表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したら薬草だった件 ~最強の根を張るのは、異世界の大地の上で~  作者: parade


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/9

七話「聖女の残した言葉」


 リコが目を覚ましたのは、翌朝だった。


 最初に感じたのは、日光だ。窓から差し込む朝の光が、葉に当たっている。光合成が始まる、あの感覚。人間で言えば、温かいコーヒーを飲んだときのような、ゆっくりとした目覚め。


 次に気づいたのは、声だった。


「だから、俺は別に怖くなかったし」


「嘘をつかないでください。入口で三回つまずいていたでしょう」


「あれは暗かっただけだ!」


 ガリウスとレインだ。


 リコは花びらをゆっくりと開いた。部屋を見渡す。宿の一室。テーブルに朝食が並んでいる。ガリウスが椅子に逆向きに跨って座り、レインが向かいで書き物をしている。いつもの朝だ。


 でも、テーブルの端に、リコの鉢が置いてあった。昨日と違う場所だ。昨日は窓際だったのに。


 よく見ると、鉢の周りに、小さな野花が数本、水を入れたコップに差してあった。


 リコは、それを見て少し止まった。


「あ、起きた」ガリウスが振り返った。「よかった、思ったより早かったな。腹減ってるか?……いや、お前は土か」


 リコは、野花のコップに向けて葉を傾けた。


 ガリウスが、耳の後ろを掻いた。


「……なんか、殺風景だなと思って。お前の周りだけ花がなかったから」


 レインが書き物から目を上げずに言った。「昨日の今日で、朝一番に外に出て摘んできていましたよ」


「言うな!」


 リコは、花びらを一枚、ガリウスの方に向けてそっと散らした。


 ありがとう、のつもりだった。


 ガリウスは受け取った花びらを見て、「どういたしまして」と小声で言った。それから急に「朝飯食うぞ!」と大声を出して、照れ隠しをした。


 リコは、葉を小さく揺らした。笑いに相当するサインを、レインが「リコが笑っています」と翻訳した。


「笑うな!」


---


 食後、レインが昨日のノートを開いた。


「整理します」レインは言った。レインが「整理します」と言うときは、重要な話だとリコはもう知っていた。「昨日の根について、わかっていることと、わかっていないことを」


 ガリウスが椅子を引き直した。ふざけた態度が消える。こういう切り替えの速さが、ガリウスの良いところだとリコは思っている。


「わかっていること。根は生きていた。寄生型汚染魔素に侵食されていた。リコの浄化で寄生体は除去された。根は現在、安定している」


「わかっていないこと」レインはページをめくった。「あの根が何の植物のものか。誰が植えたのか。寄生体を誰が、いつ、どこから持ち込んだのか」


「それと」ガリウスが言った。「なんで百年前にも同じことが起きたのか」


「そうです」レインが頷いた。「百年前の疫病との関連。これが最大の謎です」


 三人が、少し沈黙した。


 リコは、葉を動かした。


「なんだ、リコ」


 リコは、部屋の壁を向いた。それからレインを向いた。


 レインが考えた。「……ギルドに何か資料がある、ということですか」


 花びらが開く。


「聖女に関する記録を調べたい?」


 また花びらが開く。


「なるほど」レインはノートを閉じた。「同じことを考えていました。行きましょう」


---



 ギルドの資料室は、建物の地下一階にあった。


 皮肉だ、とリコは思った。また地下だ。


 資料室の管理人は、七十代と思しき老人だった。名前はバルト。小柄で、白髪で、丸眼鏡で、指先に常にインクがついている。ガリウスが来意を告げると、バルトはリコの鉢を見て、目を細めた。


「ほう。これが噂の意思持ち草か」


 リコは花を開かせた。


「はっはっは、挨拶するのか」バルトは皺だらけの顔で笑った。「かわいいもんじゃ。何を調べたい」


「百年前の枯死の疫病と、緑の聖女に関する一次資料です」レインが言った。


 バルトの表情が、すこし変わった。笑顔のまま、でも目の奥が動いた。


「……一次資料か。二次資料じゃなく」


「できれば」


「ふむ」バルトはしばらく考えた。「奥にある。ただ、一般には公開していない資料じゃ。昨日の調査チームの一員か」


「そうです」


「リーダーのクレインから許可をもらってきなさい。それなら出せる」


---


 クレインへの許可申請は、思ったより早かった。


 クレインはリコたちの顔を見るなり「来ると思っていた」と言って、許可証にサインをした。それだけだった。


「あの人、口数少ないですね」ガリウスが廊下を歩きながら言った。


「有能な人間は余計なことを言いません」レインが言った。


「じゃあ俺は」


「あなたは有能ですが、余計なことを言います」


「……なんか褒められてんだか貶されてんだかわからん」


 リコは葉を揺らした。


「リコまで笑うな」


---



 バルトが持ってきた資料は、古びた革装の日誌だった。


 表紙に、細い文字で名前が書いてある。


 *エルダ・ヴェルト。*


「緑の聖女の、本名です」バルトが言った。「肖像画には名前が書いていないでしょう。公式記録では『緑の聖女』としか残っていない。これは彼女が個人的につけていた日誌で、死後……いや、消息を絶った後に、彼女の弟子が保管していたものです」


