一話「芽吹き、そして困惑」
読みにくい部分があれば、遠慮なくドンドン感想で言ってもらえたら助かります!
最初に感じたのは、土の重さだった。
全身が土に包まれている。いや、正確には「全身」という概念が崩れていた。手がない。足がない。ただ、何かが──細くて繊細な何かが──土の中に向かって伸びている。
*根だ*、と莉子は思った。*あたし、根が生えてる。*
パニックにならなかったのは、たぶん莉子の生来の性格のせいだ。まず状況を観察する。感情は後でいい。それが神崎莉子という人間の──いや、もはや人間ではないが──処世術だった。
ゆっくりと、感覚を広げていく。
根は深く、土の中を走っていた。水分を感じる。ミネラルを感じる。土の粒子一つ一つの大きさまで感じ取れる気がした。地上には茎がある。葉が数枚。そして──蕾。
*花、か。*
莉子は、異世界の土の中で、静かに自分の状況を整理した。
転生した。植物に。それはわかった。
問題は、植物は動けない、ということだ。
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しかし、莉子が「動けない」という問題に頭を悩ませていたのは、最初の三日間だけだった。
四日目の朝、地面を揺らす足音とともに、声が聞こえた。
「ここだ!見ろよレイン、こんな場所に見たことのない花が咲いてる!」
「騒ぐな、ガリ。珍しい植物には毒があることも──」
*人間だ!*
莉子は茎を精一杯伸ばした。葉を広げた。意識を地上に向けた。
見えた。
視覚も変わっていた。目はないのに、光の波長を葉で感じ取ることで、ぼんやりとした「像」が見える。赤みがかった大きな影と、青みがかった細長い影。二人の人物が自分を見下ろしている。
「……なんだこれ。赤い花びらに、金色の筋。図鑑で見たことないぞ」大きい影が言った。声は若く、少年のものだ。
「私も知らない」細い影が答えた。こちらは女性の声。冷静で、少し低い。「だが、この魔力の密度は異常だ。ただの野草ではない」
*魔力?*
莉子は、自分の「内側」に意識を向けた。
あった。根の奥の奥、大地から吸い上げるものの中に、水でも栄養素でもない何かが混じっていた。熱くも冷たくもないが、確かに「そこにある」感覚。蕾の中でそれが渦を巻いている。
*これが、魔力か。*
莉子は、生前の癖で思った。*まず、把握しよう。*
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少年の名前はガリウス。十六歳。鮮やかな赤い髪を持つ、見習い冒険者だ。
女性の名前はレイン。二十二歳。青みがかった黒髪の、薬師であり魔法使いでもある。ガリウスの「お目付け役」として冒険者ギルドから派遣されているらしい。
この情報を莉子が把握したのは、二人が自分のそばでキャンプを張り、三時間以上話し続けたからだった。
「明日、この花を街に持って帰ろう。ギルドのマスターに見せれば、懸賞金がもらえるかもしれない」ガリウスが言った。
「根ごと抜く気か?」レインが眉をひそめた(光の像からなんとなくそれがわかった)。「希少植物かもしれないのに」
「だって、鉢植えにして持ってけばいいじゃないか」
*──ちょっと待ってください。*
莉子は、初めて「意思を外に出す」ことを試みた。
方法はわからない。でも、生きている以上、何か手段があるはずだ。植物だって、外界に働きかける。花を咲かせ、香りを放ち、実を結ぶ。だとすれば、自分にも──
蕾が、ぽん、と開いた。
「うわっ!」ガリウスが飛び退いた。「今、急に咲いた!」
「……夜に咲く花か」レインが近づいてきた。光の像が大きくなる。「いや、違う。昼間は蕾だったのに。まるで、何かに反応したような──」
*そう、反応したんです。あなたたちの会話に。*
莉子はもう一度試みた。今度は香りを使って。根から吸い上げた魔力を、花びらに集中させる。香りとして、言葉の代わりに放出する。
できた。
甘くて、でも鋭い、独特の香り。莉子がイメージしたのは「待って」という感情だった。
「レイン」ガリウスが言った。「この花、なんか……ヘンな感じがする。怒ってる、みたいな?」
「植物が怒るわけが──」レインは言いかけて、止まった。長い沈黙。「……いや、ありえないとは言い切れない。伝説の『意思持ち草』は、魔力を持つ植物の中に極稀に存在すると記録にある」
*意思持ち草!それだ!*
莉子は今度は「嬉しい」をイメージして香りを放った。さっきより柔らかく、丸い香り。
ガリウスが、おそるおそる近づいてきた。赤い影が、目の前まで迫る。
「……もしかして、おまえ、頭いい?」
莉子は、花びらを一枚、彼の鼻先で揺らした。
リコ(神崎莉子)── 転生した花。声なし、でも意思あり。根が命綱。元は植物オタクの女子高生。
ガリウス ── 赤髪の見習い冒険者。脳筋気味だが心は優しい。リコを「うちの花」と呼ぶ。
レイン ── 青髪の薬師魔法使い。クール系。植物の知識が深く、リコとは相性抜群。




