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偽りの美少年と、崖っぷちの理性

1話あたりの長さが不安定すぎる…

楽しんでもらえると嬉しいです。

……おい、嘘だろ。

隣に座るリアが、立ち去ろうとした若い給仕の女に「パチン」と音のしそうなウインクを飛ばした瞬間、俺の視界が真っ白になった。

ただでさえ整いすぎているこいつのツラだ。そんなツラで、あんな誘うような真似をしてみろ。

案の定、給仕の女は、俺に怯えていたことなど忘れたように顔を真っ赤にし、熱に浮かされたような顔で奥へ向かおうとした。


「…………っ」


拳を握り締め、テーブルを叩き割りそうになるのを必死で耐える。

胸の奥が、焼けるように熱い。泥臭い嫉妬だ。自分でも、この感情の正体がわからなくて吐き気がした。

相手は女だ。リアも――あくまで、男のガキだ。なら、美少年に見惚れる女と、女を口説く少年の図、というだけの話だろう。微笑ましい光景のはずだ。なのに、どうして俺は、今すぐリアの目を隠して、あいつをこの喧騒から連れ去りたいなどと考えている?


「兄貴ー? もしかして、妬いちゃいました? 冗談ですよー」


あざとい笑みを浮かべて、リアが俺の顔を覗き込んできた。

こいつ……わかってやってるのか?

俺の脇腹をツンと突いたその指先の感触が、服越しだというのに、肌に直接焼印を押されたように熱い。


「……お前、……あー、クソ。……あんな顔、他の奴に見せるんじゃねぇ」


絞り出した声は、自分でも驚くほど低く、ひび割れていた。

「毒気が強すぎるだろ」と吐き捨てて、俺はあらぬ方向に視線を逸らす。

毒だ。そうだ、こいつは毒だ。

拾った時はただの汚れた仔猫だと思った。だが、泥を落としてみれば、こいつは人の理性をじわじわと溶かす、美しくも恐ろしい猛毒だった。


(落ち着け、ガナッシュ。……こいつは男だ。俺が保護した……弟分だ)


すると、リアが急にハッとしたように顔を上げ、去りかけた給仕の背中に向かって声を張り上げた。


「あ、すみませーん! 追加で、野菜スティックと温野菜の盛り合わせもお願いします! 」


唐突な野菜のオーダーに、俺は毒気を抜かれた。肉が大好きな年頃のくせに、どうしたんだ。

リアは俺の視線に気づくと、少しだけ頬を染めて、バツが悪そうに笑った。


「……あ、いや。兄貴、さっきから顔が怖いっていうか、肉だけじゃなく野菜も食べて落ち着いてくださいね?」


「……っ、誰のせいだと思ってやがる」


俺は深いため息をついた。

こいつの、こういう「放っておけない」気遣いが一番質が悪い。

俺は自分の格好に目を落とす。返り血を浴び、多少水浴びで汚れは落としたとはいえ、森の泥で薄汚れたままの革鎧。


(……こいつに似合うのは、俺みたいな小汚い冒険者じゃなくて、あんな給仕の女みたいな綺麗な奴なんじゃねぇか……?)