 レインが、慎重な手つきで日誌を開いた。


 古い言語だ。現代語と文字は同じだが、語彙と文法が所々異なる。レインが読み始める。ガリウスは読めないので、レインの顔を見ている。リコは、レインの声を聞いている。


「……日付は百年前の春から始まっています」レインがゆっくりと読んだ。「『今日も枯れが広がっている。村が三つ、壊滅した。原因がわからない。土を調べても、空気を調べても、魔素の流れを調べても、何もわからない』」


 リコは根を静かに動かした。


「少し飛びます……『ようやく根源を見つけた。王都の地下、深い場所に、巨大な根がある。それが周囲の魔素を吸い尽くしている。根は生きていた。そして、根は苦しんでいた』」


 ガリウスが「リコと同じじゃないか」と言った。レインが「静かに」と言った。


 レインが読み続ける。


「『根に寄生しているものを取り除こうとした。だが私の魔力では足りない。一度では無理だ。何度も通って、少しずつ削るしかない』……間が飛んで……『三十七回目。半分まで来た。だが体が限界に近い。弟子のマリアには、ここのことを話していない。心配をかけたくないから』」


 レインの声が、少し止まった。


「……続けます。『五十二回目。ほとんど取れた。あと少し。でも私は気づいている。寄生体を完全に取り除いても、根源は残る。寄生体を生み出しているものが、もっと深い場所にいる。それを封じなければ、また百年後に同じことが起きる』」


 部屋が静かになった。


 バルトが、静かに言った。「最後のページを読みなさい」


---


 レインが、最後のページを開いた。


 文字が、それまでより乱れていた。急いで書いたか、手が震えていたか。


「『マリアへ。この日誌を読んでいるということは、私は戻らなかったのでしょう。ごめんなさい。あなたに黙っていたことを怒らないでください。あなたを連れて行けなかった。危険すぎるから。根源は地下の最深部にいます。私はそこへ向かいます。封じられるかどうかわからない。でも、やらなければ百年後にまた同じことが起きる。百年後の誰かに、これを押しつけたくない。だから私が行きます』」


 レインが、日誌から目を上げた。


 ガリウスが、珍しく黙っていた。


 リコは、根の奥で、何かが動く感覚を覚えた。


 エルダ・ヴェルト。百年前に、一人で地下の最深部へ行った女性。彼女が何をしたのか、どうなったのか、誰も知らない。でも彼女がいなければ、大陸はあのとき枯れ果てていた。


