第3話 お湯の中にも花が咲くよ。
「ねえ見て!この草の茎、四角形なのよ???」
初めて会った子に声を掛けられた。
この国の王子であるエアハルトは退屈していた。
いつもの退屈なお茶会から離れて、侍従に上着を預けてぶらぶらしていると、どこぞのお嬢様が中庭のはずれの林の手前の雑草の中に座り込んでいた。
…中庭は早咲きのバラが咲いてるって言うのに…変な子。着飾ってきた女の子たちはきゃあきゃあ言いながらバラを愛でてるよ?
今日は僕の婚約者を選ぶために、貴族のご令嬢方が集められている。一応一通り挨拶はしてきた。ありきたりで…面白そうな子はいなかった。あの中から一人選ぶ?って言うのもめんどくさそうだな、そんなことを考えていた。
何をしているのか…興味本位で近づいた僕に、その子が見せてくれたのはよくそのへんで見る雑草。小さなうす桃色の花をつけた…まあ、どう見ても雑草。
「普通の草の茎は丸いわよね?タンポポもクローバーも茎は丸いわ。見て!これは四角なのよ???」
世紀の大発見をしたかのように嬉々とした面持ちで、こげ茶の髪を三つ編みにしたその地味な女の子が僕にその草を見せてくれた。まあ、誰かに言いたかったんだろう。たまたま僕が通りがかっただけで。
瞳が…キラキラしている。雑草と同系色だな。
「へえ…」
一緒に並んで座って、勧められるがままにその雑草の茎を見る。本当に四角だ。
「ねえねえ…世紀の大発見じゃないかしら?四角の茎を持った植物なんて、ねえ?」
…変な子。でも、面白そうな子だ。
「じゃあ、君のその発見の検証に行こうか?図書館で図鑑を見てみよう」
「まあ!図書館!あなたが連れて行ってくれるの?」
その子は大事そうにその雑草をハンカチに包んで…いやいや、そのへんにごまんと生えてるけどね…嬉しそうに僕の後をついてきた。
【ヒメオドリコソウ】
ちゃんと茎が四角いことも書き添えてある。食い入るように図鑑を見ている。
あっけなくその子の”世紀の大発見”の希望は無くなってしまったが…
「まあ、花には甘い蜜がほんの少し入っているんですって!」
そう言って…何の躊躇もなく、小さな雑草の小さな花を口にする。
「うーーーん。本当に…少し、ね」
大きな緑色の瞳がキラキラしている。変な子。うふふっ。
図鑑によると、その花の花言葉は、陽気・快活…。
僕の隣でぱくりと花を口にしたその女の子を…僕はことのほか気に入ってしまったらしい。
「ねえねえ、君。この図書館に入れてあげるから、明日も来る?」
クロエはこうして…毎日のように王立図書館に来るようになった。
しばらくの間、僕のことを図書館の司書の息子だと思い込んでいたらしい。ただで入れていただいては申し訳ないと、本の整理を手伝っていた。
あれは僕が11歳。クロエが9歳。
一日中図書館にこもっていたクロエはお弁当とお茶の道具を持ち込んでいた。
クロエは好奇心がいっぱいで、図書館に来るアカデミアの先生方とも仲良くなった。
必然的に…図書館の控室はサロンのようになった。
そして僕が12歳の時からは、執務が始まった僕の手伝いを始めた。
午前中は執務室。午後は今まで通り図書館。
クロエは正式に僕の婚約者候補になって、僕は念のために女性騎士を護衛に付けた。
僕が15歳になって貴族用の学院に行くようになると、本格的に執務の補佐をしてくれた。事務官とも秘書官とも仲がいい。仕事も早いし、わきまえている。職員の残業が減るように体制を整えてくれた。
アカデミアの先生方が寂しがって、僕の秘書用の控室が今はサロンのようになっている。
僕は父に婚約者はマルセル伯爵家のクロエにすると伝えてあったが…公爵家が口を突っ込んできて、父がめんどくさがった結果、ローザリンデ嬢も婚約者候補に残った。
…僕の気持ちはもう決まっているが…それはもちろんクロエも分かってくれている。…ほんの少し誤解が生じたかもしれない。
先日の舞踏会で、僕の目の前でスタンバっていたローザリンデ嬢を無視するわけにもいかず最初にローザリンデ嬢と踊った後、クロエを探したが、家に帰った後だった。国外からの来賓もいるので、追っても行けなかった。
あの日以来、クロエは僕の前に姿を現さない。
マルセル伯爵家から、クロエは婚約者候補を辞退し、秋からは事務官として登城する。今は謹慎させている。と早馬が来たが、祖母とクスティ国の温泉に行ったのは把握している。せっかく行ったのだから、少しのんびりしてくるんだろう。
あの子のことだから、なんてことはなかったかのように僕のところに戻って来るに決まっている。お土産は何だろう?きっと…僕がまだ見たことのない変わったものに違いない。
エアハルトがザクっと、馬場に向かって中庭のはずれを足早に歩く。
足元にヒメオドリコソウが花をつけている。思わず、ふっと笑みがこぼれる。
…春だなあ…。
僕の12歳のお誕生日には、クロエがこの雑草を押し花にした栞をくれたな。
大国ブリア国の王太子に、雑草の栞をくれるのはクロエぐらいだ。
15歳の誕生日には、領地の山で見つけたというシダの葉が石になった物。今は執務室の机でペーパーウェイトで使っている。
クロエ…早く帰ってくればいいのに。
*****
ぽちゃん、と水音が響く。
「ほおおおお…。」
露天風呂、というのに初めて入ったクロエは、その解放感に思わずため息をついた。
屋根もない。壁もない。本当にまるでお湯の入った池に入っているようだ。
ラウラさんが菜国で見てきたままを再現したらしいここの温泉は、真っ裸で入るらしい。湯着を脱ぎ捨てて入る。
何が違うか、と言えば、一緒に入るエルザさんもラウラさんも真っ裸ということ。他の人の裸は見たことが無くて目のやり場に困る。
取り囲んだ木々の向こうには高い塀があるらしいが、風が吹き抜けていくし、優しい春の日差しだ。頭上には広がる青空。
なるべく手を入れていない、という庭は春先の小さな野の花が満開だ。白に青に黄色、紫…絨毯の様に広がっている。
少し離れた木陰に、東屋もある。
「あら…あなたはこんなところにも根を張っているのね?」
クロエは肩まで湯に浸りながら、目の前の懐かしい雑草を眺める。ヒメオドリコソウ。ここでも薄紫の綺麗な小さな花を咲かせている。
先ほどの初露天風呂の高揚感が急にしぼんで、なんだか泣きそうになるのを…顔を湯にもぐらせてなんとか我慢する。
…なんかの病気だろうか?
温泉に入る前に問診票と、医師の簡単な診察があった。
一週間に一度、定期的に診察があるので…今度先生に聞いてみよう、そうクロエは思った。
さあ…笑おう。
ザバリっと湯から顔をあげて、空を見上げてみた。青いなあ。




