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一人称の迷宮と、理性の防波堤

楽しんでもらえると嬉しいです。

焚き火の爆ぜる音が、夜の静寂に響く。

ガナッシュは、手元の肉を噛み締めながら、先ほどから胸の奥に刺さっている「棘」の正体を探っていた。


(……『私』、だと?)


隣で膝を抱え、器用に火の粉を避けているリアを盗み見る。

言葉遣いは丁寧だが、態度は図太い。魔物に襲われた直後だというのに、今はもう「このお肉、もう少し塩気が欲しいですね」などと生意気な口を叩いている。


「なあ、リア。お前……さっきから自分のことを『私』って言ってるが、それはなんだ。貴族じゃないならどこぞの騎士様のご子息か何かか?」


リアは食べる手を止め、ぱちくりと瞬きをした。


「あはは、変でしたか? 私の故郷じゃ、これが『デキる男』の嗜みだったんですよ。ほら、スマートに見えるでしょ?」


そう言って、リアはニカッとあざとい笑みを浮かべた。

スマート。聞いたことのない言葉だが、まぁ響きからして「洗練された」という意味だろう。


(……スマート、ねぇ)


ガナッシュは顎をさすりながら、リアをまじまじと観察した。

透き通るような白い肌、長い睫毛、そして火影に揺れる濡れた唇。

「男」として見るには、あまりに線が細く、造作が整いすぎている。もしこいつが「女」だったなら、今頃俺の心臓は爆発していただろう。

だが――。

ガナッシュの視線は、リアの頭部で止まった。

うなじが見えるほど短く切り揃えられた髪。

耳の形もはっきりと見え、そこには飾りっ気も何もない。

もし女であれば、この世界の風習ならもっと髪を伸ばすか、あるいは身分を隠すにしても、どこか「女」を捨てきれない甘さが残るはずだ。


(……だが、こいつにはそれがない。この潔い切り方は、まさに男のそれだ)


ガナッシュは、自分の脳内で「リア=男」という結論を補強するためのピースを無理やりパズルのようにはめていく。


(そういえば、昔の王都の若衆の間でも、あえて丁寧な一人称を使うのが流行ったって聞いたことがある。……こいつも、その類なんだろう。都会の生意気なガキによくある、背伸びの一種だ。そうに違いねぇ)


そう思うと、リアの「私」という言葉が、急に「背伸びして大人ぶっている少年の健気な努力」に見えてきた。


「……ふん、スマートか。ガキのくせに格好つけやがって」


「えへへ、兄貴にそう言ってもらえると嬉しいです!」


「……っ、別に褒めてねぇ! ほら、さっさと食って寝ろ。明日は朝が早いんだ。」


ガナッシュは、自分の心臓が少し速くなったのを「焚き火の熱気」のせいにして、強引に納得させた。

こいつは男だ。ショートカットの、少し言葉遣いが丁寧な、都会育ちの生意気なボウズ。

それ以外の選択肢を考えようとすると、自分の正気が疑われる気がして、ガナッシュは考えるのをやめた。


(……そうだ。男だからこそ、俺の横に置いておけるんだからな)


その理屈がどれだけ歪んでいるか、今のガナッシュには気づく由もなかった。







こいつを助けてから数日、お互いの距離も縮まって来たと思う。出会った当初から人懐っこい態度で俺にも遠慮なく話し掛けてきたが、時折観察するように俺を見ていた。本人はバレてないと思っているが、俺からすればその様子が猫が距離感を測っているみたいで微笑ましい。リアは最初野宿の仕方も知らないようで俺の周りをウロチョロしていたが今では拙いながらも俺の真似して野営の手伝いをするようになった。覚えはいい方なんだろう。下手だが。本人は否定していたが、やはり貴族の生まれに違いない。



隣では、リアが丸くなって眠っていた。


「……火傷の跡、か」


あいつが先程言った言葉を思い出す。あんなに細い体で、辛い過去を抱えてるんだなと思うと、ますます放っておけなくなった。明日には街に着く。いよいよこいつともお別れか。それを名残り惜しいと感じる俺は……



ふと、寝ているリアの顔が目に入った。


火に照らされた横顔は、昼間見るよりもずっと幼く、そして……驚くほど綺麗だった。

長い睫毛が影を落とし、薄い唇がわずかに開いている。


「……男のツラじゃねぇよな、これ」


無意識に、あいつの頬に触れようとして、手が止まった。

指先に、リアの髪が掠める。男のゴワついた髪じゃない。絹みたいに滑らかで、洗ったばかりの石鹸のような、甘い匂いが鼻をくすぐる。


その瞬間、俺の心臓がドクン、と大きく跳ねた。


(……待て、待て待て待て)


俺は慌てて手を引き、自分の胸を押さえた。


おかしい。相手は男だ。おそらく一回り近く年下の、弟分だ。

なのに、どうしてこんなに鼓動が速い? どうして「もっと近くで見たい」なんて思っちまうんだ?


「……俺は、疲れてるんだ。魔物と戦いすぎて、頭がイカれたに違いねぇ」


自分に言い聞かせ、目を閉じる。だが、瞼の裏にはさっきのリアの寝顔が焼き付いて離れない。

あいつが「兄貴」と呼んで慕ってくれるたび、嬉しさと同時に、言葉にできない「もどかしさ」が胸に広がる。

もしリアが女だったら……なんて、ありもしない想像をして、俺は激しく頭を振った。



「馬鹿か、俺は! 相手はリアだ。大事な、俺の弟分だ……!」


冷たい夜風を肺いっぱいに吸い込み、煩悩を振り払おうとする。

けれど、寝言で「……兄貴」と俺を呼んだリアの、柔らかな声を聞いた瞬間。

俺の決意はあっけなく崩れ去り、一睡もできないまま夜明けを迎えることになるのだった。

【ガナッシュの精神ログ】

• 精神状態: 自己暗示開始。

• 新たなバグ: 「火傷の傷跡」という情報により、庇護欲がカンスト。同時に、「傷を見られたくない」というあいつの「男のプライド」を守ってやらねばという、歪んだ騎士道精神が発動。

• 理性の防波堤:85%(あいつの声が聞こえるたびに心拍数が200を超える)

• 収穫: 寝不足による人相の悪化

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