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転生したら薬草だった件 ~最強の根を張るのは、異世界の大地の上で~  作者: parade


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六話「地下回廊と、眠れる根」


 王都の地下に、こんな世界があったのか。


 リコは根を通じて感じながら、そう思った。


 地下への入口は、王城の裏手にある古い礼拝堂の床下だった。石造りの階段が、松明の明かりも届かない深さまで続いている。調査チームは三組、総勢十二人。ガリウスたちはその最後尾だ。


 階段を降りるにつれ、リコの根が騒ぎ始めた。


 *濃い。*


 魔素が、地上の比ではない。まるで空気そのものが魔素でできているような感覚。根が勝手に伸びようとする。鉢の底を押す力が強くなる。


 *落ち着け、あたし。*


 リコは意識を絞った。情報が多すぎると処理しきれない。必要なものだけを拾う。


 まず、地形。回廊は複数に枝分かれしている。魔根網が部分的に繋がっており、奥に進むにつれて濃密になる。


 次に、異常。魔素の流れが一か所に向かって吸い込まれている。渦のように。その中心は──


 *深い。まだ、ずっと深い場所にある。*


「リコ、何か感じるか」ガリウスが小声で言った。


 リコは葉を右に傾けた。右の回廊の方が、異常が強い。


 ガリウスがレインに目配せした。レインが頷いて、先頭のチームリーダーに耳打ちした。


---


 右の回廊を進んで十分後、先頭チームが止まった。


「壁に、何かある」


 リーダーの声が反響する。松明を近づけると、石壁一面に、びっしりと文字が刻まれていた。


 古い文字だ。レインが顔を近づけて読もうとしたが、「半分くらいしかわからない」と首を振った。


 リコは壁に根を伸ばした。


 触れた瞬間、情報が流れ込んできた。文字ではない。石そのものが持っている「記憶」のようなもの。この石が刻まれた時代の、大地の感覚。


 *百年前だ。*


 そして、一つのイメージが来た。


 誰かが、この壁に手を当てている。長い黒髪。緑の瞳。


 *緑の聖女。*


 リコは、花びらを素早く三枚散らした。緊急の知らせのサイン。


「リコ?」ガリウスが鉢を覗き込んだ。


 リコは壁に向けて葉を傾け、それから下を指すように花を向けた。


 レインが読んだ。「この壁は、聖女が関係している?」


 花びらが開く。正解。


「そして、答えはもっと下にある?」


 また花びらが開く。


 チームリーダーが、険しい顔で言った。「進むぞ」


---


 さらに深く降りると、回廊が広間に繋がった。


 広間の広さは、王都の広場くらいはある。天井は高く、松明がなくても、壁から淡い光が染み出している。魔素が可視化されているのだ。青白く揺れる光が、壁全体を覆っている。


 そして広間の中央に、それはあった。


 巨大な根だ。


 直径が五メートルはある、太い根。床を突き破って生えており、天井まで届いている。いや、天井を突き抜けて、さらに上まで伸びているのだろう。表面は黒く変色しており、所々から黒い液体が滲んでいる。


 その根の周囲の床は、枯れていた。石畳の隙間から生えていたはずの苔や小さな草が、すべて黒く変色して死んでいる。


「これが……」チームリーダーが息をのんだ。


「枯死の根源です」レインが静かに言った。「王都の真下で、大地の魔素を吸い尽くしている」


「植物、なのか?こんな巨大な」


「植物だったもの、でしょう。今は——」


 レインが言葉を切った。


 リコがすでに動いていたからだ。


---


 ガリウスが気づいたときには、リコの根が鉢から伸びて、床に触れていた。


「リコ!」


 止める間もなかった。


 根が床の石畳の隙間に入り込み、地中へ伸びていく。リコ自身の意識が、急速に広がる。地下の魔根網に接続される。


 そして、リコは──感じた。


 巨大な根の「声」を。


 声というより、感情の塊だ。言葉ではない。でもリコには伝わった。


 *痛い。苦しい。止められない。*


 *止めてほしいのに、止められない。*


「……生きてる」リコは思わず、声に出した。


 今日は魔素雨が降っていない。人型ではないはずなのに、声が出た。


 全員が振り返った。


 鉢の中のリコから、声が出ていた。花びらが震えている。根が床中に広がっている。そして、リコの花から溢れる光が、広間を照らし始めていた。


「リコ、お前今──」ガリウスが膝をついて鉢を覗き込んだ。


「生きてます」リコは言った。声が掠れている。魔素雨なしに人型になったわけではない。でも、強すぎる感情が、声だけを絞り出した。「あの根、まだ生きてます。苦しがってる」


