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【完結】(赤ちゃんに)虐げられているので離縁いたします!と叫んだら三秒で瞬殺されました  作者: 木風


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1/1

離縁いたします!

「……ふぁあ」


王太子妃アリアナは、窓の外がほんのり白み始めた空を眺めながら、三度目のあくびをした。

腕の中では、生後三ヶ月の王太子嫡男——

テオドール殿下、愛称テオ——

が、ご機嫌斜めに眉間へしわを寄せている。


「テオ……」


アリアナはテオを一定の間隔で揺らす。

寝息を確認しながら、細心の注意を払いそっとベビーベッドに下ろす……


「テオ……お願いだから……」


祈るように、ベビーベッドに寝かした瞬間——

テオは口をへの字に曲げたかと思ったら、盛大に顔を歪め……


「ぎゃあああああああ!!!!」

「なんでぇ!?」


アリアナは思わず素の声を上げた。

乳母たちは交代で仮眠を取らせてやっているし、夜中は自分がついている、と張り切ったのは他でもないアリアナ自身だ。

しかしそれは昨日の話である。

昨日のアリアナは、まだ正気だった。


授乳、げっぷ、おむつ、授乳、げっぷ、おむつ、抱っこ、抱っこ、おむつ、抱っこ、抱っこ、授乳、げっぷ——

そして気づけば、さっきと同じ夜だった。


「……もう、いい」


アリアナはふらりと立ち上がった。

頭の中が、綿菓子でいっぱいになっているみたいにふわふわしている。

好きなタイミングで座れない。

トイレすらままならない。


「わたくしは……限界です」


きりっ、と宣言した。テオに向かって。

テオは「うぎゅ」と言った。


「この三ヶ月、わたくしはあなたに虐げられ続けました」


テオは再び「ぷぎゅ」と言った。


「眠れない。ご飯は冷める。髪は爆発している。もはやわたくしは王太子妃の体裁を保てておりません」

「あーうー」

「……というか今、寝巻きのままですらありません。何かの布です」

「あーうー」

「そうですとも。あーうーです。ゆえに——」


アリアナは人差し指をぴしりと立てた。


「わたくしは、あなたと離縁いたします!!」


テオが、きょとん、とアリアナを見上げた。

つぶらな瞳。ぷくぷくのほっぺ。


「…………」


小さな手が、アリアナの指に、ぎゅ、と巻きついた。


「………………!!!」


アリアナはしばらく固まった。


「…………やっぱり可愛いですわ!!!離れられるわけがありません!!!離縁はやめます!!!!」


完敗だった。


「アリアナ? まだ起きていたのか」


低い声とともに扉が開き、王太子エルリックが執務着のまま入ってきた。

夜通し政務があったのだろう、目の下にうっすら隈がある。

それでもアリアナよりはずっとまともな顔をしていた。


「……殿下」

「顔色が悪い。というか目が虚ろだ」

「虚ろで結構です。わたくし今、テオと離縁しようとしたのですが、敗北いたしました」

「……勝てると思ったのか」

「ええ、三秒ほど」

「……それはどういう」

「指を握られました。瞬殺です」


エルリックはアリアナをじっと見てから、すたすたと歩み寄り、そっとテオを抱き上げた。


「代わろう」

「え、でも殿下だって」

「執務は終わった。俺の方が今は元気だ」


当然のように言って、エルリックはテオをゆったりと揺らし始める。

大きな手に、すっぽりと収まるテオ。


「ほら。お前は寝ろ」

「…………」

「アリアナ」

「……では、三十秒だけ」


アリアナはそのまま、寝台に倒れ込んだ。

三十秒で起きるつもりだった。

起きたのは、昼過ぎだった。


「…………あ」


カーテンから差し込む光が、完全に午後のものだ。

アリアナは跳ね起きた。


「テオ!?」

「ここにいる」


エルリックが肘掛け椅子に深く腰かけ、テオを胸元に抱いてうとうとしていた。

テオはすやすやと眠っている。父子そろって、幸せそうに。


「……殿下」

「ん、起きたか」

「ずっといてくださったのですか」

「乳母に頼もうとしたら、お前が心配だからこのままでいい、と言った自分を思い出したので」


アリアナは枕に顔を埋めた。


「……恥ずかしい……」

「よく眠れたか?」

「……はい。それはもう、死ぬほど」

「それは困る」


笑いを含んだ声がして、エルリックはテオをそっとベビーベッドに戻し、寝台の端に腰を下ろした。


「頑張りすぎだ、お前は」

「でも、テオが——」

「テオはそのうち寝るようになる。少しずつな」


大きな手が、アリアナの爆発した髪をそっと撫でた。


「俺もいる」

「…………」


アリアナはぐずぐずと布団から出てきて、エルリックの肩に頭をもたれさせた。


「……殿下も少し寝てください」

「お前が起きてるのに寝られるわけがないだろう」

「強情」

「誰に似たんだか」


しばらく、ふたりで黙って、すやすや眠るテオを眺めた。


「……かわいいですわね」

「ああ」

「虐げられていますけど」

「それはお前が負けすぎだ」

「指を握られたら誰だって負けます」

「まぁ、俺も負けるがな」


エルリックが小さく笑った。

耳元に唇が触れて、アリアナは耳まで赤くなった。


「虐げられた分、俺がお前を甘やかす。明日も頑張れそうか?」


アリアナはテオを見た。

ぷくぷくのほっぺ。小さな拳。天使みたいな寝顔。


「……はい」


間髪入れず答えてから、付け足した。


「でも、また離縁を宣言するかもしれません」

「そのたびに抱き込むから安心しろ」

「……どちらの話ですか」


エルリックは答えなかった。

ただ、少しだけ、引き寄せる腕に力が入った。


その夜も、テオは元気いっぱい泣いた。

でも二人がかりなら、きっとなんとかなる。

ただし翌朝、今度はエルリックのほうが先に『離縁』を口走っていた。

アリアナの気持ちが痛いほどわかりましたら、ブックマーク、★★★★★

よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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