自分に言い聞かせるたびに、腹の底の重たい熱が増していく。男に惹かれるなど、俺の人生にはありえないはずだった。俺は、今まで健全な男として生きてきたはずだ。

なのに、今は隣で咀嚼しているリアの白い喉元から目が離せない。

食事を終え、俺は逃げるように席を立った。


「……おい、行くぞ」


「あ、待ってくださいよー! 兄貴、早いってば!」


リアが慌てて俺の腕を掴み、自分の体に引き寄せるようにしがみついてくる。

そのたびに、買い与えたばかりのジャケットの厚い革越しに、こいつの体温が伝わってくる。その指の細さに、その柔らかさに、俺の頭はどうにかなりそうだった。

俺たちはそのまま、宿の帳場へと向かった。


「一晩だ。部屋はあるか」


帳場の親父は、俺の顔を見るなり震え上がったが、俺の隣でニコニコしているリアを見て、表情を緩めた。


「あ、ああ……。空いてるが、あいにく今は混んでてな。二階の端の、少々手狭な部屋なら空いてるが」


「狭くても構わねぇ。寝台が二つあるならな」


俺は必死にそれだけを確認した。


「……ああ。シングルが二つ、ぎりぎり詰め込んである部屋だ。仲のいい兄弟さんなら問題ねぇだろ」


俺は鍵をひったくるように受け取ると、背後のリアに声をかける余裕もなく、階段を上がった。

背後から「兄貴、早いってば!」という、鈴を転がすような声が追いかけてくる。その声を聞くだけで、心臓が肋骨を突き破らんばかりに暴れ狂う。


(落ち着け。……深呼吸だ。あいつは男だ。俺は兄貴だ。ただの、狭い、宿の、部屋だ……)


自分に男同士だと何度も呪文をかけながら、廊下の突き当たりにある「奥の部屋」の扉に鍵を差し込んだ。重々しい音を立てて扉が開く。


「……っ」


狭い。想像以上に狭い。

シングルベッドが二つ、申し訳程度に並んでいるが、その間の隙間は拳一つ分あるかないかだ。これでは、手を伸ばせば相手の体温がダイレクトに伝わってくる。


「うわぁ……本当に狭いですね」


後ろからひょいと顔を出したリアが、屈託のない声を上げる。

俺がこの「密室」という事実に絶望しているというのに、こいつは事もあろうに、俺が買い与えたばかりの上着を無造作に脱ぎ捨て、ベッドの上にダイブしやがった。


「兄貴、お疲れ様です! 部屋は手狭ですけど宿が空いてて良かったですね」


「……おい、リア」


「はい、なんですか? 兄貴」


俺は視線を窓の外に向けたまま、声を掛けた。


「そんな風に無防備にベッドで転がるもんじゃねぇ。………隙だらけだ」


ベッドの上でゴロゴロと、仔猫のように身をよじらせるリア。シャツ一枚になったその背中は、男のガキにしてはあまりに華奢だ。見ちゃいけない。だが、見ないようにすればするほど、あいつの立てる小さな衣擦れの音や、弾むような呼吸が、狭い部屋の空気を震わせて俺の鼓膜に突き刺さる。


(……何なんだ、この熱は)


腹の底が、じりじりと焼けるように熱い。

あいつをこのまま抱きしめて、どこか遠くへ隠してしまいたいという衝動と、そんな不浄なことを考える自分への嫌悪感が、脳内で激しく火花を散らす。


「えー? 男同士じゃないですか。兄貴、気にしすぎですよ。ほら、兄貴もこっち来てください。ふかふかですよ?」


リアがベッドの端をポンポンと叩く。

その無防備な誘いに、俺の「理性の防波堤」にピシリと亀裂が入った。


「……っ、い、いや! 俺は、酒を飲み直してくる。お前は先に寝てろ。いいな、絶対に先に寝てろよ!」


これ以上ここにいたら、俺は俺でいられなくなる。

俺は逃げるように部屋を飛び出した。背後でバタンと閉まった扉が、俺とあいつを隔てる唯一の境界線だった。

階段を駆け下りながら、俺は心の中で神に、あるいは自分自身に、必死で問いかけていた。

拾ったはずの「弟分」に、俺は一体、何を抱いているんだ――。

【ガナッシュの精神ログ】

• 精神状態: 致命的なシステムエラー(理性の防壁:2%)。

• 物理的反応: 狭すぎる部屋の気圧に耐えきれず、戦線離脱(逃亡)。

• 自己暗示: 「男同士、男同士、男同士……」を秒間10回ペースで唱えるも、リアの「ふかふかですよ?」の一言で全消去される。

• 収穫: 階段を、過去最速タイムで駆け下りることに成功。

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