」
本当にマイペースな人だ。なんでこんなに切り替えが早いんだ。「それはそうと、」の一言で今の大事な話を流されてしまった。
「そろそろ本題に入ろうか」
目元を拭って立ち上がった先輩は大きく伸びをした。
「私が君をここに呼び出した理由だ」
先輩が僕に伝えたかったこと。
ついに来た。僕は黙って先輩の言葉を待つ。
先輩はくるりと振り返り、ベンチに座ったままの僕と顔をつき合わせるように屈みこんで
「私は、」
いつも間にか口の中がカラカラに乾いてしまっている。心臓がドクドクと脈打ち、血液が体中を駆け巡る。
すっと息を吸い、僕の瞳を見つめながら、先輩はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「私は、犬派よりも猫派なんだ」
完全に予想の斜め上をいく強烈なひとことだった。
唖然としつつも、堪えきれずに訊ねる。
「伝えたいことって、そんなどうでもいいことだったんですか」
僕の問いに、先輩はムッとした表情をみせた。
「どうでもいいとは失礼な。それに君はせっかちだな。私の話は終わっていない。最後まで聞いてから喋って欲しいのだが」
よかった。あれで話が終わってしまっていたらどうしようかと本気で悩んでしまった。
「続けてもいいかな?」
どうぞ、と僕は先を促す。
「では」
コホンと咳払いをして先輩はまた話し始めた。
「私はさっきも言ったように、犬派よりも猫派だ。そして、季節だったら断然夏が好きだ。雨の日にセンチメンタルな気分になるのも嫌いじゃない。スポーツをするならテニスが好きだし、得意料理は肉じゃがなんだ。読書は好きだが、漫画だってたくさん読むんだぞ。カロリーメイトは美味だし、何よりチーズ味は大好きだ」
でもな、と一呼吸置いて、先輩は言った。
「私は、君のことが世界で一番好きなんだ」
僕に告白してくれた先輩は、あの時と同じくらい眩しい笑顔で、夕日に照らされてとても綺麗で。
夢かと思った。ここまで美しい人がいるものかと思った。そして嬉しかった。先輩が僕のことを好きでいてくれたことが。
僕の返事は、もちろん…………。
Fin.
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