---


 沈黙が広間を満たした。


 チームリーダーが、ゆっくりと言った。「……植物が、苦しがっている?」


「汚染されているんです」リコは根を通じて感じながら言った。「外から何かに侵食されて、自分の意志に反して魔素を吸い続けている。あの根そのものは、悪くない」


「ではあの黒い変色は」レインが近づきながら言った。


「寄生、だと思います。根の外側に、別の何かが張り付いている」


 レインが目を細めて巨大な根を観察した。松明を近づける。確かに、黒い変色は根の表面だけで、内部は——かすかに、緑がかっている。


「……本当だ。内部はまだ生きている組織が」


「あの黒いものを剥がせれば」リコは言った。「根は止まれるかもしれない」


「剥がす方法は」チームリーダーが言った。


 全員がリコを見た。


 リコは、根を通じて考えた。浄化の魔力なら持っている。フォレット村の魔石のときと同じように。でも今回は規模が違う。あのときの魔石とは比べ物にならない。


 *どのくらいかかるか、わからない。*


*でも。*


 リコは、広間の床に根を張った。鉢から大きく、深く。石畳を割って、地中深くに向かって。


 ガリウスが「リコ!」と言ったが、止めなかった。止められないのではなく、止めなかった。それが正しいと、わかっていたから。


 根が大地のネットワークに深く繋がる。王都の地下全体の魔素が、リコに向かって流れ込んでくる。


 *これだけあれば、足りる。*


 リコは、浄化の力を放った。


---


 それは静かな戦いだった。


 轟音も、閃光も、ない。ただリコの花から溢れる光が、少しずつ、少しずつ、巨大な根の表面を白く染めていく。黒い変色が後退する。根が——震えた。


 *痛いですか。*


 リコは根を通じて、問いかけた。


 返ってくるのは言葉ではない。でも、伝わった。


 *痛くない。楽になっていく。*


 *ありがとう。*


「レイン」ガリウスが、固い声で言った。「リコは大丈夫か。魔力切れとか」


「地下の魔素を使っているので、消耗はしていないはずです。ただ……」レインは鉢を見つめた。「集中が切れたら一気に反動がくるかもしれない。誰も話しかけないで」


 広間が静まり返った。


 十二人の冒険者が、一輪の花を中心に、息を殺して見守っている。


 松明の炎が揺れる。


 黒い変色が、根の上半分まで後退した。


 根が、静かに震えた。まるで、長い眠りから覚めるように。


 そして——根の表面に、緑が戻ってきた。


---


 完全に浄化が終わったのは、二時間後だった。


 黒いものは完全に消え、巨大な根は柔らかな緑色に輝いていた。床の枯れた苔が、少しずつ色を取り戻し始めた。


 リコは、根を鉢に引き戻した。


 その瞬間、どっと疲労が来た。


 植物に疲労があるとしたら、こういう感じだろう。葉がしおれる。花びらが閉じる。根が重い。


「リコ!」ガリウスが鉢を両手で抱え上げた。「大丈夫か!」


 リコは、花びらを一枚だけ、かろうじて開かせた。


 大丈夫、のサイン。


 ガリウスが、鉢を胸に抱えた。体温が伝わる。温かかった。


「……よくやった」


 その声が、少し震えていた。


---


 帰り道、レインがチームリーダーに言った。


「根の正体を調べる必要があります。あれは自然に生えたものではない。誰かが、意図的に植えた可能性がある」


「百年前から?」


「あるいは、もっと前から」


 チームリーダーは黙った。それから、ガリウスの背中のリコを一瞥した。


「……その花がいなければ、今日どうなっていたかわからない」


 ガリウスは何も言わなかった。代わりにリコの鉢を少し高く抱え直した。


 リコは、目を閉じるように花びらを閉じながら、根の奥でぼんやりと考えた。


 あの根が言った言葉を。


 *ありがとう。*


 生きているものは、苦しんでいる。声があってもなくても。根があっても、なくても。


 だとしたら、根を持つ自分にできることは、まだたくさんある気がした。


 *眠ろう。次に起きたら、また根を張ればいい。*


 リコは、大地の魔素を感じながら、静かに眠りについた。


異世界メモ⑥ 地下魔素層ちかまそそう


大地の深部には、地表の数十倍もの魔素が蓄積した「地下魔素層」が存在する。通常の魔法使いはここに直接アクセスする手段を持たないが、深く根を張れる植物型の存在は例外だ。リコが今回使用した魔力の大半は、この地下魔素層から得たもの。これが人間の魔法使いなら魔力切れで倒れていた規模の浄化を、リコが完遂できた理由である。ただし地下魔素層への接続は精神的な負荷が大きく、長時間の使用は植物であるリコにも「しおれ」として影響が出る。


---


異世界メモ⑦ 魔根網の「声」


魔根網を通じてやりとりされる情報は、言語ではなく「感情と状態の塊」として伝わる。植物には人間のような言語中枢がないため、喜怒哀楽や痛み・快楽といった原始的な感情が直接伝達される仕組みだ。リコは元人間であるため、この「感情の塊」を人間の言語に変換して理解できる稀有な能力を持つ。今回のように、汚染された植物の「苦しみ」を受け取れたのもそのためだ。通常の植物型モンスターや精霊でもこの変換はできないとされる。


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異世界メモ⑧ 寄生型汚染魔素きせいがたおせんまそ


今回リコが取り除いた「黒いもの」の正体は、汚染された魔素が凝固した寄生体だ。宿主となる植物に張り付き、その根のネットワークを乗っ取って周囲の魔素を強制的に吸い尽くす。自然発生はほぼしないとされており、何者かが意図的に生成・散布した可能性が高い。百年前の枯死の疫病も、同じ寄生体が原因だったという説がある。封印した聖女がその後消息を絶ったのは、寄生体の「根源」を追って旅立ったためではないかと、一部の研究者は推測している。


---


異世界メモ⑨ 意思持ち草の「声」


通常、植物型の存在は魔素雨などの特殊条件なしに声を出すことができない。しかし今回リコが声を発したのは、感情の強度が一定の閾値を超えたためだ。魔根網を通じて感じた「苦しみ」の共鳴が、リコの魔力を瞬間的に爆発させ、声帯に相当する器官を一時的に形成した。これは意思持ち草の記録にも前例がなく、レインは後に「感情が魔力を動かす、その極限例」と記録している。リコ自身はこの現象をまだ意識的に再現できない。

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