終わらない夏
薄い木製の壁にどん、と何かが当たったような音がしたと思ったら、それをきっかけとして「みーん、みーん」と蝉が鳴き始めた。部屋の中なのにとっても暑い。身体中が嫌な汗でべったりだった。
「はあ、はあ、はあ、はあ」
また失敗した。また、失ったのだ。
七月十九日。またこの日付に戻ってきた。正直、これ以上何もできないと思えるくらいには対策を打った。だけど、ここで諦めたら何も救えない。こうなったら、うまくいくまで何度でもやってやる…!花音は拳を固く握る。そしていつも通り。ゴンゴンゴン、と玄関の戸を叩く音が聞こえた。
「藤沢ー!!いるかーー???」
花音は色々試すことにした。普段はやらないことをやってみよう。
まず試しに、花音に何も教えずに高橋さんにタックルさせてみた。結果は始めの時と同じ。神主や学校の先生にすごく怒られた。この程度では何も変わらない。もっと、もっと何か大きく違うことをしないと。
次の日、祭りの設営準備に参加した花音は、明希と会った。
「藤沢頑張ってるじゃん。これ飲みなよ」
お茶を受け取ると、花音はお礼を言った後にこんなお願いをしてみた。
「あきくんってさ、バスケやってるんだよね?今度見学に行きたいな!」
明希はちょっと驚いた表情をした後、ニコッと笑った。
「明後日、街の方で練習試合があるから観に来いよ」
これは初めてのパターンだ。そもそも明希がバスケをやっているのを観てみたかった花音は、二重の意味で嬉しい。
二日後。久々にバスに乗って街の方へとやってきた花音。と、咲。
「何であんたがいるのよ」
「何でってー?そりゃ屋台仲間が試合するなら見たいでしょ!」
もちろんこの世界でもこいつは屋台の約束を取り付けてきている。市営の体育館に入ると、外の蒸し暑い空気を忘れさせてくれるくらいの冷気が滞留していた。二階の観戦エリアからバスケットコートを見下ろす二人。
「お!あれ明希くんじゃない?」
咲は笑顔で指を指す。バスケットボールをやっている明希は、今までに見てきた明希とはまた違う表情をしていた。
「明希くん頑張ってー!」
「が、がんばれー!」
明希はこっちに手を振ってくれた。そして何やらチームメイトに茶化されている。やがて試合が始まると、その熱狂は凄まじいものだった。硬く手のひらよりも大きなボールが、広い体育館を縦横無尽に飛び回る。花音も咲も、思わず目を奪われてしまった。試合も佳境に差し掛かり、両者一歩も譲らない展開が続く中、事件は起こった。
ドタッ、と大きな音がした。会場の注目はそちらに集まる。
「あき…くん……?」
花音と咲は急いで救護室へと向かった。
「あきくん、大丈夫!?」
明希はケロッとした笑顔で答える。
「ああ、問題ない。だけど、手はこの通りだ」
包帯を巻き、首から吊るしている腕を少し動かすと明希は苦く笑った。
「驚いたよ、明希くん、向こうのチームの選手とぶつかっちゃうんだもん」
明希は他の選手と接触、大きく転倒してしまった。その選手に怪我はなかったらしいが、明希はそうはいかなかった。花音は目の前が暗くなった。前の世界でも、その前の世界でもこんなことは起こらなかった。花音が観にきたせいで、事故は起こってしまったのか…?バタフライエフェクト。北京で蝶が羽ばたくと、次の週ニューヨークでは台風が来る。些細な違いでも、たくさんの因果を乗り越えて大きな結果の差異を生むという例え話だ。普通に生きていればそんなことまず実感することがない。だけど、花音は違う。これとは異なった結果を知っている。
「あきくん……ごめん………」
花音はその瞳に涙をいっぱいに溜めた。
「おいおい、なんで藤沢が謝るんだよ。お前何も悪くないじゃん」
明希の言う通りだった。何が原因だったのかはわからない。だけど、結果は花音にとっては好ましくないものになってしまう。
「うーん、この調子じゃ明希くんは屋台メンバーからは外れるしかないねー」
花音も明希も、認めざるを得なかった。




