祭囃子が聞こえてくる
一階から母と近所のおじさんの話し声が聞こえてくる。大体こういう時は、ろくなことが起きないと相場は決まっているのだ。玄関の戸が閉まる音がしたと思ったら、母親が階段を上がってくる。
「花音ー?松吉のおじちゃんがね、お祭りの設営手伝ってほしいって!」
花音は聞こえないフリをする。
「あきくんも来るってよー?」
母親が『あきくん』と呼んだのは、花音が密かに想いを寄せているクラスメイト、榊原明希という男子のことだ。花音は頬を少しぷくっと膨らませると、
「もうわかったよ!行くから!」
こうして彼女は、遠くの景色が歪んで見えるほどの気温の中、少し古びた神社の方へと足を運ぶのだった。
「なんで私がこんなこと…」
屋台に使用する長机のタイヤを滑らせながら、花音は文句を垂れていた。
「仕方ないじゃーん?この町人口少ないんだしさー。男手だけじゃ足りないってわけ」
先日、勘違いで高橋さんにタックルしたことからもわかるように、この咲とかいう女は無駄に運動神経がいい。花音が机を一つ運び終わるまでに、咲はもう三個目を運んでいた。
「もーうむり。マジで死ぬーーー」
まだやらなければならないことはたくさん残っているが、体力の限界が先に来た。神社の集会所みたいなところで花音は地域のおばあちゃんたちに混じりクーラーの涼しさを享受していた。その時だった。頬に何か冷たいものが当たった。
「ヒャッ!?」
「おー悪い悪い。藤沢頑張ってるじゃん。これ飲みなよ」
そこに立っていたのは、花音の想い人、明希だった。花音はペットボトルに入ったお茶を受け取ると、少し小さめな声で感謝を述べた。
「ひ、あ、あきくん!あ、ありがとう…。」
咲と喋っている時の花音とは同一人物とは思えない。
「全く町の爺さんたちも酷いよなー。女の子たちまで設営に駆り出すなんてさ。藤沢はここでゆっくりしてなよ。俺たちが全部終わらせてくるぜ!」
明希は白い歯を見せて笑みを作ると、炎天下の中に戻って行ってしまった。花音は手に持ったお茶を、温くなるまで手をつけることができなかった。
空が茜色に染まり始めたころ、ようやく花音は屋外へと足を運んだ。花音がひいひい言いながら机を運んでいた時と比べて、見違えるほどお祭りの雰囲気が出ていた。
「今年も夏が来るんだな」
花音は夏が好きだ。まだ幼い頃、今は大きな街で単身赴任をしている花音の父親が彼女を連れてよくこのお祭りに訪れていた。その時のことを思い出すと、この喧しい蝉の鳴き声ですら愛おしい。
「なに黄昏てんだよ藤沢?」
長時間肉体労働をしていたとは思えないほどピンピンしている咲が屋台の方からやってきた。
「う、うるさい。ちょっと昔のこと思い出してただけ。」
「ふふっ、昔ねえ。あんた、結構泣き虫だったよね。パパがいないと寂しいってずっと泣いてた印象しかないよ」
「な、その話もうやめてよ!」
咲は少し揶揄うと、花音に顔を近づけて言った。
「で?明希とはどうだったのよ」
花音は一瞬頭が「はてな」で埋まった。そして頭から煙が出るほど顔を赤くした。
「べ、別になにもないわよ!てかあんたこそ早く良い男見つけなさいよね!」
「ふふふ、はいはい。あ、それでさ藤沢。本題なんだけど」
「今の本題じゃなかったのかよ」
花音が鋭いツッコミを放つと、咲はその反応を期待してましたみたいな顔をした。
「神社の神主さんがね、私たちオカルト研究会が屋台一つ出して良いって!」
「え、マジで?」
咲のコミュニケーション能力は異常だ。素直に凄い。
「と、いうことで私たちは射的の屋台でも開こうかなと!」
「いやオカルト関係ないのかよ」
またも咲がその反応を待ってました!みたいな顔をしていると、後ろから明希が現れた。
「なに?お前ら屋台やるの?楽しそうじゃん俺も入れてよ」
花音がタジタジになっていると、咲はこう言い放った。
「ふっふっふ。明希くん。それならば、君もオカ研に入りたまえ!」
「え?いいよ」
思ったよりあっさり承諾を得たことに、花音も咲もぽかーんとしていた。
こうして始まったのだ。私たちの夏が。




