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この迷い猫は、あざとく笑って俺を惑わす  作者: サハラ


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計算外の微熱

少しでも楽しんでもらえると嬉しいです。

人混みの中、握られた手の力が強まるたび、私の胸の奥がぎゅっと締め付けられる。

これは、私が望んだ結果だ。彼に「離したくない」と思わせ、私という存在を彼の人生に深く刻み込むこと。

燦々と降り注ぐ陽光が、市場の石畳を白く焼き、人々の活気をいっそう濃く浮き上がらせている。

その喧騒の真ん中で、ガナッシュに握られた手が、じりじりと熱い。


(……おかしいな。もっと、私の方が優位に立っているはずだったのに)


彼を依存させ、私なしではいられないように仕向ける。それが私の描いた筋書きだった。

けれど、今の彼の横顔――獲物を誰にも渡さないと決めた獣のような、低く鋭い眼差し――を見ていると、自分の胸の奥が、経験したことのないリズムで跳ねる。


「……兄貴、そんなに強く握らなくても。……ちゃんと隣にいますよ?」


私は努めて、いつもの「聞き分けの良い弟分」のトーンで話しかけた。

彼を落ち着かせ、いつもの、ちょっと不器用で扱いやすい「兄貴」に戻そうとしたのだ。

けれど、ガナッシュは立ち止まり、私を真っ直ぐに見下ろした。

高い位置にある太陽が彼の影を私の足元まで伸ばし、まるで包み込まれているような錯覚に陥る。


「……俺から離れるな。……さっきの男共の視線、気づかなかったのか」


「……あ、いえ。私はただ、兄貴の助けになれば、って……」


「そんなもん、いらねぇ。……お前が笑うのは、俺の前だけでいいんだ」


ぶっきらぼうに、けれど、切実な響きを含んだ声。

私の形を確かめるように触れるガナッシュの指先が、わずかに震えていた。


(――あ。この人、本当に……)


一瞬、思考が止まる。

私が彼を繋ぎ止めるために積み上げてきた言葉が、彼の胸の中で私が想像もしなかったほどの重みを持って育っていた。


(ああ……。この人は、本気で私を「自分のもの」にしようとしてる)


それは、計算通りの結果。……のはずなのに。


(……なんで、私までこんなに息が苦しいの?)


彼の独占欲に触れて、悦びに浸る余裕さえ今の私にはない。

ただ、彼の瞳に映る自分の姿が、あまりに頼りなく、そして熱を帯びていることに、戸惑いを隠せなかった。


「……ふふ、兄貴は心配性ですね。……分かりました。今日は、もう誰にも笑いかけません。……だから、兄貴こそ、離さないでくださいね」


私は、絡められた指先に、ほんの少しだけ力を込めて返した。

彼を安心させるための、いつもの「工作」。

……けれど、握り返した瞬間に指先から伝わってきた彼の熱が、私の心臓の奥深くに、消えない火を灯したような気がした。


これが何なのか、まだ名前を付ける勇気はない。


ただ、この眩しい光の中で、彼に強く握られている事実が、少しだけ……心細くなるほど、愛おしかった。




その後、あてられた熱を冷ますように、私たちはあてもなく市場を歩いた。

繋いだ手はいつの間にか解けていたけれど、指先が触れ合うほどの距離は変わらない。


ガナッシュは相変わらず不愛想なままで、私はさっきの鼓動を悟られないよう、わざとらしく並ぶ野菜の良し悪しを口にしていた。


ふと、甘い香ばしさが鼻をくすぐる。

香辛料の刺激とは違う、どこか懐かしく、優しい匂い。


「……おい、リア。待ってろ」


ガナッシュが足を止めたのは、小さな焼き菓子を売る露店の前だった。

彼は店主と二言三言交わすと、紙包みを受け取り、それをぶっきらぼうに私へと差し出してきた。


「ほら、土産だ。……宿に戻ったら、二人で食うぞ」


包み紙から漏れ出す熱と、バターと蜂蜜の香り。

ただのお菓子なのに、彼が私のために選んでくれたというだけで、胸の奥がじんわりと温かくなる。


「……ふふ、ありがとうございます。兄貴。今から楽しみ」


私は、まだ温かい紙包みを大切に抱きしめた。

さっきまでの戸惑いが、この柔らかな熱に溶けていくような気がした。

少しだけ先を行く彼の広い背中を追いかけながら、私は自分の頬が緩んでいくのを、今度は止めることができなかった。









―――この時の私は、滑稽なほど浮かれすぎていた。


焼き菓子の甘い匂いに酔いしれて、彼という男が抱えている「闇」の深さを見誤っていたのだ。

私が仕掛けた執着が、彼の中でどれほど歪な形に変質し、鋭い刃となって彼自身を削り取っているのか。

市場で繋いだ手の熱は、救いなどではなく、理性を焼き尽くす前触れに過ぎなかった。


「…離さないでくださいね」


そう微笑んだ私の言葉が、彼をどれほど追い詰め、呪いのように縛り付けることになったのか。

その夜、血の匂いと安酒の悪臭を纏って帰ってきた彼の瞳を見た瞬間、私は初めて思い知ることになる。




私が欲しかったのは、彼からの「庇護」だったはずなのに。

そこにあったのは、執着なんて言葉では片付けられない、ドロドロとした暗い「独占欲」の塊だった。


【リアの心情ログ】

• 現状: ガナッシュの独占欲が、想像以上に「男」として自分に向けられていることに困惑。

• 内面: 「居場所を確保できた」という安堵と、彼の熱量に当てられて自分自身の心までかき乱される焦燥感が混在。

• 予兆: 次の瞬間、彼は私の知っている「優しい兄貴」ではなくなっているかもしれない。

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