表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したら薬草だった件 ~最強の根を張るのは、異世界の大地の上で~  作者: parade


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/25

十三話「枯れる庭」

 朝になっても、リコは香りを出さなかった。


 花弁は開いていた。萎れてもいなかった。でも、何も言わなかった。


 レインは水をやりながら、葉の状態を確認した。色は悪くない。根も生きている。でも何か──何か、根本的なところで、リコが「遠い」感じがした。


「大丈夫?」


 答えがなかった。


 レインは帳面を開いて、昨日から気になっていたことを書き留めた。街に植物がない。門をくぐった瞬間にリコの香りが止まった。石壁の黒い筋。そして夜、宿の窓から見えた女神神殿の尖塔が、暗闇の中でわずかに赤く光っていたこと。


 昼間は何も光っていない。


 あれは夜にだけ現れるものだろうか。今夜も確認しよう、とレインは書いた。


---


 ガリウスが朝食を買いに外へ出て、十分で戻ってきた。


「市場がある。ただ──」


「ただ?」


「花屋が、一軒だけあった」


 レインが顔を上げた。


「植物持ち込み禁止なのに?」


「布告は『外からの持ち込み』だ。元からあった店は別扱いらしい。で、その花屋の前を通ったんだが」ガリウスは椅子に座って、買ってきた黒パンをちぎった。「全部、枯れてた。店の中の植物が全部。でも店主はまだ店を開けてる。水やりながら。もう枯れてる鉢に水をやりながら」


 沈黙。


「……声、かけたの」


「かけた。何があったか聞いた」ガリウスは窓の外を見た。「三週間で、全部駄目になったって言ってた。水を変えても、土を変えても、どこから持ってきても同じだって。何かが足りなくなってるんだと思う、って」


「魔素が」


「ああ。植物が育つための魔素が、この街の土から消えてる。だから枯れる」


 レインは帳面に書き足した。三週間前。


「その店主、もう一個変なことを言ってた」


「何」


「うちの店の向かいに庭があった、って。女神神殿の庭。花が綺麗だったって、子供の頃から知ってたって。でも三週間前に、突然そこだけ全部刈られた。神殿の人間が夜中に来て、一晩で全部抜いて、更地にしたって」


 レインの手が止まった。


「……神殿が、自分の庭の植物を、夜中に、全部抜いた」


「ああ」


 二人は顔を見合わせた。


---


 その午後、見知らぬ男が宿を訪ねてきた。


 四十過ぎ、薬草商の格好をした男だった。愛想がよく、声が低く、目だけが笑っていなかった。


「旅のお方でいらっしゃいますね。見習い薬師の方がこちらにいると聞きまして」


 レインが出た。


「珍しい植物をお持ちだとか。よろしければ、見せていただけませんか。私、薬草の収集をしておりまして」


「誰から聞きましたか」


「門の衛兵から小耳に」男は笑った。「検疫の特例で通されたとか。珍しいことですので」


 レインは少し間を置いてから、男を部屋に通した。


 リコは窓から離れた棚の上にいた。男はリコを見た瞬間、ごく短く息を止めた。


「これは……」


「リコ草です。希少種」


「ええ、ええ」男はリコに近づいた。「美しい。非常に珍しい。よろしければ、譲っていただけませんか。お値段は」


「売りません」


「では、少しだけ──花びらを一枚でも」


「売りません」レインは繰り返した。「調合の材料ですので」


 男の表情が、一瞬だけ変わった。笑顔の裏に、別のものが覗いた。それは強欲でも焦りでもなく、もっと──義務のような、任務のような、冷たいものだった。


 そこに、ガリウスが部屋に入ってきた。


 男を見た。男を見て、ガリウスの目が変わった。


「帰ってくれ」


 声に感情がなかった。それが逆に、圧力になった。


「いや、しかし──」


「帰れ」


 男は笑顔を保ったまま頭を下げ、部屋を出た。


 廊下に足音が遠ざかった。


---


 ガリウスは廊下に落ちていた端切れを拾って、戻ってきた。


 小さな布切れだった。神殿の紋章──女神の翼を模した刺繍──が縫い込まれていた。


 男のものが落ちたのか、最初からここにあったのか、分からなかった。


 でも、繋がった。


 「神殿の人間だ、あれ」ガリウスは布切れを握った。「植物を集めてる。検疫令を利用して、外から持ち込まれないようにして、その上で自分たちは集めてる」


「何のために」レインが言った。


「分からない。でも」


 ガリウスは棚のリコを見た。


 リコは、じっとしていた。


 でも──男が来てから、かすかに、何かの香りがしていた。ガリウスは何の香りか分からなかった。レインが小さく言った。


「苦い草の匂い。初めて嗅ぐやつ」


「何を意味する」


「わからない。でも……怒り、だと思う。あの人に対して」


 ガリウスは布切れを上着の内ポケットに入れた。


「──妹も、植物が好きだった」


 小さく言った。独り言のように。


 レインは聞こえたが、黙っていた。


---


 夜になった。


 レインは窓辺で帳面を広げ、神殿の尖塔を観察した。


 二十分ほどで、光が見えた。


 赤く、じっとりとした光。昨夜と同じ。でも今夜はよく見ていたから分かった。光は一定ではなかった。ゆっくりと、波打つように、明滅していた。


 まるで、呼吸のように。


 レインは月を確認した。今夜は半月。


 帳面に、書いた。


 昨夜が何月何日で、月はどれくらいだったか。今夜がそれからどれくらいで、月はどれくらいか。このまま毎日記録すれば、光の強さと月の満ち欠けの関係が分かるかもしれない。


 もし連動しているなら、満月の夜に最も強くなる。


 次の満月まで──レインは暦を確認した。


 八日。


---


 真夜中近く。


 眠れないリコは、静かに根を伸ばしていた。


 王都の土は遮断されている。表層は何も届かない。でも今夜、リコは深く、もっと深く──石畳の下、建物の基礎の下、地下水脈よりさらに下へ、根の感覚を沈めてみた。


 あった。


 遮断されていない層が、深いところにあった。


 封印石が掌握しているのは地表に近い部分だけで、地の底の方では、かすかに、まだ大地のネットワークが生きていた。細く、弱く、でも確かに。


 リコはそこへ、そっと根を向けた。


 繋がった。


 ほんのわずかだけ。でも繋がった。


 そして聞こえた。


 底にいた「誰か」の気配が、また──戻ってきた。


 王都の内側に入ってから消えていたその声が、深層の流れを通じて、届いてきた。


 (やっぱり、いる)


 しかも近い。地表で感じていたときより、ずっと近い。


 存在の揺れが言っていた。


 ──ここ。


 ──ずっと、ここ。


 ──もう、長い。


 リコは根を縮めるのをやめた。


 怖かった。でも縮めなかった。


 (待ってて)と、思った。


 11話のときと同じ言葉だった。でも今度は、もう少し確かな意味を込めた。


 根を向けたまま、夜明けまで、リコは起きていた。


---


 朝。


 ガリウスが目を覚ますと、リコの花弁が全部、開いていた。


 久しぶりに。


 香りは、ローズマリーだった。


 起きている、という意味の香り。


 でもガリウスには、今日のそれが少し違って聞こえた。気のせいかもしれなかったが。


 まるで、「行くよ」と言っているような香りだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