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転生したら薬草だった件 ~最強の根を張るのは、異世界の大地の上で~  作者: parade


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五話「王都の闇と、咲き誇る者」


 王都リュミエールは、白かった。


 城壁も、石畳も、建物の外壁も、すべてが白亜で統一されている。太陽の光を反射して街全体が輝いて見えるため、旅人はよくリュミエールのことを「光の都」と呼ぶ。


 だがリコには、その白さが少し嘘くさく感じた。


 *土が、痩せている。*


 城門をくぐった瞬間、根を通じて伝わってきた。石畳の下の土が、魔素をほとんど含んでいない。長年の建設と人の往来で、大地が疲弊している。街路樹は植えられているが、根が浅く、どこか窮屈そうだ。


 *きれいな街だけど、地面は苦しいんだな。*


 リコは葉を一枚、ひっそりと揺らした。誰にも気づかれない、小さな所作。


---


 冒険者ギルド本部は、王都の中央広場に面した大きな建物だった。


 ガリウスが受付で登録手続きをしている間、レインはリコの鉢を抱えてロビーを観察していた。


「王都のギルドは規模が違いますね」レインが静かに言った。「Sランク冒険者の肖像画まで飾ってある」


 リコは壁を見た。光の像で、ぼんやりとだが絵の輪郭はわかる。一番大きな肖像画の人物は、長い髪の人間のようだ。


「あの一番大きいのは?」


 声で聞けたのは、昨日また少し魔素雨が降ったからだ。今日はまだ人型が保てている。ただレインの話では、あと数時間で切れるだろうとのことだった。


「『緑の聖女』と呼ばれた方です」レインが答えた。「百年前のSランク冒険者。植物魔法の使い手で、当時大陸を襲った枯死の疫病を食い止めたと伝えられています」


 リコは、その肖像画を見た。


 緑の瞳。黒い髪。


 *……なんとなく、他人と思えない。*


「枯死の疫病というのは」


「大地の魔素が急速に失われ、植物が根こそぎ枯れていく現象です。百年前に一度起きて、聖女が封じた。それ以降は……」


 レインが、そこで言葉を切った。


「……それ以降は、どうしたんですか」


「最近、また似たような報告が各地から上がっています」レインの声が、わずかに低くなった。「森の木が理由もなく枯れる。大地の魔素濃度が局所的に低下する。フォレット村の魔石も、その一例かもしれない」


 リコは、根を鉢の底に押しつけた。


 *知っている。大地が、病んでいる。あの森だけじゃない。*


 王都に来るまでの道中でも、根を通じて感じていた。点在する「枯れ」の感覚。大地のネットワークの、所々の断絶。


 しかしそれを、まだ二人には伝えていなかった。確信が持てなかったから。でも──


「レイン」


「なんですか」


「わたし、ずっと感じていたことがあります」


---


 話を聞いたレインの顔が、見る見る険しくなった。


「……根のネットワークを通じて、各地の『枯れ』の位置を把握できると」


「はっきりではないです。でも、大まかな場所は」


「どのくらいの範囲で」


「王都を中心に、半径……馬で三日くらいの範囲に、十数か所」


 レインは黙った。


 ちょうどそこにガリウスが戻ってきた。登録証を誇らしげに掲げている。


「できたぞ!これで俺も正式に王都ギルドの──」


 二人の顔を見て、ガリウスが止まった。


「……なんかあったか」


「リコから重要な情報が」レインが言った。「ガリウス、ギルドマスターへの面会を申請してください。今すぐ」


「え、なんで、俺登録したばっかりで」


「リコの名前を出せば通ります」


「なんでリコの名前で──」


「意思持ち草が大地のネットワークで広域の枯死現象を把握しているというのは、ギルドにとって最上級の情報です。動いてください」


 ガリウスは一瞬だけリコを見た。リコは花びらを一枚、きっぱりと開かせた。


「……わかった」ガリウスは踵を返した。「行ってくる」


---


 ギルドマスターの名前はドナルド・クレイン。五十代の大柄な男性で、顔中に古い傷跡があった。かつてはSランク冒険者だったらしい。


 リコの話を聞いたクレインは、長い間沈黙した。それから、リコの鉢を──正確にはリコ自身を──まっすぐ見た。


「お前が、意思持ち草か」


 リコは花を開かせた。


「根のネットワークで枯死の位置を把握できると言ったな。地図に示せるか」


 リコは考えた。地図に示す手段がない。ペンは持てない──今日はまだ人型が保てているが、精密な作業には向かない。


 レインが察した。「地図を広げてください。リコが花びらを落とす場所を示します」


 クレインが地図を机に広げた。


 リコは立ち上がり、地図の上に手をかざした。根のネットワークから得た情報を、記憶の座標と照らし合わせる。そして、ゆっくりと花びらを一枚ずつ、該当する場所に落とした。


