止まない雨
最近、測らずも健康的な生活をしている気がする。咲に色々連れ回されているせいである。今日もまた、花音は集合場所の学校に向けて足を動かしていた。だが、今回はあまり憂鬱ではない。理由は二つ。そもそも屋台で何かをやるなんて、とてもワクワクするからだ。なんだかんだ言っても、花音は子供心を忘れていない女子高生なのだ。もう一つは、今日が土砂降りの大雨であること。『え?大雨とか最悪じゃん』と思うかもしれない。だが、花音からしてみれば水が一瞬で消えてなくなってしまうほどの猛暑に晒されるよりは何億倍もマシである。花音はびっしょり濡れた傘を適当に振ると、下駄箱の傘立てに突き刺した。夏休み中なので学校に来るのも、上履きを履くのもちょっと久しぶりだ。外からは風と大きな雨粒が壁に当たる音が絶え間なく続いていた。花音は、こういう風景が意外と好きだった。集合場所になっている三年一組の教室に入ると、もう四人とも到着していた。ん?四人?
「遅いぞー藤沢ー!罰として校庭三周だ!」
「大雨だよバカ」
咲はいつも通りだ。
「この天気だから心配したぞ。大丈夫か?」
「あ、うん。」
明希も普通だ。
「えへへ。仲間に入れてくれてありがとう。今日から頑張ろうね。」
「うん!今日から頑張ろう!」
由奈は見たことないくらいテンションが高いが、まあ普通なのだろう。だが、問題は…
「ということで、俺も来ちゃいましたー!」
「いや何であんたがいるのよ」
そこにいたのはクラス一のお調子者である、野々原瀧だった。
「ああすまん、俺が誘ったんだ。瀧いつも暇そうだし、男が俺一人ってのも何だか違和感があったしな」
どうやら明希が誘ったようだった。よく考えたら、男子が明希一人だとかそんなこと全く気が回っていなかった。申し訳ないと思いつつも、花音がその気持ちを口にする前に話はどんどんと前へ進んでいく。
「と、いうことでこの五人でこれから作業を進めていくこととなりましたー!ぱちぱちぱちー!」
咲はこの荒天でも相変わらずのハイテンションだった。この大雨の中どこから買ってきたのか、咲はビショビショに濡れたビニール袋から全員にペットボトルのお茶を手渡した。少し、温い。
やがて作業が始まると、まず屋台の屋根に被せる天幕を作るグループと景品や射的の的などの小物を用意するグループに分かれた。くじ引きの結果、花音と明希は前者のグループに配属された。咲のニヤニヤした表情を考えるに、くじに何かしらの細工をしていたに違いない。だが彼女も想定外だっただろう。咲は花音と明希を二人にして良いムードにしてやろうと考えていたのかもしれないが、今日はなぜか予定にないこいつがいる。
「何か俺にできることはあるかー?」
こいつは一体何をしにきたのだ。
「そうだな。瀧、お前この布を大きく四角に切ってくれないか?」
瀧とは長い付き合いの明希がいい感じに役割を分担していき、結局咲の思惑通り花音と明希は二人で作業をすることとなった。瀧はひいひいと声を上げながら、切る予定の布とは到底不釣り合いな小ささのハサミを懸命に走らせていた。絶対にもっといい切り方があるだろう、と花音は思ったが、口にはしない。咲と由奈は、逆さまにした紙コップにたくさんの顔を描き始めた。
「見てみて由奈ー!これ、藤沢の顔ー!」
由奈は口にハンカチを当てて、肩を小刻みに揺らし笑っている。こちらからはよく見えないが、どうせ珍妙な顔をしているのだろう。そして肝心の花音と明希はというと、完成した天幕に貼り付けるため、大きな画用紙を切り取り「しゃてき」の四文字を作成していた。
「痛っ!」
あっちこっちとよそ見をしていたせいか、花音は手に持っていたカッターで指先を切ってしまった。中指の先端がぱっくりと割れて、血が滲み始める。
「お、おい大丈夫かよ?」
「あ、うん………」
花音は必死に痛みを堪え渋い笑顔を浮かべると、明希は近くにおいてあった自身のカバンから小さな絆創膏を取り出したのだった。
「あ、ありがとう…」
「お、おう。ちゃんと消毒しておけよ。」
そこに今日一番の笑顔を見せて咲が現れた。
「あーらあら明希くん。女子力高いねえ」
「うるせえ。妹がドジっ子でよく怪我するから、こういうものはよく持ち歩いてんの。」
中指を少し締め付けるようにきつく絆創膏を巻くと、そこに描かれた小さなクマさんと目があった。そのクマの微笑みに釣られて、花音は痛みも忘れて思わず笑みを溢すのだった。
普段の学校であれば完全下校時刻に差し掛かる頃。なんだかんだで瀧が増えたこともあり、予定よりも早く準備らしいものは終わった。あとは実際にこの道具たちを会場に持ち込んで、仕上げをすればいつでも営業可能だろう。
「にしても本当ラッキーだよねー。私らが屋台なんてやれるなんてさ。昔は都会の方に憧れたこともあったけど、今はこの小さな町が愛おしいよ」
咲が両腕を組みながら自慢げにそう語った。だがその気持ちは、花音にも嫌というほど理解できた。花音の父親が街の方に単身赴任すると決まった際、彼女は父親についていく選択を取ろうとしていた。なんだかんだ、友達に会えなくなるのが嫌だとか引っ越しが面倒だとかのたいしたことない理由にて今もこの町に住んでいる。
五人は下駄箱と隣接する傘立てから傘を各々取り出すと、外の豪雨を一瞥し覚悟を決めるのだった。
「うおー行くぞー!!」
彼らは駆け出していく。もうすっかり日も落ちて先の見にくくなった道へと。校門を突破して、それぞれが帰路へと進み出すその時だった。
「危ない!」
明希が咄嗟に花音の服を後ろへと引っ張り、その衝撃で花音は転倒した。
「な、なに
ぶおおおおおおおお、と、黒い車が花音のすぐ目の前を通過した。しばらく五人は口を聞くことができなかった。少しの沈黙を破ったのはやはりこの人だった。
「藤沢!?大丈夫!?」
花音はそう言って近づいてきた咲の手を取ると、ようやく立ち上がることができた。
「お、驚きすぎて車のナンバーを見るのも忘れてしまいましたね…やっぱりいざという時に最適な行動を取るのって難しい……」
由奈は雨のせいでそう見えるのかわからないが、今にも泣きそうな顔をしている。
「あきくん、ありがとう。」
花音も半泣きになりながら、明希に精一杯の感謝を述べた。
「明希〜。もう遅いから、花音ちゃん家に送ってやんなよ」
瀧のファインプレーにより、少し勢いを落とした雨の中五人は解散し、花音は明希に家までついてきてもらったのだった。
「それじゃ、またお祭りの日に会おうな。藤沢。」
「う、うん。暗いから気をつけて帰ってね」
明希は少し花音に微笑みかけた後、暗闇に向かって歩き始める。彼の背中が完全に見えなくなるまで、花音は家の前にずっと立ち尽くしていた。




