年に一度のお祭りへようこそ
午前十時。花音が神社に到着した頃には、それは完成しつつあった。
「藤沢!おはよう!見てよこれ!私たちの汗と涙の結晶の道具たちだよ」
「それは大袈裟でしょ」
先日学校で作った天幕や小道具、「しゃてき」の四文字などは今朝早くに明希と瀧、それに近所のおじさんたちが協力して神社まで運んでくれていたようだった。
「おはよう。藤沢。」
そんな話をしてると、明希がやってきた。
「あ、道具ありがとうね。あきくん。」
「おう。それより藤沢。お前指の怪我は大丈夫か?」
花音は少し自分の指を確認した。まだ全然治っていないが心配はかけたくないためこう答える。
「うん。もう全然大丈夫だよ。ありがとう。」
そこからは机を移動してきて紙コップを設置したり、花音が試しに銃を使って撃ってみるとこれがまた難易度調整が難しく苦戦したり、咲は美味しそうな匂いに釣られてどこかへ行ってしまうし、なんだかんだで時はあっという間に経っていき、早くも日が傾き始めていた。いよいよ焼きそばやフランクフルトなどの香ばしい香りがこちらまで漂ってきていた。射的の景品は、駄菓子屋の高橋さんから余ったものをたくさん戴いていた。
「それじゃーそろそろー?私砂町咲の射的屋、開店でーす!」
お前だけのものではないだろう。まあ、とにかくついに開店した。小さな町とは言え子供はそこそこいるので、序盤はとても大盛り上がりだった。その子供たちの母親や神社の神主、道具を運ぶのを手伝ってくれたおじさんたちなど老若男女が射的に興じ、花音は頑張りが報われていくのを肌で感じていた。
「お?明希じゃん。お前何してんの?」
客足が少し減ってきた時間帯。知らない男子グループが明希に話しかけてきた。
「瀧くん。あの人たち誰?」
花音は瀧に尋ねた。
「ああ。あいつらは明希のチームメイトさ。バスケの。この町には住んでないみたいなんだけどな。お祭りはたまに顔出してるらしいぜ。」
花音はショックだった。明希がバスケをやっていたことは知っていた。だけど、今もやっているのは知らなかった。最近やっているのを見かけなかったからだ。それもそのはずだった。明希はバスケをする時街の方まで出ていたのだ。
(わ、私……!!あきくんの事、何にも知らない…?)
「何深刻な顔してんの?」
鼻に綿飴の残骸をつけた咲とりんご飴を小さな口でチビチビと食べている由奈がようやく店に戻ってきた。
「お前ら遅いよー。俺たちだって祭り楽しみてえよ」
瀧が文句を垂れるも、それを全く無視して咲は花音に耳打ちした。
「今、行って来なよ。明希くんと二人で。」
花音は顔が真っ赤になった。そんなお誘いをする勇気はない。
「そんなお誘いをする勇気はないよねー」
なんだか咲に考えを読まれているのはちょっと腹立つけど。
「明希くんー!藤沢と二人休憩で外回って来ていいよー!」
明希は裏手に周り咲に残りを任せた。
「藤沢。お前も休憩だろ?一緒に回るか?」
まさかの向こうからの提案。これは夢?この時どう返事をしたのかは緊張のあまり覚えていないが、二人は一緒に回ることになった。もっと明希のことが知りたい。私の知らない彼を、もっともっと知りたい。
明希は意外と金魚掬いが下手だった。花音は三匹も手に入れたのに、彼は一匹も手に入らないままポイが穴まみれになった。明希はかき氷を頼む時、まずメロン味を注文した。普通はいちご味じゃない?そう笑いかけた花音に、明希も応えた。こんな楽しい時が、ずっと続けばいいのに。やがて屋台の列からは少し離れたベンチへと二人は腰を下ろした。
「あきくんって面白いよね。今日改めてそう思ったよ」
「な、どういう意味だよそれ」
「もちろん褒めてるよー。ふふっ」
「……藤沢、ようやくちゃんと笑ってくれたな」
「え?」
