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この迷い猫は、あざとく笑って俺を惑わす  作者: サハラ


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24/27

責任の所在

少しでも楽しんでもらえると嬉しいです。

心の中でそう勝ち誇った、その直後だった。

ガナッシュの喉の奥から、地響きのような唸り声が漏れる。


「……後悔しても、もう放さねぇからな……っ!」


次の瞬間、視界が激しく上下した。

私の細い腰を軽々と片腕で抱え上げ、彼はそのまま私を寝台へと拐う。

ずしり、と逃げ場を塞ぐように覆いかぶさってきた巨躯は、まさに飢えた野獣のそれだ。

蜂蜜の甘い匂いよりもずっと濃い、剥き出しの男の香りが鼻腔を突く。


「……っ、ガナッシュ……」


あまりの迫力に、私の余裕がほんの少しだけ削れる。

彼は私の両手首を、片手でまとめて頭上へ押さえつけた。

分厚い胸板が、私の柔らかな胸元を圧迫する。

その時、ガナッシュの動きが、凍りついたように止まった。

(あ、やっと気付いた。)


「…………え?」


私の首元に顔を埋めようとしていた彼が、弾かれたように顔を上げる。

暗闇の中、至近距離で見開かれた彼の瞳が、激しく揺れていた。


「……リア……お前……。この、感触……」


彼の自由な方の手が、震えながら私の胸元――「少年」にしてはあまりに柔らかく、曲線を描くその場所に触れる。


「……り、リア……? お前……お前、女、なのか……?」


ガナッシュの声は、驚愕と、戸惑いと、それから言葉にできないほどの歓喜が混ざり合って、めちゃくちゃに震えていた。

あまりの衝撃に、彼の中の「野獣」が一時停止してしまっている。


(今まで腕に抱きついたりしてきたのに遅くない?いくら晒し巻いてたって、もうちょっと早く気づくでしょうが)


「……あ、やっと気づきました?」


私は、顔が真っ赤になるのを必死に堪え、精一杯の「強気」を演じてみせた。

本当は恥ずかしすぎて今すぐ地面に潜りたいけれど、ここまで来たら最後までやり通すしかない。


「だから言ったじゃないですか。ガナッシュが思ってるような『純粋な弟分』なんかじゃないって。……私、ずっと女ですよ。……今まで、騙しててごめんなさい」


「お、女……!? お前、え、じゃあ、あの火傷の傷は……? 貧相な体だっていうのは……!?」


「……全部、嘘ですよ。そう言わないと、一緒に水浴びしようとか言うんだから。……私だって、必死だったんです。兄貴が、私を弟としか見てくれないから……」


ガナッシュは、口をパクパクさせたまま完全にフリーズしていた。

「弟を汚してしまう」という絶望が、「実は女だった」という宇宙規模の衝撃に上書きされる。


「……じゃあ、俺が今まで、死ぬほど悩んでたのは……。……自分を汚ねぇって責めて、逃げようとしてたのは……」


「そうですよ。全部、私のせいだけど……全部、無駄な苦労でしたね。……というか、女だって分かってない相手に『めちゃくちゃにして』なんて言わせたこと、一生恨みますからね」


自分で言って、あまりの恥ずかしさに今さら心臓が爆発しそうになる。

私は彼の首に腕を回し、その大きな体を無理やり引き寄せた。


「ほら、気づいたなら責任取ってください。……私、もう『弟』のフリはしてあげませんよ?」


「………………」


ガナッシュの顔が、見たこともないほど真っ赤に染まった。

次の瞬間、彼は、今度は恐怖や迷いからではなく、抑えきれない「歓喜」と「独占欲」を込めて、私を壊れ物を扱うように、けれど逃がさないように強く、強く抱きしめた。


二人の体温が重なり合ったまま、静寂と熱気だけが部屋に満ちる時間。


「……っ、リア……。本当なんだな。お前、本当に……」


ガナッシュの震える指先が、私の頬を、耳の後ろを、確かめるようにゆっくりとなぞる。

さっきまでの荒々しさはどこへやら、今の彼は、おどおどとした慎重さで私を見つめていた。


「……本当ですよ。まだ疑ってるんですか? 往生際が悪いですよ、兄貴」


私は、彼の広い胸板に額を預けたまま、くぐもった声で返した。

顔が熱い。暗闇でよかったと、これほど切実に思ったことはない。

ガナッシュは深いため息を一つ。それは絶望の色ではなく、心の底から救われたような、震える吐息だった。


「……そうか。……あぁ、そうかよ。……俺は、ずっと……」


「ずっと、何ですか?」


「……お前を、地獄に連れ込んでるつもりだったんだ。自分の汚ねぇ欲求のせいで、大事な『弟』の人生を壊してんだって、そう思って……狂いそうだったんだぞ」


ガナッシュの手が、私の後頭部を優しく包み込み、引き寄せる。

鼻をくすぐる、彼の体温と匂い。

彼がどれほど真剣に私を想い、そして自分を責めていたのか。その重みが伝わってきて、私の胸の奥がツンと痛くなった。


「……だから、逃げようとしたの? 私じゃない、別の誰かで……自分の熱を冷まそうとしたんですか?」


「……それしかねぇと思ったんだよ。お前に触れたいと思うたびに、自分がおかしくなった気がして……。でも、そうか。……女だったのか、お前……」


ガナッシュが自嘲気味に、けれどどこか嬉しそうに低く笑う。

その笑い声が、胸板を通して私の全身に響く。


「……じゃあ、もう遠慮はいらねぇんだな」


「え……?」


不意に、彼の腕に力がこもった。

さっきまでの「慎重さ」が、別の、もっと濃い、獲物を絶対に逃さない「独占欲」に塗り替えられていくのがわかる。


「お前が言ったんだぞ、リア。……俺の汚い想像を、全部ぶつけてくれって。めちゃくちゃにしてくれって……そう言ったよな?」


「……っ、それは……! さっきのは、その……勢いというか、ガナッシュを止めるために……!」


「……お前のお願いには、応えるのが筋なんだろ?」


ガナッシュが、私の耳元でわざと低く、意地悪なほど甘く囁く。

その声に、私の背筋をゾクリとした熱が駆け抜けた。


(あ、これ、本気だ)


今まで必死に抑え込んでいた分、この人が「本気」になった時の破壊力は、私の想像を遥かに超えている。


「……っ、バカ。……お人好しの兄貴は、どこ行ったんですか」


「……お前のせいで、どっか行っちまったよ。……もう、手加減の仕方は忘れちまった」


ガナッシュの熱い唇が、今度は私の首筋に、消えない刻印を刻むように深く落とされた。

闇堕ちして勝利を確信したはずの私は、結局、彼が放つ圧倒的な「男」の熱に飲み込まれ、ただ翻弄されることしかできなくなっていた。


首筋に落とされる熱い吸い付くような感覚と、耳元で繰り返される彼の「リア、リア」という、執着に満ちた呼び声、

それを全身で浴びながら、私の脳の片隅では、先ほど自分が口走ったセリフが不意に甦った。


『私を、あなたのその汚い熱で、めちゃくちゃにしてよ』


(……待って。私、なんてこと言っちゃったの? 必死でもさすがに盛りすぎ。というか、これ明日からどういう顔して過ごせばいいの!?私の方こそバカじゃないの!?)



【リア工作ログ】

• ミッション:ガナッシュのモラル解除

• 報酬 : 再起不能な羞恥心。

• 今後の課題:記憶よ、なくなれ。私の(黒)歴史に新たな1ページが刻まれる。

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