特等席から眺めたら
最後までお付き合い頂きありがとうございました。
「……よぉ、バド。明日、連れてくるからな」
一人でふらりと店に現れた大男は、いつになく真面目な顔でそう言った。
長年付き合っていれば、こいつが大事な話をしようとしている時くらい分かる。だが、その口から飛び出したのは、戦場の報告でも、ましてや女の話でもなく、新しくできたという「弟分」への過保護な宣言だった。
「腕っ節はからっきしだが、頭は回る。明日ギルドに登録させるが、危ねぇ仕事はさせねぇつもりだ。ギルドの中で依頼を捌く手配師の仕事でも探させて、落ち着かせようと思ってる。……悪いが、よろしく頼む」
この男が、わざわざ事前に根回しに来る。俺はその時点で、すでにある種の違和感を抱いていた。
そして今日、扉をくぐってきた大男の背中には、予想を遥かに超える「違和感」が隠れていた。
「へい、いらっしゃい。……なんだ、本当に連れてきたか」
大男の後ろから顔を出したのは、確かに、この界隈の埃っぽさには似つかわしくない、線の細い子供だった。
(……ん?聞いてた話じゃ「弟分」だって話だが、コイツはどう見ても…まぁいい、面白そうだ)
ガナッシュ――長年の付き合いだが、いつもはガサツで、大抵のことは「あぁ?」の一言でねじ伏せるような豪快な男だ。それが今日はどうだ。後ろの連れを気にして、まるではじめての使いに出るガキの親みたいな、落ちつかねぇ顔をしてやがる。
「……そいつが例の『弟分』か」
俺がカウンター越しに視線を投げると、子供は即座に、隙のない完璧な微笑みを返してきた。
「はじめまして、リアです。兄貴から、こちらのお料理は絶品だと伺っております。今日からよろしくお願いいたします」
(……ほう。丁寧なこった。だが、ありゃあ「営業用」の面だな)
まずは仕事の説明だ。ギルドで受ける業務の合間、ここで飯を食う客たちの注文を捌いたり、ちょっとした手伝いをさせる。俺が口早に動線を説明する間、その子供――リアは、見た目の華奢な印象に反して、鋭い眼差しで俺の動きを追っていた。
(……なるほどな。ただの綺麗なだけの子供じゃねぇ。中身はなかなか豪胆だ)
最初は、その線の細さや肌の白さに「使い物になんのか?」と疑ったが、仕事の話になった途端に見せたその手際の良さは、およそ「守られるだけの存在」のそれじゃない。
客足が伸びる時間になると、俺の疑念は別の方向で確信に変わっていった。
リアは、客がジョッキを空ければ、風のような速さで気づき、「おかわり、持ってきましょうか?」と完璧な角度で微笑みかける。荒くれ者が卑猥な冗談を飛ばせば、柳に風と受け流し、いつの間にか相手に余分なつまみまで注文させている。その太太しいまでの手際は、どこに出しても恥ずかしくねぇ「商売人」のそれだ。
(……なるほどな。子供ってのも嘘か)
だが、そんな「デキる子供」の化けの皮が、特定の場面でだけ、あっさりと剥がれ落ちる。
「兄貴、お水。……それから、さっきのお肉、一番いいところを別にしておきましたから。ちゃんと食べてくださいね?」
「お、おう……悪いな、リア」
ガナッシュに水を差し出し、甲斐甲斐しく世話を焼く時。さっきまで客を手のひらで転がしていたのは誰だと言いたくなるほど、その声は初々しく、潤んでいる。アイツがリアの頭を乱暴に撫でれば、リアは嬉しそうにして、熱の篭った潤んだ瞳でその顔を見つめていた。
客に向ける「商品」のような笑顔とは違う、体温の通った、どこか必死で甘ったるい光景。本人は「弟分」として尽くしているつもりだろうし、恋だ何だという自覚もなさそうだが、俺の目は誤魔化せねぇ。
(……おいおい。隠す気あんのかよ。そこのお前)
ガナッシュを見上げるその瞳の揺れ、無意識にその大きな背中に寄り添おうとする重心の傾き。男が男に向ける敬愛にしちゃあ、湿り気が強すぎる。
「……なんだよ親父、さっきからニヤニヤしやがって。リアの手際、悪くねぇだろ?」
ガナッシュが、少しばかり誇らしげな、それでいて独占欲の隠しきれない声で聞いてくる。
俺は慌てて鼻を鳴らし、わざとらしく目を逸らして厨房へ引っ込んだ。
「あぁ、悪かねぇよ。……お前には勿体ねぇくらいだ。せいぜい、その『弟分』に愛想を尽かされないようにするんだな」
俺は布巾を肩にかけ、背中越しに二人の様子を伺いながら、口角が上がるのを止められなかった。
女だという確信はまだねぇ。だが、この「弟分」が、あのがさつな大男の懐に、無自覚なまま全力で飛び込んでいることだけは確かだ。
(……面白い。あのガナッシュが、あんなに余裕なく一人の人間に執着してる姿なんて出会って初めて見たぜ。せいぜい、その『特別扱い』の正体に気づいて腰を抜かす日まで、黙って眺めさせてもらうとしようかね)
