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水鏡に映らない、私の「弱点」

少しでも楽しんでもらえると嬉しいです。


前話に幕間を差し込みました。良かったらそちらも読んで貰えると嬉しいです⁽ ´꒳`⁾

異世界に迷い込んで早一ヶ月、そしてガナッシュが「一人前の男になるまで面倒を見る」と宣言してから数週間。


私たちの朝は、以前の宿屋とは違うもう少し広い部屋から始まる。


「……おい、リア。いつまで寝てやがる、修行の時間だ」


低い声と同時に、私の頭に大きな手のひらが置かれ、無造作に揺さぶられる。


「……んん、あと五分。兄貴、早すぎるって……」


寝ぼけたふりをして、私は彼のゴツゴツとした手首を無意識(を装った確信犯)で掴んだ。

途端、ガナッシュの呼吸が止まる。視線を上げなくてもわかる。今、彼は真っ赤な顔をして、私が「男のガキ」であることを必死に自分に言い聞かせているはずだ。


(……ふふ。今朝も私の寝顔を三秒以上、直視できなかったわね)


ガナッシュが逃げるように部屋を出た隙に、私は手早く「少年・リア」の姿を完成させる。

枕元に置いた水瓶の、揺れる水面――「水鏡」が私の味方だ。

私は自分の「顔立ち」を信じている。余計な細工はせず、ただ前髪の分け目を少し変えて、眉間にわずかな影を落とす。


(これでよし。少しだけ生意気で、でも兄貴を頼りきっている、そんな顔)


宿の部屋、ガナッシュが階下へ降りた静寂の中で、私は自分の細い腕を見つめる。

「少年」を演じるための泥を落とした肌は、白い。そして、驚くほど頼りない。


一ヶ月彼と行動を共にして、嫌というほど思い知らされた事がある。

まず、体力が絶望的に足りない。

ガナッシュが鼻歌混じりに踏破する緩やかな坂道でさえ、私の肺は焼けるように熱くなり、足元は生まれたての小鹿みたいに震え出す。

彼の一歩は、私の三歩。

追いつこうとするだけで精一杯だった。


そして、決定的な戦闘能力の欠如。

一度、ガナッシュが狼みたいな魔物と戦っている間に、別の個体と対峙したことがある。

手近な枝を拾って構えたけれど、手が震えて重さすら感じられなかった。

もし、あの時ガナッシュが駆けつけてくれなかったら?考えただけで、未だに手が震えそうになる。






ガナッシュの足音が廊下に響く。

私は慌てて弱気な表情を消し、いつもの「生意気で有能(風)な弟分」の仮面を被り直した。


「あ!おかえり、兄貴!今日は剣の修行の前に、まずこれを見てよ」


戻ってきたガナッシュに、私は宿の主人が書いた請求書を差し出した。

この世界じゃ読み書き計算くらいしかまともに出来ない私だけど、「相手の本音を引き出す」ことに関してはプロ(自称)だ。


(……特に、さっき私の何気ない態度に真っ赤になって、逃げるように部屋を飛び出していった、この堅物な「最強のボディガード」に関してはね)


照れ隠しに頭を冷やしに行っていた彼は、まだ少し耳を赤くしたまま、気まずそうに私の方へ歩み寄ってくる。

彼は私が「有能な弟分」として動くのを頼もしく思う一方で、そのせいで私が自分の手から離れていくことを、恐れている。

なら、少しだけ不安を煽ってから、その後に『あなたが必要だ』っていう呪いをかけてあげましょうか。


「おかえり、兄貴。……ねぇ、今の私の手持ちじゃ、ここの宿代は三日持たないんだよ」


ベッドの端に座り、わざと少し心細そうに視線を落として切り出す。

案の定、気まずそうに視線を泳がせていたガナッシュの動きが、一瞬で凍りついた。振り返った彼の瞳に「俺を頼れ」という焦燥が浮かぶのを、私は見逃さない。彼が口を開こうとするのを遮るように続きを話す。


