第6話 惚れた病は なおりゃせぬ。
名前 クロエ・フォン・マルセル
年齢 16歳
好きな食べ物 串焼きの豚肉。
得意なこと みんなに美味しいお茶を出すこと。
好きな動物 王城のレオ君(犬)
好きな花 ヒメオドリコソウ
好きな色 淡い紫
好きな本 植物図鑑
好きな景色 夕方の図書館
自分の性格 めんどくさい性格?
特技 特になし
今の体調 不調
気になること 秋から秘書官になったとして、王子妃とうまくやっていけるか?
クロエは自分の客間に帰って、引き出しにしまっておいた最初に貰った問診票を引っ張り出して、自分の気持ちに正直に書き出してみた。
書いているうちに、また泣いた。
何で泣いているのか、と聞かれたら、好きなもののほとんどがエアハルトと一緒に過ごした記憶だったからかもしれない。 だから?だとしても…なんで泣きたくなるのかはよくわからない。
城下のお祭りに初めて二人で行ったとき、エアハルトが串焼きの肉を御馳走してくれた。二人で公園のベンチで並んで食べた。美味しかったなあ。
図書館の控室や執務室の控室に来るアカデミアの先生方にお茶を出す。時々エアハルトも顔を出すんだけど、先生方はめんどくさそうな顔をする。そんなことお構いなしに、エアハルトはいつも私の隣で美味しそうにお茶を飲む。
レオ君はエアハルトが飼っていた大きな白い犬。
小さなころから一緒に遊んだ。あんまり大きいから乗ってみようとしたら、それは全力で拒まれた。一昨年、天国に召されてしまった。エアハルトと一緒にお葬式をした。あの時、わんわん泣く私を、エアハルトが抱きしめてくれたなあ。 凄く昔のことのようだ。
ヒメオドリコソウは小さな薄紫の花をつける雑草。茎が四角い。
初めて王城のお茶会に呼ばれた日。退屈だったので探検に行った先の林で茎が四角いのを発見して…エアハルトと図書館に植物図鑑で確かめに行ったんだったわ。世紀の大発見にはならなかったけど、来たいなら図書館に来てもいいと言ってくれて…それからずっと一緒にいた。ずっとよ?ついこの前まで。
好きな色は淡い紫。
エアハルトの瞳の色だ。澄んでいて とてもきれい。
…そうか…もう私が泣いても、抱きしめてくれるエアハルトはいないんだな。
さすがに…たとえ秘書官になって近くにいたとしても。
王子妃に誤解されるようなことがあってはいけないし。
公爵家から王子妃を出すのは合理的だ。ユルゲン公爵殿は癖のある方なので、変に徒党を組まれても面倒だから取り込んでおいた方が後々楽だ。ローザリンデ嬢はお美しいし。いい王妃になられるだろう。
うちの実家の弱小伯爵家がエアハルトの何の役に立つというのだ?
…エアハルトのメリットは何もないじゃないか。
…そう思ってまた泣いた。
もう体中の水分がなくなるほど泣いたが、涙が止まらなかった。
涙って…凄いなあ。
どこから湧いてくるんだろう。
寝台に潜り込んで、毛布をかぶったまま枕を抱きしめる。
そうか、私…エアハルトがいなくなるみたいで寂しいんだな。
ダンスの練習には付き合っていたけれど、事務仕事を手伝いながら長いこと一緒にいたけれど…エアハルトに好きだと言われたこともない。なぜ私が婚約者候補に残ったのかもわからない。
ローザリンデ様がおっしゃっていた通り、私が事務官になるのは合理的だ。
なのに…どうして…涙が出るのかわからない。
***
クロエ様は部屋に閉じこもって三日三晩泣き暮らしていた。
私はオロオロするばかりだったが、ラウラさんはそっとしておきなさいと笑っていた。部屋に運んだ食事は摂っていらっしゃるようなので、様子を見守ることにした。
4日目の朝、部屋から出てきたクロエ様は温泉に入って…目は腫れているけど妙にすっきりしたお顔で、
「エルザさん、私、この国で仕事を始めようと思うの。何かしていた方が性に合っていると思うのよね?」
「え?」
「ブリアに帰ろうと思うと、発作が起きてしまって、涙が止まらなくなるの。だから…もうしばらくこの国にいることにするわ」
と言い出した。
…クロエ様…それは恋煩い、って言うんですよ?
そう何度も言いかけて、ラウラさんに止められる。本人が気が付くのが一番いいのだそうだ。誰がどう見たって…恋煩いだけど…。
ラウラさんが、クスティの王城の書庫整理係の仕事を紹介してくれた。
「事務職の一番年少者の仕事なんだけど、ちょうど欠員が出てね。どうかしら?」
…この人の顔の広さも驚きだ。
次の日からクロエ様は朝から晩まで働いている。
臨時の事務員に護衛が付くわけにはいかず、城内にも入れず…私はクロエ様の送り迎え以外は毎日のように温泉に入ったり、たまにラウラさんが顔のマッサージとかしてくれて…つるつるになった。
予定通り1か月で帰られるクロエ様のおばあ様はつるつるどころかピカピカになっていた。
クロエ様がブリアに帰りたくないと言い出したことを正直に話した。
「そう。クロエがそれでいいならいいわ。あなたは…どうするの?」
「殿下に進退伺を出しました。返事が来るまではクロエ様の護衛ですから」
「まあ…こうなったのはあなたのせいではないんですけどねぇ」
おばあ様がふっとため息をついて、用意された馬車に乗り込む。
雲雀が鳴きながら高く飛んでいる。
ふっと、クロエ様の独り言を思い出す。
「そう言えば、クロエ様が雲雀を羨ましがっていました」
「え?」
「雲雀はいいなあ、お嫁においでって鳴いているんでしょう?って。…何でこんなことになっちゃったんですかね。二人とも想いあっていると思っていたんですけどね」
「そうね…エルザさんとも長いお付き合いだったわね?」
おばあ様と空を見上げる。
私はクロエ様が10歳の時から護衛に付いている。
あの時12歳だったエアハルト殿下は私に頭を下げた。くれぐれもクロエを頼む、と。殿下の瞳の色の石が柄にはめ込まれた剣を預けられた。




