二話「根を張る者の旅」
結論から言えば、莉子は鉢植えにされた。
ただし、それは莉子が望んだことでもあった。
レインは「意思持ち草」の扱いに慣れていた。というか、この世界の薬師は植物に対して敬意を払う文化があるらしく、莉子が拒否の意思(閉じた花びら)と承認の意思(開いた花びら)を使い分けると、すぐに交渉に応じた。
「我々と一緒に来てほしい。あなたを傷つけることはしない。ただ、その代わり──」
レインは薬師らしく、率直だった。
「あなたの力を、貸してほしい。人を助けるために」
莉子は、花を全開にした。
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旅の道具として莉子が選んだのは、持ち運びに便利な木の鉢だった。ガリウスがそれを背負う。最初は文句を言っていたが、莉子が彼の傷に「癒しの香り」を放つと三日で懐いた。
わかってきたことがある。
莉子は、どうやら「薬草の上位存在」に転生したらしい。根から吸収した魔力を、花・葉・香りという形で放出できる。その効果は多岐にわたった。
癒し。毒の中和。感情の安定。魔法の増幅。
そして──レインが最初に気づいた──敵の弱体化。
「あの盗賊団が急に戦意を失ったのは、あなたの香りのせいでしょう」レインは莉子の鉢に向かって言った(会話するのが習慣になっていた)。「恐怖を増幅させる香りを放ちましたね」
莉子は、ゆっくりと葉を揺らした。肯定のサイン。
「やば」ガリウスが呟いた。「うちの花、最強じゃないか」
*あなたの花ではないですが。*
莉子は彼の耳元でツンとした香りを放った。
「いたっ!なんで怒るんだよ!」
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旅の最初の目的地は、王都リュミエールだった。
理由は単純で、ガリウスが「Aランク冒険者」を目指しており、そのためには王都のギルド本部に登録が必要だったからだ。レインはその護衛兼教育係として雇われている。
道中で、莉子は多くのことを学んだ。
この世界には「魔素」と呼ばれるエネルギーが満ちており、それを操る力が「魔法」だ。人間は体内に「魔核」を持ち、そこから魔法を発動する。しかし植物は違う。大地から、空気から、直接魔素を吸収する。
つまり莉子は、魔核を持たずに魔力を扱える、この世界では異例の存在だった。
「理論上、あなたが吸収できる魔素に上限はない」レインが言った。「大地に根を張る限り」
*根を張る限り、か。*
莉子は、それを聞いて少し考えた。
自分は今、鉢の中にいる。根は小さな鉢の土の中に収まっている。でも、もし地面に根を張れたら?もし、もっと広く、深く伸ばせたら?
まだ試したことのないことが、たくさんある気がした。
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三週間後、一行は小さな村に立ち寄った。
名前はフォレット村。森の入り口に位置する、木こりと農民の村。しかし、村人たちの顔は暗かった。
「何があったんですか」レインが宿の主人に聞いた。
「森が……おかしいんです」主人は声を落とした。「一週間前から、森の奥で光が見える。動物が逃げてくる。村に入った若者が一人、行方不明になって──」
ガリウスが身を乗り出した。目が輝いている。
「冒険の匂いがする!」
レインはため息をついた。莉子は静かに、自分の根を鉢の底に押しつけた。
*行くべきだ。*
理由は説明できなかった。でも、この感覚は信じられる。生前、植物を育てていたとき、莉子はいつもそうだった。言葉にならない「そうすべき」という感覚。根がそれを教えてくれる。
ガリウスが、莉子の鉢をのぞき込んだ。
「おい、お前も行きたいのか?なんか花びらがそわそわしてる」
莉子は花を大きく開かせた。
「よし、決まりだ!レイン、行こう!」
「……私の意見は」
莉子は、レインに向かって「説得」の香りを放った。柔らかく、でも意志の強い、そういうイメージで。
レインは、額に手を当てた。
「……二対一ですね」




