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転生したら薬草だった件 ~最強の根を張るのは、異世界の大地の上で~  作者: parade


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三話「森の声」


 森は、病んでいた。


 莉子には、それがすぐにわかった。


 ガリウスに鉢を抱えてもらいながら森に入った瞬間、根を通じて情報が流れ込んできた。大地が発している、微細な魔素の乱れ。木々の根が送り合う、植物同士の「ネットワーク」──この世界では本当に機能していた──が発している、苦しみのような振動。


 *何かが、大地を侵食している。*


「莉子、どうした。葉っぱが震えてるぞ」ガリウスが言った。


 いつの間にか莉子には名前がついていた。ガリウスが「リコって呼んでいいか」と言い、莉子が承認したのだ。


 莉子は、危険を示すために花びらを閉じ、それから方向を示すために一枚の葉を右に傾けた。


「右に何かある?」


 肯定。


「レイン、リコが右だって言ってる」


「植物のナビゲーション……」レインは呟いた。「理論的にはありえる。菌根ネットワークを通じて情報を──でも実際に起こっているとは」


 一行は右に進んだ。


---


 見つけたのは、黒い結晶だった。


 直径一メートルほどの岩のような物体が、地面から生えている。いや、正確には「地面に刺さっている」という方が正確だ。隕石のような形状。しかし、その周囲の土は変色し、近くの木は枯れ始めていた。


「魔石だ」レインが息をのんだ。「それも、呪詛が込められた魔石。これが大地の魔素を乱して──」


「ぶっ壊せばいいんじゃないか」ガリウスが剣を抜いた。


「物理攻撃で砕いたら呪詛が拡散する!」


 ガリウスが剣を止めた。「じゃあ、どうする」


 レインは考え込んだ。「呪詛を無効化する魔法が必要。私の専門は薬術魔法だから、本格的な呪術は──」


 莉子は、もう決めていた。


 鉢から、根を伸ばした。


 意識を集中する。鉢の底の穴から、土を通じて、地面へ。異世界の大地への、初めての「接続」。


 繋がった瞬間、莉子は目眩にも似た感覚を覚えた。


 膨大な情報が流れ込んでくる。大地全体の魔素の流れ。木々の根のネットワーク。土の中の無数の生命。そして、黒い結晶から漏れ出す、くろぐろとした「汚染」。


 *わかった。これは、大地の魔素を逆流させている。*


 植物にとって、魔素の流れが逆転することは致命的だ。根から吸い上げるはずのものが逆流する。それが「枯れ」の原因だった。


 莉子は、やってみることにした。


 根を、黒い結晶に向けて伸ばす。触れた瞬間、強烈な「拒絶」がきた。でも莉子は引かなかった。生前、枯れかかった植物を何度も蘇らせてきた。根腐れを起こした鉢植えを、何時間も向き合って治してきた。これは、それと同じだ。


 花びらから、魔力を放出する。純粋な、浄化の力。


 少しずつ、黒い結晶にひびが入り始めた。


「リコ……!」ガリウスが鉢を見つめた。「お前、何してるんだ……すごい魔力が出てる!」


 レインは、息をのんだまま動けなかった。


 十分後、黒い結晶は音もなく崩れ、白い砂になって地面に溶けた。


 森に、静けさが戻った。


---


 夜、焚き火の前でガリウスが言った。


「リコって、もしかして、俺たちより強いんじゃないか」


 レインがお茶を一口飲んだ。「もしかしなくても、そうでしょう。魔素の操作量と精度が、私の六倍は上でした」


「六倍!?」


「しかも、大地に根を張ることで際限なく魔素を吸収できる。消耗という概念が、ほぼない」


 ガリウスは莉子の鉢を見た。莉子は月明かりの中で、静かに花を開かせていた。


「おい、リコ」ガリウスが言った。「お前、本当は何なんだ。こんな森の中にポツンと生えてた花が、呪詛の魔石を単独で浄化して、魔力は俺たちの何倍もあって」


 莉子は、少し考えた。


 どう伝えればいいか。自分には声がない。文字も書けない。使えるのは、香りと花びらと葉の動きだけ。


 でも、ガリウスには伝わっている気がした。言葉じゃない何かが。


 莉子は、花びらを三枚、ゆっくりと散らした。


 風が吹いて、それを遠くへ運んでいく。


「……旅をしたい、って言ってる?」ガリウスが、なんとなく言った。


 莉子は、花を大きく開かせた。


 ガリウスは笑った。それから、鉢をぽんと叩いた。


「わかった。一緒に行こう。俺はAランクになるまで旅をやめないから、お前も付き合ってもらうぞ」


 レインが苦笑した。「植物に進路を強制するのはどうかと思いますが……」


 でも莉子は、不満の香りを放たなかった。


 代わりに、静かで、穏やかな、夜の花の香りを、焚き火の煙に混ぜた。


 二人は、その香りの意味を正確にはわからなかっただろう。


 でも、ガリウスは「なんかあったかい」と言い、レインは「……そうですね」と言った。


 *よろしく、という香りです。*


 莉子は、根を鉢の底に静かに落ち着かせながら、思った。


 声はない。体もない。手も足も顔も。


 でも、根はある。香りはある。そして、一緒に旅する仲間が、できた。


 それで十分だ。十分すぎるくらい。


 王都まで、まだ遠い。森はまだ、病んでいる場所があるかもしれない。世界は広い。


 神崎莉子は──今はリコという花は──異世界の夜の中で、ゆっくりと新しい根を張り始めた。


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