繰り返すお祭りへようこそ
朝十時。花音は部屋で少年雑誌を読んでいた。前回も前々回もこの時間は屋台の準備をし始めていたはずだ。だが、今回はそれをしていない。結局屋台の道具などを作り終えることもなく、花音たちはお祭りを中止に追い込む方法のみを考えていた。そしてそれが今日決行される。うまくいくかは未知数だ。だけど、失敗するわけにはいかない。
日も落ち始めたころ、ようやく五人は神社の境内にて顔を合わせた。もう会場にはそこそこの人が集まってきており、本格的に始まる前にも関わらず活気に溢れていた。山火事が起きるまでにはまだ三時間ほどあるはずだ。今ならまだ間に合う。
「それじゃあ、俺と明希は行ってくるぞ」
「うん。瀧。気をつけて」
明希と瀧は会場内の山に近い方へと走って行った。
「由奈、咲。私たちもやることやらないとね」
三人も目的の地へ駆け出す。そしてそれと同時に、瀧と明希の怒号が響いた。
「大変だー!!!熊が出たぞーーー!!!!」
「本当です!みなさん逃げて!」
一瞬場が静まり返ったかと思うと、一気にパニック状態に陥った。
「みなさん落ち着いて!出口はこっちです!向こうの高台まで逃げれば安心です!」
パニックになっている人の群れをうまいこと誘導する咲。そして由奈と花音は町役場へと辿り着いていた。
「だから、熊が出たんです!防災無線で避難を呼びかけて!」
「ほ、本当なんです…!早くしないとみんな大変なことに…!」
しかし役場の人はいい顔をしなかった。
「そんな通報は入っていません。実際に熊を見たと言う人もいませんし」
説得を試みるも、防災無線を使わせてもらえることはなかった。一方咲は、見知った顔を見つけていた。
「高橋さん!ちょっといいですか!」
「咲ちゃん!熊が出たらしいよ!君も逃げなさい」
「そうなんです!私の友達がまだ会場にいて、車に乗せてほしいんです!」
高橋さんがここに来ることは花音が知っていた。そして本当に来たことにより、花音の発言の信憑性が上がっていく。
「そりゃ大変だ!早く呼んできなさい!」
「は、はい!」
高橋さんは一足先に車に乗り込むと、エンジンをかけた。咲はそれを背に会場に戻り、明希と瀧を探す。
「これは何だ瀧!」
「お、親父…!?」
咲が目にしたのは、瀧の父親と数人の大人が瀧と明希を囲んでいる状況だった。
「瀧のお父さん!本当に熊が出たんです!早く逃げないと」
「だから猟友会の人たちを連れてきたんだろう。それで、熊はどこに出たというのだ」
「いいから!親父たちも早く逃げて!」
「だから熊なら私たちで処理すると言っているだろう!」
咲は木の陰で頭を抱えた。携えた腕時計を確認すると、焦りが抑えられなくなる。花音の話によれば、もう時間がない。未だに防災無線が聞こえてくる様子もないし、花音と由奈が役場でうまくいっていないことは連絡せずともわかる。
「お願いです!防災無線を使わせてください!」
「親父!早く逃げろ!」
「おじさん!一刻を争うんです!」
「ど、どうしたらいいの…」
タイムリミットは、やってくる。
「え?火事ですって?今すぐ町内放送をして!」
役場の人はそんなことを言った。それを耳に挟んだ花音は思った。
(終わった…。)
『こちらは町役場です。只今、裏山の方で原因不明の山火事が発生しています。神社の方まで火の手が回る可能性がありますので、お祭りに参加されている方々は速やかに避難を開始してください。繰り返します………』
「瀧!これもお前らの仕業か!」
「ほ、本当に起こりやがった、山火事…」
明希は呆然と遠くの赤くなった山を見据えた。
「そんなわけあるか!親父!早く逃げるぞ!」
瀧の父親についてきた猟友会の人たちもどよめき始めた。
「野々原さん、流石に逃げた方が良さそうですよ」
「うむ…そうだな。お前らもついてこい!事情は後でゆっくり聞かせてもらう。」
「まだそんなこと言ってるのかよ!」
明希、瀧、瀧の父親を始めとした猟友会の人たちは一斉に避難を開始した。
「咲!いるんだろ!お前も来い!」
瀧が呼びかけると、木陰に隠れていた咲も合流する。
「もうすぐ出口だ!鳥居を潜ったら左へ走るぞ!」
明希の号令のすぐ後に、最悪の音が響いた。
どーん、と、何かが爆発した音だった。
「ま、さか…?」
咲は真っ青な顔になった。高橋さんの車が止まっていた場所から激しい火が上がり、焼け焦げた臭いがひどく鼻をついた。
「嘘………だよね…?」
咲はその場に立ち尽くしてしまった。
「おい!咲!何やってんだ!逃げるぞ!」
瀧が咲の腕を掴む。
「もう、無理だよ」
汗と涙でぐちゃぐちゃになりながらも、咲は精一杯の笑顔を瀧に向けた。
明希が振り向くと、もう瀧も咲もいなかった。そこには、激しく燃え盛る火炎が拡がっているだけだった。
「おい、嘘だろ…?」
明希の進行方向からも断末魔が聞こえる。もう一度向き直しても、もう大人たちもいなかった。
「はは、本当にこんなことがあるのかよ」
花音と由奈は役場の前でただ待つことしかできなかった。きっと三人は高橋さんの車に乗ってここまで来てくれる。どのみち歩いて行っても、火の回りの早さには勝てない。だけど、いつまで待っても誰も来なかった。
「藤沢さん、流石に私たちだけでも逃げよう」
「由奈、そうだね。もう待ってる場合じゃないかも」
そういって高台に向かおうとした二人だったが、もう遅かった。もはや彼女たちに進行方向など存在しなかった。全てが火の海。ここまでやっても無理なら、何をどうすればいいんだろう。花音はそう思った。