「……根源は、まだいるんですか」ガリウスが言った。声が低かった。


「おそらく」レインが答えた。「封じられているが、消えてはいない。百年かけて、封印が弱まってきている」


「昨日リコが取り除いたのは」


「寄生体の一部です。根源そのものではない」


 沈黙。


「つまり」ガリウスが言った。「また誰かが最深部に行かないといけない」


 誰も答えなかった。


 答えなかったが、全員が同じことを考えていた。


 リコは、花びらをゆっくりと、一枚ずつ開かせた。


 全開。


 ガリウスがそれを見て、ため息をついた。深い、でも不思議と暗くないため息。


「……やっぱりそうなるか」


「無茶です」レインが言った。きっぱりと。「今すぐ行くのは無謀です。準備が必要です。情報が必要です。リコの魔力の回復も必要です」


「わかってる」ガリウスが言った。「すぐ行こうとは言ってない」


「あなたは言いそうだから釘を刺しています」


「俺をなんだと思ってるんだ」


「行動力はありますが、計画性が平均を下回っている人です」


「……それは認める」


 リコは、また葉を揺らした。


 レインが、珍しく、ほんの少し口元を緩めた。


「リコまで笑わなくていいです」


「笑ってないサインは?」ガリウスが言った。


「ありません」レインが答えた。「リコが笑ったことがないので」


 そういう会話が、自然に生まれる場所になっていた。資料室の古い机の上で、百年前の日誌と、一輪の花と、三人の人間が、同じ問題を前に座っている。


---


 帰り際、バルトが呼び止めた。


「一つだけ、付け足しておこうかの」


 三人が振り返った。


 バルトは丸眼鏡を押し上げ、リコの鉢を見た。


「エルダ嬢はな、植物が好きな娘じゃった」


 全員が止まった。


「知っておるのか、という顔じゃな」バルトは笑った。「わしは百歳を超えとる。当時のことを直接知っている人間が、王都にもう何人もおらんのじゃ」


「……あなたは、エルダ・ヴェルトを知っていたんですか」レインが静かに言った。


「子供の頃に、な。彼女は冒険者になる前、王都の植物園で働いておった。いつも土だらけの手をして、花に話しかけておった。変わった娘じゃと思っておったが」


 バルトはリコを見た。


「花に話しかける人間と、花から話しかけてくる存在。百年越しで繋がるもんじゃな」


 リコは、動けなかった。


 花びらも、葉も、動かせなかった。


 それがリコにとって、どういう意味を持つのか、うまく整理できなかった。でも、何かが胸の奥で──根の奥で──静かに、温かく、揺れた。


 ガリウスが、リコの鉢を両手でそっと持ち上げた。


「行こう、リコ」


 優しい声だった。


 リコは、それからようやく、花びらを一枚、バルトに向けて散らした。


 バルトは、それを受け取って、手の平で包んだ。


「達者でな」


---


 宿への帰り道、夕暮れの石畳の上で、ガリウスが言った。


「なあ、リコ」


 葉が動く。なんですか。


「お前、怖くないのか。最深部に行くかもしれないのに」


 リコは少し考えた。


 怖いかどうか、正直まだわからない。でも、あの日誌の最後の言葉が頭から離れない。


 *百年後の誰かに、これを押しつけたくない。*


 エルダ・ヴェルトは、百年後の誰かのために行った。そしてその百年後が、今だ。


 リコは、葉をゆっくりと、夕空に向けて広げた。


 光合成のポーズ。太陽の光を受けるときのやつ。でも今は夕暮れだから、空が赤い。


 ガリウスは、それを見てしばらく考えた。


「……怖くないわけじゃないけど、やる、みたいな感じか」


 花びらが、静かに開いた。


 ガリウスは頷いた。それから、少し笑った。


「俺も同じだ」


 レインが後ろから言った。「私も同じです。ただし無計画には動きません」


「わかってる」


「毎回言わせないでください」


「毎回釘を刺してくるからだろ」


 夕暮れの王都を、三人が歩く。


 白い石畳が、赤く染まっている。


 リコは、ガリウスの腕の中で、小さな根を鉢の底に落ち着かせた。


 地面は遠い。でも、仲間が近い。


 それで十分だと、今は思う。


 *百年後の誰かに、押しつけたくない。*


 *だから、あたしたちが行く。*


---


異世界メモ⑩ 緑の聖女・エルダ・ヴェルト


本名エルダ・ヴェルト。百年前のSランク冒険者。植物魔法の使い手で、幼少期から植物と「話せる」と言っていたとされる。冒険者になる前は王都植物園に勤めており、当時の同僚の記録には「花に語りかけながら水をやる、変わった娘」という記述が残る。枯死の疫病を食い止めた後、「根源の封印」のために単独で地下最深部へ向かい、消息を絶った。ギルドの公式記録では「任務中に殉職」と記されているが、遺体は確認されていない。


---


異世界メモ⑪ 王都の植物園


王都リュミエールには、城壁内に王立植物園がある。この世界中の植物が集められており、珍しい薬草や魔法植物の研究が行われている。エルダ・ヴェルトはここで働いていた記録が残る。現在は一般市民にも開放されており、入場料は銅貨二枚。リコが将来ここを訪れたとき、何を感じるかはまだ誰も知らない。


---


異世界メモ⑫ 冒険者の寿命と記録


この世界では、魔力の高い人間は通常より長命になることがある。バルトが百年以上生きているのも、若い頃に魔素を大量に浴び続けた結果だ。ただしこれは一般的ではなく、ほとんどの人間の寿命は現代日本とさほど変わらない。長命者は「生き証人」として重宝されることが多く、ギルドの資料室管理人のような役職に就くケースが多い。バルトがエルダ・ヴェルトを直接知っていたのも、この長命ゆえだ。


---


異世界メモ⑬ 根源こんげんについて


寄生型汚染魔素を生み出す存在。詳細は不明。エルダの日誌には「地下最深部にいる」とだけ記されており、その正体や形状、意識の有無についての記述はない。ギルドも独自に調査を試みたが、最深部への到達自体が困難で、調査チームが何度も引き返している。一部の研究者は「根源は生物ではなく、大地そのものが持つ一種の『抗体反応』ではないか」という仮説を立てているが、証明はされていない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