「俺の気のせいかもしれないけどさ。藤沢って俺と喋る時ちょっと緊張してる?なんでなのかなって。俺が直せることなら直していこうと思ってさ」
「え、いや、全然っ!あきくんはそのままでいいんだよ!ごめんね。私、男子と喋るのちょっと苦手なのかも…。いや、もちろんあきくんと喋る時はとっても楽しいんだよ???」
「藤沢さ」
「ん?」
「お前好きな人とかいんの?」
「え」
「好きな人っている?」
「あ、あの、も、もちろんいる……よ?」
「そっか。もしかしてそれってさ
その時だった。町の防災無線が鳴ったのは。
『こちらは町役場です。只今、裏山の方で原因不明の山火事が発生しています。神社の方まで火の手が回る可能性がありますので、お祭りに参加されている方々は速やかに避難を開始してください。繰り返します………』
「あ、あきくん」
「ああ、わかってる。火事だってさ。一旦ここから離れよう。」
「そうだね」
明希は花音の手をやや強引に握ると、走り出す。
「あきくん、どこへ向かう?」
「一旦屋台の方へ戻ろう!咲と鈴原と瀧が気になる」
パニック状態とまではいかないものの、祭りに来ていた大勢の人々が一斉に出口の方へと進んでいっているので、人の波に逆らって屋台の方まで向かうのは容易ではなかった。それでも、やっとの思いでたどり着くと、そこには目を疑う光景が広がっていた。
倒れている数人の人。焼け落ちている屋台の数々。花音たちの屋台も例外ではなかった。半壊した屋台の中を覗き込むと、瀧が倒れていた。
「おい!瀧!しっかりしろ!」
「…………ろ……逃げ……ろ…………」
「瀧!掴まれ!」
明希は瀧の腕を自らの肩に回すと、二人三脚のように歩き出した。
「一体何があった?咲と鈴原はどうした?」
「あの二人は……もういない…」
「そうか」
花音は何か嫌な予感がした。先ほどの行列が嘘のように、境内にはもう人はいなかった。
「おい、藤沢。俺はこのまま瀧を連れていく。足手纏いになるだろうから、お前一人で逃げろ。」
「でも、あきくん!」
「藤沢!見ればわかるだろう!何が起こったかはわからないけど、ただ事じゃない!頼む、逃げてくれ。俺はな、お前には無事でいてほしいんだ」
花音は少し逡巡した後、出口へ向かって駆け出した。
「絶対に後で合流ね!」
「わかってる!藤沢も頑張って走れ!」
だがその直後だった。花音が先ほどまでいた場所が、一瞬にして火の海に包まれた。
「あき……くん?」
炎の中から声が聞こえる。
「振り向くんじゃねえ!走れ!逃げろ!花音!!!」
花音は走った。ただひたすらに走って、走って、走った。大いなる絶望は、涙を拭う時間すら与えてはくれなかった。だけど逃げると言ってもどこへ逃げよう?今はとりあえず自宅へと走っているが、位置関係からして神社が火事に巻き込まれているならば自宅だって無事ではないはずだ。神社とは反対の側に高台があったはず、そこまで逃げ切れれば…!明らかに火の回りが早い。ただの火事ではないことは、なんとなくわかっていた。そもそもあんなに大量にいたはずの町の人たちが、もうどこにも見当たらない。みんなどこへ行ってしまったのか。ある程度高いところまで来た。高台まではもう少しだ。しかし、そんなに甘くはなかった。周りの木々が一斉に延焼し始めた。もう進むことも、戻ることもできない。
「どうして、どうして…」
火は無情にも花音へと近づいてくる。
「熱い、熱いよ……あきくん、咲………鈴原さん…瀧……」
花音はそのまま業火に包まれた。命が無くなるその瞬間を、彼女は身をもって体感したのだ。花音が最後に見た景色はとても異常なものだった。反対側の山のてっぺんをも大きく上回る大きさの骸骨が、町全体を包み込み不気味に笑っていた。その周りにはたくさんの『何か』が存在していた。消えゆく身体の中、花音はこんなことを思った。
これじゃあまるで、昔絵本で読んだ『百鬼夜行』みたいだな。