「……おう、生きてたか、ガナッシュ」
昼飯時、扉をくぐってきた二人を見て、俺は思わず口角が上がった。
岩のような巨躯のガナッシュは、昨日までの「迷える兄貴」の面影はどこへやら、猛獣が獲物を囲い込んだ時の満足げなツラをしている。
対照的なのは、隣のリアだ。いつもなら完璧な微笑みで客を転がしている「子供」が、今日は耳まで真っ赤にして、視線を泳がせながら俺の前に座った。
「親父、いつもの。……あと、こいつには滋養のつくもんを頼む。昨夜は、その……大分、体力使わせちまったからよ」
ガナッシュが、隠す気もねぇほどデレデレした手つきでリアの腰を抱き寄せた。リアは「兄貴、近すぎます……」と消え入るような声で抵抗しているが、その襟元からは、昨日まではなかった生々しい赤い痕が覗いている。
(……ほう。折檻されたのはガナッシュの方だって聞いてたが。立場がひっくり返ったどころか、完全に『雄』の顔になってやがるな)
そんな二人の空気をお構いなしに、昨日の騒ぎを知っている酔客が隣から茶化しに入った。
「おいおいガナッシュ、その『弟分』に首を噛まれたんだって? 随分と情けねぇ……ひぃっ!?」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、ガナッシュが椅子を鳴らして立ち上がった。
「あぁ!? 誰が情けねぇって? ……こいつは俺のもんだ。外野がガタガタ抜かすな。……次言ったら、その口二度と開けねぇようにしてやるぞ」
「悪かったって!……いや、冗談だよ、冗談!」
ガナッシュが凄まじい威圧感で客を黙らせ、鼻息を荒くして睨み合っている。……絶好のチャンスだ。
俺はカウンターの向こうで、一人取り残されて肩を縮めているリアに、皿を置くついでにグイと顔を寄せた。
「……おい」
「は、はい、親父さん……?」
「ガナッシュの野郎、あんなに鼻息荒くして守ってるつもりだろうが……。お前、いつまであの男を騙しておくつもりだ?」
俺の低い声に、リアの肩がビクリと跳ねた。
「な、何を……私はただの弟分で……」
「白々しい。その手際の良さと、あの大男を骨抜きにした度胸。……どう見ても、酸いも甘いも分かってる『大人』の女だぜ。ガナッシュには悪いが、俺の目は節穴じゃねぇ」
俺がニヤニヤしながら耳元で囁くと、リアは真っ赤な顔のまま、観念したようにふっと視線を落とした。外面用の「子供」の仮面が剥がれ、艶やかな本音の色が漏れ出す。
「……親父さんには敵いませんね。営業妨害ですよ、本当に」
「はっ、違げぇねぇ。……で、本当は何歳だ? その化けの皮の下よ」
リアはチラリと、隣でまだ客を睨みつけているガナッシュの横顔を確認してから、小声で、だがはっきりと言い切った。
「……二十二歳です。……もう、十分大人なんですよ?」
「くくっ、二十二かっ! 働き盛りのいい女じゃねぇか。おい、あのがさつな坊主、二十二の女を『弟分』だなんて呼びながら、鼻の下伸ばして囲い込んでんのか。傑作だな」
俺が堪えきれずに低く笑うと、リアは羞恥心に耐えかねたように、俺の目の前にある器を両手でギュッと握りしめた。
「……内緒ですよ? 彼は……今のままでも、十分すぎるほど私を『見て』くれていますから」
「あぁ、分かってるよ。こんな面白い見世物、バラしちまうのは勿体ねぇからな」
そこへ、ようやく客を黙らせたガナッシュが戻ってきた。
「悪いなリア、変なのが絡んで。……ん? バド、お前何ニヤついてんだ」
「いや、なんでもねぇよ。……お前には勿体ねぇくらい『いい連れ』だって、改めて感心してたところだ」
俺はわざとらしく鼻で笑い、厨房の奥へ引っ込んだ。
自分の隣にいるのが、自分を骨までしゃぶり尽くしかねねぇ大人の女だとも知らず、独占欲を剥き出しにしているガナッシュ。
(……やれやれ。あの大男が真実を知るのはいつになることやら……これからも、一番いい席で眺めさせてもらうぜ)
俺は布巾を肩にかけ直し、今日一番の「ニヤニヤ」を噛み締めた。
バドの観察メモ
• 【大男への診断】:二十年間の「豪快な兄貴分」がどこへ行った。見てるこっちがニヤける。
• 【少年(?)への診断】:客への愛想は完璧なビジネス。だが、ガナッシュの前でだけは「自覚のない甘え」が漏れまくっている。本人に自覚がないのが一番面白い。
• 【店主の決意】:この状況、最高の酒の肴だ。絶対に教えないでおこう。
良かったら☆評価よろしくお願いします。また今後のふたりの番外編やIFなんかも不定期で書いていこうと思ってます。またお付き合い頂けると嬉しいです。