 十四枚。


 クレインが、その花びらの位置を見て、顔色を変えた。


「……これは」


「ギルドに報告が上がっている枯死現象の位置と、ほぼ一致しています」レインが静かに言った。


「一致どころじゃない」クレインは地図から目を離さなかった。「まだ報告が上がっていない場所も含まれている。この三か所は、ギルドでも把握していなかった」


 沈黙が、部屋を満たした。


「そして」リコは言った。声がまだ出るうちに言わなければならない。「この十四か所を線で結ぶと、中心があります」


 リコは地図の一点を指差した。


「王都の、真下です」


---


 その夜、リコは人型を失った。


 静かに、いつものように。光が散って、花に戻る。声が消える。


 でも今夜は、少し惜しかった。まだ言いたいことがあった気がして。


 ガリウスが宿の窓際に鉢を置いてくれた。月が出ている。街の喧騒が遠くから聞こえる。


「なあ、リコ」ガリウスが窓枠に肘をついて言った。「王都の真下が原因、ってどういうことだと思う」


 リコは葉を揺らした。わからない、のサイン。


「そうだよな。俺もわからん。でも、でかい話になってきたな」


 肯定の花びら。


「怖いか?」


 リコは少し考えた。


 怖いかと言われると、正直よくわからない。根を通じて感じる「枯れ」の感覚は、不快だ。大地が病んでいく感覚は、自分の体が蝕まれるような感じがする。でもそれは恐怖とは少し違う。


 リコは、花びらを一枚だけ、ふわりと散らした。


 ガリウスはそれをしばらく見ていた。


「……なんか、悲しい、みたいな感じ?」


 正確だった。リコは花を大きく開かせた。


「そっか」ガリウスは頷いた。「俺も、大地が枯れてくのは悲しいと思う。農民の息子だからかな。土がなかったら、何も育たないから」


 リコは、初めて知った。ガリウスが農民の家の出身だということ。


 だからかもしれない。彼が土を踏む足取りには、どこか地に足がついた感じがある。脳筋に見えて、根っこのある人間だ。


 *根っこのある人間、か。*


 リコは、それが少し好きだと思った。


---


 翌朝、ギルドから正式な依頼が届いた。


 内容は、王都地下の調査。ギルドのAランク以上の冒険者チームが数組編成されるが、そのうちの一組にガリウスたちが加わる形だ。ガリウスはCランク登録したばかりだが、リコの能力を買われての特例だった。


「地下、か」ガリウスが依頼書を見ながら言った。「リコ、地下でも根のネットワークって使えるか?」


 リコは少し考えて、葉を揺らした。使えるはずだ。地下の方が、むしろ土と近い。


「心強い」レインが荷物を確認しながら言った。「ただし、地下は魔素の流れが読みにくい。いつでも花に戻れる準備をしておいてください」


 リコは花びらをそっと開かせた。了解、のサイン。


 ガリウスが鉢を背負い直した。その手つきが、最初の頃より随分丁寧になっていた。


「行くか」


 リコは根を鉢の底に押しつけながら、地下の大地の気配を探った。


 深く、暗く、そして──やはりそこに何かがある。大地の奥で、脈動している何かが。


 *あたしが感じているこれは、敵なのか、それとも──*


 答えは、地下に降りてからわかる。


 リコは花を一度閉じ、それからゆっくりと開いた。


 準備はできている。根を張る場所がある限り、どこへでも行ける。


 三人は、王都の石畳を踏んで歩き出した。


異世界メモ① 魔素と大地の関係


この世界の魔法エネルギー「魔素」は、空気中よりも**大地の中に多く蓄積**されている。地層が深いほど魔素は濃く、古い土ほど豊かだ。人間の魔法使いが魔素を使いすぎると周囲の空気が薄くなる感覚を覚えるが、植物型のリコが根から魔素を吸う場合、影響が**広大な大地全体に分散**されるため、局所的な枯渇が起きにくい。


---


異世界メモ② 菌根ネットワーク


森の木々は、地下で菌類を介した根のネットワークで繋がっている。この世界ではそれが魔素を媒介として発達しており、「**魔根網まこんもう**」と呼ばれる。植物は魔根網を通じて、栄養や情報を共有する。リコはこのネットワークに接続できる稀有な存在で、広域の大地の状態をリアルタイムで感知できる。人間の魔法使いが魔根網に触れるには、高度な自然魔法が必要で、それでも断片的な情報しか得られない。


---


異世界メモ③ 枯死の疫病こしのえきびょう


百年前に大陸を襲った現象。大地の魔素が急速に失われ、植物が連鎖的に枯れていく。原因は長らく不明だったが、「緑の聖女」が自身の全魔力を大地に注ぐことで封印した記録が残る。聖女はその後、消息を絶った。現在また各地で類似現象が確認されており、ギルドは極秘裏に調査を進めている。王都市民への情報開示はまだ行われていない。


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異世界メモ④ 意思持ちいしもちぐさ


魔素を大量に蓄えた植物の中に、ごく稀に「意識」が宿ることがある。これを意思持ち草と呼ぶ。古い文献には数例の記録があるが、現存が確認されているのはリコだけ。過去の意思持ち草の多くは、意思を持ったまま数百年生き続け、やがて大樹になったとされる。リコがこの先どう成長するか、レインは密かに注目している。


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異世界メモ⑤ 冒険者ランク制度


この世界の冒険者はF〜Sの八段階でランク付けされる。Fが最下位、Sが最上位。ガリウスは現在C登録(実力的にはB相当と査定されたが、経験不足で仮C)。レインはB登録の薬師。ランクが上がるほど受けられる依頼の難易度と報酬が上がる。Aランク以上になると、国家規模の依頼にも関与できる。リコは冒険者登録こそないが、ギルド内では事実上「Aランク相当の戦力」として認識されつつある。

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