「だからさ!昨日ギルドの人と話して、前回の仕事の仲介料を少し負けさせておいたんだ。修行に打ち込むためにも、まずは足元を固めないと。……その為にもご飯食べて先にギルドへ行くよ、兄貴!」


一気に畳み掛け、呆然と立ち尽くす彼の横をすり抜ける。私はガナッシュの脇腹をツンと突き、真っ赤になって飛び退く彼を横目に、宿の食堂へと向かった。


私の「世渡り」は、ただ有能であることじゃない。

彼に「こいつは俺がいないと、口が回る分だけ余計なトラブルに巻き込まれる」と、常に危機感を抱かせ続けること。

食堂に着き手早く注文をした物を受け取ると、私はわざと一番目立つ席に向かい、周囲の荒くれ者たちの視線を「愛嬌」で味方につける。


「おじさん、その剣の鞘、立派だね! でも、腰のベルトのバックルが緩んでるよ? せっかくの業物が台無しになっちゃう。締め直してあげようか?」


剣の知識なんてない。ただ、相手の「自慢したい部分()」を褒め、「気づいてなさそうなバックル」を指摘して、パーソナルスペースに踏み込む。


私は屈託のない笑顔で隣のテーブルの男に顔を寄せた。予想通り、男は「お、親切な坊主だな」と鼻の下を伸ばし、汚れた手で私の頭を撫でようと腕を伸ばしてくる。

その瞬間。

隣で黙々とパンを齧っていたガナッシュが、音もなく空いた手を伸ばし、私の肩をグイと自分の方へ引き寄せた。


「ひ……っ」


男の指先が私の髪をかすめる直前、男の視線がガナッシュとぶつかった。

ガナッシュは殺気こそ放たないものの、ただ無言で、底冷えするような眼差しで男を見据えている。

「それ以上は踏み込むな」という静かな、けれど絶対的な警告。


「あ……いや、悪ぃな。……坊主、ありがとよ」


男は呑まれかけた威圧にたじろぎ、苦笑いを浮かべながら慌てて自分のバックルを弄り始めた。そのままそそくさと皿を持って、別のテーブルへと移動していく。

ガナッシュは男が去ったのを確認すると、ようやく私の肩から手を離し、何事もなかったかのように残りのパンを口に放り込んだ。


(ふふ。言葉に出さない分、『俺の隣から離れるな』っていう無言の圧力がすごいわね)


嵐が去った後のような静けさの中、私は何食わぬ顔でスープの最後の一口を飲み干した。

そして、未だに少しだけ眉間に皺を寄せたまま、どこか落ち着かない様子で視線を彷徨わせているガナッシュの袖を、ちょんちょんと引く。


「兄貴、何ボーッとしてるの?食べ終わったらギルド行こうよ 」


ガナッシュがハッとしたように我に返り、わずかに耳を赤くして立ち上がる。

その背中を追いかけながら、私は確信する。



彼が私の弱さを「愛おしい」と勘違いし続けてくれる限り、私はこの世界で、彼の隣だから、生きていられるのだ。


(……ごめんね、ガナッシュ。私、あなたが思ってるほど純粋な『弟』じゃないんだよ?)


いつか彼が、私のこの「あざとさ」に気づく日が来るのかな。

「お前、本当はこんなに計算高かったのか」って、呆れられちゃうかな。

……もしそうなっても、その時にはもう、私のことが好きすぎて離れられなくなってくれていたらいいな。

なんて、やっぱり私は、どこまでも救いようのない嘘つきなのかもしれないね。

【リアの自己分析】

• 身体スペック:この世界の 一般女性以下(今までの運動不足がたたっている)。

• 戦闘能力: 皆無。重い剣を持っただけで筋肉痛確定。

• 生存戦略: 物理ステータスの不足分を、全てガナッシュの「保護本能」への全振りで補う

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